3-8 えっ、求婚!1
この状況はいったいどうしたらよいのだろう…
「ラヤーナさん、私は本気ですよ。二人の子供たちと一緒にお祭りを一緒にまわりませんか?」
「いえ…それは…遠慮させていただきます。」
「ラヤーナさんは、どなたか心に決めた方がいらっしゃるのですか?」
「いえ…そういうわけではないのですが…今は薬を皆さんに使っていただけるようにすることでいっぱい、いっぱいで…自分のこと…恋愛に関してはまだそれどころではないというのか正直なところです…」
「それは、今後に希望を持ってもよいということですね。」
「ええっ…!その…それはちょっと…」
「まだどなたか決まった方もいらっしゃらないようですから、私もラヤーナさんへプロポーズさせていただきますよ。」
「えええっ!!!アルナウトさんも…『も』って…他の方からもそういうお話はないですし、それに、プ、プロポーズって…困ります。とてもとても困ります…」
「どうしてですか?」
「先ほどもお伝えしたように、今はそういう気持ちになりません。少なくとも私にはそういう気持ちはありません。」
「私の国ではよくあることですよ。どちらかが求婚をし、とりあえず付き合ってみて相性がよければそのまま婚姻ということです。ラヤーナさん、そんなに深く考えずにとりあえず私とお付き合いしてみませんか?」
アルナウトは見目もよく、財力もある男性だ。多分…今までも相当もてていたのだろうと思う。女性の扱い方が上手いと感じた。悪い人ではないし、非常に賢い人でもあると思う。日本にいた頃を考えればいわゆる高物件の結婚相手に入るであろう、そんな人だ。
だが…
「アルナウトさん、申し訳ありません。とてもありがたいお話なのかもしれませんが、私はこの国の森に家があり、数か月前までは他の人にも会ったことがないような生活をしていました。その…皆さんが考えている婚姻前に相手を知るために「お付き合いする」ということが私には簡単にはできません。せめて相手の人となりを知り、その方に好意を持たないと「お付き合い」という気持ちにはなれません。そしてアルナウトさんにはそのような好意はありません。申し訳ありませんが、お付き合いはできません。」
「…そうですか…フーム…あなたは誠実な方ですね。ますますあなたに惹かれますね。」
「え…」
「ラヤーナさん、まだ私のことを知らない、ということもあると思います。どうでしょう、お付き合いとはいかないですが、友人として今後も私と会っていただけませんか?」
「……いえ…もう…その…」
「商売が絡む友人、ということで構いません。私のそれこそ「人となり」を知っていただいて、その上でこれからのことを考えていただけませんか?」
「…いえ…でも…」
「今ラヤーナさんは薬を皆さんに広めることで頭がいっぱいでしょうから、これ以上ラヤーナさんに男女の恋愛ごとで押すつもりは、今は、ありません。」
「…今は…ですか…」
「はい。今は、ですよ。特に薬を広めることに関しては、ラヤーナさんとの恋愛を抜きにしても、非常に重要なことだと考えています。まずは取引相手として信頼をしていただけるように、私のことも知っていただきながら関係を築いていきましょう。私はあなたを大切にしたいのですよ。」
「え……えぇ…その…ありがとうございます?」
「私は長命種ですからね。時間はたっぷりとありますよ。薬の使い勝手、使用者からの要望などもあなたにお伝えに訪れますね。」
「あ、その点はお願いします。」
「仕事に関してはぶれませんね。」
「薬を皆さんに使っていただいて、皆さんが安心して生活できるようにしたい、というのが私の望みですから…」
「本当に素晴らしい女性ですね。ヴォイット殿。」
「嬢は本当に素晴らしい女性というのは間違いないの。」
「え、ギルド長…」
「アルナウト殿、儂はラヤーナさんの味方じゃて、貴殿の肩は持たんよ。」
「それは私の邪魔をする、ということでしょうか?」
「邪魔も何も、嬢を守る、ということだけじゃよ。」
「それは、ラヤーナさんにとって私が大切な相手になれば邪魔はされないということですね。」
「嬢次第じゃの。」
「そうですか。私はラヤーナさんに不利益なことをするつもりは一切ありません。大切にしますし、すでに大切に想う女性です。」
「まだ会って1日ですよ!メイネルス氏は簡単に人を好きになるのですか?私もラヤーナさんの味方です。ギルドにとって大切な人物、というだけではなく、私たちもラヤーナさんのことが大好きです。私も彼女を守ります!」
「メリルさん、1日ではない、2日ですよ。」
「1日も2日も大差ないですよね。」
「そう、時間は関係ないのです。昨日店舗に伺ってラヤーナさんを見た瞬間に、素敵な女性だと思いましたよ。話せば話すほど素晴らしい女性だと思います。私は本気ですよ。」
『ラヤーナね~・もてもてね~』
「フォッ、フォッ、フォッ!」
「嬢も大変じゃの…面倒くさいのが3人もおるのに、さらにアルナウト殿までとはの~。メリル、どうじゃ?」
「…ラヤーナさんのお気持ち次第ですが、少なくともメイネルス氏は間違いなく本気の様ですね。まぁ、面倒なの3人と比べれば、メイネルス氏が一押しなのは間違いないです。気遣いもできる方の様ですし、ラヤーナさんのことは大切にしてくれるようですから。」
「メリルさん、それは私の味方になっていただける、ということですか?」
「そういうことではなくてですね、他の3人は論外なのだということです。わたしもギルド長と同じように、ラヤーナさんを守る、ということです。」
「そうですか。私の気持ちはラヤーナさんにお伝えしましたよ。あとはこれからゆっくりと私のことを知っていただこうと思います。」
「…はぁ……」
「私たちお互い大切な商売仲間であり、「友人」ですからね。これからもよろしくお願いしますね。」
「…よろしく…お願いいたします…」
結局…ラヤーナはアルナウトに言いくるめられてしまったと感じた。一国の商会の長だけあって、駆け引きが上手いし、こちらが嫌にならないよう対応してくる。実際のところ、アルナウトに対して嫌悪感などはない。間違いなくイケメンであるし―孫や娘たちがよく使っていた言葉を自分が使うようになるとは―…体躯もスラリとしているが身のこなしには淀みがなく、おそらく戦闘能力もそれなりにあるのだろう。昔の剣道や柔道などの有段者たちのような雰囲気があるし、この国の一部の騎士たちのような筋肉隆々ではないが、明らかに胸板、肩幅はしっかりとある。体の線を見てしまうのは、以前の医者としての習性だ。服を着ていても何となく見えてしまう。
アルナウトからのプロポーズという言葉にびっくりしたが、自分の強い使命が無ければ、もしかしたら彼の提案を…付き合うことを受け入れると返事をしていたかもしれない…
ああ…そういえば昔も似たようなことがあった気がする…でもその時はどうやって切り抜けたんだっけ…
「…ナさん…ラヤーナさん?」
「あ、すみません。」
「いろいろと考えておられたのですね。私の言葉を聞いて一生懸命考えてくれるあなたも可愛らしい…」
「え、あの…」
「今日はこれで失礼します。これ以上あなたを困惑させたくありませんからね。この町にいる間は時々あなたのお店にお邪魔しますよ。お祭りの時にもし偶然お会いできたら、美味しいものを一緒に食べるくらいはしましょうね。あぁ、もちろん一緒にまわっている子供たちも一緒ですよ。」
「…そうですね…もし…偶然お会いすることがあれば…」
「それではヴォイット殿、メリルさん、これで失礼します。ラヤーナさん、楽しみにしていますよ。」
去り際にさりげなくラヤーナの手の甲に軽く唇を当て、アルナウトは退室していった。
「ラヤーナさん、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ…と…おもいます…」
「…ギルド長、メイネルス氏って凄いですね…」
「ヴォイット殿か…まぁの~…悪い人物ではないよ」
「それはわかりましたよ。」
この後、ラヤーナはギルドに追加納入する薬のことを相談し、買い物をしてそのまま町を出ると、転移魔法を使って外森の家に戻った。
ラヤーナ、もてる。(主人公の定番!)