3走目 救出 後編
やっと3走目終わりです。
追ってくる筋肉達の声がどんどん小さくなっていく。
俺の推測通り、“たたかう”のではなくて“にげる”事に意識を傾けるとまた速度がグンと上がった。しかも最初よりももっと速い気がするレベルで。
まだこの速度に慣れていない今、この直線路地以外ではまともに走れないだろう。そのくらい制御がきかない。だってもうこれ馬の二倍くらいの速度出てるし。
とか考えている内に、後ろを向けば完全に筋肉達の姿が消えていた。
うーん。正直、勝算が見えちゃったよ筋肉供!みたいなこと言ったけど、人離れ速度にさえなればそれを起点に何か出来るだろうという超曖昧な勝算しか見えてなかったし具体的に何しようか全然考えてなかったんだよな。どうやってアイツらに怪我負わせようか…。
色々考えたが俺は最終的に、体当たりを仕掛けに行くことにする。あの高さからの蹴りを無視出来るような防御力を奴は持っていた。恐らくもう片方も同じ様な結果になるだろう。
ならばこの狂った速度で体当たりをする事に賭けるしかない。自分も怪我しそうだが仕方ない。そうでもしないとあの筋肉には通じない。これでも足りない気がするくらいだ。
俺は走ってきた道を人間離れのあのスピードで全力で引き返す。そう時間もかからず、アイツらの姿が遠目に見えてくる。
この急接近にアイツらも気付いたらしく、既に身構えて待つ体制に入っている。
(この直線ならこの勢いで突っ込んでも避けるのは難いだろ!)
「うううぉぉぉおおおおお!!!」
俺は思いっきり脚に力を込めさらに加速をし、肩を前方に突き出しながら突っ込んで行く。
ヒュンという風を切る音が鳴り続き、アイツらとの二百メートルはあっただろう距離は四秒経とうという頃には二十メートル程まで迫っていた。
俺の肩がリーダー筋肉に当たる直前、奴は腕をクロスにしたまま後ろへとテイクバックする。
(やばい!これで軽減されたら効かないかもしれない!)
刹那ーーそんな思考が俺の脳裏をよぎる。
肩に何かを感じる。
その直後、前を見ると奴が消えていた。
「なっ?!」
「う…ぐぁあ…」
声がした方を見てみるとリーダー筋肉が仰向けの状態で倒れている。
「こ、このやろぉお…」
奴が上体を起こしながらこちらを睨む。
(どっちだ…?どっちなんだ??)
俺はアイツにさっきの体当たりが本当に効いているのか、はたまたその一連の動作も演技なのか判断できずにいた。
アイツがフラフラとよろめきながら、立つ。その動作もそうだが、顔もまるで本当に苦しんでいるかのような険しい表情だ。だが、まだだ。まだ俺は信じれない。
そうしている間にもう一人の子分筋肉が襲いかかって来た。
「よくも兄貴をやりやがったなぁ!!」
が、遅いので余裕で回避出来る。
しばらく子分の攻撃を避け続けながら横目でリーダーの方を見ていたが、まだ奴は動こうともせず苦しそうにしている。
(もしかして…マジで効いちゃってたのか?)
俺は回避を続けながら思考を整理する。
(今奴が演技をしていて得することなんて…あるにはあるかもしれないがそれでも攻撃する方が得だと考えるだろう。あの筋肉野郎の性格からして、まさか自分の攻撃が当たらない、なんて思ってる訳がないからな。だとすると…あの体当たりは効いたということに…)
考え事をしながら避けていた為か、相手のフェイントに上手く引っかかってしまう。
(しまっ…!)
「へっ!鬼ごっこはここまでだ!!」
思いっきり俺は子分筋肉の拳からの腹パンを食らった。一番避けたかった事が起こってしまった。
はずだった。
(あれ…そんな痛くねぇな…見間違いか?外していたのか…?)
目の前には俺を殴った拳を痛そうにもう片方の手で覆っている子分筋肉がいた。
「お、お前!な何をした!」
どうやら見間違いではないらしい。
(じゃあなんだ?もしかして俺って速くなっただけじゃないのか?リーダーもまだ動かねぇし…)
「よっしゃ、やってみっか!」
「な、何を…」
俺は“にげる”意識を保ったまま、“鬼”である奴らに殴りかかる。
「ほっ」
速度を活かし、お返しとばかりに高速の拳を二人の腹に向けて繰り出す。
「がっはぁっ!」
「ごふぅっ!」
先程まで全く通らないだろうと思っていたこの拳が普通に通り、二人は互いに抱えていた荷物を落とし、その場に崩れ落ちる。
「ぐ…ぅ…」
「おの…れぇ…」
奴らが倒れ込んでいる間に早くあの子を救出しようと、右に落ちているリーダー筋肉が抱えていた方の荷物を見てみる。
ハズレだった。中にはとても汗臭い古びたシーツが二枚入っていた。
そのやばい匂いがこっちに広がる前に、すぐさま袋の口を閉じて遠くに放り投げた。
…ともかくこっちじゃないという事はもう片方があの子が入れられている袋だということだ。
左の袋を抱えると右よりもずっしりと重かった。
(なんだ…?)
抱えていた袋をそっと降ろし、一応中身を確認するとそこには寝ているあの女の子がいた。
意識がない人間というのは普段より重くなるものだったと思い出す。
俺は再び女の子を袋に包んで抱え、立ち上がる。
後ろの筋肉達は気絶していて、もう動く気配は無かった。
(改めて思ったがワンパンであれって…俺…ちょっと強くないか…?)
筋肉が追ってくるという不安要素がひとまずなくなり、ほっと安心して俺は再び歩き出す。
「さて、ってうおっ!?」
急に抱えていた物が重くなった。
いや、正確には“にげる”意識が無くなったからだろうな。どうやらもう確定で俺が逃げる時に強化されるのは脚力だけじゃないみたいだな。
(こんな事思うのもなんだが……誰か俺を追いかけてくれないかな…)
荷物を抱え、直線路地を抜けていく。
彼の逃げ人生に拍車がかかった。
俺TUEEEEEになりそうです。でも、そうはさせません。
〜その後舞台裏〜
筋肉ズ「「俺たち、いつまで気絶しときゃいいんすかね」」
女の子「私の気が…晴れるまで…」
筋肉ズ「「ここに鬼いたああああああ!!」」
マリ「立場逆転かよ…」