プロローグ 現世での最後、そして転生
「はあ、また捨て猫か」
俺はため息を吐きながらノートパソコンで祖父から送られてきたメールを確認する。
ほんとに、一度飼い始めた生き物を捨てるなんて愚の骨頂、そんなことをする奴は淘汰されればいいと思うのだが、特定して殺人するわけにもいかないし、俺にはどうしようもないことだ。
俺にできることは、そんな飼育放棄された生き物たちが幸せな生活を送れるように里親を探し、保護することくらいしかできない。
俺が今いる部屋の隅にある檻の中、そこにいるのが先ほどメールに描いてあった捨てられていた黒い猫だ。
そのメールによると、段ボールに入れて捨ててあったところを近所の人が見つけて届けてくれたらしい。
古典的な捨て方ではあるがガムテープで閉められていたそうでとても悪質だ。
そのまま誰にも見つけられなければ衰弱死してしまっていただろう。
そのようなことをする人間がいることに怒りがこみ上げるがここで怒りをあらわにしても意味がない、一先ず黒猫の現状を確認することにした。
どうやら怪我はなさそうだが全体を確認するために、檻の扉を開けて抱きかかえようと手を伸ばす。
シャァァァァ!
黒猫は全身の毛を逆立てて威嚇をしている。警戒しているようだ。
無理もない、あんな酷い捨てられ方をしたんだ。人間に対して警戒するのは当然だろう。
「しかたない、檻から出してご飯をあげよう」
そのまま檻の中で餌を与えてもよかったのだが、檻の中では黒猫にもストレスが溜まる一方なので、庭に出すことにした。
庭は100メートル四方の柵で囲われた何もない草原だ、猫や犬程度ならストレスを与えずに済むだろう。
どうしてそんな広大な庭があるのかって? それは、俺が今いる場所が山の中だからだ。
そう、俺は今いるのは田舎の山中に立つログハウス。
この山は祖父の所有地で、獣医師の祖父は捨てられたペットを治療し、貰い手が見つかるまではこの山で保護しているのだ。
そして、獣医師を目指している俺は、獣医師の勉強しながらこの山で動物の保護を手伝っているという訳だ。
俺は、そんな庭に黒猫を開放した後、庭にあるエサ用の皿に少量のマタタビを混ぜたキャットフードを入れてからログハウスに戻る。
「今日は特にやることもないし、試験勉強でもしようかな」
コーヒーサーバーでカプチーノを作り、マグカップを片手に机に向かう。
カプチーノを一口飲み、私用のノートパソコンを開いて勉強を始める。
なぜ家に帰って勉強しないのかと思うかもしれないが、それは俺がここで勉強するのが好きだからだ。
山っていう静かな環境はすごく集中できるんだよな。
***
復習を始めて一時間、足元にもぞもぞした感覚がある。
俺にはその感覚に覚えがあり、足にほどよい気持ちよさを与えてくる犯人を名指しで呼ぶ。
「なんだ、リコかー?」
机の下をのぞくと足元から一匹の狐がこちらを覗いていた。
この狐の名前はリコ。
一年前に山の中で傷ついていたところを見つけて保護した狐だ。
当時、付きっ切りで看病していたためか大変懐いてくれている。
傷が治ってからは山に帰したのだが、すぐに戻ってきてしまうため、今となってはこのログハウスで飼っているのだ。
もちろんエキノコックス等の寄生虫は駆虫済みだ。
「どうしたんだ、遊んでほしいのか?」
問いかけながら抱きかかえるとリコは小さく声を上げた。
きゅぅぅぅー♪
俺はその声が公定の声だと受け取ることにした。
勉強を始めてから丁度一時間、確かに休憩にはちょうどいいタイミングではあったな。
そう、リコが寄ってくるときはいつも作業を始めてから一時間程度たってからだ。
ほんとに人間の言葉、行動を理解しているのでは、と考えてしまうほどに。
そんなことを考えながら、リコを抱えて先ほど黒猫を放った庭へ行く。
庭には黒猫のほかに三毛猫と柴犬がいた。
この三毛猫と柴犬は生まれて間もない子猫、子犬の時に捨てられていた子たちで、黒猫と同様に保護している。
ただ、黒猫とは違い物心つく前に捨てられたからか、特に人間への警戒心もなく人懐っこい性格だ。
実際に、俺が庭に入ると三毛猫と柴犬は俺に気が付き駆け足で寄ってきた。
「よしよし、お前らも遊んでほしいんだな」
三毛猫と柴犬の頭を少し撫でた後、庭に落ちていたゴムボールを放り投げた。
三毛猫と柴犬はゴムボールを追いかけてこの場から離れたため、俺は芝生の上に寝転がった。
リコも降ろして自由にしたのだが、離れようとせず俺の横で丸くなる。
「ほんと、こんなに懐くなんてかわいいやつだな」
リコを撫でながら、黒猫のこと、大学のこと、三毛猫や柴犬の里親募集のことを考えていると、温かい日の光がもたらす睡魔に負けてしまった。
***
にゃぁぁぁぁ
黒猫の鳴き声で目が覚めた。
どれほど時間が経っただろうか、日の傾きがあまり変わっていないことからそんなに時間はたっていないだろう。
「いったいなんだよぉ」
身体を起こして様子を見ると、黒猫は空を見上げてずっと鳴いていた。
俺は寝起きで外の明るさに慣れていない目を隠しながらも黒猫が見上げる先を見る。
「なんだあれ? 星……じゃないよな?」
黒猫が見上げる先には一等星のような輝きを見せる光があった。
夜になったら見とれるほどの星空になるようなド田舎の山ではあるが、昼間からこんなに強く輝く星は見たことがない。
なんだろうと考えていると、瞬く間に光が強くなり目の前が真っ白になる。
「うわ! なんだ!?」
そして、そのまま俺の意識は無くなった。
***
誤っている女性の声が聞こえる。
神王? だれだそれ?
疑問に思いつつも体を起こして声のする方を見ると、空に向かってひたすらペコペコしているきれいな青髪ロングストレートの女性がいた。
俺からはその女性の背中しか見えないが、白を基調としたワンピースドレスを纏う美しいプロポーションから、顔を見なくとも彼女が美しい女性であることが感じ取れる。
寧ろ、周りの光景と相まって、言葉で表せないほどの神秘性すら感じるほどだ。
「はい、はい、被害者の方々には相応の処置をしますので。はい、はい、失礼いたします」
どうやら会話?が終わったようだ。
女性が振り返り俺を見る。
思っていた通り、顔たちも整った美しい女性だったのだが、俺を見た途端泣き目ッ面になり駆け寄ってきた。
「目が覚めたのですね! 大丈夫ですか!? 意識はありますか!? 自分が誰か理解できますか!?」
「あ、はい、大丈夫です」
めちゃめちゃ焦っているようだ。
こんなファンタジーな空間にいたら焦るのは俺のほうだと思うのだが……ほかに焦っている人がいると逆に冷静になれることってあるよね。
「よかった、大丈夫そうですね、まあ、死んでしまったのですが……」
ん?
まてまて、いま死んだといったかこの人。
確かに地球とは思えない場所にいるなーとは思っていたが……
そんな漫画みたいな展開なんですか?
「死んだ? 俺がですか?」
「はい、貴方様、神室 冬輝様は雷に打たれて死んでしまいました」
彼女はうつむいて元気のない声でそう言った。
あー、確か空を見上げていたら星みたいなのがあって、それを見ていたら急に光に包まれたんだっけ。
でも死んだって言われてもあまり実感湧かないもんだな。
刺されたとかなら記憶なんかもあるかもしれないが、俺は痛みすら感じることなく気を失ったわけだし。
彼女は涙目の顔を上げると泣き叫ぶように言葉を続ける。
「しかし、ただの雷ではないのです! 裁きの神雷といって、女神が世界の調整のために使用を許される術なのです! それで私が裁きの神雷を使用したのですが……座標の調整を間違えてしまって……」
なんだ? 何を言っているんだこの人は。
言ってることがファンタジー過ぎて理解が追い付かない。
とりあえず女神とかなんだとか聞こえたが、話を続けるために少しずつ疑問を解消していこう。
「えっと、じゃあ地球の別のどこかに、その裁きの神雷を打とうとして打ち込む場所を間違えたってことですか?」
「はい、そんな感じです。正確には冬輝様のいた世界ではなく、私が管理している別の世界に打つ予定でしたのですが……その、座標の最初に決める”どこの世界に打つか”を間違えてしまって……」
あー、分かったぞ、この人さてはおっちょこちょいだな。
どういう原理かわからないが最初に決めるであろう情報を間違えるとかおバカすぎる。
というか確認とかしなかったのだろうか、もしかして過去の不可解な失踪事件とかの犯人ってこの人だったりして……、ま、まさかな。
「あーー、とりあえず何となくわかりました。あなたは女神様で、別世界に雷を放つつもりが間違えて僕の頭上に放ってしまい、その結果僕は死んでしまったってことでいいですか?」
「は、はい! その通りです」
そうかー、死んでしまったかー、もっと動物と触れ合いたかったな。
でも死んだとして、俺はどうしてこんなとこにいるのだろうか。
「それで、俺はどうなってしまうのですか?」
「生き返らせます! すぐに!」
「え、そんなことできるんです?」
そんな昨今流行りの異世界転生ものみたいな展開なのか。
じゃあ、別に悲観することない……のか?
「しかし条件があります、元の世界には復活できません。復活できるのは私が管理している別の世界です。元の世界に復活させると世界の秩序が壊れてしまうので」
「……確かに、死者の蘇生なんて聞いたことないですもんね」
「はい、しかし元の世界に近い文明を持った世界ですので順応しやすいかと思います」
詳しく話を聞くと復活する世界はこのような世界らしい
・人間のほかにも獣人、亜人、エルフ等が存在しており魔獣や魔族といったものも存在する。
・以前まで魔王も存在していたが、何十年も前に討伐されたため比較的平和。
・元の世界にはないスキルや魔法といった技能が存在する。
「それと冬輝様には三つスキルを習得した状態で復活していただきます」
俺と同じ年齢の平均スキル取得数が二つであるらしい。
少し待遇がよさそうだ。
「ほしいスキルなどありますでしょうか? 剣術や体術などの戦闘用スキルもございますが、治療、生産、農業、料理といった日常で使えるスキルなどもございます」
ほかにもいろいろあるそうだが元の世界での経験を考えると治療スキルあたりがよさそうだ。
全く新しいことをするのも面白そうだが、記憶を保持したままなら日本での経験を活かせたほうがいいだろう。
それに俺、運動音痴だもん、最前線で戦闘なんてしたくないし。
「んー、とっつきやすそうな治療かな? あんまり戦闘はしたくないしほかに便利なスキルって何かありますか?」
「でしたら生産スキルと解析スキルはどうでしょうか? 治療とも相性がよいと思われます」
生産と解析、なるほど、名前から察するに薬を作ったり状態を調べたりできそうだ。
「あ、じゃあそれでお願いします」
「わかりました! ほかにも習得したいスキルがあれば勉強して獲得することも可能ですのでいろいろ調べてみてください。冬輝様ならすぐ習得可能かと思います」
習得も可能なのか、元の世界での知識を具現化したものとでも思っておけばいいか。
「あと快適に過ごせるよう基礎能力を少しだけ上昇させておきます。ただ極端に上昇させるわけではないので過信はしないでくださいで」
「あ、はい、少しでもうれしいです」
もともと義務教育中のマラソン大会なんかだとワースト五位に入るほど体力に自信はなかったし、少しでも楽できるとなればうれしいものだ。
「以上で説明は終わりです。ほかに何か質問はありますか?」
「んー特には、あとは現地で調べてみることにします」
行ってみないとわからないことばかりだろうし、ここではこのくらいでいいだろう。
ゲームとかでも説明書とか読まないタイプだし。
それに、こういうのってなんだかんだ上手くいくのが定石じゃん? きっと女神様も一番平穏な街とかに飛ばしてくれるでしょう。
「そうですか、では蘇生を始めますね。先ず、この度は関係のない冬輝様を巻き込んでしまい申し訳ございませんでした。女神として次の世界で幸せに過ごせるよう、心からお祈りいたします」
徐々に体が光に包まれていく
「ありがとうございました。女神様もお元気で」
礼を言うと、さっきまで泣き顔しか見せなかった女神様が笑顔で手を振ってくれた。
やはり女性は笑顔が一番だと思いながら俺も手を振り返す。
さて、急すぎる展開だが新しい世界で新しい生活を送るんだ、頑張っていこう!
そして、再び意識がなくなった。
小説初投稿作品です。
文法等くちゃくちゃの部分ばかりかと思いますが、皆さんに楽しんでもらえるよう頑張ります!
変なところあれば後で直していきます。