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逃げるそれは最強の行動  作者: 勝唯
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3走目 救出 中編

「よし。出発するぞ。準備はいいな?」


 リーダーの方の筋肉が、振り返ってもう一人の筋肉に問いかける。


「いつでも出発してくだせぇ!」

 

 そしてその会話から間もなく、二人の筋肉が一人づつ布に覆われた何か大きな荷物を抱えながらえっさほいさとボロ布アジトから出てくる。


 …俺はこの時をどれだけ待ったことか。たったの六時間だったが、一日にも思えるくらい時間の流れを遅く感じたぞ。本当に…アイツらは朝をいつのことと言ってるんだ。


 アイツらはその荷物を持って、一定のリズムで脚を動かしながら走り出した。

 念の為、気付かれぬようギリギリアイツらの背が見えるくらいで俺も走り出す。


 俺は小走りでアイツらの背を追いながら、今日の朝から考えていた作戦を思い出す。

 まあ作戦といっても単純なものなんだがな。

 だからこそ、本命の作戦が通用しなかった事態にも対処出来るように保険の作戦もちゃんと用意しておかないといけない。


(作戦はこうだ。この長い一本道を抜けるまでに奴らを何をしてでも倒す。…やっぱ単純だなこれ)


 普通なら筋肉側はアジトの周りということで、地の利の差を活かして(マリ)と戦えるはずだ。しかしこのアジトの周りは立体的な立ち回りができない様な一直線の道。

 ここで喧嘩でもする様子を横から断面図的に見ることが出来るならばもうそれはただの下手な格ゲーにも見えるレベルである。前進、後退、上昇、この程度の行動しか許されないとなれば、もはや地の利など存在しない、と言える。

 だからこそ彼は普段ならあるはずの地の利の差がないここを出るまでに、何をしてでも倒すと考えたのだろう。しかし逆に言えばそれしかないので彼がこの様な単純明快な作戦に至ったのは仕方ないかもしれない。


 幸いこの通路は長い。彼が全速力で走って逃げ続けた時間は大分あった。それでもアジトに着くまでは結構な時間が掛かっていた。その事がこの通路の長さを証明している。


 しかし長いからといっていつまでもこちらから仕掛けず渋っているのは悪手。それは誰が見ても解るし、当然彼も分かってはいる。理解もしている。が、それでもやはり後一歩の勇気が出ずにいた。


 今まで、全てから逃げ続けてきたその男は口での喧嘩ならまだしも、拳での喧嘩なんて一度もした事がなかった。それはそうだろう。始まる前に逃げるのが彼の喧嘩への唯一の対処方法だったからだ。

 今までもそしてこれからもそうするつもりでいた、喧嘩が始まる前に逃げていたその男は今、下手をすればこの世とお別れなんて事もあり得る喧嘩を始める側に立っていた。


(こ…怖えよ…あの筋肉で殴られたら俺一発で終わっちまう…)


 昨日はなんかいけるかもとか思ってたけどいざここに来ると、やっぱ違う。

 覚悟を決めたはずなのに。


 逃げたい。すごく逃げたい。〈たたかう〉か〈にげる〉この選択肢、いつも俺は〈にげる〉を選んできた。今にも「にげる」を選んでしまいそうだ。でも今回は〈たたかう〉。闘わないと。

 目の前で起こった悪事を見過ごせる程俺は腐ってない。いや、違うか。いつも俺は悪事を見たら逃げていた記憶がある。関わりたくない。


 …でも今回だけは流石に見過ごせない。


 俺の心の中の何かが、アイツらは許さぬと身体を突き動かす。


 俺はなんかこう人助けとかするのはあんまり好きじゃない。…理由は…いや、また今度でいいか。

 でも今は人助けが好きじゃないとか関係ないよな。


 彼が何故自分があの子を見過ごせないか無意識に理解していったようだった。彼は昔の自分に似たあの子を放って置けなかった。自然と自分と重ね合わせて見てしまっていた。ただそれだけが理由であり、あの子となんら関係があるわけでもなし、お願いされたわけでもなし。

 それはただただ自分勝手な独りよがりの行動。


(もし助けられたとしてもあの子が起きる前に消えとこう。まあ起きるまでは見守るけどね)


 もう一度、覚悟を決めるんだ。俺はあの子を助ける。


 筋肉達は荷物を抱え、走りながら談笑している。


 談笑している即ち(すなわ)油断しているという考えに至った俺は今が好機と判断した。


(よおぉぉっし!!いくぞぉぉぉぉぉおおお!!!)


 自分を奮い立たせ、一気に加速してアイツらを下目で見ながら少し追い越したぐらいの位置まで走る。

 そこからアイツらが走って来る分も計算に入れ、上から真下に向けおもいっっっきり跳び降りる。その落下の勢いを利用した、蹴りというより踏み付けの先制攻撃。


「ウオオオォォラアアアアァァァッ!!!」


「ん?どこから声が…」


 キョロキョロする二人の内一人が上を見上げ、その目を見開く。


「う、上ですぜ!そこは危ねえ兄貴!!」


「な…」


 リーダー筋肉が振り向いた時にはもう遅かった。というか振り向いてくれたお陰で顔面にクリーンヒット。

 俺の脚はあの高さから落ちたが無事だ。鍛えて…はないが、子供の時からそういうもんだったからな。俺は脚が強いんだ。


「が…はあぁ…」


 流石に顔面クリーンヒットは応えたか、片手で顔を抑え、まともに前も見ることが出来ない様だった。がーー


「…なーんて、な。効いたとでも思ったか」


 リーダーのその一連の動作は演技だった。その事実で相手の動揺を誘う作戦だ。

 彼はその作戦に見事に引っかかり、見ての通り彼の顔は驚愕で染まっている。


(な!!?)


 あの高さから蹴りつけたのに平然としているだと!?


 どうなってんだあの筋肉の顔面!どう考えてもおかしいだろ!!普通ならあの蹴りつけで陥没していてもおかしくないはずだ!


「どうした?かかって来い。…んー?まぁ、さぁ、かぁ、怖気ついたかぁー?まあ怖いなら昨日の様に自慢の逃げ足で逃げたらいいんじゃないか?グワーッハッハッハッハ!!」


「逃げることしか出来ない雑魚にはそんなこと考える余裕ないですよ兄貴。ほら、固まってるじゃないすか。そこらへんでやめてやりましょうや」


 子分が俺へ皮肉たっぷりの言葉をぶつけてくる。


「それもそうだ!ここらでお喋りは終わりとしようかァッ!」


 その言葉を合図にリーダー筋肉と子分筋肉が地を蹴り、俺に向かって一直線に走ってくる。荷物を抱えたままだ。恐らく、俺の攻撃が自分達に効かないと踏んで舐めているのだろう。あるいは、俺が何故ここに来たかを大体分かっていて、荷物を置いて闘って俺にそれだけ奪われて逃げられる可能性を避けたいのかもしれない。どちらにしろ〈たたかう〉しかないようだ。


 俺は自分の攻撃が効かないことはさっきの一撃で理解していたのでひとまず二人から距離を取る。


(アイツらの持ってる内のどっちがあの子が入っている袋なんだ?大きさも似てるし全く分からんぞくっそ!)


「やっぱり逃げることしか出来ないのかこの雑魚め」


「本当ですねぇー。全ッ然攻撃仕掛けようとしませんよねぇ?」


 俺は心の中で反論する。


「俺の攻撃効かねえの理解できねえかなー、あそこの筋肉達は」


(あ、つい心の声が…)


「「ああぁあ?!んだとゴラアァァアアアア!!」」


 こいつらマジで筋肉じゃん…あんくらいの挑発に乗るとかさ。ていうか挑発したつもりも無かった上、そもそも今の挑発になってないでしょ。これはあれだな、俗に言う頭の中お花畑ではなく頭の中筋肉畑と言った方がアイツらにはピッタリだな。


 そんな呑気な事を考えながら彼は怒り狂った筋肉達の攻撃を避け続ける。


 この勝負、筋肉側からすると、攻撃は当てられないが相手の攻撃は効かない。同じく避ける彼も、自分が何をしても攻撃は通らないが、相手と圧倒的に俊敏さで差があるので攻撃は当たらない。つまり、どちらも勝てもしない負ける事もないという感じだった。


(何かこの状況を打開出来る…何か…ないのか…)


 しかし俺がいるここは何もない一本道の路地。通りすがり際に見たここにあるものといえば、いつからそこにあるかもう分からない様な古びたソファとか、ボロッボロのその他の家具。

 そして走りながらなのに横を通っただけで分かる様な異臭を放つゴミがいくつもあった。…あ、ほらまたあるよこれ。ウゲッ、くっさ!…とにかく俺はありえもしない事に期待を寄せる程、やれる事がなかった。


 避けて逃げ、避けては逃げ、同じ動作が繰り返される。





(………一旦撤退しようかな……)





 俺はふとそんな事を思ったが、すぐに撤回した。


(いやいや!ダメだろ!もし俺が逃げたらその隙に何されるか…)


 そんな事の否定をしていた時、俺はフワッと身体が軽くなった。


(うおっ!はや…)


 彼の脚に昨日の夜の様なあの人離れしたスピードが戻った。が、それは一瞬。彼が避けの動作を行った時には普段通りのスピードに戻っていた。


(戻った…?)


「はぁ、はぁ…このやろう…ちょこまか、ちょこまか、と…」


「ぜ、全然、当たらねぇ、ぞ…」


 筋肉達は怒りに任せて全ての攻撃を全力で行っていたためか、もう息絶え絶えになっていた。


 彼、避ける側は当然攻撃側の様に力む必要もないため、身体の疲労は筋肉達より少なかった。


(というかどういう事だ?一瞬だけあの速さに戻るなんて……俺が何かしたか?きっかけにでもなる様な事を何か…、!!)


 ここまで来て漸く俺は悟った。


 そうだ。


 〈たたかう〉から俺は弱いんだ。


 俺はいつも通り、〈にげる〉。意識だけは。


 逃げながら、闘えばいいのか。


 となるとアイツらを相手と捉えてしまうと駄目だ。


 アイツら…は俺を追う……鬼だ!鬼を倒せる追いかけっこもある事だからな!これで矛盾はないだろ!





【逃げろ。全てから。何が何でも。生きるために。】





「はっ!そういう事かよ、お前!」


 思わずいつも聞こえる声に向かって返事をした。


 するとなんか自分の中になんとなく自分の感情じゃない様な嬉しさが少し湧く。


「さっきから俺達が鬼だとか矛盾がなんだとか何を言っていやがる!!

 なめんじゃねえぞぉおッッッ!!!」


 子分が言う。

 あ、俺、声漏れてたの?無意識だったわすまん。


「ああああぁぁぁああ!!腹が立って立って仕方ねぇ!!ぶっッッ潰す!!」


 リーダーの顔が鬼みたいになっている。

 なるほどな。俺は脚を人離れさせたが、お前は顔か。なんて怖い顔なんだ。例えるなら梅干しかな、(しわ)凄いし。


「生憎、勝算が見えてしまったよ筋肉達。悪いがここらで逆転だ!」


「「やってみろやぁぁぁぁああああ!!!小僧ぉぉぉぉお!!!」」


 さて、ここからが本番だ。


 〈逃げる〉ぞ。


なんか長くなっちゃった…

…区切りが付けにくかったんです。


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