3-44 転移魔法
ここはサフェリアの都市ファーベルだ。ラヤーナの転移魔法で無事にセヴェリの家にたどり着くことができた。…が…
「…セヴェリさん…ちょっと…休んでも…いいですか…」
「…転移酔いをしたか…」
「…そういうのが…あるんですね…」
「あぁ。距離が短いと大したことは無いんだが…洋を超えるほどの距離の場合は慣れないと酔うことがある。」
「…セヴェリさんたちは…いつも…こんな感じに…?」
「俺たちは慣れている。それに転移魔法を十分に使いこなすことができるようになれば、酔わないように移動対象者を安定させる魔法も併せて掛けて移動させる。」
「…安定魔法も…掛けるんですか…」
「あぁ。それも空間魔法の一種だ。」
「使ったことない…」
「それはそうだろう。長距離の転移魔法の時しか使わないからな。」
「…ううう…気持ち…悪い…」
「とりあえず休め。」
「…魔力も…全然残ってない…」
「まぁそうだろうな…」
ふらふらと歩いているラヤーナをセヴェリは抱き上げ、客室のベッドにそっと寝かせる。
いつもこうして魔力切れがおこったり、体調を崩したりするとセヴェリが運んでくれる。申し訳ないとは思いつつも、セヴェリの大きな体で運んでもらうのは心地よく、気持ちが落ちついてくる。
「魔力回復の薬を飲んで、少し眠るといい。」
「…でも…マーケットに行きたい…」
「1,2ルラル休んでから行けばいい。少し体を休めろ。マーケットは午後までやっている。一休みすれば、転移魔法をもう一度使って帰る魔力は戻るだろう。回復してマーケットをまわってからヴェルネリアには戻ればいい。」
「…そうですね…そうさせてもらいます……」
しばらくベッドに横になるうちに、スーッと眠りに落ちた。セヴェリがこっそりと安眠の魔法を掛けたのだ。ラヤーナはセヴェリの家で2ルラルほど休んだ。目覚めた時にはセヴェリもラティも側におり、身体もすっきりとしていた。魔力も十分に戻っておりこれなら転移魔法を使って帰るのに問題はなさそうだ。
「セヴェリさん…ありがとうございます。もう大丈夫です。」
「そうか、良かった。」
「あの…ずっとここに…ついてくださったんですか?」
「あぁ。何処から襲撃があるかわからないからな。」
「あ…そうでした…私も気を付けないと…」
「今のところは大丈夫だろう。」
「はい。これからマーケットに行きたいです。それから…帰る時に転移魔法を使いますが、安定魔法も一緒に教えてください。できれば酔いたくない…」
「分かった。酔わない者もいるからな、最初に転移魔法を使うときはその感覚を知る必要がある。そのため伝えなかったんだが、様子が分かっただろうから帰るときに安定魔法を使ってみるといい。」
ラヤーナの調子が完全に戻ったところで、ラティ、セヴェリと一緒にマーケットに行くことにした。
『キラキラ~~~!・ラティ・キラキラ欲しいのね~~~~~!』
「あ、あの香辛料!セヴェリさん、ちょっとあれ見たいです!」
『こっちにもキラキラね~~・ラヤーナ~・ラティあれもほしいのね~~~!』
「あ、魔道具!!!え、あれ、どうなっているのかしら???ちょっと見てみますね。」
『アルバスのお土産のお肉なのね~~~~~!・ラヤーナ・あのお肉がいいのね~~~!』
「香草があるわ!あれは薬に混ぜたらどうなるのかしら…ちょっと買ってきますね!」
ラヤーナとラティは気になるものがあるとそのお店に行き、店主からいろいろと聞いた後、気に入ったものを次々と購入している。セヴェリはラヤーナに気づかれないように辺りを警戒しながらラヤーナの買い物に付き合っていた。
昼食を取りながら2ルラルほど買い物をし、この日は森の家に戻ることにする。
「セヴェリさん、すみません。たくさんまわっていただいて…」
「いや、好きなようにすればいい。いろいろ見つかってよかったな。」
「はい!…でも…まだまだ見たいけれど…」
「明日また来ればいいだろう。曜日によってマーケットに来る店も違ったりするからな。」
「そうなんですね。明日はどんなお店があるのかな…」
「明日の楽しみがあるな。今日はゆっくり休んで明日、また来よう。」
「はい!明日は魔道具屋さんのところへ行ってみたいんです。お祭りの時に町に来ていて、サフェリアに来たら尋ねてくれって言われているんです。」
「そうか。明日はそこへも行ってみよう。」
「はい。よろしくお願いします。」
帰りもラヤーナの転移魔法で森の家に向かった。
今度は安定魔法もかけ、魔力はその分余計に使ったが酔うことなく無事に戻ることができた。
「こうやって安定魔法を使うと酔わずに帰るんですね。行くときも使いたかった…」
「酔うということ自体を理解しないと安定魔法は使えない。だからはじめは仕方がない。安定魔法が無くても酔わない者もいるからな。」
「そうですか…」
「明日は最初から安定魔法を使って行くといい。転移魔法の制御もだいぶ理解できたんじゃないか?」
「はい。まだ少し魔力が無駄に流れてしまっていると思いますが、明日にはそれも調整できそうです。」
「明日は3度使ってみよう。」
「3度?行って、帰って、また行って…」
「その後の帰りは俺が転移魔法を使えばいい。おそらく2往復はまだきついはずだ。洋を超えるほどの距離の転移魔法をまだ二日目で4度以上使うと、魔力は足りても、身体に不調が出る場合がある。最低3日は慣らす必要がある。」
「分かりました。セヴェリさんにお任せします。…でも2回サフェリアに行けるということですね!」
「そうだ。」
「そうしたら…1度目は町で、2度目はサフェリアーヌの森に行ってみたいです。」
「…森か……そうだな…」
「森に行ったらまずいでしょうか?」
「…おそらく大丈夫だとは思うが…森の状態がな…」
「森の状態ですか?」
「そうだ。いとし子がいなくなり、今のサフェリアーヌの森は荒れていて良い状態とは言えないな。そこにラヤーナを連れていくのは…」
「様子だけでも見てみたいんです。だめでしょうか?」
「…森の中心部へはまだ連れていくことは危険だが…森の入り口で様子を見る程度なら…」
「それでもいいので、ぜひお願いします。ヴェルネールの森は元気になってきました。でも他の王国の森はきっと荒れているんですよね…」
「そうだな…」
「その森も元気になってほしいんです…」
「…いずれ…それはラヤーナが担う役割になる。」
「私の役割?」
「そうだ。だが…今はまだ早い。この世界が良い状態にならない限り、森の再生は難しい。」
「…そうなんですね…私の役割なんですね…」
「そうだな。だが今はまず…」
「分かっています。魔法のレベルを上げないと。でも森は見ておいてもいいですか。」
「あぁ。明日行ってみよう。」
翌日ラヤーナは転移魔法で町に行き、マーケットを見てまわった。昨日とは異なる店も出ており、昨日は無かった香辛料や香草、魔道具などを購入した。昼食を購入し、一度森の家に戻ってアルバスとも一緒に買ってきた昼食を取った後、再びサフェリアに転移することにした。
『ラヤーナ…おそらく他国の森の状態は良くはないだろう。』
「セヴェリさんもそう言っていたわ。」
『今何かをしようと考えない方が良い。状態を見て、これからどうしていくのかを考えるために確認をするだけにしておくんだ。』
「アルバスもやっぱりそう思うのね。」
『そうだ。この森はラヤーナの力と秘森にいる者の力のおかげであろうことは我にもわかる。だが他はそうではないだろう。今無理に他の森に手を加えない方が良い。良からぬものに森の力を利用されるわけにはいかない。』
「そう…そうよね。わかったわ、アルバス。これからどうしたらよいのかを考えるために見るだけにするわ。でも良からぬものって…」
『もしかしたら瞞し(まやかし)がいるかもしれん。』
「まやかし?」
『鬼獣のように実体があるわけではないが…良からぬ気の塊のようなものだ。森が力を失うとそのようなものが森に現れると言われている。気をつけよ。』
「分かった。ありがとうアルバス。気を付けていってくるわね。」
『ラティも・気を付けるのね~』
ラヤーナはセヴェリ、ラティと森の近くに転移した。ヴェルネールの森にあるような癒される感覚はこの森にはない。ラティは心配そうにこちらを見ている。
「ここが森…本当に荒れているんですね…」
「荒れている状態が分かるんだな。」
「はい…」
見たところは普通の森で、特に木々が枯れているということではない。
だが森が本来持つ癒しの力を全く感じとることができないし、森そのものの意志が非常に弱い。…弱い…というか…意思という欠片を残しているだけで精いっぱいという気がする。
「…でも…まだこの森には意思が残っています…とてもとても弱くて…今の私ではこの森を元気にすることはできないと思います…でも…きっと必ず…この森も元気になるように…元気にすることができるように私自身がその力を持てるように…これから必ずそうなってみせます。」
「そうか…」
「そういえば、アルバスが『瞞かし』というものが出るかもしれないから気を付けるようにって…」
ラヤーナがそう言いかけたところで、立っているところから見える少し奥に小さな動物がこちらをそっと見ているのが分かった。あれは何だろう?小さな動物だ…リス?に似ていて、大きな目を持っているようだ。
「あれは何かしら?」
ラヤーナがその動物に向かって歩き出したところで、セヴェリがラヤーナを急に引き戻した。
「きゃっ…セヴェリさん何を…」
「ラヤーナ!ちゃんと見ろ!あれが『瞞かし』だぞ!」
「え…」
もう一度そちらの方を見ると、リスのような動物の形が崩れかけていて、大きな目がさらに大きくぎょろりとしたものになって、口は大きく開かれギザギザと牙が口周りにぐるりと生えている。
「な、何あれ…さっきと違う…」
「『瞞かし』は自分の近くに来たものに『幻』を見せる。多くの場合は害のなさそうな、保護が必要だと思わせる形態をとる。うっかり近寄ると、そのまま身体ごとバリバリと食べられるか、そうでなくても魔力を吸い取られる。」
「そ、そんなことが…気を…付けないと…」
「そうだ。アルバスが気をつけろと言っていたんだろ。」
「…はい…すみませんセヴェリさん…もっと気を付けます。」
「森の状態が良くなれば、ああいう輩も無くなるはずだ。」
「分かりました。早く森を元気にすることができるように頑張ります。」
「ラヤーナのペースでいい。無理をしなくてもいい。今はまず目の前のことから一つずつ進めていくんだ。」
この後、セヴェリの転移魔法で森の家に戻ってきた。3回目の転移魔法を使い、森に行ったときはまだ気が張っていたからかもしれないが、家に戻ってくると思っている以上に疲労していることが分かる。転移魔法を3回使ったこと、森での出来事もあり、精神的にも疲弊しているようだ。
「今日も…疲れました…」
「転移魔法は飛んでしばらくは何ともないと感じるが、その疲労があとからくる。特に何度も使うとその疲労は夜にどっと来るんだ。魔力も使っているから、その分レベルは上げやすくなるはずだ。」
「…そうなんですね…」
「しばらくはつらいかもしれないが、短期間でレベルを上げるには耐えるしかない。」
「はい…あの…明日は…魔道具屋さんに行きたいです。今日、魔道具のお店に行ったらお祭りの時にお話した方が明日はいらっしゃるって聞いたので…」
ラヤーナはそう言いながら少しふらふらしている。
セヴェリはラヤーナに座っているように伝え、簡単な夕食を作るとラヤーナに食べるように伝える。ラヤーナはセヴェリの横で食事を取りながら、明日の予定を考えた。明日はサフェリアーヌの森にはいかず、こちらの森の家からサフェリアの町への転移を2回する予定だ。
とりあえず今は転移魔法を使って魔法のレベルを上げることを考えよう。
明日こそはオータムナスに会った魔道具屋へ行ってみよう…そんなことを考えながらラヤーナは眠りについた。