30 ラヤーナ ローラを育てる(50日目)
レーリナが泉をじっと見ている。
「もうすぐローラ様が上がってくるわ。」
レーリナがそう言ってすぐに、泉の中から赤ん坊が現れた。
虹色の布にくるまれすやすやと眠っている。
赤ん坊はそのままゆっくりとラヤーナのところに来た。
ラヤーナがそっと手で支えるように広げると、その腕の中にすっぽりと納まる。
「…ローラ様…とお呼びすればいいのかしら?」
「ええ。今はローラ様でいいわ。ラヤーナ、みんなでしっかりローラ様を育てましょう。」
そのままラヤーナ、レーリナ、ラティ、ルルと小屋に戻ると、ローラ様を居間のソファの上にそっとおろした。ラティとルルにローラ様を見てもらい、ラヤーナとレーリナは二人の部屋作りに取り掛かった。
レーリナの部屋は神殿の執務室につなげるようだ。1階はすでに改築をしており、奥に余裕があるため、1階にレーリナの部屋を作った。その隣にローラ様の部屋を作る。ここも同じようにレーリナが神殿につなげるらしい。2つの部屋を作り終わると神殿へつなげる作業はレーリナに任せ、ラティたちのところへ戻る。
「ラティ、ローラ様はどう?」
『ローラ様ね~・まだ寝ているの~・でももうすぐ目を覚ますと思うの~』
『‥せいれい‥みんな‥まってる‥みんなで‥みまもる‥』
「あぁ、そうね。レーリナに確認をしてそれでよいようなら、精霊の憩いの場にみんなで行きましょうか?」
レーリナが部屋を神殿につなげ戻ってくると、憩いの場でローラ様の目覚めをみんなで見守る、ということになった。
ローラ様を抱き上げ、憩いの場で目覚めを待つ。動物の精霊たち、木々、草、花など、この森にいる精霊たちがみんなで見守っている。
ゆっくりとローラ様の目が開いていく。ラヤーナと目が合うと、“あー”と嬉しそうに声を出し、レーリナがのぞき込むとニコリと笑った。
「ローラ様…よかった…よかった…」
レーリナが嬉しそうに泣き出す。
精霊たちみんな、ローラ様の目覚めに涙ぐんでいる。
ラヤーナはローラ様に会うのは初めてだが、懐かしい、そういう感覚がわく。どう考えてもこれまでに会ったこともなく、面識もない。自分が日本にいたころの誰かとかかわりがあったということではない。それでも“懐かしい”という感覚がわくのだ。
森神人は女神と一緒に森と世界を守る、とレーリナが言っていた。
面識というものはなくても、どこか、何かがつながっているのかもしれない。
≪みなさん…ありがとう…レーリナ…ありがとう…心配をかけました…ラヤーナ…この世界に来てくれてありがとう…体がもどるまで…世話をかけます…よろしくお願いします…≫
ローラ様の話し声が頭の中に伝わってくる。
ローラ様をみんなで育て、守り、“エル”の力を取り戻す、そしてみんなで平和に暮らすのだ。
ローラ様はみんなに声を伝えた後、またすやすやと眠り始めた。
「まだ少し意思を伝えるだけでも大変なのね…レーリナ、ローラ様は何を召し上がるのかしら?」
「森の実や薬草よ。でも一番は、ラヤーナの薬だと思うわ。」
「私の薬?」
「そう。精霊たちがおいしそうに飲んだり食べたりしているでしょ?精霊はみんなローラ様とつながっているから、精霊たちが好きなものはローラ様もお好きなのよ。まだ赤ん坊の状態だから、固形のものは難しいと思うわ。ラヤーナがちきゅうで赤ん坊を育てていた時はどうしていたの?」
「乳児はミルクを飲むの。でもローラ様はミルクではなくて薬でしょ…そうねぇ…少し香りのある果汁が入った甘い薬水はどうかしら?哺乳瓶の様な物はないと思うから、スプーンで少しずつ差し上げるようにするわ。薬水は精霊たちが大好きなものだもの。」
「甘い薬水…ねぇねぇラヤーナ、レーリナもその薬水欲しいわ!レーリナだって精霊なのよ。みんなが美味しそうにラヤーナの薬を飲んだり食べたりしているのをずっと見ているだけだったの。すっごい欲しかったの。あ~レーリナもーなんだかお腹が空いてきちゃった!ラヤーナ、お願い!」
ラティとルルが、自分たちも欲しい!と言い出した。
「…ハイハイ…それじゃ、みんなの分の薬水を用意しましょう。これからローラ様に差し上げるものを何種類か作るから、レーリナそれを飲んでみてね。今日はラーゴの果汁入りの薬水を差し上げるつもりだけど、他にも作ってくるわ。ラティもルルもそれでいい?」
『いいの~!ラティね・ラーゴのが一番好きなの~・二番目は他の薬水なの~』
『‥るる‥ばーな‥まざるの‥すき‥』
「分かったわ。バーナの粉を薬水に混ぜたものも作ってくるわね。レーリナは?今まで見ていたのなら、何種類かはわかると思うの。リクエストはある?」
「全部!」
「…え…それはさすがに一度には無理よ…」
「え~…レーリナがお仕事頑張っているときに、みんなはラヤーナの薬をたくさんもらっていたのよ。ずるいわ…」
「…レーリナ、これから一緒にいるのでしょう?たくさん飲めるし食べられるようになるのよ。」
「…うー…わかった…そしたらレーリナは…マーゴを混ぜてほしいかな…」
「うフフフ…そう。それなら、今日はラーゴの果汁入りと、バーナの粉末入り、マーゴも果汁入りね、その3つを作るわ。」
ラヤーナが3人(?)の意向を聞き、薬水を作りに調剤室に行った。その間、3人でローラ様を見守る。
3種類の薬水を作るとお盆にのせ、テーブルに持ってくる。レーリナがローラ様を抱いてラヤーナを待っている。
『ラティ、ラーゴの!』
『‥るる‥ばーな‥』
『レーリナは全部!全種類頂戴。』
「はいはい。それなりの量を作ってきたから、みんな取り合いしないでね。ローラ様は何が一番お好きかしら?まずはラーゴの薬水を差し上げるつもりだけど、もしかして他の薬水が良いと思われるかもしれないから、一応ローラ様の分はとっておきましょうね。」
ラヤーナは3種類の薬水を小さな器にとりわけ、残りを3人(?)の前に置いた。
「さあ、どうぞ、召し上がれ」
3人が美味しそうに薬水を飲んでいると、ローラ様の目がパチリと開く。
「あら、ローラ様もお腹が空いたのね」
ラヤーナはローラ様の口に、小さなスプーンでラーゴ入りの薬水を少量ずつそっと含ませる。
ローラ様の目がキラキラと輝き、笑顔になった。
「よかった、この薬水はお気に召されたようだわ。」
ローラ様は取り分けておいたラーゴの薬水を全部飲みほす。それでもまだ口をもぐもぐさせている。
「…もっと召し上がる?バーナとマーゴが入っているけれど?」
ローラ様の目がキラキラと光る。
「…どちらも…なのね。お腹壊さないのかしら…一度にたくさんは少し心配だわ…」
≪ラヤーナ…心配してくれてありがとう…大丈夫です…ラヤーナの薬水はとても美味しいわ…それにとても元気になるの…だから大丈夫です…ラーゴももちろんバーナもマーゴも…大好きなの≫
4人の頭の中に、ローラ様の声が届く。
「大丈夫ならいいわ。さぁ、ローラ様、召し上がれ。」
ローラ様はバーナ入りの薬水も、マーゴ入りの薬水もきれいに飲みほした。
お腹がいっぱいになったのか、その後はまたラヤーナに抱かれて眠り始めた。
どうやらレーリナやラティたちと同じように、ローラ様も食いしん坊の様だ。
ラヤーナがそう声に出すと、みんな笑い出した。
『くいしんぼう~・みんな元気になるの~・ローラ様も・大きくなるの~・だからいいのなの~!』
その通りだ。