4走目 身体能力値測定 前編
「もうつかまんじゃねぇぞ」
女の子を起こさないように静かにそう言った。
俺はあの路地から大分離れた人目につかない場所で彼女を降ろしそっと頭を撫で、その場から立ち去る。
「お母さん…お父さん…」
立ち去り際にそれが耳をかすめ勝手に要らぬ想像をしてしまう。その言葉から脳が勝手に過去の自分と重ね合わせ、心が息苦しくなるが無理矢理その気持ちを押し殺す。
(この子の事情も何もかも全く知らないのに変な想像するんじゃねぇよ…くそッ…俺め…)
そう言い聞かせつつも要らぬ想像がもし本当だったらと、何か助けになってあげたいと、そんな思考が頭の中を飛び交う。
(いや、この子の事情に赤の他人の俺が関わるのは駄目だ…駄目なんだよ…)
俺は再び自分を抑えつけ、彼女が無事に目を覚まし、立ち去って行くまで屋根の上から見守った後、俺もそこから立ち去った。
さっきまで過去を思い出し暗くなっていた彼だったが、どうやら切り替えも早いらしい。狭い路地から出てくると、いつものように大通りを歩き出した。今日も沢山露店が並び、人々で活気付いるこの王都の本通り。
「あーあーやることねーなぁー今日。仕事も今日はやる気分じゃねぇしなぁー」
この通りすっかり切り替わっているのである。さっきまでの無駄に暗い、何かを匂わせるあの雰囲気《ムード》はなんだったんだろうか。
「あ、そうだ!丁度今、金もまだ結構あることだしこの前言ってた(考えてた)冒険者ギルドいこ!」
あそこでは自分の身体能力を数字にして表すことができるハイテクな物があるらしいからな!よっしゃ行くぜぃ!野宿スキルがあるか気に……はならないが単純に俺の身体能力ってどんなもんなのか見てみたいしな!知ってみたいしやってみたい。興味がある。
早速俺は大通りを歩いて行き、大中央広場にある王都の地図看板を見る。
「ん〜どこかな〜…」
地図看板をずっと見ているのだが全然見つからない。無いわけではない筈だ。王都にあることは確定だ。だが一向に見つからない。なにせこれだけ王都が広いのだ。この地図はその広い王都を何万分の一くらいにしたもの。加えて大中央広場の地図は王都で一番正確に、厳密に、細部まで作り込まれた縦横3メートルの地図であり文字もとても小さく逆に地図として見にくい、機能していないとまで言われている。十分程彼は日に照らされながら地図とにらめっこしていたがついに諦めた。もう最初からそこら辺の人に聞けばよかったと、そんな顔をしている。
「あっつ!こんな日陰無かったっけなぁ〜!?大中央広場ー」
日陰が無いのではなく日が傾いているから屋根の端に置かれている地図看板の位置は照らされるだけなんだが、日に照らされ、あの細かい文字をずっと見つめ続けていた俺はこれまでして見つからなかった事に少し腹が立って適当に文句を言いたかっただけだった。本当に疲れた。
俺は額の汗を手で拭い、手の平でパタパタと扇ぎながらちょうど前にあった露店の店主に尋ねようとするがやばいことに気付く。この前俺が運悪く赤の結晶を顔面にぶつけちまったおっさん店主だ。
さっと俺はフードを被り、その露店とは真反対の方向へ。
(あっっぶねえぇーーー!!この広い王都、まさかもう会わないだろと思ってた俺が馬鹿だったーーー)
ドン!
「あ、すいませ…」
と言いかけて俺はギョッとする。
筋肉のリーダーだ。その背後には子分もいた。当然まだ俺がさっきつけた怪我が治っているわけでもなく、アザが残っていた。
「きぃつけろ!馬鹿が!」
「す、すいません…」
そのままアイツらは何事もなかったかのように人混みに紛れていった。
(よかったぁぁ〜フード被っといてよかぁったぁー!!)
俺は心の中でそう叫んだ。俺のフードは少し長めなので結構顔が隠れる。それが功を奏したそうだった。
ていうか何してんだ俺は。いや何もしてないけどさ。さっさとギルドの場所聞きに行こう。
その後俺が聞き出した情報によると、冒険者ギルドはこの大中央広場から延びる四つの大通りの内の一つ、俺が歩いてきた東通りから見て東、つまり王城へと延びる北通り沿いにあるらしい。施設が大きいから気付くだろうと言われたので詳しい場所は聞いていない。まあそれなら行ったら分かるんだろうと、俺は北通りへと足を向かわせた。
十分程度歩いたところで人の出入りが多い施設を見つけた。外見はとても立派な四階建の建物。そしていわれた通り、でかかった。その建物の出入り口の上には大きな字で“冒険者よ集え”と書いてあった。そこには冒険者ギルドって書いとけよと俺は思った。
中に入ると見るからに屈強な男たちがこっちに視線を向けたが、興味がなかったのかすぐに他の者たちと談笑を始める。奥に受付らしい場所が見えた俺はそこへ一直線に歩いて行った。受付の前に行くと受付嬢の人が尋ねてきた。眼鏡をかけ、黒の長髪を三つ編みにして括っている凛々しい顔の女性だった。胸も結構…というのはやめとこう。見ないでおこうと視線を正面に戻す俺。
「御用件はなんでしょうか?」
「あ、えっと、えー…ぼ、冒険者登録です、ね…」
あまり女性と話さないというか全く話さない俺は元々酷いコミュ障も相まってたどたどしい返しをする。あ、ここでスルーしていたが、どうやら能力値を測る装置を利用するには冒険者登録が必須だそうだ。
さらに、冒険者登録には料金が発生する。今、俺はまだこの前の仕事の分があるので料金に関しては大丈夫だが、登録したら依頼を強制されたりしないか、また解除はできるのかの方が心配だったので聞いてみた。
「ご安心ください。依頼を強制するようなことは致しません。登録解除の方に関しましては登録後一か月以降から解除申請ができるような制度をとっております。解除の際には料金とお時間を少し頂くことになります」
なるほど。強制されないならいっか。
「ご登録なさいますか?」
「はい。お、お願いします…」
ちゃんと喋れ俺。
「了解致しました。ではこちらの用紙に記入をしていただいたら登録完了となります。その後、任意で能力値測定を行うことが出来ますがどうされますか?」
「はいっ」
「測定の方はされるということでよろしいでしょうか?」
「はいっ」
「では、こちらは準備をしておきますので、そちらの方を書き終えられましたらこの呼び鈴を鳴らして下さい」
「は、はいっ」
用紙に汚い字で記入必須事項を書いた俺は呼び鈴を鳴らした。
チリーンチリーン♪
綺麗な高い金属音が鳴った。受付のあの人が奥から飛び出てくる。
「はい、確認致しました。記入を終えられましたので登録完了となります。あ、ちょうど測定の準備が完了したようなのでご案内致します」
「は、はい」
ちゃんと喋れよ俺の口いいいいいいい!!!と心の内で叫びながら俺は流れのままに受付の奥に見える例の装置の元へ連れられていく。
彼の女性コミュ障が発動しました。