錬金術の館
さて、ラール=フーの誘いをどうしたものか。
流石に命と美味いご飯は天秤にかけられないが、注意していればタダでご飯にありつける。
外は既に暗く大通りに出てようやく街灯に照らされた。
先に宿を取ろう。
馬車留めの近くへ戻り、無愛想な受付に宿を聞く。
すぐ近くの赤い屋根の宿を指差した。
「あそこは晩飯はクソだが、朝飯はうまいんだ。珍しくちゃんとしたパンを出すからな」
「パン?パンって固くてあまり好きじゃないなぁ」
「だとしたら尚更だな。あそこのパンは固くないんだ。食ったことないなら一度は食っとけ」
あまり職に興味がなさそうなおじさんに、そこまで推されるともう口の中はパンだった。
「ありがとうございます」
おじさんは手だけ振った。
荷台に戻って、宿に持っていくものだけをまとめる。
そんなに多くはないけど、まだ気持ちは女である。
万が一、館へ行く可能性もある。まだ決めてないし。
ならば、最低限身だしなみを整えられるようにしておかねば。
荷物を整えて、赤い屋根を目指す。
中に入ると、外から見えたとおり少し古かったが、手入れはしっかりされている。
二泊すると伝え、料金は前払いだったのでタオルも一緒に買うことにした。
二階の角部屋。この店一番のオススメらしい。
一番のオススメが空いてるって事は、他に客はいないのだろうか。
軋む階段を昇り、一番奥の部屋。
扉を開けると、ふわっといい香りがする。
「ラベンダーだ!こういう演出いいね」
「そうだね。ちゃんと女の子って思ってもらえたみたいだね」
部屋について鍵をかけ、カーテンを締めた。
ようやくプライベートな空間になったので、来ているものを一気に脱ぎ捨てた。
「ふ~やっと開放された。このまま寝ちゃいたい」
「おつかれー、なんだかんだずっと馬車だったもんね」
化粧台に置いた鉢植えにバジルも寝転んだ。
ガッと上半身を起こして、煙草を吸う。
そう、まだ今日は終わってない。
「さて、お姉さんの話も踏まえて、この後どうしましょうか」
「なんか怖くなっちゃったね」
心にも思ってなさそうに、葉っぱに体をこする。
「でも、冒険者がいなくなる館か。」
「面白そうだと思ってるでしょ」
「・・・・」
興味はある。好奇心と恐怖心を天秤にかけたら圧倒的に好奇心が勝る。
だが、毒を盛られたりしたら流石に困るな。
「バジルがついてきてくれるなら行こうかな」
「別にいいけどなんで」
「バジルも美味しいもの食べたいでしょ。皆で食べたほうが美味しいよ」
「そっか。」
バジルの説得はいつも簡単でいい。
だが、行くとなると今度は服がない。
一旦、荷台から持ってきた桶をテーブルに置いて、水魔法を使う。
かなり弱めに意識して、ちょろちょろと桶を貯めた。
バジルは相変わらず、嫌そうな顔をしてその光景を見ている。
気にしないように今度は水の中に指を入れ、火魔法を――ライター代わりに出した小さい日をイメージする。
魔力を直接体から出す状態では、火はそう簡単に消えない。
水の中で揺れ動く炎を見ていると、水はふつふつと沸騰を始めた。
「バジルもお湯使う?」
ふるふると首を横に振って、寝転んでいる。
借りたタオルを濡らして、体をまんべんなく拭いていく。
全身を拭き終えて、一息ついた後荷物からクリームを取り出して全身に塗る。
背中はいつも通りバジルに頼むが、匂いが合わないようで不細工になる。
塗った直後に下着は着れないので、暫く全裸のまま巻物をテーブルに広げた。
魔力が宿った巻物を広げると、毎回バジルが体をこすりつけようとやってくる。
「さて、明日の話だけど」
地図の中から街を見つけ、印を打つ。
そして紙の端を摘み、魔力を充てていく。
弱い魔力を充て続け一分程経つと、じわっと光を放ち始めた。
光の点は無数に存在した。それにはいくつか形があり、達成状況が分かるようにしておいた。
例えば、丸の印は調査済み。バツは探索予定。三角は噂話の類で、見た遺跡が分かるようにしてある。またこれとは別に、見た遺跡に関しては一枚ずつ調査書をまとめているので、三年経った今では荷台の隅に存在感を出していた。
「明日の遺跡はよさそうかなぁ」
バジルが明日の予定地を指でぐりぐりなぞる。どうやっているのか不明だが、バジルが触れたところは虹色に光る。
「明日行くのはそんな大きくないから期待はできないかな。」
体が乾いてきたので、下着を穿いて煙草に火を点ける。
「でも大きくても今まで何の成果もないじゃん」
「まぁ、そうなんだけど」
明日行くのは龍の爪って呼ばれる遺跡。
立派な名前だけど、爪って沢山あるから同じ名前の遺跡は各地に点々としてる。
あまり期待はしてないけど、古代文字くらい発見出来たらいいかな。
いくらか荷物に詰めてきた服を見てみたが、どれも日常的に使い勝手がいいものばかりで、お洒落には程遠い。
とりあえず、一番綺麗な服を選んでバジルに聞くが、いいんじゃないとしか言わないから良いんだろう。
陽はすっかり落ち、星が目立ち始める頃に宿を出た。
噴水広場まではそう遠くなく、街灯で明るいそこはまだ賑やかだった。
「異国情緒だね」
噴水を避けるように作られた街道を弧を描きながら歩く、そばにある店は灯りがついて酒場や、肉屋、大体の店は陽が落ちても営業している。
その並びに一際大きい建物があり、そこはギルドだった。
「バジル、ちょっと寄るね」
「いいけど、いいの?」
「うん、こっちのほうが大切だ」
ギルドの中は、受付嬢と奥のテーブルに座る三人組だけで、閑散としていた。
この時間帯ということもあるのだろう、割と平和な街なのか。
「こんばんは、冒険者さん」
「こんばんは」
受付嬢のお姉さんは、髪を後ろで束ね、メガネが似合う美人だった。
鞄から鉄のプレートを出して机に置いた
「この街初めてなので、登録お願いします」
「はい、……ふふ、結構色んな場所巡ってるんですね」
三年旅したそれには、登録済みの街が刻印されている。
おおよそ、私くらいの歳でこの刻印の数は中々見ないだろう。
お姉さんは引き出しから細い棒を取り出して魔力を宿すと、そっとプレートに押し付けた。
それはゆっくりと鉄に埋まり、象った。
「はい、これで登録完了です。」
「ありがとうございます。ついでにと言ってはアレですがご相談がありまして、明日こちらのテーブルを一卓借りたいのですが。」
「えぇ、別に構いませんがどういった用件で?」
不思議そうな顔をする。
バジルには目線を送らないので見えてはなさそうだ。
「実は私の国の技術で、冒険者の適正診断が出来るんです。…占いみたいなものですけど」
少し悩んだ素振りをしていたが、私を見て微笑んだ。
「はい、大丈夫ですよ。ただ、少しでも怪しい感じがしたらやめてもらいますから」
「ありがとうございます。街によっては怪しい占術は認めないと止められた場所もあったので助かります」
「でしょうね。でも、あなたみたいな可愛い子がそんな事するとは思えないから、気にせず頑張ってね」
「はい、がんばります」
笑顔で手を振りギルドを後にする。
この仕事は大した金にはならないが、どちらかというと情報収集が出来るのが強み。
さて、すんなりと話が終わったので、向かうには丁度いい頃合い。
噴水通を抜け、探しているとバジルが服を引っ張った。
「ハル、あれじゃない?」
見上げると、金の球体が屋根についた、たしかにこれは趣味が悪いという建物だ。
入り口前には松明で火が灯り、白いローブに白いターバンを着た男たちが迎え入れている。
入り口周りには三人ほど、その流れにのることにした。
「こんばんはお嬢さん」
「こんばんは、ラール=フーさんに招待して頂きました」
その説明をすると、聞いた男はもう一人の下へ走った。
少し怪しい雰囲気だが、すぐに戻ってくると笑顔で館へ案内してくれた。
「もしよろしければ、衣装を用意しておりますので」
やっぱり駄目か、という気持ちはあったが、失礼な感じはなく、スマートに案内してくれた。
言われるがまま、衣装部屋に通されると服装は同じだが女性が二人待機していた。
「おまちしておりました。ふふ、かわいいお嬢さんね」
そういって両側につくと、笑いながら服を剥ぎ始めた。
残ったのはパンツだけで、もはや胸を隠すのも恥ずかしい。
微笑む女性たちは二人で話しながら服を選んでいる。
「異国情緒だね~」
「…そうだね。」
暫く待つと、今度は慌ただしく足を上げ、袖を通された
「うん、いいじゃない。やっぱり朱よ。」
「うんうん、白い肌が映えるね。可愛らしさも残しつつ、色っぽさも」
バジルは化粧台の上で腹を抱えて笑っている。
ほら、と言われて姿鏡の前に立ってびっくりした
「どう、お姫様」
「え、えぇ…、この様なドレス初めて、ちょっと驚いてます」
ドレスの合わせが終わると、そのまま化粧台に座らせられた。
こういう事はさっぱりなので、顔に色々塗られていくが、抵抗する暇もなかった。
化粧が終わり、鏡の前に立たされる。
もはや自分の顔など残っていなかった。
「うんうん、お似合いですね!」
うんうんうん、ともうひとりも頷いた。
一礼し化粧室を出ると、先程の男が笑顔で待っていた。
案内されるがまま、奥の広間に行くと眩しいほどに真っ白な大理石に包まれ、紅い絨毯が敷き詰められている。
広い部屋だが、人は多く、お金持ちのパーティーってこういうものなのかとまじまじと見る。
中央は開けているが、それ以外の壁際には白い布がかかったテーブルに、銀の皿が用意されている。
その日常離れの光景に少し圧倒されていると、
「おや、来ていただけたんですね。どうもありがとう」
ラール=フーが背後から現れた。
「どうも、お邪魔しております」
「邪魔だなんてとんでもない。旅人は丁重にもてなすのが、我が一族の習わしさ」
肩をぽんと叩かれ、手を掴むと軽く口付けまでされた。
こういうのって本当にあるんだ。
「それにしても、朱色のドレスが素晴らしい。また後でお話しましょう」
そのまま中央へ歩いていくと、手をぱんぱんと二回打ち鳴らした。
「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます!今宵は私ラール=フーの帰還パーティーです。堅苦しいことは抜きにし、今宵は存分に楽しみましょう」
ラール=フーの言葉と同時に歓声が上がった。
その後、広間の扉が開き、料理が運び込まれてくる。
肉を確認して、私もなくなる前にと急ぐとバジルはもう肩にいなかった。
目を配ると、どうやら果実の乗った皿へ向かっていっていた。
パーティーが始まってすぐは皆、料理へと向かっていたが暫くすると落ち着いた時間が流れた。
舞台に立つ楽器隊の演奏も上品で、とても気分が良い。
バジルにも果物を取り分けて、私も肉を山盛りにし部屋の隅、窓際によりかかりながら頂く。
「バジル、どう?」
「ん、美味しいよ。」
「いや、この館の事」
探知系の魔法は全く持っていないので、ほぼバジルに頼るしかないが。
昔から勘は良いほうだと自負している。
得体のしれない、ぬるいそんな空気がここには充満している。
少し怖かったので、料理は取り分けてからバジルに見てもらい食べた。
最初にとった肉は、胡椒が効いていて肉汁もたまらないし、切ると中がまだほんのり赤いハンバーグは是非もう一度取りに行こうと思う。
あれから小一時間食べ続けた。
少し気持ち悪くなったが、これは食べすぎのせい。
バジルも堪能したのか、肩に寝そべっている。
お酒も呑みたかったが、流石に鈍るのは怖かったし、それは遠慮した。
窓の外は星がきれいで、何組か外に出ている。
私も外に出て冷たい空気をめいいっぱい吸い込んだ。
吐き出すと白くなり、夜はまだ冷えるなと思いつつ、口臭さにムッとした。
「こんばんはお嬢さん」
振り返ると、白髪の初老の男性が立っていた。
「それと、お姉さんかな。素敵な妖精さんだね」
「えぇ、こんばんは。見えるんですか」
頷くと、バジルを軽く撫でた。
人見知りするバジルもこの時は黙って撫でられていた。
「冒険者さんかな?どうだいこの街は」
「堪能させて頂いてます。ここのお肉も凄く美味しくて」
それは良かったと笑っている。
だが、少しして顔色は少し曇った。
「この館、何かお気づきで」
周囲に芽を配らせてから、煙草に火を点けた。
「えぇ、具体的にと言われると難しいのですが…」
「私もです。」
男性はそう言うと、私達と同じ冒険者だと答えた。
それでギルドに居る時に、ここの従者に声をかけられ来たという。
こうも、人を集めたがる理由が果たして、本当にパーティーだけなのだろうか。
暫く話をしていると、また三人組がこちらにきた。
「あら、先程ギルドにいた」
「どうも」
お辞儀をすると、冒険者同士そういうのはいいよと笑われた。
白髪の男性は先程の話を三人組にもしてみたが、彼らはそんな雰囲気は感じないという。
それどころか、これだけのもてなしを受けてそういう事を言うのは失礼だと注意された。
困惑する我々を見て、居づらくなったのか三人組は館に戻っていった。
白髪の彼も、お互い気をつけようとだけ話をして去っていった。
煙草を捨てて、館に戻り、少し余裕が出来たのもあってもう少しお肉を頂いた。
気のせいか少し人が減った気がする。
良い時間だし、帰るものも出てきたのだろう。
バジルももう退屈そうにしてるし、壁に立つ男性に声をかけて着替えて帰ることにした。
ご覧頂きありがとうございます。
今日は夜にもう一つ上げますので、宜しくおねがいします。