⒈妖狐
この物語は、ある妖狐の復讐の物語。
殺風景な雪原が広がる。
天気は快晴。
巨大な絶壁の上にいるのは、一匹の水色の狐。
しかし、尻尾の数が9本もあり、周りには人魂が4つ。
その右目には傷が残っており、その傷は雷の様に俺を睨んでいる。
妖狐。おそらく最強クラスである。
普通の冒険者などだったら、即死レベルの強さである。
しかしながら、そんなの関係ない。
聖粛者である俺からしたら、大抵の魔獣など一発で倒せるなのだ。
知性の無い魔獣など人間の敵ではない。
ちょっとだけ工夫するだけで簡単に倒せてしまう。
第一、魔力量が明らかに俺より少ない。
俺も伊達に子供の頃から勇者様に憧れている訳ではないのだ。
もし、強かったとしても、俺には切り札がある。
おそらくこいつも、頑張って俺の攻撃に3分耐えれるかどうかだろう。
この世は大きく変化した。
昔は我々人間が善、そしてこいつら魔物は悪。
人間は今まで多くの魔物に虐げられてきた。
特に魔王は我々を遊び半分で殺しまくるような、とんでもない屑だった。
…と聞いた。
だが、状況は大きく変わった。
勇者ダンケルクが現れた。
彼は若干12歳にして、当時初めて対峙した魔王を瞬殺した。
そして今や、彼に勝る魔王はいない。
もはや誰も彼を止められない。
今の世の中は勇者様達が支配しているのだ。
魔物は悪、魔獣は悪、全ての人に災いをもたらす。
何故なら魔物は、我々とは色々な意味で対極な存在なのだから。
さあ、目の前には割と強い魔獣。
俺はこの世の‘秩序,を保つ、勇者様の使徒…つまり、聖粛者。
秩序は全て、勇者様によって決定される。
ならば、今の状況で俺のする事はただ一つ。
コイツを、殺す。
そうして、俺は嗤いながら勝負に挑む。
これから自分が死ぬことになるとは知らずに。
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人間がきた。
吐き気がする。
嫌いだ、大嫌いだ。
しかも嗤っている、ムカつく。
彼は聖粛者の様だ、剣を構えている。
さあ、こいよ。
いつもどおり持ってる相手の武器で滅多刺しにしてやる。
私の全てを奪った罰だ。
そう思い、私は歯を鳴らす。
彼はジャンプ力を魔法で強化し、一気に登ってきた。
つまらぬ。
人間とは、そういうものだ。
私も応戦する。
重力操作魔法を使い、相手を引きずり降ろす。
このまま重力を強めて派手に潰すのもアリだが後処理が大変だ。
あえて無傷のまま元の位置に戻して、とぼけさせるのが最近ハマっている遊びだ。
おー、いい顔してる。
そのおとぼけ顔、今まで一番面白い。
とぼけ顔が凄ければ凄い程、強者であるという意味でもある。
つまり、彼は今まで出会った中で最強の人間、ということになる。
思わずにやけてしまう。
さっきのつまらん、という思考は撤回しよう。
あー、怒った怒った。
これがいつもだ、そして心の中で嘲笑う。
まあ、最近少し飽きてきてるが。
彼が二回目を仕掛けてきた。
今度はあっちも重力操作魔法を使ってる。
流石だ、今までのカスと比べて強いな。
が、まだまだだなあ。
その気になれば私に一発で殺されるのがわからないとは。
まあ、いい。
いつも通りにじっくり遊んでやろう。
すかさず彼のいる位置に魔法で生成した恍炎の剣を放つ。
最初は小手試し。とはいえ大半は刺されてそのまま即死。
かわした。まあ、彼ならこれ避けられない訳がないのだが。
そして相手のカウンター。
これをカウンターしたやつは初めてだ。わかっていたが少し嬉しい。
避けて次、私のターン。
水仇の剣である。少し速度を早める。
これも避けた。もちろん避けた。
またカウンター。これもまた放った剣と同じ属性である。
まあこんなもんだ、まだあっちにも余力がある。
次もかわし、緑陵の剣で攻撃。
それをまたカウンター。そして避ける。
同じことを属性と放つ剣の速度を変えて繰り返す。
波振の剣、黒韵の剣。全属性終わった。
これ以上は彼も属性は持ってない様だ。
流石にこちらも…
残念、あるんだな。
邪破の剣を出すと彼の顔が焦りの色に変わる。
さあ、死亡フラグが立ったな。
私も力を少しだけ見せるか。
彼に敬意を評して、人型になった。
とはいえど、各元素を調整してバランスだけ人間っぽくするだけだ。
人間から見たら、妖狐が人の形をした。ぐらいにしか見えないだろう。
まだこの分野だけは苦手なのだ。
そして、自己紹介である。
私は邪破の剣を手で持ち、言う。
「初めまして、こんにちは。であってるかな」
「妖狐め、貴様。何故喋舌る事ができる?!」
「君が強いから、死なせてしまう前に自己紹介しようと思ってね。」
「なんだと!?ふざけるな!」
切りかかってきた。
おー、いい音だ。
その音が彼の実力と剣の技量を物語っていた。
やはりいい男だ。
「ひどいなぁ。いきなり攻撃するなんて。」
「!?馬鹿な、受け止めただと!?」
彼の剣を払いのける。
なっ、と言い彼が後ろに吹っ飛んだ。
そして彼は重力操作魔法で宙に立つ。
「私はミダラ。先程見た通り、妖狐だ。」
「…なるほど、流石に名前も持ってるか。」
やけに柔軟に対応したな。
なるほど、それは彼のルールみたいなものがあるのか。
名乗ったら名乗る。面白い。
しかしながら彼は落ち着きを取り戻した。
どうやら私に知性がある事を理解した様だ。
「俺は聖粛者ゾルダ。貴様を倒す!」
そういって彼は再び間合いを詰める。
人型なので剣を使う戦い方という意味では、戦いやすい。
そして剣の練習相手に付き合ってもらうことにしよう。
流派はわからないが、今まで見た中で一番洗練されていた。
しかしながら、私には止まっている様にしか見えなかったが。
彼も私に余裕があることに気づいたらしい。真核を溜めてる。
溜め込んでる真核量と体の中にある真核の残留量からしておそらく、彼の力全てを次で出し切ってそのまま逃げるつもりの様だ。
やっと私を認めた様だな、もう遅いが。
まあいいか。受けてやろう。
彼が間合いから離れていった。
そして剣を捨てる。
刹那、彼の体に変化が起きる。
彼の周りには黄色の闘気が溢れ出ていた。
「貴様は強い!生かしておけない!」
彼が言い放ったと同時に闘気がより一層強くなった。
何かの技の詠唱をし始める。
「勇気ある者よ!我に力と勝利を!」
そして彼は、力を一つの点に集束させる。
「喰らえ!聖惰破滅粛正波!」
多量の魔力が彼の手からビームの様に放たれた。
なるほど、魔属性用に特化した攻撃、か。
ダメージは受けてもどうってことはないかどういう技か知りたいのでこちらも使わせてもらおう。
少し詠唱でもしておくか。
「空吸解」
「なっ!」
はい、終わり。
…どうやら聖惰破滅粛正波というのは呼応型魔法だった様だ。
最強勇者ダンケルクの真核と本人の真核が呼応してダンケルクの魔力が引き出される。
それにより、大きな魔力の出力が可能になる。
本人は魔力の放出と放出量のコントロールを行う。
最強勇者は既にそれができる程の真核になっているという事でもあるが。
まあいいかどうでも。
そしてゾルダは最初の顔以上のとぼけ顔をしていた。
フラグだ。
あとは後ろから彼の持ってた剣をさっと持って、それで心臓を一突き。
ブシュっ!、と音がした。
いい音だ。
足下の雪が血で紅く染まってゆく。
彼は血反吐を吐き、絶望する。
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まさか、ここまでとは。
血反吐を吐きながら思う。
この妖狐には手を出してはダメなのだったと。
ここまで圧倒的なのは勇者様との戦い以来だった。
途中からこのままでは勝てないかもしれないと思った。
だからこそ先程、自分の切り札を使ったのに。
聖惰破滅粛正波。
最強勇者ダンケルクに教わった、勇者の定番秘儀とも呼ばれる対魔物の為だけに作られた技。
魔力を多く使用するが、魔王以外の魔物には効果抜群である。
残り魔力がなくならないちにこの攻撃を打って逃げようとした。
…消えたのだ。
一瞬何かが出てきたと思ったら、攻撃がそれに呑み込まれていた。
その何かは黒かった、というより‘無’の様だった。
色ではなかった。黒くなかった。
そこだけ空間が切り取られた感じがした。
それは、俺を絶望に陥れるのに十分すぎる混乱を与えた。
その刹那、心臓を後ろから刺された。
気がつくと、地面に這い蹲っていた。
こんなの有り得ない。まだ死にたくない。
…いや、思い返せば気付いてた。
最後に奴が剣を出した時の今までにはなかった気迫と圧力を感じた。
ここまでくれば、俺でもこの魔力の少なさの奥に何かあると感づいた。
しかし、気のせいだと思い込む事にして、俺は意地でも戦おうとした。
畜生!先程までは獲物だと思って見ていた。甘すぎた。
最初から逃げていれば…自分の失敗だ。
そして、その結果がこれだ。
あの時勝てないとわかっていた筈なのに。
なんて馬鹿なことを…
そう思いながら俺は色々な負の感情が入り乱れた酷い顔のまま、ミダラと名乗る妖狐に嗤ったまま滅多刺しにされて意識を手放した……
如何でしたでしょうか?
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