B25:警備隊
「なんという事だ……」
王国軍警備隊・第16方面軍隷下の部隊をあずかる司令官は、度重なる報告がこれで止まる事を理解して、脂汗をにじませた。
「今の報告で、管轄地域のすべての村から同様の報告が来た事になりますな」
副官が重々しい口調で言った。
それがどういう事態なのか、2人とも分かっている。
ゆえに司令官は答える言葉を持たず、司令官が答えに窮することを副官も承知していた。
「司令……どういたしますか?」
だが、承知していてなお、答えを引き出さねばならない。なぜなら副官の仕事は、司令官の補佐だからだ。あまりの事態に司令官が茫然自失としていたなら、我に返るように呼び掛け、揺さぶって、それでもダメなら殴ってでも覚醒させなくてはならない。
「司れ……」
「どうもできねェよッ!」
呼びかけても返事がないので揺さぶってみようかと手を伸ばしかけた副官に、司令官の裏拳が飛んだ。
伸びてきた手を振り払う程度のつもりだったが、力が入りすぎたのだ。うっかり奇麗に入ってしまった裏拳が、無防備だった副官の脳を揺らし、副官はその場に崩れ落ちた。
だが、「悪い」と謝る余裕も「大丈夫か」と気遣う余裕も、今の司令官には残っていない。
「全部の村が同時に襲撃されるだとッ!?
そんな事態、想定してねぇよ! 何をどうしたって人数が足りねぇだろ!」
人口密度が低い田舎の警備隊は、半径30キロメートルほどの範囲を1つの部隊でまとめて警備している。いや、警備しているというのは手続き上の話で、実際には中核都市に駐屯しているだけだ。
自動車も電話もない世界で、片道30キロメートル。「村が魔物に襲われてるから助けてくれ」と警備隊を呼びに走るのも数時間かかるし、「よし出撃だ」と警備隊が駆けつけるまでにも数時間かかる。たいていの場合、警備隊が駆けつけたときにはすでに魔物は立ち去り、救助活動をして帰ることになる。これのどこが「警備隊」なのかと、村人たちのみならず兵士たちですら疑問に思うが、リソースの都合上、こうするしか方法がないのだ。
全部の村に部隊を駐屯させようと思ったら、兵士を今の10倍ほどに増やし、その全員に武具を支給し、食料を届け、その補給部隊を維持するために兵士と軍馬の育成を……と、そんな事をしていたら国家財政が一瞬で大赤字になって経済的に破綻する。
警備隊にできる事といったら、せいぜい定期的に魔物を討伐して回るぐらいだ。間引けば魔物も食糧難になりにくく、警戒させる事もできるので、村は襲われにくくなる。その程度の人数しかいないのだ。だから、全部の村を同時に守るなんて、とてもとても……。
「で、であれば、応援要請を……」
よろよろと立ち上がる副官に、今度こそ司令官は拳を振るった。
「間に合うか、バカッ!」
八つ当たりである。
しかし、間に合わないと分かっていても、応援要請を出しておかないと、後で上層部から叱責を受けるだろう事は予想できる。上は上で「報告が来なかったので知りませんでした」では済まないのだ。国を警備する責任があるのだから。
「……で、では、どうなさいますか?」
再びよろよろと副官が立ち上がる。
「さっさと応援要請を出せ!
最低限の人数を残して、全ての村に兵士を派遣! 住人の避難誘導をおこなえ!」
副官は殴られたことを理不尽に思いながら、命令を実行するべく行動を開始した。
◇
「急げ! 荷物は持つな! とにかく全力で逃げろ!」
避難誘導のために派遣された兵士は、1つの村につき3人程度だった。
全ての村に兵士を派遣すると、そうなるのだ。
たった3人では、防衛戦など実行できるはずもない。
「子供は全員馬車に乗ったか!? よし、出発しろ!
次! 老人を馬車へ!」
「うわあ!? 魔物がもうあんな近くまで!」
悲鳴に振り向くと、500メートルほど離れたところにアンデッドの姿がぽつぽつと見えていた。
まだまだ攻撃が届くような距離ではないし、人間サイズなんて視認するのも精一杯だ。そういう意味では、まだ安全な距離である。
しかし、たかが500メートル。子供が歩いたって10分とかからない。一方こちらはまだ老人を馬車に乗せ始めたばかりだ。これから病人と怪我人を3台目の馬車に乗せ、健康な青年から壮年までの村人は徒歩で逃げることになる。もう馬車はないから。その作業が終わって避難が完了するまでに、あとどれだけかかるか。10分では終わりそうになかった。
「くそっ! お前らは避難を急げ!」
避難誘導をしていた兵士は、その場を離れてアンデッドが見える方向へ駆け出した。
その先には、避難が終わった民家から荷物を運び出している兵士2人の姿があった。イスやテーブル、棚などを運び出して、建物と建物の間を埋めるように乱雑に配置している。バリケードだ。
「敵影確認! 12時の方向! 距離500メートル!」
駆けつけた兵士が、作業中の兵士に向かって叫んだ。
「確認!」
作業中の兵士2人が、視線も向けずに答える。
言われるまでもなく、もうすでに確認していたからだ。
「バリケード作りはそこまでだ! 油をまくぞ!」
アンデッドは火に弱い。
バリケードに油をまいて火をつければ、民家まで延焼するだろうが、足止めとしては効果的だ。
燃え尽きるまで数時間、アンデッドを効果的に食い止められるだろう。
「了解!」
と兵士たちが民家から集めた油に手を伸ばすと、いきなり爆発音が響いた。
一瞬遅れて――いや、それは目の錯覚だ。実際には音よりも一瞬早く、窓ガラスが砕け散った。
そして、450メートルまで迫っていたアンデッドは、残らず木っ端みじんに砕け散っていた。
「……な……何が起きた……?」
音速で飛ぶ白隼部族は、兵士たちが気づく前に接近し、爆発音に驚いている間に視界の外まで飛び去っていた。




