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カーマ!  作者: 田中陽一
3/5

受験生3


「嘘...。まだ、チーム登録してないの?


「......ありえない。...そうか、周りの人達が駄目なのね


「どうしよう。............いや、ダメよね、そんな事は


「............でも、しょうがないわ。ここで終わらせるわけにはいかないし。......でもどうやって?


「......そうか。........うん、大丈夫。これなら、ばれない。......でも、ばれたら......?


「......ううん、誤魔化せる...はず。......あとは...もう、なるようになるしかないわ......



その日はこれでお開きとなった。時刻は24時を回り終電も過ぎていたので、僕とカーマとペグは、近くのファミレスで朝まで時間を過ごすことにした。


「......しかし、結局のところ通るわけないよな。大学側は出来るだけ落としたいはずだし」


そう言って、僕はテーブルの上のメロンソーダをストローで飲み干す。


「......まあ......来年がんばろー」


「諦めるの早っ。つーか来年も受けるのか?」


カーマは、先程ハンバーグを食べ終えお腹がいっぱいになったようで、眠そうにウトウトしていた。ちなみに、ペグはもうすでに寝ている。


「......もちろん。何年かかっても......やり遂げるよ」


「ふーん。まあ、お前なりに理由があるんだろうけど、深くは聞かないよ」


僕は、......来年になっても受けるのだろうか?というか、試験をする前に落ちるって、もしかして()は才能が無いんじゃないだろうか。


カーマの方を見ると、白目を向いていた。


......しょうがないから近くのネットカフェにでも泊まろうかな。空いてるといいけど。


「ほら、カーマ。ネカフェ行くからここで寝るな」


「......ふぁ〜い」


そう声を掛けたが、全く動く気配が無いので僕はカーマを担ぐことにする。隣のやつは......まあいいか。爆睡中に声かけちゃ悪いしな。放っておこう。


僕は会計を済ませるためにレジに向かうと、その時、オカッパで眼鏡をかけたジャージ姿の女性とすれ違った。


「ん?」


どこかで見た女性のような気がしたので、僕は何となく後ろを振り返った。すると、その女性もこちらに気づいていたようだ。


「ん?何ですか?私に何か」


「いや......」


どこかで見たような、誰かに似ているような......。


ああ、思い出した。


「ええっと、マーズさん?」


僕の問いかけに、目の前の女性は分かりやすくギクッ、と動揺していた。この反応は間違いなく、大学の試験会場にいたマーズとかいう試験監督だ。その時は、顔ははっきりとは見えなかったのだが、オカッパの髪が特徴的だったのを覚えている。


......しかし、何故彼女がここに?というより、その格好は何だ......。


「あの...」


「......あなた、受験生?」


「あ、はい。ウリュウと言います。なん......」


「悪いけど他の人に言わないでくれる?」


僕の発言を遮るようにして、マーズ氏は会話をかぶせてくる。その目は、氷のように鋭い眼差しで僕を睨んでいる。その鋭過ぎる眼差しに、僕は完全にビビってしまった。


「じゃあ、約束ね」


にっこり笑って、マーズ氏は奥のテーブルへと向かっていった。


......いや、帰らんのかい、というツッコミは心の内に留める。それより、僕は気になっている事を質問しなくてはならない。


「ちょっ、マーズさん。試験についてお聞きしたいんですけど」


ファミレスには、僕らとマーズ氏以外には店員しかおらず、少し声を張り上げてマーズ氏を呼び止めた。マーズ氏は不機嫌そうに振り返る。


「......よくないけど、特別に答えましょう。それで、ちゃんちゃらという事で」


「メンバーが9人揃わなかったチームって、失格ですかね?」


「ええ」


即答だった。僕たちの微かな希望をマーズ氏は完膚なきまでに撃ち壊す。


「ああ、貴方達のチームは揃わなかったの。残念ね。でも、しょうがないですね。それでは、また来年という事で」


淡々と伝えるマーズ氏の言葉に、僕は特に驚きはなかった。おそらくはそうだろうと腹をくくっていたからである。


「......どうも」


会計を済ませて、僕はファミレスを出る。


ああ、聞かなきゃよかったかなぁ、なんで聞いちゃったんだろうなぁ、などと考えていたが、それよりもすでに疲労がピークを迎えており、詰まる所、早く寝たかった。


これで今年は終わりか......。まあ、頑張ったよな?


担いでいたカーマが重く感じてくる。雨はもう止んでいた。外は寒かったが、特には気にならなかった。


来年ね......。


僕の答えはもう決まっている。今日から真剣に対策を考えよう。カーマも一緒に考えてくれるだろう。来年の事を考えるだけで僕は胸がいっぱいになっていた。



ウリュウ達が出て行った後のファミレス内には、マーズとウェイトレスが2人、そしてペグが置き去りになっていた。


ウリュウらが帰った後、マーズは奥のテーブル席で食事をとっていた。テーブルの上にはフライドポテトとハンバーグが乗っている。深夜12時を回っている時間帯にしては異常なボリュームである。


しかし、その料理を目の前にして、マーズの箸は止まっていた。何か考え事をしているようである。


「......ウリュウ?」


彼女はどこかでその名前を聞いたような気がしていたが、すぐには分からなかった。



「え、通った?待て待て、嘘つくなよな」


『なんで嘘つかなきゃいけないのよ。本当よ。今メールで通知来てた。ていうか、ちょっとは喜びなさいよ』


僕とカーマはネカフェで夜を過ごし、今、朝9時ピッタシに僕は目を覚ました。ちょうどそのタイミングでツバサから電話がかかってきたので、僕は面倒だと思いながらも電話に出たのである。


ツバサの報告に僕は耳を疑った。......いや、そんなはずは無い。確かに昨日、いや正確には今日だが、ファミレスで試験監督のマーズ氏に確認したのだ。それとも、あれは幻影、もしくは夢だったのか?


......いや、そんなわけがない。あれは、現実だ。そこまで僕もボケたわけじゃないだろう。あの時寝ぼけていたわけでもない。


「......そうか。ならいいんだ」


『ええ、良かったわ。昨日のみんなの願いが届いたのかもね』


変にドラマチックな事を言ってくるツバサだった。どうやら、よほど嬉しいらしい。


本来なら僕も嬉しいはずなのだが、いかんせん昨日の出来事で諦めていたので、ツバサの報告には、どちらかといえば、困惑していた。


何がどうなってんだ......?本当に魔法がおこったらしい。


『ねえ、どうかしたの?あの後何かあった?」


ツバサの問いかけにビクッとしたが、僕の方がおかしい様子だったのかもしれない。僕は、昨日の事は悟られないようにツバサに返事をする。


「いや、何でもない。そんな事より、これから集まるだろ?どこにするんだ?何時に集まる?」


『いや、まだ決めてないけど。何、悪い?』


「いや、悪くないよ。ごめん、ごめん」


いや、が連続していた。なんだか怒らせてしまったらしい。何が何だかだったが、もういいや、素直に喜ぼう。


「じゃ、また後で」


僕は電話を切る。今はこれからの事を考えよう。横ではカーマが眠っている。


......朝飯でも買ってくるか。


どうにもすっきりしない朝だった。



朝飯を買いに行った僕は、ついでに本屋にも立ち寄った。なぜかといえば、野球について少しは知っておこうと思ったからである。僕のスポーツセンスは皆無に近いので、知識だけでも得ておきたいと思ったのだ。


僕はスポーツコーナーに向かった。棚には色々な種類のスポーツの本が並べられている。


「ええっと...『野球の歴史』、『ベーブルースの勝利学』、違うな......。『野球の基礎』、ああこれだ」


僕は、目当ての本が見つかったのでその本に手を伸ばすと、ちょうど同じタイミングで、隣の人の手と自分の手がぶつかった。


.......恋?


もちろん、そんなコテコテのラブストーリーが始まるはずなど無く、男の手だった。というか、偶然にもムツオさんだった。


「おっと失礼。ん?ああ、ウリュウ君じゃないか。奇遇だねえ」


「......どうも。ムツオさんも野球の本探しですか?あれ、でも昨日野球経験者だって」


「ん?まあ、ええと、うん。その通りだよ」


無茶苦茶変怪しいどもり方をするムツオさん、というより、どう見ても経験者というような反応ではなかった。僕は続けて聞き質す。


「本当ですか?」


「ええっと、んー。......半分は本当」


どうやら本当は野球経験はないらしい。


「いや、やってはいるんだよ。高校の部活で。ただ、厳しくて半年で辞めただけで」


「はぁ......」


実際のところ、本当に半年もやっていたかは怪しかったが(それなら初心者向けの本など買うはずもない)、詳しく聞くのは辞めておいた。虚しくなるだけだ。僕は、話を変えることにする。


「そういえば、チーム申請通ったみたいですね」


「うん。だからこうしてここにいるんだけど。......でも、本当なのかは少し疑っているけどね。何かの手違いということもあり得る」


「物騒な事言わないでくださいよ」


ハハハ、とムツオさんは笑っていた。


「まあ、あの大学に関していえば、そんな手違いは無いだろうと思うけどね。それより、敬語はよそよそしいな。同じチームだろう?」


「年上にタメ口は違和感あるんですよ。特に、僕くらいの年の人間にはね。それくらい勘弁してください」


「ふうん、まあいいや。しかし、同じチームのメンバーを見てもまだ高校生くらいな感じだし、浪人生は僕だけなのかな。なんか気まずいなあ」


「そのかわり、中学生みたいなやつはいますけどね」


「あと、動物もいるし」


二人して笑っていた。昨日はあまり話せなかったので、少し、他のみんなとは距離があると思ったが、話してみるとムツオさんとは気が合うようだ。


......もしかして、本当にラブコメでも始まるのだろうか。僕は少し、背筋に寒気を覚えた。......いや、気のせい、気のせい。


「じゃあ、僕はカーマを待たせてるので戻ります」


「ああ、ごめん、ごめん。そうだ、本はいいのかい?」


「ええ。お譲りしますよ」


あはは、とまたしても二人で笑う。いや、これは冗談では無いんだけれど。


僕は本屋を出て、カーマのいるネカフェへ帰った。さすがにカーマは起きていたので、早速僕はチーム申請が通った事を伝えた。しかし、なぜかカーマはニヤニヤとこちらを見ていた。


「朝帰りとはやるね。お疲れ」


「なんでやねん」


第一声がそれか。誰がここまで連れてきてやったと思ってるんだ。僕のイメージはそんないやらしい奴だったのか。


「ああ、やっぱりね。受かったと思ってたよ」


「嘘つけ。昨日、来年の受験どうするかの話してただろ」


「まあまあ。過ぎたるはなお及ばざるが如しって事で」


「意味違うからな?」


こいつ......。完全に昨日の事は完全にどうでもいいようだった。


「もう!いいじゃん!万々歳!やったー!受かったーーーーーーーー!」


「うるせえ!」


ネカフェ中にカーマの声が響き渡った。しかも朝に。ていうか、喜ぶの時差がありすぎだろ。


するとピピピピ。と、電話がかかってきた。ツバサからだった。


『ウリュウ。昨日と同じホテルで予約したから、早く来て。部屋は変わってるけど』


「ああ、わかった。ていうか、本当に受かってたんだな。冗談かと思った。


『んな悪質な冗談言わないわよ。あなた、頭おかしいんじゃ無いの?』


「いや、冗談だよ。うん、分かった。昨日のホテルね。それじゃ」


僕は電話を切る。少しやる気が出てきたかもしれない。いや、ただ眠気が覚めただけかもしれない。ツバサとのやりとりを終えると、カーマがこちらを見ていた。


「......ホテルって、やっぱ朝帰りじゃん!」


「ちげーよ、馬鹿」



ネカフェを出た僕とカーマは、ホテルへ行く前にファミレスに向かった。ペグを置いてきた事を思い出したからである。案の定、ペグは眠っていたので、例のフライパンでカーマが叩き起こす。


......マーズ氏はいないな。当然か。


3人で昨日のホテルへ向かう。昨日と同じ道なので地図を見る必要はなかったが、カーマは全然覚えていないようだった。


ツバサに言われたホテルの部屋に入ると、部屋にはツバサ以外に人はいなかった。僕はツバサに話しかける。


「あれ、みんなまだ来てないのか?」


「ええ、みんなあの後、家に帰ってたらしいわ」


「............」


ふふっ、とツバサは笑ったが目は怖かった。昨日あれだけ一致団結して盛り上がったのに、まさか誰も信じていなかったとは恐ろしい。僕は、ツバサが人間不信にならないかとても心配になった(自分の事は置いておこう)。


しばらくすると、ムツオさんとマミが一緒にやって来た。ムツオさんはさっき出会ったし、マミはこの近くに住んでるんだったか。ムツオさんは近くに住んでるかは知らないが、この二人がすぐに来たのは頷ける。他は......どうやら本当に家に帰ったようだ。


この後、レイとカメジロウが来るのに1時間を要した。


「おう、悪い、遅れて。まさか、受かってるとはな。めでたし、めでたし」


「拙者もごめん。いや、きっとチーム申請は通ると思っていた。しかし、拙者は自宅のベッドで寝ないと寝れないのだ」


「あんたらねぇ......」


ツバサは沸騰寸前だった。......それより、カメジロウはベッドで寝ているのか。キャラ崩れてるぞ、桃太郎。


まあいいわ、とツバサは仕切り直す。


「うん、良かったわね。確かに私も諦めてたし」


お前もか。


「でも、ここからが本番なのよ。みんなしっかり気を引き締め直して」


クラスの委員長みたいな事を言うツバサだったが、確かにツバサの言う通りだ。ここからが本番なのだ。


全員は気を引きしめ直した。早速、レイはツバサに質問をする。


「しかし、何か試験内容は来ているのか?具体的な事が無いと、こちらも対応出来ないぞ」


「今のとこ何も来てないわ。ただ、まだ一週間正確には6日あるし、出来ることはあるでしょ。練習とか」


「いやあ、練習かぁ。嫌だなぁ、外寒いよ?」


ムツオさんはそう泣き言を言う。......いや、あんたはそれ以外に理由があるだろ。


そんなムツオさんにカメジロウは諭す。


「いや、練習は大事だと拙者も思うぞ。寒さは試練だ。乗り越えられないようでは、勝てないだろう」


「......じゃあ、......練習道具買ってこないとね......」


マミも会話に入ってきたが、そう言うマミの声は昨日より少し小さめだった。また、少しずつ打ち解けなければいけないのか?それとも、単に家に帰った事を反省しているのかもしれない。家が近いなら別に帰ってもいいと思うけれど......


何だかんだで、昨日よりみんなで議論し合っていたが、結局、僕はその中には入れずにいた。なんだか自分は成長したと思っていたけれど、気のせいだったみたいだ。


ツバサは、何かに気づいたようにポケットを探す。......どうやら、スマホにメールか何か届いたらしい。


「ん、来たわね」


僕らは、一斉にツバサの周りに集まるが、8人が一斉にスマホを覗き込むのは不可能だったので、押し合いへし合いになった。


「落ち着きなさいよ。私が読むから、ええっと、


『ディア、ツバサ様


当大学が行う試験内容について詳しくご説明いたします。予定通り一週間後、つまりは今日から六日後に試験を行います。試験内容は、先日お伝えした通り、『ベースボール』を予定しております。当日の天気予報は雨となっておりますので、最低限の準備をするようお願い申し上げます。


また、今回の試験のルールにつきましては、WBSC(世界野球ソフトボール連盟)の掲げているルールに則って行われるのでご注意ください。しかし、今回は以下の特別ルールを設けておりますので、ご了承下さい。


一、3イニング制で行う。


二、魔法を用いる場合、「魔球」以外では魔法を用いてはならない。


以上のルールを追加させていただきます。


それでは、皆様のご健闘をお祈り申し上げます。


ー ヴァンデビルド大学 試験監督 マース』


......だってさ」


ツバサが通知されたルールを読み終えた。


「......魔球?」


異様な言葉に全員は顔を見合わせた。



ウリュウ達とは別のホテルの一室で、ウリュウ達と同じ受験生と思われる者たちが集まっていた。


「ねえ、スミタ。僕とポジション交換しないか?」


その内の一人が、スミタという男に話しかける。しかし、話しかけられたスミタが返すよりも先に、その隣にいた金髪長髪の女性が先に横槍を入れた。


「何言ってんの、フラットヘッド?私の決めた事に意見するってわけ?」


言われた男は、しどろもどろになりながらもその女性に答える。


「いや、ファビィさん、そんなつもりはありません。ただ、俺の肩では、レフトは少し厳しいかな、と」


フードを被った男も面白そうに会話に割り込んでくる。


「まあ、ファビィ、いいじゃないか。それより、あんた、フラットヘッドじゃなくて、フラッドヘッドだろう?ちゃんとそう言うことは言っておいたほうがいいぞ」


「はあ、すいません。まあ、僕としてはどちらでも構わないんですが......」


その事を聞くとファビィは仰天した。


「え?イズリ、それって本当かい?あんた、頭が平らに潰れてるからピッタリそうだと思ってたのに、違ったのかい」


「ええ、いや本当にどちらでも良いんです。ありがとうございます、イズリさん」


「いや、それは良いがポジションの話だろう?スミタ、変わってやれ」


話を振られた小太りの男、スミタはニヤニヤしながら答える。


「まあ、構いませんよ。私は、ショートですから。ただ、ショートはショートで難しいんですがね」


そう言いながらニヤニヤしているスミタを、その横に座っていた、見た目が中学生くらいの、ショートカットヘアーの少女が引き気味に見ていた。


「スミタ、キモいから今すぐ消えて」


「酷い!スミレ嬢、私、何かあなたにしましたか?」


「何もしてないけど、只々キモいってだけ。あと、嬢ってつけんなキモいから」


厳しい言葉を投げかけるスミレに、再びイズリが仲介する。


「やめろ、スミレ。キモいのは我慢できるだろう。キモいのは生まれつきなんだから」


「ごめんなさい......」


素直に謝るスミレだったが、スミタはさらに凹んでいた。スミタは、自分の事がそんなに気持ち悪いのかと再認識させられる事になった。


そんなことより、とファビィはイズリに話を振った。


「二人はどこに行ったの?バジリスとペインビーは」


イズリはやれやれ、と頭をかきながらめんどくさそうにファビィに答える。


「あの兄弟は旅行に行った」


「はあ!?旅行ってどこよ!」


「グアム。一週間後の試験当日に帰ってくるってさ」


「はあ〜〜〜〜?」


はあ?を連発したファビィだったが、周りも唖然としていた。フラッドヘッドも呆れながら独り言のように呟く。


「もっと慎重に選ぶべきでしたね。正直、このメンバーは......」


「しょうがないさ。切羽詰まっていたしな。この大学もなかなか面白い試験を出す。公に試験とは言っていないが、間違いなく、あれは一種の試験だった。......君も悪かったな」


イズリはそう言って後ろを振り返った。後ろには壁にもたれて座っている男がいた。


「......いえ」


男は短く答えた。その男は壁にもたれかかり、下を向いてうなだれている。


「ああ、でも公平な勝負だったのよ?それで勝ったんだから、あっちも文句ないでしょ?ねえ、ヨウタ?」


「......ええ。その点については理解しています」


「相手のチームには悪いことをしたな。終わったら謝罪にでも行こうか。その代わり、彼らのためにも必ず合格しよう」


イズリは申し訳なさそうに呟いていた。一方、ファビィは全く気にしていないようだったので、何食わぬ顔であった。


今度は、スミタがイズリに話を振った。


「しかし、試験のルール、特にこの第2項は気にかかりますね。魔球とは、あの魔球でしょう?ボールが消えたり、曲がったり」


「そうだな。やはり、インスタントマジックをからめた試験内容のようだ。そうとなれば、早速、試験に使えそうな物を買ってこよう」


「それは良いけど、そんなに便利な物売ってたっけ」


イズリとファビィはインスタントマジックには疎いとまではいかないが、詳しくは無かった。

この中ではスミレが一番インスタントマジックに詳しかったので、スミレは丁寧に解説を始めた。


「まず、5年前にそういう系統のフレーバー、つまり野球専用のインスタントマジックが発売されたけど、すぐ販売中止になった。理由は、小学生がそれを使って死亡事故を起こしたから。その商品の名前は......」


「『デッド・ボール』だな。あまりにも名前が直球だったから覚えてる」


「その通り。その後、そういう危ないのはガツガツ規制をかけられるようになったけど、裏市場にはそのフレーバーのセコハンが色々回ってる。まあ、持ってたら捕まるから、誰も買わないけど」


「じゃあ、それらを買うのはよそう。それ以外で、何か良いのはないか?」


スミレはイズリの質問にしばらく考えた後、一つの案を出した。


「まあ、考え方次第。例えば、『フローズン・コート』っていうのでボールを凍らせれば、バットに当たってもボールが飛ばない、みたいな」


「なるほど。ルールには特にフレーバー数は指定されていないから、それは買っておこう」


話が順調に進められていくが、話をしているのは実質、イズリとスミレだけで、あとのメンバーは傍観していた。特に、ファビィは全く興味が無いようで、髪を弄りながら黙っていた。


壁の方にいたヨウタも黙って考え事をしていた。


(......ウリュウさん達は生き残っているのだろうか......。もし、僕だけが受かって、ウリュウさん達が落ちていたら...どうするんだ、僕は......。)


ヨウタは張り裂けそうな思いでいた。



ツバサがルールを読み終えた後、しばらく議論が続いた。その後、ひとまずトレーニングのために、バッティングセンターに行こうという話になった。


各々が準備をしていると、


「あ、そう言えば、あと一人が来るのよ」


とツバサが思いついたように言った。レイがそれに反応する。


「そうか、そういえばまだ一人居なかったんだな。一体誰が来るんだ?」


「さあ。ただ大学から派遣されてくるらしいから、面倒な奴じゃないといいわね」


僕はやっぱり納得がいかなかった。昨日、確かにマーズ氏が僕らの事を不合格と言ったのだ。


......これはどういう事だ?もしかして彼女は僕をからかったのだろうか?......いや、そんな感じではなかった。ルールが勘違いという事も、彼女が試験監督という立場上考えにくい。


......何か予定外の事が起きている?


いや、ただの想像だし、余計な詮索はやめておこう。


僕が考え事をしていると、ツバサが何故か玄関に向かっていった。どうやら、部屋のインターホンが鳴っていたようで、僕は全く気がつかなった。


......考えていてもしょうがないのだが、どうしても気になってしまう。なるべく不安要素は取り除いておきたいという事もあるが、これはどちらかといえば僕の性格上の問題でもあった。


「きゃああああああ!」


玄関の方からツバサのの悲鳴が聞こえた。


......デジャヴ?


全員が玄関の方向を向く。全員はまた?とは言わなかったものの、おそらくそう思っているだろうという事は容易に予想できた。


しかし、ペグはすでに部屋の中にいるので、今度は違う理由かもしれない。しばらくの間があった後、ムツオさんが僕に話しかけてきた。


「ウリュウ君、ちょっと行ってきてよ」


「またですか!」


「まあ、ここまでデジャヴ現象が起きると、逆に合わせたくなるだろう?」


「......分かりました」


ムツオさんの話は、全く筋が通っていなかったが、周りを見るとみんなが『お前が行け』、という視線を送ってきたような気がしたので(気のせいだと思いたい)、僕は仕方なく玄関へ行くことにする。


玄関の方へ行くと、(予想通り)ツバサは尻餅をついていた。


「う、ウリュウ、化け物だわ......」


「もうここまで一緒だとそっちの方が怖いよ」


しかし、問題はここからだ。もちろん、僕の友達に化け物は二人もいない(厳密にはペグは巨大なハムスターだが......いや、化け物だな)。


おそらくは大学からの刺客だろう。そう思って僕はツバサのいる場所まで歩いていく。


「大丈夫か、ツバサ。ほら、立てよ」


今度は、冷静にツバサに手を指し延ばすことができた。よし、昨日の僕とは一味違う。僕も何だかんだ成長してきているようだ。


「ウリュウ、横、横」


「うん?」


そう言われて僕は横を向いた。さっきまでの発言は撤回する。やはり、僕は成長などしていなかった。


「ぎゃああああああ!」



「いや、失礼。初見だとどうしてもこうなりますからね」


僕とツバサの前にいたのは、スーツ姿の男性だった。それだけだと普通の人間だが、その者には皮膚がなく、どこからどう見ても骸骨だった。


コスプレか?もちろん今日はハロウィーンなどではない。


「いや、入って来ないでよ!」


ツバサが悲鳴をあげる。しかし、目の前の骸骨男ははどんどん部屋の中に入り、僕の前に立った。


「スティグリーです。よろしくお願いします」


「あ、はい。どうも」


骸骨にしては(?)やけに腰が低かった。スティグリーと名乗る骸骨は、僕に手を差し出してきたので、僕はそれに応じて握手をする。


「ええと、僕達のチームのメンバーですか?」


「あ、はい。その通りです。こちらの部屋に来るようにと、そちら側から指定がありましたので」


指定したのはツバサだな。ただ、ツバサはどういう人物かは知らされていなかったようだ。


「まあ立ち話も何ですから、スティグリーさん、奥の方へ来てください」


「いや、いやいやいやいやいやいや、入れるの!?そんなの!」


「え?うん」


ツバサは『いや』を7回ほど言って拒んでいるようだったが、しかし、メンバーというならばしょうがないだろう。僕は、ツバサを無視してそのままスティグリーさんを案内する。


いやぁー、という声が後ろから聞こえてくるが、無視してスティグリーさんを中に案内した。


「おい、お前らうるせえよ。隣に、ってうおっ!」


部屋に行くと、レイは僕の横にいた骸骨を見て声を上げた。もちろん周りのみんなも驚いている。


「なんだか、愉快な仲間たちって感じのチームだね」


ムツオさんはそう言って笑っている。確かに、側から見れば異常なチームだろう。


スティグリーさんはみんなに話しかける。


「ちなみに私は野球経験はないですから、悪しからず」


「いや、それはいいんだけどさ。試験は9人集まらなかったら失格ってわけじゃなかったのか?」


レイは率直に聞く。そうだ、それは僕も気になっていた事だ。スティグリーさんは、しばらく間を置いて、少しだけ答えにくそうにしながら、口を開いた。


「これは、あまり言いにくい事なんですが、9人揃ったチームが少なくて、チーム数が足りていなかったんです。そこで、8人しか揃っていないチームも特別に繰り上げる事にしたんです」


「なるほど。補欠合格みたいな感じか」


その説明を聞いて、レイは納得していた。僕も、その説明である程度は納得は出来た。それなら、マーズ氏が昨日言っていた説明と矛盾するのもうなづける。


「うわぁ、がいこつだ!」


「カーマ、ワンテンポ、いやスリーテンポくらい遅い」


今頃驚くカーマに突っ込む僕。朝から何かおかしくないか?


「......早く出るわよ」


すごくげっそりした様子でツバサが玄関から歩いてきた。見るからにもううんざり、という様子だった。


「拙者、スティグリー殿に聞きたいことがあるのだが」


ずっと黙っていたカメジロウが口を開いた。カメジロウは興味津々な顔でスティグリーさんをのぞいている。


「それはコスプレなのか?」


「はい、その通りです。自分の正体がバレるのはあまりいいとは思えませんから」


ほおー、とカメジロウは感心していた。


しかし、よく見るとその骸骨は首が細すぎるのだ。どう考えてもそこに首は入らないだろうというくらい、細い。アゴもほとんど自然というくらいに動いている。......明らかにどう考えても本物の骸骨にしか見えない。


「ああ、良かった。コスプレなのね」


ツバサはほっと胸を撫で下ろしている。


......言う必要はないな。



骸骨はコスプレ、という事でひとまずその場は落ち着いた。その後、予定通りバッティングセンターに行くことになった。


しかし、僕たちには先程から保留にしておいた事があった。もちろんルールについてである。


......『魔球』か。確かに、野球の試験である以上、このルールが出ることは予想出来た。しかし、魔球は少し問題があるのだ。


これは昔の話だが、僕が小学生の時に、メジャーリーグで活躍していた選手が、直角に沈むシンカーを投げていたのを覚えている。


あの時は凄い選手が現れた、と話題になったが、結局、いわゆるインスタントマジックを使ったドーピングとバレて、その男は野球界から追放された。


その後も、日本で小学生の死亡事故が起きたりして、野球に関するインスタントマジックのフレーバーは発売停止、もしくは厳しい規制がかけられることとなった。


それまでは『マジカルプロダクト社』の成長が凄まじかったが、その時点で上げ止まり、大暴落することになる(シンカーショックというらしい)。


それからは、第二次インスタントマジックのブームを迎える事になるのだが、これは今話すのはやめておこう。


そんなわけでバッティングセンターにいた。


大きなバッティングセンターは、他の受験生が群がっている事が予想できたので、マミの案内で小さなバッティングセンターに僕らは来ていた。


バッターボックスにはそのマミが立っている。


「かっ飛ばせー、マーミ!」


カーマとカメジロウが声を合わせて応援している。球速は80km/hで設定しており、比較的易しいスピードだと思ったが、実際近くで見ると結構早かった。


ボールが来るタイミングでマミはバットを振る、が空振り。


「ボールをちゃんと見るんだ。振るというよりバットに当てる感じでやってみよう」


横にいたムツオさんは、まるで経験者のような感じで振舞っている。先程購入した本にでも書いてあったのだろうか。


僕はジーっとムツオさんを見つめていると、ムツオさんはこちらに気づいたようだ。


「ん?ウリュウ君、どうかしたか?」


「......ムツオさんがお手本見せた方がいいんじゃないですか?」


「いや、僕が手本を見せても、実際にやってみると違ったりするもんだ」


「どうしてもやりたくないんですね」


ムツオさんはどこ吹く風だった。まあ、結局は試験になればバレるだろう。時間の問題である。


キーン!......カキーン!


隣のバッターボックスではレイの打球音が気持ちよく響いている。


「あなた、経験者だっけ?」


「体育の授業でやったくらいだよ。まあ、コツを掴めばこんなもんだろ」


ツバサの発言に、謙遜するような感じで答えるレイだったが、素人の僕から見てもレイのバッティングフォームは綺麗だった。


ツバサの顔色はさっきより数段良くなっている。どうやら本当に骸骨はコスプレと思っているらしい。


「ほおー。やりますねえ」


その顔色が悪くなった原因のスティグリーさんもこれに感心しているようだった。僕は、この隙にスティグリーさんに聞きたかった事を聞いてみる。


「すいません、スティグリーさん。試験の事なんですが、聞いてもいいですか?」


「私に答えられることなら構いませんよ。ただ、守秘義務もございますので」


「分かりました。疑問なんですが、この試験は何をもってして合格とするんですか?」


「何を、と言いますと?」


「マーズさんは、試験の内容は『ベースボール』です、と言っただけで『ベースボールで勝て』とは言っていないんです。......僕らは試合に勝てばいいんでしょうか?」


「......そうでしょう?それ以外にあるんですか?」


「例えば、個人のヒット数で競うとか、得点数で競うとか。判断基準は色々ありますよね。合格条件が提示されていないので、本当に試合に勝てばいいだけなのか、疑問なんですよ」


僕は、質問をぶつけてスティグリーさんの表情を探る。しかし、表情筋が無いのでどのような心情かは探れなかった。


「うーん。......いや、そこまで考えていませんでした。申し訳ありません。私も聞いていませんもので」


「いえ、ありがとうございます」


スティグリーさんも聞いていないのか。隠しているようには見えないので、おそらく本当に知らないのだろう。


そうなると、僕らは、合っているか分からない、おおよそ正しいと思われる合格基準に向かって、進むしかないのだろう。しかし、メンバー集めの時もそうだったが、初めに合格基準を提示しないというのは、少しおかしくはないだろうか?


考え過ぎなのか......?


「ああ、後、スティグリーさんはサードが守備ポジションだと思います」


「それは、さっきツバサさんから聞きました。御気遣いありがとうございます」


キーン!


「おお、当たった!」


スティグリーさんと話している間に、マミはようやくボールを打球したようだ。ボールはコロコロ前に転がっているのをみると、おそらくヒットではないが、一歩前進と言えるだろう。


パチパチパチパチ、と周りは拍手をしている。マミは照れ臭そうにしながら打席から降りた。


「......次、ムツオさん、どうぞ」


「私は後でいいよ。ウリュウ君、次入ったら?」


......こいつ。打つ気が全く感じられない。早く周りに言った方がいいのではないか?しょうがないので、僕は打席に立つことにする。


うわー、何か緊張してきた。


「ウリュウ君、100km/hにしておいたから。思いっきり振ってけ」


何してんだてめぇ。そう思う間も無く、前のスクリーンに映るピッチャーが振りかぶって、ボールをーー投げる。


ずぱぁーん。


バットを振る間も無く、ストレートボールが後ろの壁に当たり、目の前に転がっている。


ええ......。100km/hってこんなに速かったのか......。


「ああもう、何やってんだよ!ウリュウ君。もったいない」


「ウリュー。ガンバレー」


周りがすごく目障りだった。あと、すげえ恥ずかしい。前に映っている映像のピッチャーは、当然、そんな事を気にすることなく、どんどんボールを投げてくる。


2球目。さっきより目が慣れたようで、バットをかすめる。3球目、空振り。4球目、チップ。5球目、ゴロ。6球目、チップ。7球目、ゴロ。8球目、ゴロ。9球目、ゴロ。10球目、バント。


「バッティングセンターでバントするなよ」


ムツオさんのヤジに僕はイライラしていたが、しかし、それ以上に自分の思ったように球が飛ばない事に焦っている。


......あれ、これ一週間で大丈夫か?またもや、僕は自分の認識の甘さを自覚する。しかも、すでに僕の腕には乳酸が溜まってきていた。


「......ムツオさん、交代」


「はあ、しょうがないな」


ようやくその気になったようで、ムツオさんは僕と交代する形で、打席に立った。


「久々だなぁ。よーし、バッチコーイ!」


そう言って、ムツオさんは右打席側に立つ。ムツオさんには何かそれっぽい感じが漂っていた。


スクリーンに映る投手が振りかぶって、ーー投げる。


キーン!


放たれたストレートは、ムツオさんのバットの芯を捕らえ、そのままボールは高く打ち上がった。


「懐かしいなぁ。そうそう、この感じだよ」


どうやら僕の勘違いで、本当にムツオさんは野球経験者だったようである。僕は、妙な気恥ずかしさに襲われたが、よく見ると急速は80km/hを示していた。


......いつのまにか緩く設定していたようである。


それでも、フォームを見るとムツオさんの高身長も相まって本物の野球選手の様だった。


キーン。キーン。キーン。


見事に芯を捉えるムツオさんのバッティングにみんなは目を奪われていた。


......そんなことなら、なんで本屋にいたんだろう?今日は変な事ばっかりが起こる日だった。


気づけばもう日も沈みかけだった。



夜も更け、1日を終える。スティグリーの自宅は大学なので、スティグリーは大学へ帰宅した。


「いやー大変でしたな。なかなか、球が当たらなくて」


スティグリーは今日一日の様子を嬉々として語っている。側から見れば、骸骨のアゴがカタカタカタッと音を出し不気味であった。


スティグリーの発言にマーズは反応する。


「ま。私が仕事に追われているのに、呑気に遊びに行って。楽しかったでしょうね」


「いや、遊んできたわけでは......」


マーズの嫌味がスティグリーに刺さる。本来、スティグリーはマーズより年上なのだが、マーズの家来なので敬語で喋っているのである。


それよりも、とスティグリーは話を続ける。


「面白い受験生がいますな」


「ふうん。ま、大体予想出来てるけどね。それより、あの事を誰かに言ったらどうなるか、分かっているの?」


穏やかな空気が一変するほど、マーズの声が険しくなる。その事をスティグリーは感じ取った様で、真剣にマーズに応答する。


「......はい。分かっております。もちろん誰にも口外致しておりません」


「そ、よろしくね」


緊張するような会話ではあったが、お互いの信頼関係が垣間見える瞬間だった。この二人の間で交わされた約束を知る者はいない。


......今のところは。

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