夜の街
それから忘れかけていた馬の蹄を新調しにいく事にした。
馬車留めの主人に聞くと、すぐ近くにあるお店を紹介されたが、少し割高でやめておいた。もう一度戻って聞いてみると、今度は裏道にある工具屋を案内してくれた。
「こんにちは」
ギィと、傷んだ扉の音で主人は出てきた。
「どうも、おや…、妖精連れなんて珍しいね」
「おじさん見えるの」
うんうんとにっこりしながらバジルの頭を撫でる。
「昔は沢山いたんだけどねぇ…」
そこからは聞いた話の繰り返しだった。
上機嫌になったところで蹄の話をすると、一緒に見てくれることになった。
連れて戻ると、馬車留めの主人は驚いていた。
「珍しいな、お前がちゃんと仕事してるなんて」
「随分なあれだが、妖精に頼まれちゃ断れないだろ」
妖精…、と男は戸惑った様子で私の方を見てきた。
すると気づいたのか、今まで仏頂面だった男は目をまんまるとさせた。
「お嬢ちゃんのポケットに入ってるの、妖精か」
「おじさんも見えるの!」
バジルは近くに飛んでいくと、手に乗り頭を撫で回されたが、嬉しそうだった。
やはり、この街の年配者は妖精と生活していただけあって、見える人が多い。
ひとしきり昔話を聞き、忘れてたと言わんばかりに馬車を見てくれた。
「結構使い込んだね。どれくらい旅を」
「三年程です。一度替えたのですが、この辺の荒野の砂は厳しいですね」
うんうんとおじさんは聞いた。
蹄を外してレンズで見て、おじさんは一旦店に戻っていった。
暫くかかるとの事で、一旦その場を後にする旨を告げると、馬車留めのおじさんは気にしなくていいよと言ってくれたので後にした。
陽は傾き、長い棒を持った業者が、街灯に火を灯していく。
噴水広場に向かい、少し腰掛けて待つことにする。
陽が落ちきる前に、ロボはやってきた。
後ろに変わった服を着込んだ、こちらも白髪だった。
「おまたせ。夕食彼も一緒でいいかな。」
はい、と目線を送る。
この人も獣人だろうか。
見ているとにっこりと笑った。
「はじめまして、ロボと同じくギルドの調査団に所属するランです」
手を差し出してきたので握手をする。
あぁ、この人も獣人だ。
手の皮が厚くごつごつとした感触、それも人の肌とは若干違う弾力の強いものだ。
手の感触が楽しくて、離すのを忘れていると、
「おや、ランを気に入りましたか」
はっ、と恥ずかしくなりすぐに手を話した。
ランもロボも笑っている。
「い、いえ。獣人の手の感触が面白くて」
「よく言われます。」
では行きましょうかと昼とは違う店に向かう道中、ランとロボは同郷の獣人族だという事を再度聞かされた。
同じ獣人で、しかも同郷なのに結構違うな…と思ったが、それは人間でも変わらないだろうと口を噤んだ。
「そういえば、何か食べたいものはありますか。」
「肉かな」
「肉です」
と会話にならなかった。
噴水広場から立ち並ぶ店の中で、大げさな肉の看板を出した店に入ることにした。
店に入ると人気なのか満席だった。
だが、奥のテーブルが丁度立ち上がったので、タイミングは良かった。
ランは椅子を引いて、レディーファーストと言っていたが、その間にロボは座っていた。
「凄いね。肉の種類がたまらん」
メニュー表をとり見てみると、確かに種類は多かった。
普段、店で出る肉というと牛、豚、鶏。少し地方に行くと兎と猪。
この店はそれらは網羅して、魔物の肉も取り扱っていた。
ランとロボは懐かしそうに魔物の話をしている、様子を察するに昔はよく食べていたそうだ。
私は何度か機会があったが、ちょっと怖くてそれは避けてきた。
バジルは私が食べるものの葉物だけ別に持ってきてくれればいいと言ってテーブルに座っている。
「あの、私食べたことがないのですが、魔物って美味しいのでしょうか」
「ああ、美味しいよ。家畜とは違って運動量は多いし、独特の野性味は癖になる」
ランは目を輝かせてそう言った。
ロボはメニュー表をみたまま、
「いや、美味いも何も。ハルは昨日食べてたじゃないか」
「はい?」
「ラール=フーの館で、君が山盛りにしていた肉は魔物の肉だったよ。てっきり好きなのかと思っていたが」
なんというか、初体験だと思っていた期待感が削がれる思いをしながら、ただあの味かと思うと魔物の肉を注文していた。
それから食事中は一言も発さなかった。
なんとなく恥ずかしさで、あまり喋らないようにしていたが、そういうのは気にしないのかランはずっとからかってきた。
ロボも調子があがってきたのか、酒を注文するとそこからはわいわいと騒ぎ始め、昨日からは想像出来ないほど油断していた。
ランと会って安心したんだろうな。
バジルに目を配ると、にっこりと笑顔を還してくれた。
「なんか久しぶりだね、楽しいの」
「そうだね。なんか懐かしい。私も呑んじゃおうかな」
私も酒を注文しようとすると、ロボが慌てて待て待てと手を出す。
「いや、流石に成人してない女の子に酒は呑ませられん」
ランはいいじゃないかと背中を叩いた。
「いや、私成人してるんですが」
「バレバレの嘘を付くな」
しゅんとして、諦めた。
一人旅を始めてから宿の中ではひっそりと呑んでいた。
それこそ最初は、冒険心からのものであったが、今はちょっとした楽しみである。
せっかくの美味しいお肉なので、お酒を呑みたがったが言われてみれば規律を守るギルドの人間の前であるから、止めるのは当たり前だ。
間が空いて、ロボがトイレに行った時ランはまた酒を注文した。
既にこの空間が酒気で満ち、少し気持ちよくなる。
「ランさんはお酒強いんですね」
「いや、俺だけってわけではないな。獣人は酒に強いし、酔いもすぐ覚める。」
店員がお酒を持ってきた。先程頼んだ分だが、グラスは二つ。
それをこちらに回して、酒を注いだ。
「一杯ぐらいならわかんねえだろ」
ランの言うがまま、頂くことにした。
暫くして、ロボが疲れた様子でトイレから戻ってきて、私のほうを見た。
「お前呑んだな」
グラスはもう飲み干した後だったが、顔は真っ赤。
尻は隠れていなかった。
それからは酒を頼んでも、ふたりとも何も言わなくなった。
「それで、あのギルドはどうするんですか」
他の客もまばらになったところで気になっていた話をする。
ランは大きなため息をついた。
「あぁ、あそこはもう駄目だ。」
「駄目と言うと」
ロボが割り込んでくる。
「取り壊しだな。信頼も正義もないギルドは」
おいおいと、ランは言ったがロボは酔っているのか、顔を赤らめて怒り出した。
「第一、ギルドが一個人と手を結び、人を襲わせている時点で極刑でも仕方ないものを、あいつらは全く知らないと言ってきやがった。俺が身分を明かしてもだ。」
「だがなぁ、そんな事したら誰がこの街を守るんだい」
「知らん。この街は骨の髄まで腐ってやがる。それに頼りにしてるならラール=フーにでも守ってもらえばいいだろ」
なだめるランの手を振り払い、ロボはふてくされている。
しかし、実際難しい問題だ。
二人の様子からギルドを潰してしまうことは簡単だろうが、そうした時、誰がこの街を。
ラール=フーが果たしてやるだろうか。
いやいや、仮にやったとしてもこの街は終わりだろう。
「完全に潰すなら、いずれラール=フーのところも調査は入る。時間はかかるだろうが、一度正常化しなければ立て直しは無理だ」
ランも私も何も言わなかった。
暫くして店を出て、代金をだして貰ったお礼を告げた。