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カーマ!  作者: 田中陽一
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受験編5


時は来た。あっという間に運命の日、大学試験当日の朝を迎えた。昨日のテレビでは雨の予報だったが、予報が外れて試験当日の朝は晴れていた。僕とカーマとペグは準備をしていつも通りに家を出た。試験時間は毎日僕らが練習を始める時間と同じくらいだったので、特に時間を意識する必要は無かった。


大学前。一週間前の時と同じように受験生達が大学の中へ入って行く様子が見て取れる。一つ違うところでいえば、その受験生達が激減していることだろう。一週間前は受験生の波に飲まれそうなくらいに大勢だったが、今は見る影もなく特に校門に入るのに苦労することも無かった。


スティグリーさんが言ったチーム調整というのもこの状況を見ると頷けた。まあ、あれは昨日のマーズ氏との会話で怪しいと感じてはいるのだが。


「うーん。みんなどこにいるんだろう?」


集合場所として校門前を指定していたが誰もいない。時間的にはまだ余裕があるので、単に僕らが早く来すぎただけなのだろう。それからしばらくすると、マミ、ツバサ、ムツオさん、レイ、カメジロウの順でほとんど同じタイミングでこの場所にやって来た。


皆の顔を見ると、自信に満ち溢れている様子が見て取れる。特に、レイとマミ(それと僕)は今日の相手に因縁があるので、なおさら気は抜けないのであった。


「スティグリーは?」


「運営の仕事があるらしいよ」


レイの問いかけに僕が答える。ふーんと言う感じで返事をするレイだったが、あまり納得した様子ではなかった。当然だろう。チームに入ったのにも関わらず、大学の運営も兼業するとは思わなかった。


ただ、これも仕方ないともいえる。元々、自分たちは一人少なかったのだ。それがご都合主義なのか何なのか、今こうして自分達がこの場にいるだけで奇跡なのである。一々文句を言うのも罰当たりだろう。


「試合は10時からね。それぞれ準備しておいて」


ツバサの言葉に皆が頷き、その場でストレッチを軽く行う。寒いので体が中々温まらないが、そこまで本気でやる必要もないだろう。それよりも


......なんか不安になってきたな〜。


「ほら、ウリュウ殿!背中合わせて!」


そんな不安を全く感じさせないカメジロウが、何故か僕に背中を向けながら何故か僕に背中を向けるように指示してくる。


「え、何......?」


「いいから、早く!」


ほらほら早く、と催促してくるので仕方なく僕はカメジロウと背中を合わせる。すると、カメジロウは腕を僕の腕に通して固め、いきなりお辞儀をした。


「お、おい!ちょっと待て!」


「グニャ〜〜」


直角90度のお辞儀は僕の腰を折るのに十分だった。カメジロウの背中に僕の体が乗っかり、腰は悲鳴を上げている。


「か、カメジロウ!ストップ」


「ふふふ」


角度はどんどん急になっていく。100度、120、140、160、180?


「うおっつ!?」


あまりの急角度に頭から落ちそうになるのを、バク転さながら体を一回転させ、つま先から無事着地し事なきを得た。


あっぶねえ......。


「おお!さすがウリュウ殿。かなりの運動神経だな」


「テメェ......」


クスクス、と横から笑い声が聞こえてきたので振り向くとマミが笑っていた。


「あ、ごめんなさい......」


「いや、いいけど」


こんなマミを見るのは初めてだったので拍子抜けしてしまった。思えばマミは初対面の時とは別人と思うほど見違えたな。最初は全く笑っていなかった彼女も、次第にチームに打ち解けこんな笑顔を見せるとはなんと考え深い......。


「ふふっ。久しぶりだねぇ」


「ん」


しみじみと物思いに耽っている中、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声に一番早く反応したのはレイだった。


「テメェか、ええっと」


「ファビィだよ。負けた相手の名前くらい覚えとけ」


そう強気な口調で喋りかけてくるファビィはレイを睨みつけていた(レイも同様だが)。


「一泡吹かせてやるから楽しみにしておくんだな」


「はは。楽しみにしておくよ。と言っても、簡単な引っ掛けに気づかないようでは期待できないけど」


「そっちもズルはやめてくれよ?」


「ふふっ」


微笑しているファビィの立ち振る舞いからは余裕が見て取れる。どうやら相当な自信があるらしい。


「じゃ、私も待ち合わせしてるから後でね」


くるりとターンしてファビィは去っていった。一瞬だけピリピリとした空気が流れたが、その後は終始リラックスした雰囲気で予定の時刻が来るのを待っていた。カーマはストレッチで何故かすでに疲れている様子だったが、彼にとって今までの練習は一体なんだったんだろうか?


待つこと20分。時刻は9時30分を過ぎていた。


「そろそろね。行きましょ」


全員はツバサの言葉で再び気を引き締め直す。借りは必ず返す、そう決意しグラウンドに向かうと、グラウンドは4つに仕切られそれぞれの場所で試合が行われていた。


「もうすぐ終わるな」


僕らの試合が行われるのは向かって左奥のAと割り振られた場所である。まだその場所では今現在も試合が続いていた。


試合は3回裏ツーアウト、ツーストライクという場面だった。今回の試験では、3イニングまでというルールが追加されている。


得点は3対4。バッターが追い詰められている様に思えるが、3塁に一人走者がいるのでヒットなら同点で延長、ホームランなら逆転勝ちというところだろう。


つまり、ピッチャーもバッターと同じくらいのプレッシャーがかかっているに違いない。自分の投球で勝敗が決まる。それを見ているとこちらまでその緊張感が伝わってきた。


ピッチャーは3塁を見て仕切りに牽制する。そのため走者側も迂闊に前に行く事が出来ないというギリギリの駆け引きが行われている!


その後牽制が終わると、ピッチャーは再び前を向いた、その瞬間大きく振りかぶって、


————投げる!


投げられたボールは滑らかな曲線を描き、キャッチャーミットに収まると思いきや—————!


キ——ン!


ストライクと思われた球はバットの芯を捉えた。ボールはだんだん距離を伸ばしながらグーン、グ————ンと虚空を飛んでいく。


「おおっ逆転か?」


「!?」


そう思ったのも束の間、何か物体ががボールに向かって飛んでいく!


「何だ、あれは」


「鳥、かしら?」


その物体はバサバサと翼を動かしてボールまで迫り、キャッチ!(こちらからではよくは見えないがおそらくツバサの言う通り鳥だろうか?)


その後その鳥はレフト側に立つ者まで戻っていき、グローブに収まった。


アウト!ゲームセット!


審判の声が響きわたる。なにか聞き覚えのある声だと思ったのでよく見るとスティグリーさんだった。結構ノリノリだな......。


「なんだあれは......。反則だろ?」


今の一部始終を見たレイの反応は至極真っ当だろう。あんなのを使われたらたまったもんじゃない。


......しかし、それは間違いだろう。この場面でまさか反則などするわけがないのである。おそらくは、インスタントマジックを使った魔球の一つなのだろう。スティグリーさんが気にもとめず選手たちを整列させていくことからもそれは伺える。


お互いのチームが礼をして握手を交わしている。負けた方のチームは肩をがっくりと落とし、その中には泣いている者までいた。それだけ、真剣勝負だったという事だろう。


......僕ははたして泣けるだろうか?


いや、いかん、いかん。今から負ける時の事を考えるとは。出来るならば勝って泣きたい。


「じゃあ、行きましょ」


ツバサの後をみんなが続く。僕の中では緊張感が高まっていくのと同時に、何故か胸騒ぎを感じていた。これから何かが起こる。そう思わずにはいられないのだった。



「では、整列してください」


審判の掛け声により僕達は横一列に整列する。見慣れていたので完全にスルーしそうになったが審判は骸骨だった。見た目が完全にスティグリーさんそっくりだったので一瞬見間違えたが、僕らと一緒に並んでいるので別人である。そもそも骸骨はみんなそっくりなので気にしない。気にしない。


その後、相手のチームも少し遅れて僕達の前に並んだ。審判が骸骨である事に多少動揺はしていたが、すぐ気を取り直すところは流石である。相手にとって不足なしというところだろうか?


僕はある人物へと視線を向けた。それはあの時、因縁のゲームの時奪われた最後のメンバーである男だ。


その男、ヨウタもこちらの視線に気づいたようで一瞬こちらも向いたが、その後すぐに目線を逸らした。


別に彼に対しては何の感情もない。ゲームに負けた自分達が悪いのだ。ただ、彼自身は僕達に負い目があるのでは無いだろうか。もし彼と同じ立場だったら僕は苦痛に思うだろう。


気のせいかゲームが始まる前のはずなのに彼の顔は疲弊している。......しかし、同情はしない。僕は彼に気を止めない。もう終わった話だ。


そう、彼はもう敵なのである。それ以上それ以下でもない。ただ完膚なきまでにぶちのめす。それに変わりわない。だから、お前も全力でかかってこい。


「えー。それでは今から試験を開始します。事前通知通り、3イニング制で行います。何か質問があれば今伺いますが......」


「はい」


審判の問いかけに僕達のチームから声が上がった。あいつの声かいや聞き違いかと思ったが、その声のする方を見るとやっぱりカーマの声だった。というか隣にいたので聞き間違えるはずなど無かった。


「はい。なんでしょう」


「なんで、骸骨なのに喋れるんですか?」


「今更かよ」


僕は自分でもびっくりするくらいの速さでカーマに突っ込んだ。おそらく今地球上で、カーマの言葉にこれ以上のスピードで突っ込める奴は二人といないだろう。自慢じゃないが。


「魔法で操られているのです」


骸骨審判はカーマの質問に短く答えた。恐らくそうだろうと思っていたがやっぱりそうだった。というかそれ以外あり得ないだろう。魔法がこれだけ一般的になったのだ。今更驚く奴なんかまずいない。


「コスプレじゃなかったの......」


若干一名、ツバサだけそうではなかったみたいでガクガクと膝を震わせ青ざめていた。そういえばスティグリー氏の時はそんなこと言っていたっけか。


「他に質問は?」


今度は相手チームの小太りの男が手を挙げた。どこかで見たことがあると思えば、あの時ファビィの横にいた男だな。あの気持ち悪さは忘れない。名前は忘れたが。


「一人が退場になった場合チームは失格ですか?」


「いえ。その場合は八人で続行していただきます。もちろん九人とも退場になれば失格ですが、一人でもいれば続行です。また、退場になった選手も失格となるわけではございません」


「わかりました。ありがとうございます」


なるほど、見た目は無能そうだが質問はかなり鋭いようだ。見るからに気持ち悪そうと思った自分の考えを改めようとした、が気持ち悪い事には違いなかったのでやっぱりやめた。というか気持ち悪いな、こいつ。


「それではお互いに握手を」


お互いが手が届く位置まで近づき握手を交わす。目の前のフードの男が僕に手を差し出したので僕もそれに応じる。


「イズリだ。よろしく」


「あ、どうも。ウリュウです」


自己紹介の場面ではなかったが、相手の挨拶につられて自分も挨拶をする。


「申し訳無かったな、うちの奴が。強引に取ってったようで」


「いえ」


「でも容赦はしないぞ」


「ええ。こちらこそ」


どうやら相手のチームもクズだらけというわけではないらしい。いや、表ではいい人ぶって実際は裏で舌をまいているのかもしれない。


「先行後攻をじゃんけんで決めます。勝ったチームが先行になります。両チームの代表は前に出て来てください」


「俺か」


骸骨審判がそう促すと、僕らのチームからは意外なことにレイが前へと出た。てっきりツバサが代表者だと思っていたが、そういえばそんな事は一言も言っていなかったな。いや、初めて知った自分もおかしいのだが。


「イズリさん、前に」


「ああ」


妙に頭がフラットな男が隣のイズリに呼びかける。どうやら目の前のフードの男がリーダーだったようだ。


ていうか隣の男、頭が平らすぎないか?本当に脳みそが入っているのか心配なくらい平らである。もしかして脳みそも平らなのか?


そんなどうでもいい事を考えている間に二人すでには前に出ていた。


「ちなみに魔法を使うのは禁止です。では、決めてください。」


促されるままにレイとイズリは向き合い、お互いに手を出した。


最初はグー、ジャンケンポン!


「お、勝ったな」


イズリの声が上がる。どうやら相手チームが勝ったようだ。......という事は僕らは後攻か。どちらが良いのかはわからないけれど。


ジャンケンが終わると二人は元の位置に整列し直した。骸骨審判はそれを確認した後高らかに宣言する。


「プレイボール!」



「うー、寒いな」


僕は、整列が終わった後すぐさまベンチに戻り、グローブを持って自分のポジション(センター)に着いていた。


前の方でピッチャーのムツオさんが投球練習を行っている。キャッチャーはレイに変わってペグになったので不安でしかないが、投球が出来ないのでこれも致し方ないのだろう。しかも、キャッチャーも投球を行うので問題解決とまでは言えないだろう。


『1番レフト、フラッドヘッド』


アナウンスが入り投球練習が終わった。どうやら1番打者はあの頭が平らな男らしい。......しかし名前は明らかに狙ってないか?


フラッドヘッドはバッターボックスに入り数回素振りをして構える。素人の僕から見ても明らかに素人の構えだ。


ムツオさんは軽く後ろを向いて準備が出来ているかを確認した後、思いっきり振りかぶってボールを投げる————!


「!」


『ストライーク!』


とてつもないスピードで放たれたボールは、真っ直ぐな線を描きながらキャッチャーミットの中に収まった。フラッドヘッドはそのあまりのスピードに呆然としている。


『ストライーク!』『ストライーク!』


一瞬でスリーストライクを取りアウトになった。困惑するフラッドヘッドは全くバッドを振らずベンチに戻る。


......いや、もっと粘れよ。そんなキャラデザしといてモブなのか?いやそれともモブだからそんなキャラデザなのか?


どちらにせよ不憫すぎると思ったが、勝負事というのは案外しょうがないのかもしれない。ムツオさんはこちらを向いて人差し指を出す。どうやら完全に調子に乗っているらしい。


「ヘーイ!ピッチャービビってる!」


左からカーマの叫び声が聞こえる。それお前が言うのか。


そこから先は一瞬だった。ムツオさんはことごとくストライクをだしあっという間に攻守交代である。


「交代か」


何も出番がなく一回表が終わってしまった。出来れば最後までそうなら良いんだけど。


そんな事を思いながら僕は急いでベンチまで戻り、グローブを取って空いている席に座った。ベンチの中はすでに9人でいっぱいになっており座るのにも一苦労である。


「ナイス守備」


僕が椅子に座ると隣にいたムツオさんが僕に話掛けてくる。


「いや、何もしてませんけどね」


「そうだっけ」


おどけてみせるムツオさんだったが、明らかに調子に乗っているのが伺える。


「ていうかあたかも自分の力みたいな雰囲気ですけど普通に魔法使ってますよね」


「よく分かったね」


「そりゃあ僕達が買ってきましたから」


球のスピードは130km/hほど出ていた。もちろん野球初心者(中級?)のムツオさんにあんな速球が投げれるはずはないのである。どうやらあの店で購入したインスタントマジックに酷似した商品は効果抜群のようだ。しかし、何故そんな物が売っていたのだろうか?本当に謎である。


「それより次、バッターですよね」


「そうだった」


そう言うとムツオさんはすぐ立ち上がって急いで支度をする。


......本当に大丈夫か?


『1番ピッチャー、ムツオ』


そうこうしているうちにアナウンスがかかる。ムツオさんはやばいやばいと言って、急いでバッターボックスまで向かっていった。


「何やってんだあいつは」


「完全に付け上がってるわね」


レイとツバサががっくしと肩を落とす。全く同意見である。正直、三振してほしいと一瞬思ってしまうほどうざかった。冗談だが。


ピッチャーマウンドには既に相手チームの選手が立っており準備万端のように見えた。


「おい、ペインビー!思いっきり行け!」


「おー」


後ろのセカンドに立っていたイズリが、ピッチャーに向けてエールを送る。そのペインビーとかいうピッチャーを応援するところを見ると、どうやら相手チームもなかなか連携が取れているらしい。


「なんか相手チーム、雰囲気良いな」


「そうだね」


レイも僕と同じような印象を受けたらしく、僕はそれに同調した。


「あの女がゴミってだけで後はまともって事か」


「ゴミって......。いや、そうとは限らないんじゃない?仲間まで敵視してたらおかしいでしょ」


「かもな。それより、相手がどんな手を打ってくるかだ」


「分からないね。実際に見てみるまでは」


どんな手というのはもちろんインスタントマジックの事だ。おそらく両チームの身体能力の差はほとんど無いだろう。いやあったとしてもそこまで問題とは言えない。そうなると、インスタントマジックがこの試合を征するといっても過言ではない。


カキーン!


「お、打った!」


そんな話をしているとカーキン!と打球音が耳に入ってきた。どうやらムツオさんが打ったらしく、一塁ベースに向かって走っている姿が見える。


「おお!流石はムツオ殿」


「行けー!」


ムツオさんはどんどんスピードを加速させて一塁へ向かっていく!打球は三塁を抜けて飛んでいき、捕球までかなり時間がかかっているようだ。これは間違いなくヒットだろう———。


「!?」


「?どうしたのだ」


そうヒットを確信した途端、勢いよく飛び出したムツオさんは何故か急に減速し、まるで千鳥足か何かのような歩調になっていた。


「どうしたのかしら......」


「......足がつったのかも」


その急な変わりように全員が目を疑った。ムツオさんはフラフラになって倒れこみ、地面に腕をついた途端————


『げろげろげろげろ......』



もちろんその音はカエルの鳴き声などではなく、ムツオさんが地面に突っ伏し嘔吐している音だった。


「............」


全員が目の前の光景に目を丸くし呆然としていた。


......どういう事だ?一体何が起こっている?


「何か朝、不味いものでも食べたのかも......」


「いや、あのタイミングで吐かねえだろ......」


『アウト!』


そうこうしているうちに、一塁までボールが回りアウトになってしまった。しかし、ムツオさんはそんなことには目もくれず、一心不乱にげろげろと吐き続けている。


「助けに行こう!」


カーマがすぐさま嘔吐しているムツオさんの方へ向かっていき、いやいやながらも僕達もそれに同行する。


その後も嘔吐が数分ほど続いたがそれが終わると、ムツオさんは仰向けになって倒れ込んだ。完全に白目を剥いている姿はどこかで見覚えがあった。確か......そうだツバサに殴られた時だ。


「担架持ってこーい!」


どうでもいいデジャブを感じていると、すぐ周りには複数の骸骨審判(見分けがつかない)が取り囲み、ムツオさんの容体を確認している。数分にも及ぶ嘔吐のせいで、ムツオさんの顔は完全に憔悴仕切っていた。


しばらくすると、医者の格好をした中年白髪の男(人間)が容体を確認しにこちらに向かってきた。その男はムツオさんの目や口内などを見た後、周りの骸骨に担架で運ぶように指示した。


「大丈夫ですか?」


僕は担架に乗せられたムツオさんに声をかけると、どうやら意識はあるようで手を振って反応する。


「やられたわね......」


ツバサは吐き捨てるように言う。


「こんなのやられたらどうしようもないじゃない!」


「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない」


半ば自暴自棄になりかけるツバサをレイがフォローする。


「何か対処法があるかもしれない」


「そうね......」


口では同意していたが、ツバサはムツオさんを失ったショックを隠せていないようだった。確かに、野球経験者であるムツオさんを欠くのはチームにとってかなりの打撃だった。


絶望的な状況に追い込まれている僕達は、全く予想外の出来事に戸惑い、対処法を思いつく事など出来なかった。


『えー。グラウンドの整備を行いますのでしばし試合を中断いたします。選手の皆様はベンチにお戻り下さい』


呆然とした僕達だったが、アナウンスにより少しの間だけ時間を得る事が出来た。これで少しは状況を立て直せるかもしれない。僕らはベンチに戻って作戦を立て直す事にする。


......ダメかもしれない。


頭の中には考えたくもない言葉がよぎっていた。



「ふふ」


グラウンドの光景をベンチから見ていたファビィは、金色の髪を弄りながら笑みを浮かべていた。相手チームの絶望した様子は彼女にとっては蜜の味なのである。


「やっぱり、やりすぎなんじゃないか?」


後ろでファビィと同じ状況を見ていたイズリが呟く。


「これくらいやらないと駄目なのよ。特に、調子に乗った連中はね」


「特に相手から何かあるってわけじゃないでしょうし、こちらの勝ちでしょうね」


うふふ、とスミタがにちゃにちゃしながら笑いながら喋る。そして、いつものように横からの冷たい視線を感じていた。


「いやあ、スミレ嬢、いやスミレさん。引かないでください」


「いや、元から引いてたから」


「やっぱり、酷い!」


ベンチの中ではこのチームのいつも通りのやり取りが行われていた。雰囲気は完全に楽勝ムードである。


「なんだよ、僕達来る必要なかったんじゃん」


「だよねえ」


いつもと違う事として、残り二人のメンバーのバジリスとペインビーが旅行から帰ってきていた事だった。


「いや、お前らはいてもらわないと困る。一応、ルールだからな」


「でもね、相手チームはなんか骨が混じってんじゃん。あれって不公平だよね」


「そーそー。結局、チーム集めって別に試験でもなんでもなかったんだよ。僕達も代わりに出てもらおうよ」


バジリスとペインビーはもう帰りたい雰囲気を醸し出していた。


「まあ、すぐ終わるからしばらく待っておけ」


まるで文句をたれる赤ん坊のような感じで騒ぐ二人をなだめながら、イズリは目線を隅っこで縮こまるヨウタへ向ける。見た感じではかなり落ち込んでいるのか、ずっと下を向いて黙っている。


......おそらく話かけないほうがいいだろう、と思わせるような佇まいをヨウタはみせていた。


「しかし、手応えないですね。少しは頑張ってもらわないと」


「それはアンタだよ、フラットヘッド。もっと粘れ」


「......すいません」


毎度の事ながら名前を間違えられるフラッドヘッドだったが、自分の力の無さが原因なのだと分かっていたので何も言わなかった。それよりも、これからの大学生活で成長して、自分の事を少しづつ覚えてもらおう。そう決意するフラッドヘッドの中には恋心が芽生え出していた。


「しかし、遅いわね。早く再開しろよ」


「口、悪いぞ」


目の前の作業(吐瀉物処理)が終わったのにも関わらず、一向に再開される気配のない試合にファビィはうんざりしていた。口調も乱れ、態度が悪くなっていたが、それでも最低限の品位は保たれているところは流石はセレブというところであった。


『えー、みなさんお待たせいたしました』


「ああ、やっとか」


ようやくアナウンスがかかりイズリはほっとする。


『××××××××××××××××××××××』


「え?」



「どうする、ウリュウ」


「ああ」


グラウンド清掃によりしばらく時間が与えられ、僕らはベンチに戻っていた。そして、僕らはたった一回の相手の魔球により、これ以上ないくらい追い詰められていたのである。まさか、打つと嘔吐するインスタントマジックが存在していたとは......。


「いや、そんなもの無いわよ」


何故か発していない言葉をツバサに突っ込まれたが、どうやらそうらしかった。しかし、それならあれの仕組みはどうなっているんだ?


......おそらくだけど、とマミが推測する。


「......もしかしたら、ボールを打った時にそのボールに塗ってあった粉が衝撃で分散して体に付着する、もしくは体内に入ってあんな事になったのかも」


「じゃあ、その粉ってのはなんだ?」


「それは......分からないけど」


マミの推測にレイが質問するがよい回答は得られなかった。そこまで期待するのは酷というものだろうが。


「おいおいみんな。ここで諦めるのかよ!」


ここでようやく今日一言も発していないペグが喋り出した。


「何のためにここまでやってきたと思ってんだよ!それをもう諦めようってか?俺達の為に頑張ったムツオの気持ちはどうなるんだよ!今、あいつは苦しんでんだよ!俺達が頑張らねえとあいつのやってきた事まで無駄になっちまう。それで良いのかよお前らはよ!」


「うるせえ」


「え......」


まるで野球漫画のように語り出すペグだったが(おそらく準備していたんだろうが)、レイの短めの言葉で制される。今はお前に構っている暇はないという意思が十分に伝わってくる言葉だった。


「スティグリーさんはどうですか?」


僕はもう一人、今日一度も喋っていない助っ人のスティグリーさんにも意見を聞いてみる。


「すみません。今日は意見を言う事は禁止されているんです。何とも申し上げられません」


「そうですか......」


......そりゃそうだよな。助っ人だしな。


ここで完全に追い詰められた僕達だった。試合前はあんなにも息巻いていたのに!まだ一回表だぞ?しかし、どうすりゃ良いってんだ!


「そういえば、次ってマミが打席に立つ番だな」


みんなが一斉にマミの方を向く。すでに察していたのか、マミは額にびっしり汗をかいていた。


「......う、うん。......分かってる。頑張るから」


「いや、頑張らなくて良いから。バット振らないで良いわよ」


「わかった......」


ツバサはマミにフォローを入れる。流石に女性の嘔吐シーンを見るのはいただけないだろうし、それはここにいる皆同意だった。


......しかし中々試合が再開されないな。そう思ってグラウンドの方を見ると、先程まで嘔吐物を回収していた骸骨達の姿がなく、地面は綺麗に掃除されていた。


......何かあったのか?


何かあったとしたらムツオさんの事だろう。あれだけ長い時間吐き続けたとなるとかなり心配である。本当に大丈夫だろうか。


『えー、皆さん長らくお待たせ致しました』


ああ、やっとか。いや、遂に来てしまったか。まあ、しょうがあるまい、ここはマミにある程度時間を稼いでもらって——————、え?


予想外のアナウンスで狼狽してしまった。音響の劣化でアナウンスがはっきりとは聞こえてこなかったので、おそらく聞き間違いだろうと思ったが周りの反応を見るとどうやらそうではないらしい。


横にいるカーマもカメジロウも前にいるツバサもレイも後ろにいるマミもペグもスティグリーさんも、ポカンとした様子でアナウンスの意味を考えていた。


「何?どうゆう事」


「さあ」


「............」


適当にツバサの質問を返す僕だった。そんな事僕に聞かれてもわかるか。その後しばらく沈黙が流れるが、しばらくするとマミが口を開いた。


「......失格?そう言ったよね.....」


「『イズリチームが失格になった』、と言ったな」


「ええ。確かにそう言ったわね」


いまいち状況が飲み込めなかった。相手が失格?という事はつまり—————。


「やっっっっっっっっっっったあああああ!」


「うおおおおお!!」


カーマとカメジロウが叫ぶ。あまりに急だったのでびっくりしてしまった。


「ちょっと、二人とも。抑えて」


ツバサが興奮する二人を抑える。しかし、そう言うツバサも明らかに動揺を隠せないでいた。


「はあ!?ちょっとどういうことよ!」


グラウンドからファビィの大声が聞こえてくる。見ると、ファビィが審判達に文句をつけていた。言い寄られた審判達はおどおどと申し訳無さそうにしている。


「なんで私達の負けなのよ!ルールは破ってないけど?」


「それが、毒物がムツオ選手の体内から検出された、とドクターからの連絡が入りまして」


「毒物?」


「それも劇物。正確にはH2O2、オキシドールですが......」


それを聞くと、ファビィの顔が硬直し憤怒の表情で彼女のメンバーらを見た。


「あ、あなたね、仕込んだのは......。」


ファビィが真っ直ぐ見据える先には、影になってはっきりとは見えないが、ヨウタらしき姿が見える。


「なるほどね。あいつ、中々やるな」


この状況を察したレイが呟く。おそらく僕と同じ考えだろう。普通、ヨウタがここまでする義理は本来ないはずである。しかし、彼は自分の身を切ってまで、自分の受験を棒に振ってまでこのような行為に及んだ。


それには、彼の中にある正義、イデオロギーのようなものがそうさせたのであろうか。もしくは、ただの相手への嫌がらせかもしれない。ただ、どちらにせよ、彼の行いによって僕らは生かされたのだ。


「いえ......僕はやってません」


「黙れ!......黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!」


否定するヨウタにファビィは何度も黙れを繰り返す。まるで、この世の終わりかのように発狂し、その場にふさぎこんだ。


イズリや他のメンバーはその姿を見つめている。


何とも煮え切らない戦いだったが、僕達は因縁の相手に勝利したのだった。



「......それで300万は?」


「えー」


試合が終わり一週間が経った。試合が終わってすぐは勝利した実感が無かったものの、徐々に実感が湧き始めこれからの大学生活に胸を躍らせているところだった。


そんなこんなでもう何度目かのファミレス。奥にあるテーブルには僕とマーズ氏が座っていたのだった。


「......何の話ですか?」


「とぼけないでくれる?」


真っ直ぐに見つめるマーズ氏の目はどんどん鋭くなりあまりにも鋭すぎてもしかしたら死んでしまうのではないかというくらい鋭かったのだがあまりにも鋭すぎて逆に恋してしまうんじゃないかというくらい鋭かった。


......何考えてんだ僕は。


「300万円は払えません」


「直球ですね」


「すいません!」


バンッ、とテーブルに手のひらを置き頭を下げた。大声で周りがざわざわしていたが気にせず頭もテーブルの上に乗せる。


マーズ氏はやれやれといった感じで「頭を上げなさい」と言った。


「分かりました。払えないというならばそれで良いでしょう。しかし、条件があります」


「何でも呑みます」


「仕事があるので手伝いなさい」


「何の仕事ですか?」


「分かりません」


「は?」


「まだ分かりません。とにかく、何でもやると仰いましたね」


「はあ。分かりました。やりましょう」


なんか納得がいかなかったがしのごの言ってられない。正直、借りた300万円で買ったパウダーはほとんど試合には全く役に立たなかったのであまりやる気が出ないのだが、完全に自分の責任なのでしょうがあるまい。


「こちらとしても責任を感じますから」


「は?」


「いえ、何でも」


マーズ氏は何か隠している様子だったが、300万円は実質チャラにしてくれるので良しとしよう。


「あなた方のチームに一人退場者が出ましたよね?その方は大丈夫ですか?」


「ええ。しばらく入院が必要らしいですけど」


「そうですか。それは良かった」


あの日の試合中に毒を盛られたムツオさんは、しばらく入院することになった。相手の使ったパウダーに含まれたオキシドールが、体内に入り異常な嘔吐に見舞われたが、今は順調に回復に向かっている。


それを聞いた後マーズ氏は立ち上がった。


「それでは私は大学に戻ります」


「あ、それと一つ聞きたいですけれど」


「何か?」


「本当は何でチーム調整なんてしたんですか?」


「?本当はって前にも言った通りチーム数が少なかったからよ」


「それが真実ですか?」


「ええ」


真っ直ぐなマーズ氏の目線は僕の質問でぶれることなどなく、心の底から本心で答えているように感じた。


「そうですか。何か裏があると思ったんですけれど」


「裏?まさかあなた達のチームを繰り上げて合格させたとでも?何の関係も無いのに?」


「違うんですか?」


「違います。あくまでチーム調整です。10チームほど足りなかったので人数が多いところから繰り上げただけです」


少なくとも言葉からは嘘を言っている感じはしなかった。


「じゃあ、また」


「分かりました。ありがとうございました」


去っていくマーズ氏の後ろ姿をぼー、と眺める。


......本当にただの思い過ごしなのか?じゃあ、今まであった違和感は一体なんだったんだ?ただの思い過ごしなのか。結局大学に受かりはしたものの、僕の中には違和感が残ったのだった。



大学のすぐ隣の大学病院の一室で、ひとりの男がベットの上に横たわりながら本を読んでいた。部屋には他に人もおらず、貸切状態である。部屋の窓から光が差し込んで本を読むには少し眩しいくらいだったが、男は気にせず読書に励んでいた。


そんな中、ひとりの女性が男のいる部屋を訪れた。男はその来訪者に気づきすぐさま声をかける。


「やあ、ご苦労さま」


「大丈夫かしら、ムツオ。もしかしてやり過ぎた?」


「いや、あれくらいの方が良いだろうね。いや、やり過ぎではないとは言えないけど」


ハハハ、と笑みをこぼすムツオはベッドに横たわり、来訪者の方を眺める。


「あれで良かったのかしら?」


「ああ、助かったよ。上手い事やったよね。試合の事からメンバー集めの事まで、君がいなかったらどうなってたか分からないよ、スミレさん」


「そう。なら良いわ」


「そっちのチームはどう?」


「毒を仕込んだのは他の奴になすりつけたわ。ファビィが真っ先に疑ってかかったから怪しまれることはなかったけど」


ふう、と息をついてスミレはイスに座った。


「なに、やっぱりお疲れなの?」


「まあね。中々大変よ。大学のシステムに侵入するのは」


それよりも、とスミレは会話を仕切り直す。


「ウリュウヨウヘイはどう?」


「どう、って言われてもねえ」


ムツオは上半身を起こし、うーんと唸った。


「まあ普通かな。可もなく不可もなく。ヨウジさんとは似ても似つかないけど」


「そう。まあ見た感じ大した事なさそうだったけどさ。あんなのあそこに入れて何になるのかしら?」


「ふふ。彼はこれから地獄を歩むことになるよ」


「地獄?」


物騒な言葉にスミレは聞き返すように尋ねた。ムツオはそれを気にせず話し続ける。


「死よりも恐ろしい生き疑獄さ。これから何度も何度も死にたいと願うだろう。彼はそれを乗り越えて最終的に僕らの主、ヨウジさんの遊び相手になってもらわなきゃいけないんだよ」


「本当に彼はヨウジさんの兄弟なの?」


「ああ。彼はヨウジさんの弟して生まれてきたことが最大の不幸だろうね。残念だが、これも運命だ」


「生き残れるかしら?」


「さあね。彼次第だろう」


「適当ね」


「まあね」


うふふ、とムツオは笑いながらウリュウヨウヘイを思い浮かべ、切に願った。


幸あれ。



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