2-2 ラヤーナ 魔獣に助けてもらう
ラヤーナはラティと共に精霊の森の外、町に向かってヴェルネールの森の中を歩いていた。
時々鬼獣に遭遇するが、ラヤーナの魔法で倒していく。今日もすでにホーンビットを6匹倒している。ホーンビットの肉は外の世界では食用になるらしいので、倒した後ラヤーナのカバンに入れた。空間魔法も細かく使えるようになってきて、転移はもちろんだが、かばんの中に仕切りを作ることもできるようになった。自分のために必要なものを入れるところ、作った薬を入れるところ、薬の材料になりそうなものを入れるところ、鬼獣の肉や素材を入れるところなどだ。カバンの大きさはラヤーナの手のひらふたつ分程度で、肩から斜めに掛けている。どう考えてもカバンの口より大きいものが、するするとカバンに吸い込まれるように入っていくのを見るのは、まだ何となく慣れない。最初のころは、かばんの大きさ程度のものしか入れることができなかった。重さも入れたものに近いものを感じていたが、空間魔法のレベルが上がるにつれ、軽くなり、カバンより大きいものも入るようになった。今は、重さはほとんど感じなくなり、大きさも、ゴルブリ5,6頭は、入りそうだ。
もうあと1時間ほど歩くと森を出るようだ。
ラヤーナの転移スキルは、出発点はどこからでもよいが、転移先となるのはまだ精霊の森の入り口、森神人の小屋の裏手だけだ。その他の場所に転移することはまだできない。これもレベルが5になると、生活拠点となる場所であれば、何ヶ所か転移先にできるようだ。これはラヤーナの魔力がどれくらいその場所に馴染んでいるのか、ということが転移先にできるかどうかの基準になるからとラティに言われた。
町に行ってまずはどこに向かおうかとラティと歩きながら話していると、
『ラヤーナ!とまってなの!!!』
ラティが急に叫んだ。
ラヤーナが後ろを振り返ると、こちらを向って牙をむきだしている鬼獣がいた。
「…これは…ラティ、指輪に隠れて!転移魔法で小屋に戻るわ!」
『だめなの・これ・いつものより・強いの・転移魔法・使えないの・ロックされちゃったの・ラティ・ラヤーナ・守るの~~』
ラヤーナ達を襲おうとしているのは、グリズル―という鬼獣だ。グリズル―は体が大きく力がある。こちらに襲い掛かろうとタイミングを計っているようだ。
『このグリズル―・魔法使えるの・ラヤーナ守るの!・ラティ・シールドはるの~~~~』
「え、魔法が使えるグリズル―なの?攻撃は…何が効くの?」
『このグリズル―・防御魔法つかうの・魔法はあまり効かないの!』
「それはまずいわ。私もシールドを張るわ。ラティ、私のシールドを補助してくれる?」
『するの・防御強くしないとなの・でもグリズル―・強いの・攻撃魔法・威力一番にして~・土で壁つくって~・水と風でカッターして~・火は効かないの・ほんとは・力の攻撃・一番なの~』
「…魔法攻撃があまり効かないのね…物理攻撃…わかったわ。物理攻撃になるような攻撃魔法をできるだけ使ってみる。シールドを張りながらだからきついわね…先にシールドを張るわ。ラティ、張った後、攻撃魔法へ魔力を多めに振り分けるから、シールドの維持を助けてくれる?」
『わかったの!・ラティ・がんばるの!!!』
グリズル―はラヤーナ達を襲おうと、一歩一歩近づいてくる。
ラヤーナとラティは今できる一番強いシールドを張る。ラヤーナの魔力は現在レベルが5になっている。防御については、しばらくは持ちそうだが攻撃力が足りない。魔法があまり効かないのであれば、剣や弓などの物理攻撃が有効なのだろう。だが、ラヤーナにはそんな力はない。今は完全に16歳になっているので体は若いが、日本にいた時もそしてエルクトラドムに来てからも、剣や弓の練習をしたことなどない。もっぱら畑仕事と森の整備、そして調剤だ。
風や水のカッター魔法で攻撃を送り込むが、グリズル―の防御魔法もあり、かすり傷程度の攻撃にしかなっていないようだ。思っていた以上にこのグリズル―のレベルが高い。転移魔法はロックされてしまっているようだ。せめてそれを解除できないのか、ラヤーナはグリズル―の弱点がどこなのかを探しながら攻撃魔法を打ち込んでいく。
そのうち、魔法によるカッター攻撃がグリズル―の眉間近くに当たった。転移魔法のロックが一瞬揺らいだのが分かった。ラヤーナはここへ集中的に攻撃を集め始めた。
グリズル―は転移魔法のロックを外そうとしていることに気づいたようで、一挙に間隔を詰め、ラヤーナ達へ直接攻撃を仕掛けてくる。鋭い爪がシールドに襲い掛かる。
グリズル―の攻撃はとても強力で、シールドがほころび始めてきた。
ラヤーナとラティが中からさらにシールドを強化する。その間もラヤーナは眉間に攻撃を続けていた。しばらくこの状態が続き、ラヤーナの魔力と体力がきつくなってきた。しかしここで止めてしまうわけにはいかない。
ラヤーナはとにかくシールドと眉間への攻撃を続け、何とか転移魔法のロック解除をしようとしていた。すでにギリギリの状態だ。眉間への攻撃はそれなりに効いているようだがそれでもグリズル―はあきらめようとしないし、ロックの解除までには至らない。ラヤーナ自身もこのままでは…と思い始めた時、突然グリズル―が横に大きく飛んで行った。
「…なに…が…おこったの…」
ラヤーナは肩で息をしている状態だ。
『あ!レオールなの!・レオールが助けてくれたの~~~!』
「…レオール…」
ラヤーナ達はそのままシールドを張り続け、レオールとグリズル―の戦いを見ていた。レオールは獅子のような体でグリズル―と同じくらいの大きさだ。ラヤーナが必至で攻撃魔法を仕掛けても、大きくダメージを与えることができなかったが、レオ―ルの前足を使ってのグリズル―への攻撃は、大きくダメージを与えているようだ。それでもグリズル―は反撃をしてくる。
『ラティ・補助魔法使うのね~~~!!!』
ラティがレオールに向かって補助魔法をかけたようだ。レオールの攻撃を仕掛けている右の前足がうっすらと赤く光っている。レオールは一瞬動きを止めたが、補助魔法が分かったのか、その足でグリズル―に強い一撃を与えた。
どうやらそれで勝負がついたようだ。
ラヤーナはシールド魔法を解除し、ほっと溜息をつく。
ラティがレオールのところへ飛んで行った。しかしラヤーナには今は歩く気力が残っていない。するとレオールがラティと一緒にラヤーナのそばに歩いてきた。
『だいじょうぶか・・・』
「あぁ、もう大丈夫よ。助けてくれてありがとう。あなたは…レオール?初めて見るわ。」
『我はアルバス。レオールの最上種だ。お前は…森神人…なのか?』
「森神人のことを知っているの?」
『森神人のことは…我の曽祖父から伝え聞いたことだ…先ほど不思議な気配を感じてここに来た…そこでお前とその精霊が襲われていた…』
「そうだったのね。助けてくれてありがとう。私はラヤーナよ。一緒にいるのはラティ。あなたは…アルバスと呼べばいいのかしら?」
『あぁ。お前は…ラヤーナというのか。そこの精霊はラティというのだな。』
『ラティね~・アルバス強いのね~・すごかったのね~・たくさんありがとうなのね~』
『ラヤーナ…お前は…この森を守りに来たのか…?』
「そうね。この森とこの世界を守るのよ。今は薬師がいないのでしょう…?」
『そうだな。ここにも以前は薬草があったそうだ。今はないがな。』
『もっと森のね~・奥の方に行くとね~・薬草少しずつあるのね~・アルバス・薬草欲しいの?』
『薬草か…我は生まれてから口にしたことがないな。曽祖父から聞いた話では、傷を治し、魔力や体力を満たすものだと聞いている。本当にそのようなものがあるのか?』
「あるわよ。魔力や体力を満たすのは、薬草のままでもいいと思うけれど、傷を治すのは薬の方ね。アルバスは、今傷などはないの?」
『…とくには…』
するとラティがパタパタとアルバスの身体周りを飛んで、何か探し始めたようだ。
『見ーつけた!・ラヤーナ・ここね・アルバス・ここに傷があるの~・ラヤーナの薬~・塗ってみるの~~~』
『…おい……』
「あら、ラティに見つかってしまったのね。これからちょうど町に薬を売りに行こうと思っていたの。これからこの世界でもう一度薬を広めようと思っているの。アルバスは最初のお客様ね。」
『アルバス~・お客様~・一番目ね~』
『………』
「まずはこれ、食べてみてね。これは普通の薬草よ。何も加工はしていないから。はいどうぞ。」
『…これが…薬草なのか…』
アルバスが薬草を食べてみる。魔力や体力が満ちてくる。なるほど、曽祖父が言っていたのはこのことだったのか。
「うふふふ。体に魔力と体力が戻ったみたいね。私は知らなかったのだけれど、薬草は魔力と体力を戻してくれるのかしら?」
『それはね~・中位種以上の魔獣だけなの~・そうじゃないと普通の草なの~』
「あら、そうなのね。それから傷よね…ええと、あぁ、これよ。ラティ、アルバスの傷はどこ?」
『こっちなの~』
「あぁ、ここね。アルバス、動かないでね、薬を塗っていくわね。…あら…傷がふさがっていくわ。かすり傷だったからかしら、それにしてもすぐに傷がふさがるってすごいわね。」
『…薬を…使ったことがないのか?それを我に塗ったのか?』
『ケガする人いないの~・薬使う人いなかったの~』
「そうなのよ。でも大丈夫よ。私は薬の鑑定ができるから、ちゃんと効能があることは確認してあるわ。」
『お前は…ここにきて…いや、この世界に来てそれほど時間が経っていないな…』
「あら、わかるの?ようやく3か月を過ぎて、もうすぐ4か月というところかしら。この世界のことも少しずつ知っているところだし、魔法はこの世界に来てから使えるようになったのよ。でも、私はこの世界の森神人なの。必ずこの世界を守っていくわ。」
『…そうか…我もお前に力を貸そう…我らレオールの最上位種は森神人を守る…そのために森神人のいる森に我々は生まれる…我がこの森にいるのも、ラヤーナ、お前を助けたのもすべてはこの世界の理だ…ようやく会えたな我守護対象よ…これからともにこの世界を守っていくぞ…』
『すごいのね~・レオール・アルバス仲間なの~』
「とても頼もしい仲間ね。アルバス、これからよろしくね。」
真っ白の毛皮に包まれた魔獣レオールのアルバスが仲間になった。
※グリズル―: ハイイログマのような大きな鬼獣。非常に狂暴。普通のグリズル―と魔法を使えるグリズル―がある。魔法が使える場合は魔法耐性の防御魔法を使うため、魔法で攻撃が非常に難しく、物理攻撃力が弱いと襲われて命を落とすことがある。知能もあるため、グリズル―退治は物理攻撃が使えるものが対応する。ギルドで討伐依頼が出される鬼獣。
※レオール: 獅子のような魔獣。通常は淡い茶色の体。魔獣の中でも上位種で魔力を持つ。会話ができるものが多く、一部のレオールは精霊の存在を認識でき、会話もできる。
※レオール最上位種:森神人には最上位種のレオールが守りとして付く。最上位種のレオールは1頭しかいない。真っ白な体躯をしている。知能、魔力、体力すべてにおいて、非常に高いレベルを持つ。今代森神人であるラヤーナの守獣はアルバス。森神人と守獣は互いの信頼関係が十分な状態になると、守りの絆を結ぶことができ、離れていても意思の疎通ができるようになる。