B24:異変
「ぐはっ……!」
必死の形相で空飛ぶ島に戻ってきた白隼部族の1人が、その場で倒れた。
全身血まみれだ。頭の上に装備していた光の輪も、砕けてしまっている。
「何があった!?」
すぐさま他の白隼部族の面々が駆け寄り、光を浴びせる。
白隼部族は、日光または月光を浴びると、死亡状態からでも復活できる。
当然その血まみれの白隼部族も、すぐさま回復した。
「例の、謎の人影だ。
目が合ったとたんに襲われた」
◇
「そうか。報告ご苦労さま。
ついに来た、という感じかな」
報告を受けた俺は、決断することにした。
「様子見は終わり。
今後は調査をおこなう。
まずは、例の人影と交戦したときの詳細を聞こう。
相手の姿、能力、わかる限りのことを聞いておきたい」
「はい。
既に調書はとってあります。
彼によるとーー」
ルナからの報告を受けて、俺は相手の姿を思い描いた。
真っ黒で、背が高く、痩せ型だという。オーガのスケルトンかと冗談で言っていたが、スケルトンとは違って、肉がついていたそうだ。背丈は250センチメートルほど。オーガにしては小さいので、どのみちオーガという可能性はなかったわけだ。
「そうか。
とりあえず、この生物を『ゴボウ』と呼ぶことにしよう」
驚くべきは、その機動力。音速で飛ぶ白隼部族をして、移動するのが見えなかったという。まるで転移したかのようだった、とのことだ。
そのため、一方的にやられてしまったらしい。これは容易ならざる相手だ。攻撃を当てられないなら、勝てない。
「分布範囲に偏りもなく、世界中で目撃されている。
存外、本当に転移しているのかもな」
「まさか。個人で転移するなど、ありえません。
ダンジョンの転移トラップですら、かなりの魔力を食うのですよ?」
そう。あれは、発動する度にダンジョンポイントを消費する。なかなか維持費のかかる罠なのだ。
小規模なダンジョンには転移トラップがないのは、そういうわけだ。
「まあな。
しかし、あらゆる可能性は、証拠もなく排除するべきではない。こちらの常識で考えていたら、相手の常識はまるで違っていた、などという事は、よくある事だ」
まあ、主に文化の違いとして、だが。
「はい……それは、おっしゃる通りです」
言っていることは正しいが、この場合は当てはまらないのでは?
ルナがそう思っているのが伝わってくる。
第一、本当に個人で転移するようなら、捕まえるのも倒すのもほぼ不可能になる。
考えられない非現実的な能力だという以上に、考えたくない能力だ。
「た、大変です!」
別の白隼部族の1人が飛び込んできた。
音速で飛ぶので、俺の目にはそれこそ転移してきたように見えてしまう。
「何事……ああ、これはマズイな」
ダンジョン管理機能から、侵入者の存在を探知した。
世界中にダンジョンを展開していて、そこに置いた転移トラップが物流網や交通網として使われているので、侵入者なんて珍しくもない。だが、急に数十人単位で現れるのは異常だ。
監視カメラを切り替えるようにしてその現場を詳しく探知すると、現れたのは、大量のアンデッドモンスターだった。
「各地で例の謎の祭壇から、多量のアンデッドが溢れてきています!」
「あの祭壇から!?」
ルナが驚いて声を上げた。
無理もない。例の祭壇は、世界中にある。
それが一斉にアンデッド発生装置と化したなら、ほとんど瞬時に地上最多の種族はアンデッドになってしまう。
「どうやら、バードックの調査は後回しにせざるを得ないようだな。
まずはアンデッドの対処を優先しよう。各国に情報を届け、協力を……いや、それぞれで防衛に努めてもらおう。
時間を稼いでもらって、その間に、不滅であり、音速で空を飛べる白隼部族で、遊撃を繰り返す。
例の祭壇は、今から俺が潰そう」
指示を飛ばして、ダンジョン管理機能をブロックスキルと連結する。
ダンジョンコアブロックを設置して、ダンジョン管理機能とスキルを併用すればいい。
「代理実行、例の祭壇ーー」
祭壇に使われている黒い石材みたいな素材は、白隼部族に頼んで回収してもらい、1立方メートル以上集めてブロックにしてある。
こうしておくと、ダンジョン管理機能を使ったコマンドで同じ素材を参照できるのだ。
そして代理実行とは、俺の代わりに誰か、あるいは何かを、コマンドの実行者として設定する。つまり、指定した対象を中心に、スキルが発動する。
「ーー塗りつぶし、空気ブロック、相対座標0,0,0~0,0,0、既存ブロックを破壊ーー」
祭壇を中心に、範囲ゼロ、つまり祭壇自体を空気ブロックに置き換え、そこにあった物を破壊する。置き換える場合は、もとのブロックが削除されるが、祭壇はブロックではないので消せない。そのかわり、破壊するなら、そこに何があろうとも破壊してブロックを設置する。
祭壇がどれだけたくさんあろうとも、コマンドで指定してしまえば、すべて同時にロックオンできる。
「ーー実行」
コマンド実行ど同時に、世界中から例の祭壇が破損した。
すぐさま侵入者の探知に集中する。
「……よし。新たなアンデッドの発生は確認できない。
敵の増援を止めたぞ。あとは任せた」
「「おお……!」」
白隼部族のみんなが、驚きの声を上げる。
「今のわずかな時間で全ての祭壇を?」
「なんて凄まじい能力だ」
「ますます能力に磨きがかかっていらっしゃるのでは?」
感嘆の声を上げる面々に、ルナが手を叩いて注目を集める。
「はいはい、そこまで。
ソリッド様はすでにご命令を下さったのよ。いつまでもお待たせしてはいけないわ」
はっとした様子で、白隼部族の面々はたちまち飛び去った。
「では、私も出てまいります」
そう言って、ルナも飛び去る。
空飛ぶ島から、にわかに誰もいなくなった。
だが、すぐにまた戻ってくるだろう。彼らは速い。




