錬金術の館
先程と同じ部屋だが、女性たちはいなくなっていた。
ドレスを一人で脱ぐことは難しかったので、バジルに手伝ってもらいながら脱ぐ。
かごに入った着替えを順番に来て、水を出して化粧を落とす。
鏡を見て、ちょっとガッカリしたが、こういう世界もあるんだなと。
バジルはもう眠そうだったので、肩ではなく胸のポケットに入れて、部屋を出た。
「どうも、着替え終わりました」
「ではこちらです。」
男性はここでの仕事が長いらしく、食事や演出の話をしてくれた。
今日でた料理のほとんどがこの街の外から仕入れたものらしく、十日に一度宴を開くこの館では日々、新しい食材が入ってくること。そしてそれ専用に商人を雇っているらしい。
「貴重な経験をありがとうございました。」
「是非、またどこかで。」
最後にお辞儀をすると、男性もお辞儀をして見届けてくれた。
街の灯りはほとんどない。
この時間は街灯も消えるらしい。
やはり夜道は危ないなと、今日頂いた光魔法の本は近いうちに読んでおこうと思った。
噴水広場が近づいてきた時、どこかで物音がした。
その音にバジルも目を覚ます。
油断していたわけではないが、構えをつくり少し手に魔力を集中させる。
しかしそれ以上の音はない。
「バジル、灯りを」
言うと同時に白い光の玉が方の上辺りを跳ねる。
強い光りではないが、少し先まで道が見える。
来た道を戻り、確認しながら道を見るも特に何も見つからなかった。
気のせいだと自分を言い聞かそうと思ったが、あれは間違いなく気配で、怪しさを感じた私はバジルにひとつ相談をした。
元の場所まで戻って、噴水に腰掛ける。
胃を休める意味もあったが、ただ黙々と待ち続ける。
十分程経った時、足音なく一人の男が現れた。
「先程はどうも、冒険者さん」
白髪の男性だった。
少し服は破れ、髪も乱れていたが笑顔は変わらず紳士。
同じ様に噴水に頬杖をついた。
「あそこに魔法陣を描いたのは貴方で」
「えぇ、不審な気配を感じたものですから」
「なるほど。冷静だね」
バジルは男性の肩に乗ると、白い光を放った。
その光でようやく気づいたが、怪我もしている。そこを癒やしているのだ。
「どこでその様な怪我を」
「館を出て、ここへ向かっている途中だ。君の後すぐに出たんだが、後ろから襲われた」
「相手の顔は」
「いや、暗くてわからなかった。三人組の、あまり腕は良くなかったから、風を飛ばしたら逃げていった。」
三人組と言うと、先程の冒険者だろうか。
いや、そもそも館にあれだけ居たのだから断定するのは早いか。
老紳士は少し休み、バジルは施しを続けた。
暫くして立ち上がり、また道へ戻ろうとする。
「また行くのですか」
「えぇ、輩は排除すべきだ」
「ただ、また同じ事になるかと思います。」
男は険しい顔をして、振り返った。
「なら、冒険者。貴方を雇いますから、ご協力いただけませんか」
「これは組んだ上で言いますが、戦闘は全く役に立ちませんよ。」
謙遜ではなく、生活重視で魔法を鍛えてきた私に戦闘で使えるものなどほとんどない。
ふ、と笑った後、男は先頭は任せろと言っていた。
先程やられて出てきた姿からあまり信用はない。
男は名をロボといった。
ここよりも想像つかないほど北の国の獣人だという。
獣人に会った事はないが、本で読んだことはある。
だが、それは童話の様な本で体中に毛が生え、尻尾もあるというのだから、現実ってあまり面白くないなぁと思った。
少し話し合って、前衛はロボが努め、後ろは私とバジルで固めることにした。
バジルが探知魔法を使い、獣人のロボは鼻で探す。
暫く道を戻っていると先程の魔法陣のところへやってきた。
「一応確認するが、この魔方陣はどんな効果が」
「それは秘密です。きっと、いや多分、うーん、役に立つと思います」
ふふ、とロボが笑った時だった、風の切れる音がする。
和やかな雰囲気は一転し、ロボは殺気を放ちながら辺りを見回す。
気をつけろ、そんな言葉をかけようとした時には、ロボはもうそこにいなかった。
壁から鈍い音。直後瓦礫が落ちてくる。
「獣人ってすごいなあ」
バジルと共に上を見上げると、家の壁を蹴り上げ矢が北方向にかけ上げっている。
それを見て、男たちが何かを言っているが逃げる間はなく一人、また一人となぎ倒している。
壁は登れないので、上を見ながら追いかけていくと下にも何人か現れた。
当たり前だが、友好な雰囲気ではない。
右手を向けて手のひらに力を集める。こういう時は先制攻撃がいいと教わった。
「ハルは魔力が多いから、本気で打っちゃダメだよ」
バジルに注意されて、いつも洞窟を作るくらいの力で三発、方向も感覚も開けながら放つ。
大きい爆発音が響く。
そして音と同時に一瞬明るくなった。
人影は5人か。
ロボはまだ戻ってこないが、雄叫びは響く。
「火球は見えるから、風とかのほうがいいかも。そんなに強くなさそうだし」
言われるがまま、もう一度力を込める。先程と同じくらいで、切り裂くイメージ。
間髪入れずに打つ。
緊張からか少し力んだが魔力は問題ないし、悲鳴を聞く限りしっかり効いてる。
「間合いを詰めるよ、ハル」
「うん」
バジルが今度は大きめの光り魔法を使うと、ハッキリと敵の姿が見えた。
風で伸びたのか一人は樽に突っ込み、もうひとりは焼けたマントで地面に伏せている。
先を見ると逃げるのは二人、一人はどこか迷い込んだか。
あと二人は的確に狙う。手のひらではなく指先に――人差し指に意識を集める。
親指は立て軸を合わえる。残りの指は等間隔に開いて感覚の調整。
「範囲は狭いから強めでいいよ。」
グッと力を込める。
指先は逃げた男の腰あたり。
焦り逃げる直線的な走りは意図も簡単に定まった。
ヒュン、という矢の洋や音と同時に男に刺さっていた。
威力だけでなく、速度も上がるのか。
油断せずにもうひとりもこれで仕留める。
「ハル、後ろ!」
全身黒尽くめの男がすぐそこまで迫っていた。
まるで殺気を感じず、この距離でも焦る様子はない。
かなりの手練だろうが、そんなのは関係ない。
直後、土煙が上がり鈍い音が響いた。
煙と音で不穏を察知したのか、ロボも戻ってきた。
「いまのは」
「秘密兵器です」
先程の魔法陣から尖った岩が突き出している。
これで全部だろうか、バジルを見るとあくびをしているからもう反応はないみたいだ。
ロボは人を一箇所にまとめると、ギルドに報告すると去っていった。
なので、少し嫌な立ち回りではあるが、ここでもう暫く待機刷ることになる。
光源は人山の近くに残し、手頃な瓦礫に腰を下ろした。
既に音は響いていたので、辺りの建物から光が漏れてくる。
道の先には白ローブも集まってきてたが、事は起きた後なのだからすぐに去っていった。
「食った飯分は働けって事かな」
「間違いないね」
ロボの足は流石だった。座って煙草を点けて間もないうちに自警団を連れてきた。
これでようやくお役御免か。
ロボは自警団とギルドの人間に事情を説明していた。
暫くして、私も呼ばれた。
今日の出来事をを分かる限り話すと、ギルドの人は少し悩んでいたが、今夜は遅いからと話の続きは翌朝行うことになった。
連行されていく彼らを見届けると、ようやくロボは元の姿に戻った。
「かっこよかったです、その、獣姿」
「なりたくなかったんだが、止む終えない状況だったんでね」
服はもうボロボロで着れなさそうだった。タオルはあったので、腰巻きにと渡すといつの間にか丁寧な紳士に戻っていた。
それから、ロボと少しだけ会話して、朝一ギルドで集合することにした。
明日は遺跡に行く予定だったが、これは終わり次第といったところ。
騒がしかった路地は次第に静まり返り、灯りも減った頃
夜が戻った。