3-36 ラヤーナの不安 1
セヴェリと一緒に店に戻り、レスリーとユリアに会ってラヤーナはようやく落ち着くことができた。ラティは王とゲルハルトが相当怖かったらしく、ギルド長の部屋に入る前にラヤーナの上着のポケットに隠れてしまい、話の間一度も出て来なかった。お店について、ほっと一息ついても、まだポケットの中で、怖い~~~と言ってずっと中に居るままだ。そのままラティのことはそっとしておくことにしたのだが、顔色が悪かったラヤーナを心配したフランカが、まだ昼食を取っていないとラヤーナから聞き、消化の良いものを作ってくれた。セヴェリはちょうど従業員(騎士団を多く含む)が、増築した食堂で食事を取ると聞き、そこで一緒にお昼をもらうことにしたようだ。
今この店舗にはかなり強力な防御の魔法が掛けてある。敷地まるごと防御対象となっているため、大掛かりな魔法だったようだが、ギルドにとっても国にとってもそれだけ重要な場所、ということで、王国から派遣された魔術師がここの防御魔法を掛けたようだ。
「ラヤーナ、だいじょうぶ?」
「もう大丈夫よ、ユリア。お店、頑張ってくれているのね。とっても助かるわ。」
「うふふ~。ユリアね、いっぱいがんばってるよ!」
「そうだね。」
「お兄ちゃんもすごいよ!お店のちーふなんだって。」
「あら、そうなの?凄いわ。レスリーも頑張ってくれているのね。でも誰がチーフって役名を決めてくれたのかしら?」
「うん、僕頑張っているよ。ユリアには部下がいるからね。その人がね、僕がチーフなんだって言ってくれたんだ。」
「ユリアの部下?」
「そうだよ!ユリアの部下はセレスタンだよ。」
「えっ、セレスタンさんが?」
「そうだよ。もうね、ユリアが注意しないとすぐ女の人がいっぱいになっちゃうから、ユリア大変だよ。だからね、セレスタンは、ユリアの部下だから、ユリアの許可を取らないと女の人はセレスタンからは買い物できないの。」
「…なるほど…そういうことね。ユリアもすごいわね。」
「えへへ~、ラヤーナに褒められちゃった!」
「レスリーもよ。チーフさん、これからもよろしくね。」
「うん。お店のことは心配ないよ!ラヤーナもどんどん薬作ってくれてるし、在庫も今のところ大丈夫だよ。」
「そう、良かったわ。薬はちゃんと届いているようね。」
「うん。薬の在庫に関してはジェラールさんにお願いしている。彼は僕の部下なんだ!」
「そう、そうなのね。うん、いいわね、みんなちゃんとお仕事しているのね。」
どうやらユリアの護衛はセレスタン、レスリーの護衛はジェラールの様だ。セレスタンの女性からの人気もユリアにお願いすることで、上手くあしらっているようだし、レスリーもユリアも楽しそうに仕事をしてくれている。
二人の話では、フランカさんは女性の従業員を取りまとめていて、それを他の従業員(騎士団)がサポートしているようだ。
「今日ラヤーナは午後どうするの?僕もユリアも今日は仕事の日じゃないけど、…できればラヤーナと一緒に仕事したいな…」
「あら、レスリーは今日友達と遊びに行かないの?」
「うん。今日はみんな忙しいんだ。だからお母さんにも、今日は家で遊んでほしいって言われてる。」
「そう…そうね…あ…そうしたら、今日はお店の中の、店舗ではない部分にお部屋がいくつかあるでしょ?そこを少し改装しようと思っているの。ギルドの魔術師さんに、お店の店舗部の改装の時、一緒に他のお部屋の構造だけは変えてもらったけれど、お部屋の中をもう少し変えたいの。従業員で手の空いている人たちにも手伝ってもらって、一緒にお願いしていいかしら?」
「うん!もちろんいいよ!」
「ユリアも~!」
「えぇ、二人ともお願いね。」
この日の午後は、店舗部ではないお店の建物の部屋を大改造した。
ラヤーナが寝泊まりする部屋はそのままだが、そのすぐ隣の放置していた部屋を客室に変更した。その奥の物置のようになっていた部屋2つを片付け、1部屋は用途として色々使える部屋にした。必要になればここも客室にするつもりだ。もう一つの奥の部屋はそのまま物置のようにしてあり、ベッドや椅子、テーブルなど、使っていない家具など大きなものをこの部屋にまとめておくことにした。
ダイニングキッチンは大きな変更はないが、増築するときにギルドの魔術師さんにお願いし、もう少ししっかりしたキッチンに作り替えてもらっていたため、食事を取りやすいように少しテーブルや椅子の位置を変えた。その続きにある小ぶりな居間は、もっとゆったり過ごせるように、椅子やテーブルを片付け、物置になっていた部屋に置いてあったソファを置くようにした。さらに、客間として使っていた中途半端な部屋は、そこに置いておいた寄せ集めの家具を片付け、居間にもともとあった椅子やテーブルをそちらに置くようにし、商談等が必要な際に使える部屋にした。
ラヤーナ達は店舗に繋がっている新しく改築した広くなった倉庫の部屋も、在庫管理がしやすいように、棚を増設し、薬の在庫管理をしやすくした。この部屋の一角には転送ボックスが設置されており、森で薬を作った際、ここの転送ボックスに送られるようになっている。(セヴェリが転送していることになっている)
半日かけようやく片付けが終わり、ラヤーナはヘリット一家と夕食を取ることになった。セヴェリは騎士団との打ち合わせもあるらしく、食堂の方で食べるようだ。
レスリーやユリアたちの楽しい話を聞きながら夕食をいただき、ラヤーナはようやくリラックスし、気持ちを落ち着けることができた。やはり朝の王とのやり取りはかなり自分にはきつかったようだ。
ヘリット一家におやすみなさいを言い、ラヤーナは早めに店の自分の寝室に戻ってきた。するとしばらくしてラヤーナの部屋がノックされた。
「ラヤーナ、もどったか。」
「はい。セヴェリさん、今日はいろいろとありがとうございました。」
「いや、いい。こちら側もすっきりしたな。いろいろと気になっていたんだろう?」
「はい。皆さんに手伝っていただいて、セヴェリさんにもたくさん家具の移動をお願いしちゃいました。」
「それぐらいしか手伝えないからな。」
「いえいえ、それが大変なんですよ。」
「そうか。…ラヤーナ、この後時間はあるか?」
「はい。今日は早めに部屋に戻ってきましたし、午後に片付けをして気分転換もできました。大丈夫です。…今日のこと…ですか?」
「あぁ。ギルド長も来る。まだ他のギルド職員や俺の部下たちにも知らせない方がいい。」
「分かりました…。今日…綺麗にした客間でいいですか?」
「もちろんだ。」
「…私…飲み物等用意します。…私も…お話したいことが…」
「何か気づいたんだな…」
「はい…もしかしたら…程度ですけれど…」
「…そうか…やはり…」
「はい。セヴェリさんは、先に客間に行かれますか?」
「いや、一緒に手伝おう。今は…少しでも離れない方がいい。いろいろと厄介なことになっているようだからな。」
「…正直…そうしていただけると助かります。あの…部屋でこうしていると怖くて…一人…ではないんですけれど…やっぱり怖くて…」
「…気配を感じたか…」
「はい…後で、ギルド長がいらっしゃったら私の感じたことになってしまいますが、お伝えします。」
「分かった。」
ラティは今ラヤーナの首辺りに張り付いている。王が相当怖かったようで、先ほどになってようやくポケットから出てきても、こうしてラヤーナにべったりとしがみついている。
「あの…セヴェリさん…あの…もしかしてなんですが…この子、見えていませんか?」
ラヤーナは先ほどからずっと、ラヤーナの首にペットリと張り付いているラティを指して言った。
「………」
「…わかりました…」
ラティはセヴェリと一瞬アイコンタクトをしたのではないのだろうか…。そしてセヴェリは何も話さないものの彼の様子から、おそらく見えているが見えていることを声に出したくないということなのだろうとラヤーナは感じた。その理由は…きっと今日のこととも関係があるのだろう…この…防御魔法が掛かっている店の中でも油断はできないということなのか…
「ラヤーナ、支度はいいのか?」
「あ、今すぐにお茶の準備をします。セヴェリさん、…あの…その…」
「…ラヤーナ、大丈夫だ。俺がついている。心配せずに、今できることを考えればいい。」
「はい。」
ラヤーナはセヴェリと一緒にダイニングに行き、お茶や軽く摘まめるような軽食を用意し、客間へと向かった。ギルド長は転移魔法で直接この客間に来るそうだ。部屋に入りお茶の準備をしていると、すぐにギルド長が現れた。
すると、すぐにギルド長とセヴェリは念入りに部屋の中をチェックしながら、防音魔法や魔法防御、隠匿魔法など、いろいろと掛けているようだった。
ラヤーナ自身にも魔法が掛けられていないか確認をしている。
この間の『目』のような魔法も含めて、物や魔法等、異物がないか非常に細かい確認をした後、ようやく二人とも席に着いた。
「さぁ、この部屋はもう大丈夫じゃよ。」
「そうですか、良かった。ギルド長、セヴェリさん、ありがとうございます。」
「おぉ、茶も用意してくれておるの。うむ…旨いのぉ。やはり嬢の作るお茶は効果が高いのぉ。部屋に掛けた魔法分の魔力消費など、このお茶一杯ですぐに戻るわい。」
「ギルド長、いろいろと魔法をたくさんかけていただいてありがとうございます。それに、こんな時間までこちらにおいでいただいてありがとうございます。」
「いやいや。今日のことは急ぎ話し合っておいた方が良いことじゃからの。セヴェリ殿…セヴェリも…のぉ…王が嬢に話している間、ずっと睨んでおったじゃろ。」
「え、そうだったんですか?私全然気づかなくって…」
「嬢は、王からの誘いをどうやって断ろうかと必死だったからの。セヴェリは下手に口を挟むこともできなんだ…相手が王じゃからの…」
「…まぁ…そういうことだな…」
「さて…嬢。嬢は王について何か気づいておるの。儂は王の何かが怪しいと感じておるが、それが何かはわからん。森神人…神から直接力を授かった半精霊の嬢でないと気づけないものじゃろうと儂は思うておる。普通の精霊では王の気が怖くてそれどころではないからの。」
ラティはラヤーナの首に張り付きながら、首をぶんぶんと縦に振っている。
「セヴェリも同じじゃ。今のセヴェリでは、怪しいという勘は働いても、それが何かを見つけることは難しいじゃろうて。」
「今のセヴェリさん?」
「あぁ…それは……すまない…今はダメだ。」
「まぁ、そうじゃの。嬢、今は動くのが難しい状況じゃからして、こちらも慎重にならざるをえん。伝えるべきことはあっても今伝えることはできんのじゃよ。」
「わかっています。皆さま多くの事情や縛りがあって、その中でできることを考えていらっしゃっていますよね。いずれ…私も知るべき時が来るのでしょうけれど、まだその時では無い、ということですよね。私を守るため、世界を守るためだということも理解しています。ギルド長、私はギルド長を信頼しています。私を守ろうとしてくださっていることも、一番良い方法でということもわかっています。」
「そうか…そういってもらえると儂も安心じゃよ。いずれ嬢は全てを知る時が来よう…」
「はい。それでいいです。」
「さて、ラヤーナ嬢。嬢はあの王を見て何を思ったのかの?大層な美丈夫ではあろう。やはりあのような男に女性は惹かれるのかの?」
「え…いえいえいえいえいえいえいえ…絶対遠慮します。ちょっとあり得ません。」
「おや、嬢はあのような美丈夫…いけめん…じゃったかの?あのようなものは苦手かの?」
「ギルド長も『イケメン』という言葉を使われるんですね。」
「それはほれ、いろいろと教えてくれるものが居るでの。」
ギルド長はチラリとラティを見た後、ゆっくりと視線をセヴェリの方に向けた。あのコリファーレ王の美しさの反対にいるのが、ここにいるセヴェリということなのだろうか。
「その…美丈夫というのか…イケメンというのか…そういうのはあまり気にしたことはありません。男女限らず、その方が信頼できるかどうかの方が大事ですので…」
「フォッ、フォッ、フォッ。嬢は相変わらずじゃのう。よかったのぉ、セヴェリ。どちらでもお主は困ったじゃろうからの。」
「どちらでも?」
「うむ。まぁよい。して…嬢、何か気づいたことはあるか?」
「はい…あの…上手く説明できるのかわかりませんが、私が感じたことをお話します。」