3-42 魔術師ディーデリック
「魔術師ディーデリック…?…もしや…」
「ディーデリックさん…ですか?」
「嬢はもちろん知らんじゃろ。もう1000年も前のことじゃからの…」
「1000年前の戦いのとき…ですか?」
「まぁそういうことなんじゃよ。その頃のことを少し嬢に話しておこう。」
「…少し…結界を強くしておいた方がいいな…」
「おぉ、そうじゃな…いろいろと名前が出てきては彼奴に気づかれてしまうのでの。」
「あ、すみません。よろしくお願いします。」
「まぁ、嬢がこの国に居ることはすでに知られておる。ここもおそらく彼奴等は把握しておるじゃろ。ここでの話は古い話じゃ。じゃが知っておくことで嬢にも心の準備をしておいてほしいと思うんじゃよ。」
「はい。わかりました。」
ギルド長とセヴェリ、二人で掛けられるだけの強い魔法を部屋の中に掛けていった。ラヤーナもよく気を付けて感覚を研ぎ澄ませるようにしたが、敵意を感じる気配も、こちらを伺うような気配もない。おそらく…今のこの時間が貴重なのだ…。何となくそう感じ取ったラヤーナはこの時間に聞けることは聞いてしまった方が良いと思った。
「1000年前…女神の代替わりの時じゃ…ローラ嬢に仕掛けたのが『め』ことメロウじゃ。ヴァルを己のものとしようとし、この世界を自分のものにしようとしたものじゃ。」
「はい…」
「この『め』じゃが、見た目だけは大層な美女であった。」
「…見た目だけって…」
「見た目だけじゃよ。ありゃ傲慢な奴じゃて。」
「傲慢なんですか?」
「そうじゃよ。欲望の塊のような奴じゃった。それが神に等しき力を持っており、ローラ嬢にとって代わろうとした。」
「ローラ様からも同じことを伺いました。」
「彼奴に懸想した男子は大勢居ったよ。彼奴は…そういう男どもを傀儡として自分のコマのように使っておったの。」
「…どの世界にもいるんですね…」
「嬢の世界にも居ったのか?」
「…いましたね…」
「そうか…であれば嬢も何となくわかるじゃろ…あの手の女子は厄介じゃて…」
「はい…」
「セヴェリもそう思うじゃろ…」
「…あぁ…」
「その懸想した連中の中に居ったのが、コリファーレの魔術師ディーデリックじゃよ。」
「魔術師の方だったんですね…」
「ディーディは彼奴に会うまでは、まじめな、国を想う、将来を嘱望された有能な魔術師で、よい青年じゃった…」
「……」
「初めディーデは彼奴を警戒しておった…じゃが気づけば蠱惑で魅了され…そして完全に魂ごととらわれてしまった…」
「魂ごと?」
「そうじゃよ、嬢。ディーデは彼奴のために自分の命をも差し出したんじゃ。彼奴をこのエルクトラドムの地に立たせるために。」
「何を…されたんでしょうか?」
「何をしたのかまではわからんよ…じゃがディーデはこう言っておったのじゃ…彼奴がこの地に立てるように自分がその礎を作る…自分の身を以ってその足掛かりを作る…」
「…であれば…ディーはコリファーレの地に何かした、ということだな…」
「おそらくな…じゃがそれが何なのかはわからんのじゃよ…」
「ギルド長…先ほど…ディーデの杖っておっしゃいましたよね?」
「あぁ…ディーデは魔術師じゃったからのぉ…いつも杖を持っておったのじゃ。その杖が、ディーデが自死をすると同時に消えてしもうたのじゃよ。儂が分かるのはここまでなんじゃ…。もしやあの杖が何か…、彼奴をコリファーレの地にとどめるために何らかの力を発揮しておるのではないかと思っての…」
「杖か…コリファーレの何処かにあるということか…」
「おそらくのぉ…じゃが、我らの力では見つけることはできんのじゃ…もし見つけることができるとしたら…」
ギルド長はラヤーナの方をそっと見た。
「私…ですか?」
「あぁ…嬢には負担ばかりを掛けることになる…ディーデの杖の場所が分かるとしたら…嬢のその『地の恵み』のスキルじゃろうて…」
「私のスキルが…」
「だめだ!ラヤーナには負担が大きすぎる。それに今コリファーレにラヤーナを連れていくことは危険すぎる。」
「それはわかっておるよ。それに儂も今は嬢にもまだ無理じゃろうと思うておる。」
「でも…でも…杖を見つければ…」
「ラヤーナ…いずれ…いずれ見つけるために力を貸してもらうことになるだろう。だがそれは今ではない。今はまだ他にやることがある。」
「…セヴェリ…お主も一人で探しに行こうとするでないぞ。杖はお主であっても見つからんじゃろう…」
「それは…」
「セヴェリ…今お主自身が言ったではないか。今はまだ他にやることがある、そうじゃろう。」
「…そうだな…」
「今…今、私には何ができるんでしょう?」
「嬢、まずはローラ嬢と相談をするがよい。そして薬を大量に作り保管をするんじゃ。そして、セヴェリとサフェリアに行き、空間魔法も含め魔法レベルを上げるがよいよ。」
「はい。魔法のレベル上げをとにかく目指します。」
「セヴェリ…わかっておるな。無茶はせんようにの。今ラヤーナ嬢は…森神人はこの地におる。何があっても守らねばならん。お主が離れれば嬢の身が安全とは言えんようになるぞ。」
「分かっている…離れない…この身はラヤーナを守ることに専念をする…」
「うむ…それが良いじゃろう…儂も今回は不覚を取らんように嬢を守るからの…」
「セヴェリさん、ギルド長…よろしくお願いします。」
「おお…それにおまえにもお願いせんとな…ラティ、嬢を守っておくれ。」
『ラティに任せるのなのね~・ラヤーナ守るのね~』
「…ラティ…俺からもお願いをする…もし…俺が守り切れないかった場合は…アルバスと共にラヤーナを守ってほしい…」
『セヴェリ・ラティに任せるのね~』
「セヴェリさん!守り切れないって…どういうことなんですか?それに、やっぱりセヴェリさん、ラティが見えるんですね。」
「…万が一のことだ…俺がラヤーナを守る…それに…ラティと話すのは今だけだ…」
「分かっています。何か…事情があるんですよね…」
『セヴェリね~・いっぱい事情あるのね~・でも絶対なのね~・おじいちゃんとセヴェリは味方なのね~・ラティもラヤーナ守るのね~』
「ラティ、セヴェリさん、ギルド長…いろいろと本当にいろいろと助けていただいてありがとうございます。よろしくお願いします。」
「いや、薬のことでもすでに嬢にはいろいろと助けてもろうておる。杖に関しては儂からお願いすることになるんじゃ。嬢、頼むぞ。」
「はい、ギルド長。」
この日は夜遅くまでいろいろと話し合った。今後コリファーレに行き杖を探しに行くことになるだろう。だがまずは自分の魔法レベルを上げなくてはいけない。
セヴェリとギルド長から、その他にもこれからの協力体制についてや、各王国との今後の取り決めについてを相談し、薬についても、新薬はギルドには送らず、空間魔法の倉庫に保管することなども決めた。この日は夜遅くになってしまったが、直接転移できるようになった精霊の森に行って就寝することにした。朝一番でローラ様たちに相談をしておいた方が良い、ということになったからだ。
翌朝、ラヤーナはローラ様たちと昨晩のギルド長とセヴェリとの話について相談をした。サフェリアに行くこと、いずれコリファーレに行って杖を探すこと等も相談し、概ね昨晩相談したように進めることになった。
「ラヤーナ…本当に負担ばかりを掛けてしまい申し訳ありません。」
「ローラ様、私は自分のできることをします。ローラ様も、レーリナも、この精霊の森の皆も、自分たちのできることを一生懸命してこの世界を守ろうとしています。私も少しでも早くこの世界が平和で過ごせるように、精いっぱい頑張ります。」
「ラヤーナ、よろしく頼みますね。」
精霊の森でローラ様たちに相談をした後、ラヤーナはこの店の自分の部屋に戻ってきた。まだお昼までには時間がある。セヴェリとギルド長がこの店で待っており、昼食を取りながらローラ様との相談についての確認をした。この後ギルド長はギルドに戻るらしい。ラヤーナ達は昼食を取った後、レスリーやユリア、騎士団の従業員にこの店のことを頼み、セヴェリと二人、町で大量の材料を買い込んでから森に戻った。