B02:つまらない
ブレイブが消えた。
俺を残して自分だけ転移の魔道具で脱出したのだ。
目の前には100体近い魔物の群。しかもブレイブが10体以上も討伐したので、魔物は完全に臨戦態勢だ。
俺に向かって、魔物が殺到してくる。
「あの野郎……!」
ブレイブめ。
瑕疵のない相手を一方的に解雇するのは外聞が悪いからって。ブレイブは、自分の評価を下げずに、手っ取り早く俺を解雇するため、殺すことにしたというわけだ。
目撃者は居ない。ダンジョンの中なら、いつ誰が死んでもおかしくない。ましてやモンスターハウスに放置するなんて方法なら、死体も残らない。自分で手を下すわけじゃないから、返り血とかも付かないので鑑定魔法も通じない。証拠は何も残らないというわけだ。
そして俺には、この魔物の群と戦って勝つのは無理だ。生還は絶望的だ。確実に死ぬだろう。
……と、そんな計画に違いない。
「しかし、【ブロック】発動」
足元の地面をブロック化して消す。結果、俺の体は落ちる。
殺到してきた魔物を頭上に残し、俺は下へ逃げる。水ブロックを出して着水すれば、落下ダメージも入らない。そして頭上に「ダンジョンブロック」を出して穴をふさげば、魔物が俺を追って穴を落ちてくる心配もない。
「とりあえず安全を確保できたな」
ダンジョンはそれ自体が1つの魔物、あるいは異空間と言われており、その壁や地面は破壊できない。あれだけ強い勇者ブレイブにも無理だ。しかし、俺ならブロックにして消したり出したりすることで、ダンジョンの間取りを変更できる。
魔物相手には弱い俺だが、地形相手なら最強無敵。どんな複雑な迷宮だろうと、俺にかかれば何もない大部屋と同じだ。階段状に掘ったり、垂直に穴をあけて水ブロックで満たしたりすれば、上へ移動してそのまま脱出することもできる。
「……だが、それだけじゃあつまらないよな」
俺は、つまらない田舎村を飛び出して冒険者になった。娯楽がなくて退屈だったし、貧乏で街へ遊びに行くこともできず、そもそも畑仕事や家事手伝いで忙しくて遊ぶ暇なんかなかった。それに次男だから、兄が結婚すれば俺は肩身が狭くなる。父が家長である間は俺も「息子」として過ごせるが、兄が家督を継いだら俺は「兄の家に居候する弟」になるわけだ。
そんなわけで、兄が結婚した直後に家を出て村を飛び出した俺は、楽しい生活がしたくて冒険者になった。仲間と一緒に戦ったり、宝箱を見つけたり、そんな刺激的で楽しい生活がしたいのだ。仲間に裏切られて死ぬとか、命からがら逃げだすとか、そんなつまらない生き方はしたくない。
「街へ戻ったら、ブレイブとの契約は破棄だな」
殺そうとしてきた事には腹が立つが、怒りより失望が大きい。
解雇したければ、まず説得するのが筋だろう。すまないが不都合だから解雇したいと、そう言えばいい。飲み水は死活問題だから、俺が他のパーティーに雇ってもらうのはそう難しくないだろう。仲良く別れて、また何かの時には頼る……そんな関係になるほうが楽しいに決まってる。
それなのに、罠にハメて殺そうとは、つまらない奴だ。
「しかし、街へ戻ったときに、どんな事になっているやら……」
ブレイブは自分の評判を下げないように俺を解雇したかったわけだから、俺をモンスターハウスに置き去りにした事について、自分には責任がないと言い逃れるための嘘をつくだろう。
モンスターハウスで戦闘中に、俺が転移の罠にかかった。転移の罠は行き先がランダムなので、合流は困難だ。討伐しても素材を持ち帰れないと判断して脱出した。モンスターハウスなんて自分にとっては宝の山なのに、俺のせいでせっかくのチャンスを無駄にした。あんな間抜け野郎は、たとえ生還しても解雇だ。……と、そんなところか。
ブレイブの裏切りを証明する方法はないが、言いたい放題に嘘をまき散らされたままでは、俺の評判が下がりそうだ。
ブレイブの鼻を明かす方法は2つあるが、どっちにするか……?
「……いや、両方やるか」
◇
「ソリッドのせいでせっかくのチャンスを無駄にしたぜ。
あんな間抜け野郎は、たとえ生還しても解雇だな」
急いで街へ戻ると、ブレイブが予想通りの嘘を吐き散らかしているところだった。
「バカ言ってやがる」
「なっ……!? ソリッド……お前、どうやって……!?」
「いつもやってるだろ。ブロックで壁作って安全地帯だよ。忘れてたのか? ブロック単位でしか出せないって何回言っても覚えないもんな、お前。
俺を低く見積もりすぎだ。
モンスターハウスを片付けて待っててくれりゃあ良かったんだ。この通り、すぐ戻れるんだから、合流するのだって難しくない。そうすれば今頃、素材を回収してウハウハだった」
「く……!」
普段は俺がボロクソに言われてるんだ。今回ぐらいは俺が言いたい放題言わせてもらう。
実際にすぐ戻ってきたという事実があるので、ブレイブは反論できない。ブレイブは悔しそうに顔をゆがめるだけだ。
俺がドジを踏んだから帰ってきたんだと嘘をついて言い訳しても、俺がこうしてすぐ戻ってきた以上は、本来すぐ合流できたのに置き去りにして1人で戻ってきたという事実に上書きされる。これで、裏切りは証明できなくても、ブレイブの計画を潰して鼻を明かすことはできた。
だが、まだ俺のターンは終わらない。
「なのに、俺をダンジョンに置き去りにして自分だけ帰るって、どういう了見だ?
そもそも俺の能力をちゃんと把握してないんだろう? 連携しようって気がないからそうなる。
雇い主がこれじゃあ、俺だって存分に活躍できねぇよ。悪いが契約は破棄させてもらう。俺はもっとマシな雇い主を探すことにするよ」
追放返しだ。
ブレイブは、追放しようとした相手から逆に追放される形になった。
ねえ、今どんな気持ち? とまで煽る趣味はない。そんな事しても無駄に怒りを買うだけで、つまらない。しかし、ブレイブがこれで諭されて考えを改めてくれればいいと思う。
まあ、これからもう1つ鼻を明かすけどね。今度は、俺の能力をちゃんと把握していたらどうなっていたか、というのを見せてやるつもりだ。