受験編4
☆
昨日はバッティングセンターが終わった後解散となり、僕は皆と同じように家に帰った。
すごく疲れたわけではなかったのだが、そのかわり腕が張っていた。......まごう事なき運動不足だな。
僕は、いつも通りシャワーを浴びて夕食をとる。その後夕食を食べ終わると、僕は慣れない手つきでスマホをいじっていた。というのも、僕の中にはあるとっかかりがあったからである。
以前、僕とレイとマミは、ファビィとかいう女とその集団に9人目のメンバーをかけたゲームで負けた。そのゲームの内容は、ファビィが所有していたインスタントマジックの名前を当てる、というものだった。
ファビィは『コールド・カット』か『メイク・フレイム』の二択を提示して、どちらが正解か当てて見せろと言った。
僕達は、『メイク・フレイム』はテレビCMで以前宣伝されており、青色の粉だった事を思い出したので、その粉は『コールド・カット』だと僕たちは答えた。
しかし、ファビィはその粉が実際に燃える事を実演し、正解は『メイク・フレイム』だったという事を証明したのだ。
そして、僕たちは敗れた。9人目のメンバーは相手に奪われてしまったのだった。
問題はその後である。ファビィはその後、貧乏人は海外製を買えないだか知らないだか云々言っていた。その海外製という物を僕は知らない。
そんな物があっただろうか?
そういうわけで、僕は今、インスタントマジックを販売しているマジカルプロダクト社の海外版ホームページを検索していた。
マジカルプロダクト社は日本企業なので海外版が出ていたとは知らなかったが、よくよく考えてみると、これだけ大きな会社ならばなんら不思議はないのだろう。
海外版のホームページは(当たり前だが)全部英語表記なので読むのに一苦労だった。
ええっと、m、m......。
アルファベット順で商品の画像が並んでいたので『メイク・フレイム』の頭文字を探していく。
m、m......、ああ、あった。......!
メイクフレイムを見つけると、ファビィの言っていた事は間違いだった事が分かった。やっぱり、海外版といえども日本版と同じで粉の色は青色だったのだ。
あの女......。やっぱりあいつが言った事は嘘だった。あのゲームはインチキだったのだ。まあ、正直なところそうではなかろうかと思っていたのでなんらショックは無かったが。
それよりも、問題はあれが本当はなんだったのかである。
今現在判明した事は、ファビィが持っていたあの粉は全く別物だったという事である。しかし、彼女はあれが実際に燃える事を実演してみせたのだ。
つまり、あれは別の商品、もしくは......。
ここで、僕の中にはある考えが浮かんできた。
......そうか、その可能性は十分にあり得る。僕はすぐに検索をかけ直して、ホームページを探る。
10分ほど検索をかけた後、あるサイトを見つけた。
「なんだこのサイト?」
その中には、自分の知らないインスタントマジックに似た商品がたくさん並んでいた。
「そうか、これだ......」
謎が氷解した瞬間だった。
ファビィが持っていたのは、他社のブランドの商品だったのだった。
☆
その後、僕はいつのまにか寝てしまっていたらしく、目が覚めた時にはもう朝だった。時間がもうギリギリだったので、急いで支度をして外に出る。
カーマの家(隣)に行き、玄関のインターホンを押すと、しばらくしてカーマが出てきた。
相変わらず髪はボサボサで、ホエ〜とした様子である。その後、ペグが遅れて出てきた。ペグは、キャップを後ろ向きにかぶっているところは同じだったが、なぜかサングラスをかけていた。
「......なんだ、そのサングラスは?」
「変装さ」
「............」
僕から見ればただのサングラスと帽子の巨大なハムスターだが、ペグは変装しているつもりらしかった。
......どうでもいいか。僕はカーマに今日の予定を確認する。
「それより、今日は公園に行くんだっけか?」
「うん。ボールとバットと、あとグローブも持って来たよ」
そう言うカーマの肩にはバッグがかけてあり、数本のバットが飛び出している。9人分は持っていなかったが、昔、子供の頃カーマと一緒に遊んだ時の物が残っていたのだ。他の足りない分は他のメンバーと持ち合わせである。
今日は、公園で実際に野球をやってみようという事になり、昨日聞いた公園に現地集合する事になっていた。
「じゃあ、行こうか」
僕らは、二日前の試験当日と同様に電車に乗っていく(その時とは違ってペグがいるが)。
電車を降りた後は公園へと徒歩で向かうのだが、カーマの案内はあてにならない事が分かっていたので、僕がスマホを見ながら目的地まで向かった。
公園に着くと、ほとんどのメンバーがそろっていた。あと来ていないのは......ツバサか。
「あ、ウリュウ君、カーマ君。おはよう」
「ムツオさん、おはようございます。ツバサはまだ来ていないんですか?」
「そうなんだよ。うーん、リーダーが来ないと始まらないよねえ。昨日は早かったんだけど」
「寝坊じゃないか?あいつ、結構気を張ってたみたいだし」
言われてみると、レイの言う通り確かにここのところツバサは気を使いっぱなしだった。僕は、自分の事だけに集中し過ぎていたようで、他人に気配りが出来ていなかったようだ。
「別に、必ずしもいなくてもいいだろ?疲れてるんなら寝かせておけばいい」
「うん、そうだね。いやーレイは紳士だね」
「うるせえ」
レイがムツオさんを殴る。ちょうど良かったので、このタイミングで僕はレイに、この前のメンバーをかけたゲームで負けた理由を話した。
「......じゃあ、あの女が言ってた事は嘘だったのか」
「まあ、嘘だね。あの時は二択だったから」
僕の話を聞いたレイは、怒っているようには見えずクールな様子だったが、内心は怒っているに違いないだろう。
ただ、そんな事で怒っていてもしょうがないのだ。もう過ぎた事だ。これからの事を考えた方が有意義だし、それはレイも分かっているだろう。
「ふふ。カッコつけてるけど、悔しいんだろう?」
「うるせえ」
ムツオさんが茶々を入れると、ボコッ、とレイがムツオさんを殴った。結構な勢いでレイが殴ったので、ムツオさんの顔が少し歪んでいた。
......どんなけ思いっきり殴るんだよ。
そんなやりとりをしている間に、後ろの方からツバサの声が聞こえてきた。どうやら、ようやくやって来たようである。
「あーごめん、ごめん!シャツが見つからなくて、遅れちゃった」
「いや、いいけど......ん!?」
ツバサの声に返答したレイは、明らかに変な反応を示した。僕は、すぐに後ろを振り返る。
「いやー、シャツ全部洗っちゃってなくてさー」
「..............」
僕は絶句した。正確には、ツバサ以外の周り皆全員が絶句していた。
「ん?何、どうしたの?」
「その格好......」
僕の見間違えでなければ、ツバサは下着姿で僕達の目の前に立っている。下はジーンズを履いていたが、上は下着、つまり、いわゆるブラジャー姿である。長い赤髪を前に垂らし、ブラジャーの布地が少し隠れているが、完全に丸わかりだった。
................................................。
短い沈黙の後、レイが話を切り出した。
「なんで下着姿なんだよ......」
「ええ!ダメなの?」
当たり前だろ、と突っ込むレイだったが、ツバサはキョトンとしている。
「私の村じゃ別に普通だけど......」
どんな村だ。というか、その格好でよくここまで来れたな。
......しかし、不思議な事に、ツバサの格好はどちらかというとモデルのようなスリム体型だったので、全く興奮しなかった。貧乳だった。
「うわー、ウリュウ凝視してるよ」
「してねえよ」
カーマに茶々を入れられると、僕は目を逸らした。
いやいや、僕は全くそんな目で見ていないぞ。むしろ、芸術品を眺めるような感じで見ていたのだ。
ツバサの格好に周りが騒然としている中で、ムツオさんがツバサに話かける。
「それはそうとして、なんでそんなにおばさんみたいなブラジャーなんだ......ってぐぉ!」
ムツオさんが話を終える前に、ツバサのボディーブローがムツオさんの腹に炸裂した。当たり前だ。
ツバサは無理やりムツオさんから上着のシャツを剥ぎ取り(羅生門?)、そのシャツを羽織った。
「ひどい......」
「さー始めましょ」
そう言ってツバサは周りのみんなを仕切り出す。ムツオさんはランニング一丁になり、地に突っ伏していた(なぜかズボンも脱がされていた)。
仕切り直して、皆はそれぞれ公園を野球場に見立て、それぞれの持つポジションに着いた。
一番ショート、ペグ。2番セカンド、マミ。3番ライト、ツバサ。4番ピッチャー、ムツオ。5番キャッチャー、レイ。6番レフト、カーマ。7番ファースト、カメジロウ。8番サード、スティグリー。9番センター、僕。
打順も守備位置も適当だが、一応はこんな形で試合に臨む事になった。
それぞれが自分のポジションに着くと、ピッチャーのムツオさんが、寒そうにガクガクと震えながらバットを持って打席に立つ。
「じゃ、じゃあ、みんなグローブつけたな?じゃ、これから、ズズッ、ノック練習を始めるよ」
そう言ってムツオさんはバットを構えた。
ノックか......。昔、やった記憶がかすかにあるけど、あれ結構難しいんだよな......。ちなみに、ノックというのは和製英語で、本当は『fungo』というらしい。どうでもいいか。
「おーい。ウリュウそっち行ったぞ!」
レイの呼び声で我にかえると、ボールがこっちの方へ来る!
「おおっと!」
僕は、なんとかかろうじてボールをキャッチし、前方へと投げた。
ふう......。やばい、やばい。集中しないと。でも、久しぶりにやった割には上手く出来たんじゃないか?
カーン。キーン。パシュッ。
しかし、そう思ったのも束の間、その後は散々だった。皆が皆エラーを出しまくり、ボールを投げれば変なところへ飛んでいき、ボールをキャッチしようとすれば、さらに変なところへ飛んでいく。
特に、ペグが最悪で手が短いせいか(もしくは指が短いせいか)球が飛ばない。それどころか、ボールを掴むのも精一杯という感じだった。
キーン。バシュ!コロコロ......
それから小一時間ほど経つと、ツバサの怒りが限界に達していた。
「ねえ、ペグ!あなた、真面目にやんなさいよ!」
「はいはい。どうせ、ハムスターには無理ですよ
「はあ!?」
嫌な雰囲気になりそうだったので、ムツオさんがヒートアップする二人の会話に仲介を入れる。
「まあ、まあ。じゃあ、レイとペグは交代だ。ペグはキャッチャー、レイはショートで」
レイとペグのポジション交代が行われ、その後もしばらく練習が続いた。
キーン。キーン。ドシュ。コーン。ドサッ。
キーン。キーン。キーン。キーン。キーン。キーン。キーン。............。
「疲れた......」
気がつくと時刻は午後12時を過ぎていた。皆はボールを追って2時間以動き回り、ヘトヘトになっていた。
やべえ......。思えば、ここ最近全く運動していなかったな。
昨日のバッテイングセンターですら腕に乳酸が溜まっていたのに、完全に今日で全身筋肉痛である。
「じゃあ、ちょっと休憩!」
そう声をかけるムツオさんは見るからに疲れているようで、息が上がっていた。その一方で、その後ろでぼーっとしているペグは暇そうにしている。
「おい、やる気が足りねーよ!お前ら!」
ペグはヘトヘトの僕達に喝を飛ばした。
殺す......。全員の意思が一致していたが、おそらくチームワークが良くなって来た証拠だろう。
☆
僕らは一休みをして昼食の時間に入った。公園のベンチで各々が食事をとっている。
「とりあえず、午後はバッティング練習だな」
一足早く昼飯を食べ終えたレイが話し始めた。ツバサがそれに同調する。
「そうね。それと、インスタントマジックも買ってこないと。人気なの物は無くなってしまうかもしれないわ」
「そうだね。じゃあ、ウリュウ君、買ってきてくれ」
「なんでですか」
ランニング姿でブルブル震えていたムツオさんは、何故か事あるごとに用事を僕に押し付けて来るのだった。僕をパシリかなんかだと思っているのだろうか。
「いや、ウリュウ君はバッティングはヘボだけど、捕球は上手だと思ってさ」
「うむ。拙者もそう思うぞ。ウリュウ殿の投球は見事だった」
「......そりゃどうも」
バッティングはヘボ、というのは余計だ。しかし、捕球が褒められたのは意外だった。
「僕、捕球上手いですかね」
「上手い、上手い。じゃ、行ってきて」
本当かよ。適当にあしらわれた僕だったが、ムツオさんは僕の返事を聞く事なく、すでに僕を行かせる事に決めた様だった。
レイもムツオさんに賛同したようで、話を付け加える。
「じゃあ、後、カメジロウとそこのハムスターもウリュウについて行け」
「あい、わかった」
「俺もかよ......」
カメジロウは運動神経がかなり良かったし、ペグはどうせ居ても暇なので、僕と一緒について行かせようという事らしい。
......世話係じゃないだろうな。
食事が終わった後、僕とカメジロウとペグで近くのショッピングセンターへと向かった。以前と同じようにペグは置いていこうと思ったが、もう相手にするのも面倒なので諦めた。
ショッピングセンターへ向かう途中で、カメジロウが僕に話しかけてくる。
「僕、買い物に行くのは久しぶりだ」
「カメジロウ、キャラ忘れてるぞ」
「おっと、いかん。拙者だ、拙者」
「............」
無理やりその口調にする必要は無いだろうに。何か僕の知らない深い理由があるのだろうか......。
「めんどくさくなってきたな......」
「もうやめちゃえよ!」
完全にただのキャラづくりだということが発覚してしまった。深読みし過ぎた自分を悔やむ。
「しかし、なんでそんな口調なんだ?」
「うむ。拙者は天草四郎時貞に憧れているのだ」
「それはまた、何で?」
「かっこいいだろう?」
「......まあ」
想像を絶するほど軽い理由だった。どうでもいいのでカメジロウの問いには一応同調しておく。
......そもそも、天草四郎がそんな喋り方か知らんだろ。
そんなこんなで僕らは目的のショッピングセンターに着いた。さっきまでいた公園からは徒歩で15分くらいだったので距離的には近かったのだが、午前中のノック練習により僕の足は限界に近かったので実際よりも遠く感じた。
僕とカメジロウは初めてここに来たので、入り口に掲示されている案内板を見て、インスタントマジックの売っているショップを探した。
「えーと、ああ、あった。3階だな。エレベーターがあるからそれで行こう」
「そんな現代文明など使わん」
「うるせえ。黙れ」
つい暴言を吐いてしまった。完全に無駄な事で言い合いになったが、結局僕が折れる事になり階段で3階まで登った。びっくりするぐらい時間の無駄だった。
足には乳酸が溜まって来ており、つまるところ僕はもう限界に近かったが、カメジロウはピンピンしていた。
見た目からして運動出来そうだもんな......。いや、見た目は桃太郎の格好なのだが、運動が出来そうな特有の感じがカメジロウからはでていた。
「ふう。着いたな」
目的の場所に到着すると、目の前にはカラフルな光景が広がっていた。棚には様々なインスタントマジックのフレーバーが置かれている。赤、橙、黄、緑、青、紫、と綺麗に色ごとに並べられていた。
「おお!これは綺麗だ」
「確かに......」
僕とカメジロウはここに来るのが初めてだったので、少し入り口で立ち止まる。入り口にある看板には大きく『インスタントマジック新作入荷』と書かれてあった。
「新作とは何だ?面白そうだ」
「面白いだけで買わないでくれ。予算が決まっているんだ」
みんなから集めたカンパで僕の手元には今3万円程ある。しかし、物によりけりだが、インスタントマジックは人気なものだと一つ5万円から10万程もするのだ。もっと高い物もあるらしいが、一般的なストアでは売っていない。
「はーい。いらっしゃい」
そんな事を考えていると、中から妙齢の女性が出てきた。
「ババアで悪かったね」
「何も言ってませんけど......」
カーマに続く、読心術の持ち主が現れた。いや、ババアとも思ってないけど。
「誰が独身じゃ」
「字が違います」
何でそんな風に僕の心が読めるんだよ。僕の顔に何か書いてあるのだろうか。そんなに分かりやすいやつなのか?僕は。
僕らの会話を見て、カメジロウは僕の方を見てキョトンとしていた。
「知り合いなのか?」
「初対面だよ。何か絡んできたんだ」
「何か絡んできたんだとは何だ。こっちは親切に商品を押し売りしてやろうとしてたのによ」
「押し売りはやめてください」
「間違えた。商品をご紹介しようと思ったのに」
初登場からもうすでにキャラの濃い謎の女性店員だった。しかし、カメジロウはその女性店員の話を聞くと、すぐに反応した。
「おお!では、野球に使えそうなフレーバーを紹介してくれ」
「野球?そんな物はここには置いていない」
「ええっ」
女性店員の発言に驚いた様子のカメジロウだったが、僕はさほど驚かなかった。というよりも、むしろ予想通りだった。
「知らないの?結構昔にそういうのはもう禁止になっちゃったの」
どうやら僕の記憶は正確なようだった。以前回想した通り、昔、野球に関連した商品が原因の事件が起こっていたのだ。
しかし、これは想定済みの事なので僕はもう少し踏み込んで質問してみる。
「じゃあ、なるだけ魔法寄りのフレーバーとかないっすか」
「魔法寄りって......。全部魔法なんだけど。まあ、言いたい事はなんとなくわかるけど。要は、使えるやつってことだろ?」
「お願いします」
僕は頭を下げた。自分の事はどうでもいいのだが、これはチーム戦だ。自分が迷惑をかけるわけにはいかないし、それに、どちらかと言えば僕もチームに貢献したいのである。
僕の姿を見て、カメジロウも一緒に頭を下げていた。その様子から女性店員はうんうん、と頷いている。
「うん、素晴らしい。今若者にしては珍しいわ。関心関心。私のお眼鏡にかかったね」
「どうも」
「どう?私の彼氏にならない?」
「いやです」
急に何をぶっこんできたのかと焦ったが、どうやら冗談の様である。あはは、と女性店員は笑っていたが、目が笑っていなかった。
......冗談だよね?
「じゃ、付いてきて。ちなみにご予算は?」
「3万ほどです」
「ドル?」
「円です」
僕の言葉を聞くと、女性店員はハアー、と肩を落としていた。
「そんな額で『本物』が買えると思ってるの?」
「本物?何ですか、それは」
「はいはい。今までの話はなし。紹介しようと思ったけど、その額じゃダメね。帰りなさい」
カメジロウは驚愕して声が出る。
「ええっ!ついさっきまでお眼鏡にかかったとか言ってたのに」
「それとこれとは話が別ね。金がないと話になんないわ。世の中金なのよ」
さっきまでの人生の先輩の様な態度から一変し、物凄く理不尽な事を言い出した。
「ババア言うな」
「言ってません」
「じゃあ、さっさと帰れ」
しょうがないので僕とカメジロウは帰ることになったが、全く腑に落ちなかった。というか全く意味がわからない展開に困惑している。
仕方なくショッピングセンターを出ると、ペグがベンチに座っていた。
「おいおい。何も買ってねえじゃん」
「ペグ。お前いたのか」
☆
完全に存在を忘れていたペグの事はまた忘れることにして、僕とカメジロウはトボトボとみんなのいる公園に変えることにした。
「まあ、落ち込むな。拙者がツバサ殿達に言い訳をしよう」
「う、うん。ありがとう」
なぜかカメジロウに慰められる僕だった。それよりも、僕はさっきの出来事を全く飲み込めていなかったので、先程の会話を振り返ってみる事にする。
まず、インスタントマジックのショップに着くと、そこの女性店員が現れて僕達に商品を紹介してくれると言った。その後、カメジロウが野球に使えるインスタントマジックが無いか、と女性店員に聞いた。聞かれた女性店員は、そんな物は無い、と言ってカメジロウの提案を却下したのだ。
......ここまではいい。ごく普通の流れだ。問題はここから先の流れだった。
細かな会話は忘れたが、その妙齢の女性店員はその後、私のお眼鏡にかかった、とか彼氏になれ、とか何だとか言って案内してくれる事になった。
その後、僕が自分の持っている資金をその女性店員に伝えると、急に態度が一変し、帰れと言われたのだった。そして今に至る。
......まず、店員が帰れなどと言うのはおかしくはないだろうか。いくら僕らが貧乏だとしても、店員がそんな口を利く事はないだろう。
そもそも、インスタントマジックはそれほど高価という程でもない。
高いものでも10万円ほどがインスタントマジックの相場だ(ホームページで確認した)。しかもそれは全体の1パーセント程で、残りは2〜3万円以下である。
では、僕の資金の3万円を超えるものを彼女は紹介しようとしたのだろうか。
そう考えるのが普通だが、その3万円を超える物は、多くは高級とは名ばかりのただの焼き直し商品だ。つまり、既存の商品を少しグレードアップして高く売る、という殿様商売的な物が多い。
つまり、他に僕達が知らない商品があるという事だろうか。まあ、僕も専門家ではないし、あっても不思議ではない。
......気になるな。もしかしたら、それが今回の試験のキーアイテムになるかもしれない。しかし、そんな大金一体どうやって用意するんだ?
色々と疑問が残っていたが、そんなこんなで、僕とカメジロウはみんなのいる公園と帰ってきた。
公園には、練習でクタクタになって倒れている人物、正確には骸骨がいた。僕は、その倒れている骸骨に話しかける。
「スティグリーさん、骸骨なのに疲れてるんですか?」
「ああ、ウリュウさんお帰りなさい。いやあ、こんなに動いたのは生前ですよ」
......まあ、骸骨だから生きてはいないのか。いい加減、僕も目の前のものを受け入れ事としよう。
スティグリーさんと話していると、いつのまにか僕の横にツバサが立っていた。ツバサは僕に収穫があったかどうか尋ねてくる。
「ウリュウ。買ってきた?」
「いや......」
ツバサ達にはあまりいい収穫はなかったと伝えた。話を聞いた後、ツバサは難しい顔で腕組みをしていた。
「まあ、二人だけに任せたのは間違いだったわね」
「......ごめん」
「いや、そういう意味じゃなくて、二人だけでどれにするか決めるのはおかしいって事よ。本当は、みんなでちゃんと相談した方がいいでしょ?」
やっぱりツバサはいい奴だった。しかし、やっぱりこれは彼女なりのフォローなのだろう。本当は何か収穫があった方が良かったに決まってるのだ。
ムツオさんもこちらに気づいたようで、こっちの方まで走ってきた。ムツオさんにも状況を伝えると、ツバサと同じように僕に諭してきた。
「ウリュウ君。君ら二人だけで決めようなんて虫が良すぎるよ。一緒に考えた方がいいだろう?」
「いや、あんたが行かせたんだよ」
本当にどの口が言うのか。お前が言うな、だ。
「本当にかたじけない。拙者が不甲斐ないばかりにこんな事になってしまって。ツバサ殿、ムツオ殿申し訳ない」
「別にいいって。君らに任せたのが間違いだったのさ」
「フォローか?それは」
そこまで言えばそれは完全にただの悪口だろう。しかし、カメジロウはなぜか感激しているようだった。
僕らが話をしていると、メンバー全員がこの場に集まってきた。みんなの様子を見るとかなり憔悴しきっているようだった。
......どんなスパルタな練習したんだよ。
全員が揃ったところで、ムツオさんが話を切り出した。
「じゃあ、今日はもう疲れたから解散しよう。みんな、ちゃんと汗の管理して水分もとらないとダメだよ」
時刻はまだ3時だったが、皆のこの様子を見ると続行は出来ないだろう。冬は日が沈むのも早いし、今日は切り上げるのが無難だ。
そう思ってカーマの方を見ると、白目を向いていた。これはもう寝ているというサインである。
僕は初日の時と同じように、カーマを背負って家に帰ることになった。
何とな不満が残った一日だった。
☆
カーマをカーマの家に放り込んだ後、僕はいつも通り自宅の部屋で寝転がった。
午前中で流した汗はすっかり乾いていたが、なんとも言えない不快さが残っていたので、シャワーを浴びる事にした。
シャワーの後は夕食をとることにした。冷蔵庫の中には冷凍した米と豚肉、もやし、ピーマン、にんじんがあったので、これらで簡単に炒め物を作って食べた。
まだ午後6時で眠る時間ではなかったが、午前中の練習でかなり疲労が溜まっていたので、しっかりストレッチをした後、床に着いた。
眠りが深くなっていく......。今日一日の出来事がまるで走馬灯のように頭を駆け巡る。
............。
......いや、まてよ。......良い考えが思いついた。
頭の中にはある考えが浮かんできたが、眠気には勝てない。意識が遠のいていく。
............。
どうやら、僕の閃きより睡魔の方が優ったようで僕はそのまま眠りについた。
☆
目覚めた時には朝だった、と思ったが窓の外を見ると真っ暗でまだ午後10時だった。眠りに着く前はすごく眠たかったのだが、実際にはまだ4時間しか経っていなかった。
......やっぱり、生活リズムを崩すのは良くないな。寝足りない気もするが、寝ようとしても眠れない。......しょうがない、起きるか。
それよりも、さっき眠りに落ちると前に何か思いつかなかったか?
......何だったっけ?うーむ。
僕は今日の出来事を振り返る。
朝はノック練習をして、昼からインスタントマジックを買いに行った。そこで買おうとしたら色々あって、結局何も買えなかったんだな。
......ああ、そうか思い出した。
僕は立ち上がって、外に出る準備をする。僕の考えではちょうど良い時間帯だ。これも何かの導きなのかもしれない。
突然変な考えがあの時浮かんだのだ。何故なのか全く分からない。しかし、ちょっと、いや、かなり乱暴な案だが、チャンスがあるならやってみよう。
そう思って家の外に出ると、とてつもなく寒かった。当たり前だ。誰がこんな夜中に出ていくのだろう。見上げると、暗闇の空からは雪が少しずつ降り出していた。
やっぱ行くのやめようかな。......まあ、ダメ元で行ってみよう。別に誰かが損するってわけじゃないし。
そう考えた時には僕はもうすでに動いていた。
僕は、雪が降り積もる道を走り駅へと向かった。
☆
「はあ、マーズ様。私にこんな役目を押し付けないでほしいですな」
骸骨が、デスクの上の資料に目を通しながら独り言を呟く。側から見れば異常な光景には違いなかったが、その部屋には骸骨以外には誰もいないので問題無いようである。
「それにしても、今日は疲れたなあ」
骸骨ことスティグリーは思い出に耽っていた。午前中、ウリュウ達行ったノック練習はスティグリーには感慨深いものがあったようだ。
スティグリーは生前、騎士として王に仕えていた身分だった。その時は野球というスポーツは無かったものの、同僚の騎士達と良く外で遊んだものだった。
それが、今となっては自分より数百歳年下の少女にこき使われているという状況である。しかし、中世の騎士という立場からは大分と格下げされたが、スティグリーには特に不満はないようだった。
正確には日々の雑用に不満だらけではあったのだが、マーズに仕えているという事に対しては特に不満はなかった。
「マーズ様、いつも夜になるとどっか行くんだよな。......どこ行ったんだろう」
夜は更けていく。ヴァンデビルド大学のたった一室だけがまだ明かりが灯っていた。
☆
「ええっと、ポテトフライとドリンクバーをください」
「フライドポテトとドリンクバーですね。かしこまりました」
店員のさりげない訂正に少しイラッとしたが、僕は気にせず、メニューが来るのを待つことにする。
何を隠そう、今僕は一人でファミリーレストランに来ていた。もちろん、先日カーマと一緒に(正確にはペグも)来たファミレスである。
ファミレスと言うからにはファミリーで来るべきだろうが、そんな制約はもちろんないし、今は午後11時を回っていたので、家族と思われる集団も見かけなかった。
僕が何故ここに来たかといえば、まあ今は内緒にしておこう。これからは、自分が考えている事にはならないかもしれないからだ。というか、かなり変な事をするのだが何故か僕には自信がみなぎっていた。
ドリンクバーを注文したので、先にそれを汲んでこよう。4時間しか眠らなかったが、目覚めが良かったので頭は冴えている。
コーラを汲んできた後、再び席に座る。
後は待つだけだな......。これはもちろん、メニューの話などではない。
しばらくするとポテトフライ(意地でも訂正しない)が運ばれてきたので、それを少しほうばる。夜食には最適だな。
............。
時刻は12時を回った。見渡すと周りの客もほとんどいなくなっていた。皿の上にあったポテトフライはすでに無くなっており、コーラも飲み干したので、カップにコーヒーを入れて時間を潰していた。
来ないかな......。まあ、それならそれでもいいけれど。もう少しだけ待ってみようかな。
............。................................................。
......来ない。当たり前か。
もともと来る根拠は薄かったのだが、いざ来ないとなるとショックだった。
しょうがないのでもう帰ろうかという感じで席を立ち上がると、ようやく一人の客が入ってきた。
......どうやら、僕が帰ろうとするタイミングで現れるという運命らしい。
僕はその来客がテーブル席に座った瞬間、同じテーブルの席に座った。
「......また、何か用ですか?」
「取引しませんか?」
待ち望んでいたオカッパの女性、マーズ氏は僕をすごく睨んでいた。怖い。
☆
「で、何ですか。あなた、私が試験監督なのを知っていますよね」
「ええ」
「では、試験失格になる事を望んでいるのですか?」
「その事なんですよね」
僕は気にかかっていた話を切り込む。
「以前、あなたは僕にメンバーが揃わないならば、試験は失格になると仰いましたよね」
「......言ったかしら?」
「言いました」
「そう」
「何故、僕らは受かっているんですか?」
僕が問い詰めていくごとに、マーズ氏の表情は険しくなり、目はどんどん鋭くなっていった。
......そして、僕の命がどんどん短くなっていくのを感じる。
マーズ氏は少し間を取った後、僕の質問に答えた。
「......それは、スティグリーから聞いていませんか?」
「聞きました。彼は、チーム数調整のためだとか言っていました」
「その通りです。知っているならば、何故それを聞くんですか?」
「いや、なんかおかしいなと思って」
「はい?」
「チーム数調整というのはチームを増やす、というのと同義です。何故ならば、僕達のチームが繰り上がったのだから。しかし、チームを増やす必要なんてないでしょう?どうせ次の試験で少なくなるんだから」
「そ、それは......」
「何ですか?」
「それは、あのメンバー集めが一次試験だったからです。しかし、その一次試験で思いのほか人数が削られてしまい、定数に届かなかったのでチームを追加させて頂きました」
「なるほど」
もう少し詰めれば埃が出てきそうな感じだったが、一応は筋が通っているのでこれ以上は聞かないでおく。これは今回のメインテーマではない。
「......それで?」
「はい?」
「その取引とは?」
僕は、はい?などと言ったが、元々は自分から発言したのでこんなものはもちろんただの演技である。今までの会話はあっちから乗り気にさせるための撒き餌だ。
「ああ、そうですね。率直に言いますが、お金ください」
「はあ!?」
あまりに単刀直入に言ったので(一回、回り道をしたけれど)、マーズ氏は驚いて声を上げ、ファミレス内にその叫び声が広がった。
あまりにもその声が大きかったので、店内のウェイトレスがこちらに駆け寄って来て、注意を受けてしまった。
「あ、あなたねぇ!試験監督にたかろうって言うの!?」
「もちろん違います」
「じゃ、じゃあどういう事ですか?」
「あなたは試験監督じゃありませんよね」
「は?」
マーズ氏は目を点にさせている。
「いや、あなたが言い出したんですよ。以前、交換条件で試験監督とは会っていないという事になっているんです」
「そ、そうだったかしら......。」
「ええ、確か」
正確には少し違う内容だった気もしたが気にしない。勢いが大事だ。
「ということで僕の中であなたは一般人なんです」
「......そうなるのかしら」
「なので、お金ください」
「何でよ!」
またウェイトレスが来そうな気がしたが来なかった。もう、諦めたのだろうか。
「私が一般人だとして!何故、あなたにお金を与えなくてはいけないんですか!」
「ああ、間違えました。お金を借りても良いですか?ですね」
「だから、何故」
「理由は言えません。必要になったからです。どうしても欲しいんです」
「......ダメね。屁理屈を述べたところでお金は貸しません」
「良いんですか?今ここで、受験生と話をしている事を言っても」
「!」
僕はこのタイミングでポケットから忍ばせていたスマホを取り出した。スマホの画面は録音中を示している事は容易に理解できるだろう。
やられた、という顔をするマーズ氏。マーズ氏はもう初めの冷静さを完全に失っていた。
「......言いふらせばあなたは失格になりますよ?」
「僕は別に失格でも構いませんけれど、あなたは職を失いますね。重みが違いますよね」
「............」
「まあ、お金を貸していただけないならばしょうがありません。チームには迷惑をかけますが、潔くここで諦めましょう」
マーズ氏は俯いて、なんだか考え事をしているようだった。僕は、ここで畳み掛けるような事はせず、マーズ氏が答えるまでしばらく待つことにした。
しばらくした後、マーズ氏は顔を上げて僕の目を見た。何かを悟ったようなそんな目だった。
「......分かりました。いくらですか」
「300万程です。お願いします」
「ドル?」
「円です」
つい今日、同じ会話を別の女性としたばっかりだった。
僕は頭をテーブルの上につけてお願いする。
そこから5分が経過した。僕は頭をテーブルにつけ続けている。ここまでくればこんな事、苦でも何でもない。
マーズはしばらく沈黙を続けた後、ようやく口を開いた。
「明日の朝9時に現金をここで渡しますから、それまでにここに来てください」
「ありがとうございます。必ず返します」
「契約よ?他言したらあなたの命はないでしょう」
「約束します。命をかけて」
この後、僕らは口約束だけをして別れた。
それからファミレスを出た後、一旦家に帰って眠り朝になってまた家を出た。マーズ氏との約束の時間に間に合うためには少し急がなければならなかったが、十分間に合う時間帯だった。
僕は少し走り気味で電車に乗り、ファミレスまで向かった。ファミレスに着くと、すでにマーズ氏がテーブル席に座っていた。
「スマホの録音は消してくれる?」
「はい」
マーズ氏は僕に下を見るように促す。足元には紙袋が置かれており、僕はその中にある300万円を確認する。
「本物かは保証出来ないけれど、一応本物よ」
「信じますよ」
背負っていたカバンの中に紙袋を押し込む。
「ありがとうございました」
会話は短めに僕はファミレスを出た。マーズ氏には悪い事をしたが、取り敢えず300万円は確保できた。これで、昨日のインスタントマジックの店員に商品を紹介してもらえる。
..............................ん?
......たかだかそんな事で、ここまでする必要はなかったのではないか?僕は試験監督に何故あそこまで迫ったのだろうか。どうしたのだ、僕は。
......どうやら昨日の僕は何だか寝ぼけていたみたいだ。
......なんだか怖くなってきた。
大丈夫かな、僕。
☆
まさか試験監督から金をたかるとは自分でも驚きだが、やってしまったからには仕方がない。
というのも、僕は昨日の女性店員の件が気になっていたのだ。300万(円)というのは別に彼女から提示された額では無かったが、昨日の会話からおそらくこれくらいあれば十分だろうという判断である。
もしかしたら、とてつもない商品なのかも知れない。そういう思いが強まっていき、ついにはあんな行動を取ってしまった。過ぎたことはしょうがないのだが、ここまでする必要があったのかは正直、自分自身に懐疑的である。
僕は、その300万円が詰まったバッグを担いで、そのまま昨日みんなが集まった公園に向かった。
昨日約束した集合時間は過ぎていたのだが、少し遅れると予めツバサ連絡を入れておいたので大丈夫だろう。
公園に着くとすでに全員が集まっており、練習を開始していた。
「ごめん!遅れたよ!」
僕はみんなに謝罪して、すぐにノックの練習に加わった。慣れたもので、昨日と比べると練習はかなり楽に感じた。
午後になると、僕とツバサとレイでインスタントマジックの購入に出かけた。昨日、門前払いを受けた店にもう一度乗り込みにいく事になったのだ。
資金は十分だろう。レイとツバサには昨日の店での出来事を伝えた。カバンの中の300万円を二人に見せると驚かれたが、僕は知り合いに借りたと言って誤魔化した。二人は納得してはいなかったが、特に追及する気は無いようだった。
3人でショッピングセンターの3階にあるインスタントマジックの専門店まで向かった。
到着すると、昨日と同じように妙齢の女性店員が店から出てきた。僕は昨日会った女性店員に300万円を見せる。
「これでどうですか?」
「金持ってこいなんて言ったっけ?まあ、いいけど」
カバンの中身を見せるとその店員はヒュー、と口笛を吹いて、僕達を店の奥の方へ案内した。店の裏側に入ると、インスタントマジックと似た、しかし全く別の見たことがない商品が並べられている。
「これは、なんですか」
「最近できた会社の商品だね。ほら、これを見てみな」
指示された商品を見ると、野球専用のインスタントマジック(ぽいもの)だった。
「ま、すぐ規制されるかもしれないけれど。買うなら今のうちだね」
「買います」
「即答だね」
もう踏みとどまるつもりはない。全力で手を伸ばさなければ、勝利などないだろう。
「じゃあ、好きなの選んで」
僕はツバサとレイと話し合いながら、複数の商品を選んでいった。使うかどうかがわからない物も一応買っておくことにする。
「じゃ、選んだら請求させてもらうけど」
「はい。お願いします」
消費税分まで計算して274万8768円まで購入した。......学費以上の出費になってしまった。
そういえば、この人の名前を聞いていなかったな。一応、聞いておこう。
「あの......」
「何か?」
「お名前は何て言うんですか?」
「私?アキホだけど」
「アキホさんですね。ありがとうございました」
「いやいいってことよ」
アキホさんは何故か江戸っ子口調になっていたが、その言葉から彼女の親切さが垣間見えた。
「ありがとーございましたー」
そんな彼女の気の抜ける声で送り出された僕たちは足早に公園へ戻る。
色々と商品を買いすぎたため戻るのに一苦労だった。公園に戻る途中でレイが僕に話しかけてくる。
「なあ、あの女何者だ?」
「......知らないよ。変なおばさん」
彼女の事を知るのはまだ先の話だった。
☆
その日の夜。マーズは珍しく自分で書類に目を通しデスクワークを行なっていた。かなり慣れた様子でテキパキと目の前の作業をこなしていく。作業を開始して数時間が立っていたが、彼女は疲れることなく目の前の仕事に集中しているようだった。
「......どなたですか」
マーズの目の前には誰もいなかったが、誰かがいる気配を感じ取ったようである。作業中にもかかわらず、マーズの気配察知能力は常人を遥かに上回っていた。
「ああ、さすが。やるね」
声がすると同時に部屋の扉が開かれ、一人のの女性が部屋の中へと入ってきた。
「アキホさんですか。何か御用でしょうか?」
そう話しかけるマーズだったが、目の前にいるアキホに目もくれず机の上の作業を続けている。
「いや、暇かなと思って」
「見ればわかるでしょう?冷やかしですか」
「うふふ。いや、冗談。ただ、様子を見にきただけだよ。順調にいってるのかなと」
「余計なお世話ですね」
ただ様子を見にきただけなら早く帰って欲しいと思うマーズだったが、口に出す事はもちろんしない。
「ふふ。しかし、試験内容が突飛すぎたんじゃない ?」
「そうじゃないと面白くないでしょう?」
「面白さで決めないでほしいけどね」
アキホは肩をすくめる。自分がここにいる事が歓迎されていないのをひしひしと感じたようだ。
「ま、いいけどね。私も儲かったし」
「は?またビジネスですか?貴方は少しは大学職員である自覚を持ってください」
「はいはい」
自分の発言でマーズの手が止まったのを見て、アキホはニヤリと笑う。どうやらアキホにとってマーズは扱いやすい人間のようである。
「貴方も変な事してるんじゃない?」
「していません」
「そう」
「......何か?」
「いやいや。じゃあ、またね」
アキホはそう言って部屋を出た。どうやらアキホには自分の企みがバレている事をマーズは悟った。
「......儲かった?」
マーズは彼女の台詞から何となく状況を察したが、深く考えるのはやめた。間違いなくあの事だろうが、頭の中の自動装置がマーズの思考を強制的に抑え込んだ。
「......私は何も知らない。うん、何も知らない」
試験は刻一刻と迫っている。
マーズが試験監督を務めるのは今回が初めてだった。
☆
まるで一日一日が突風で吹き飛ばされていくかのように過ぎていった。
僕たちは、それぞれが同じ目標に向かって一つになっていくのを感じていた。お互いがお互いを知り合い、時には言い争いになる事もあったが、それを乗り越えてさらに強固な関係になっていった。
練習は試験前日の昼まで続いた。いつもの公園で毎日練習を続けている。
「じゃあ、今日は明日に備えて早く切り上げましょう」
ツバサが全員に呼びかける。最初の頃と比べて全員が見違えるほど成長しているのが感じ取れた。明日への準備は万全だろう。
「それと、明日の予定と対戦相手の名簿がメールで来てたからみんなに送信するわ」
チロリン♪とそれぞれ電話がなる。僕らは、一斉に携帯を取り出して見る。
「これは......」
僕はレイとマミを見る。二人とも気づいたようで僕の方を見てきた。
これは偶然なのか運命なのか。この試験が始まって以来、変な事が立て続けに起こっている。
レイが僕に話かけてきた。
「ウリュウ」
「うん。一泡ふかすチャンスが回ってきたね」
「......今度こそ勝とう」
マミも僕達に同調した。
運命のいたずらか、名簿にはあのファビィの名前があった。
勝負は明日。泣いても笑っても一度きりだ。
いや、大丈夫だろう。僕が知る限りこれ以上のチームなど存在しない。
......ああ、明日が楽しみだ。




