魔法の街
明くる日、空洞の中はひんやりと、顔が寒くて起きた。
暫く布団の中でごろごろし、起き上がる。
寒々しい瓶の水を掬い、顔を洗ってやっと目が覚めた。
ドライアドはまだ寝ていたので、水を鉢植えにそっとかけ、外に出る。
昨日崩しただけの薪を確認すると、下の方の白い炭はまだ燻っていたので、それで火を付けた。
鍋を置き、水を入れお湯を作る間、暖をとる。
天気は良かった。青空に雲はないし、風は落ち着いて優しく撫でる。
火に敏感なのか、お湯を作り始めて暫くすると、ドライアドは目をこすりながら起きてきた。
「おはよう。昨日と一緒で大丈夫?」
「…うん。おはよ。」
齢300歳といえど、寝起きは子供のようで愛くるしい。
パタパタと歩いて、テーブルへジャンプし、そこで寝そべり始める。
沸く前の湯に塩をを溶かして置いてあげると、寝ながら指で舐めはじめた。
「とても妖精の姿とは思えないね。」
白湯をコップでちびちび飲む。
まだしっかりと開かない目だが、不満そうだ。
「いやぁ、何か勘違いしてるけど、妖精ってこんなもんだよ。」
「今度、王にあったら聞いてみよう。」
「ごめんなさい。」
朝の一息も終わって、片付けを始めた。
今度はしっかりと焚き火を消して、水をかける。
テーブルと椅子は畳んで、ドライアドが荷台に乗せてくれた。
ルーフを畳んで、後は洞窟を崩すだけ。
「残しといてもいいんじゃない?」
と、ドライアドは洞窟を作る度に言う。
「以前参加したキャンプ訓練で、使ったものは全て元に戻すのがマナーと言っていたんだ。」
「人間って面倒くさいね。」
「こういうのはいちいちうるさいんだ。」
水をかけ陣が崩れたところをツルハシで削っていく。
暫く削って空洞と繋がったら、崩した瓦礫は穴の奥に放り投げた。
ドライアドは自分の鉢植えはしっかり御者台に乗せて、もう葉の上でくつろいでいる。
それを横目に、工具を取り出して馬の元へ向かう。
多少の時間はかかるが、昨日酷使した馬の足をメンテナンスする。
思ったより痛みはなかったが、油も汚れてきたので差し直す。
蹄は擦れて平らになっているが、固定はされているので今は様子見。
次の街までもう半日もかからないから、これは街で交換しよう。
御者台に戻り、魔法陣に手をあてる。
御者台についた制御用の魔法陣は少し高価なもので、銀製のプレートに特殊な魔法陣が刻まれている。銀の魔力制御は他の物質よりも向いている。それを利用したいわばエンジンみたいなもので、魔力の大小で速度を変更出来る。
とはいえ、魔力を全て充てる事は出来ない。
エンジンは良くても、ボディがそれに付いていけないのだ。私が街を出る時に買った馬車は鉄製で、最高速度なんて出したら三刻も保たない。
馬を気遣い弱い魔力から徐々に上げていく。
空洞を掘った時と同じくらいの魔力に達したら後はそれを維持するように走らせていく。
まだ陽は昇りきっていないので過ごしやすい気候で、カラッとした風もこの時間は気持ちがいい。
ドライアドも風を浴びて目を覚ました。
「うーん、おはよー!」
「それ、二回目だよ。」
「うん、風が気持ちいいね。」
「あぁ、これは良いことありそうだ。」
煙草を吸おうとポケットに手を伸ばしたが、にこにこしたドライアドを見てそれはやめておいた。
暫く走ると、遠い地平線に街が見えてきた。
陽は既に真上に昇り、カラッとした空気がうんざりさせる。
ドライアドも最初こそ起きていたが、体勢は寝たままで目だけ開けてる。
後一刻の辛抱だと、煙草を吸いながら我慢する。
暫く走ると、木々も生え、草原も現れた。
ようやく人里といったところだ。
見飽きた風景から変わった事で、少し安心した時
「ごきげんよう、お嬢さん」
後ろから来ていたのには気づいたが、近づいてみると私の馬車の二倍はあるだろうか。
商業マークの入った馬車が横に付けてきた。
後ろにはこれよりも小型の馬車が三輪程見える。
「ごきげんよう、商人さん」
ゴーグルを外して挨拶する。視界に色が戻ってよく見てみると、頭は丸刈りで、歳は父よりも少し上だろうか。
この気候に合わせた焼けた黒い肌に、白いローブが映える男性だった。
「おや、珍しい。女性一人で…、冒険者さんかな」
「えぇ、そうです。一人ではないのですが」
そう言うと男は荷馬車の方を見た。
彼にはドライアドは見えてないらしい。
元々、妖精が見える人のほうが少ないのだから、それも仕方あるまい。
「なら、ナンパは失敗みたいですね。ただ、どうでしょう。今夜我が家で食事でも」
ナンパは嫌だが、その言葉には反応してしまった。
冒険者は道中ろくなものは食べられない。
缶詰に干し肉、その辺の食べられそうな葉っぱ。
猟をする人もいるらしいけど、その労力があったらより街へ急ぐ。
なので、一週間ぶりのまともな料理はそれだけで価値がある。
「如何ですか?」
料理を想像して、違う世界に行ってしまっていた。
ドライアドを見ると、嬉しそうに寝そべっている。
「でもいいんですか。知り合いでもないのに」
「いいんですよ。それにほら、もう私達は知り合いでしょう」
豪快に笑う。陽気なその姿とその声に少し安心した。
「では、ごちそうになります。私はハル」
「ありがとう、私はラール。ラール=フーです。街の中心にある噴水広場からまっすぐ行くと金色の趣味の悪い建物がありますので、夜にお待ちしております」
男はそう言うと速度を上げ、手を振りながら去っていった。
後ろの馬車も加速し追いかけていくが、一台は逸れ、こちらへ寄せてきた。
「我々の主人が失礼致しました。」
「いえ、元気な方ですね。今夜お邪魔します」
「おお、それはそれは。見た目は下品な建物ですが、料理は美味しいので期待していて下さい」
もはや、その言いぶりに、料理よりもはやく建物がみてみたくなっていた。
最後の従者はフォックと名乗って消えた。
一部始終黙って見ていたドライアドは、いつの間にかまた眠りについていた。