3走目 救出 前編
朝、日が昇ってから数十分後、俺は朝日にハッと目を覚ました。
か、体のあちこちが痛え……が、昨日の疲れがしっかり取れていることからどうやら俺はこんなレンガの上で掛け布団もない中、熟睡したらしい。久し振りに自分で自分のことをすごいと思った。
よくやった俺。頑張った俺。
そんな事を考えながら彼は寝ていた場所から少し離れた場所にある建物の境、つまり路地の底を覗く。
(な?!………な、ない………!!)
俺は慌てて指の第一関節を曲げて目をこすり、それが現実である事を確かめる。
そこには昨日まで確かにあったはずのヤツらのアジトが…ない。
俺の心の中に一気に焦りと不安が込み上げてくる。
やばい。普通に考えて、俺が寝ている間に全部、、、?
昨日、俺は確かにアイツらがイビキ立てて眠るところまで確認してから寝たはずだ。だとするとアレは演技で……いやそもそも俺が上で寝ているなんて考えてもいないだろうし…いや、まさか何らかの気配でも感じて俺が寝たあの後に…。
「………」
ちょっとしてから、俺は無理矢理焦る自分を抑え、冷静さを取り戻し、そんな空想を並べている場合ではないと、
取り敢えず自分の周囲の状況を確認する。
俺が寝ていた周りには昨日と変わらず特に何も無く、さっき覗いた路地にもゴミくらいはあったものの
生活感を感じさせる物という物が何一つ無くなっており、そこは本当に、ただの路地の行き止まりだった。
その事実は彼の心拍数を少し上げる。頰を伝い汗が落ちる。
路地の確認を終えた彼はできるだけ急いで上へ戻った。もう壁キックとかを自画自賛している暇は彼にはなかった。しかし、上にはさっきも言った通り全く何も無い。ちょっと鳥の糞の跡がこびりついている場所があったりするだけだった。
だとしたら俺のやる事はもう決まっている。路地沿いに走るだけだ。よし!そうと決まったらさっさと行かねえとやばい!
彼はもう大分焦っていた。
走り出したら他のことに注意を払う程考えに余裕などなくなり、どんな簡単な罠にも引っかかってしまうだろうことが容易に想像できる程に焦っていた。
(時間がない、全速力でいくぞッ!………)
俺は遠くに何かが落ちているのを見つけた。
(チッこんな時に、もうほっと、く、か…………ん?)
そう思った俺だったが、それは何か見覚えのあるものに見えた。
急いで近づいて見てみるとそれは…
(俺のフード?)
さらに俺は少し奥に建物の境があるのに気付いた。そしてそのフードがあったところからは、さっきもぬけの殻だった路地のある建物の境は見えなかった。
そして寝ている間になくなったアイツらのアジト。
ーー俺はその情報が頭に入ってきて数秒、ある推測に辿り着いた。そしてその推測はその建物の境を覗いた瞬間、事実に変わった。
その瞬間、俺の焦りと不安が吹き飛んだ。俺は察した。
そう。彼は察したようだった。何故こんなことになったのか。それは、おそらく彼の
寝返りだった。
(寝返りかよおおおおおおおおおッッ!!俺のあの無駄な体力、焦りと不安でゴリゴリ削られた精神力、そしてそれに費やした無駄な時間を返せええええええええ!!きいぃぃのおぉぉのぉぉ俺えええええええええッッッ!!!ていうか何だよこれ!!自分で寝返り、勝手に一人で焦って、誰も見ていないとはいえクッッッソ恥ずかしいんですけどおおおおおおおおッ!)
彼のような自分語りマンは特にそうだった。
「これ神様とかが見てたら天の上で吹いてるだろうな。“アイツ、一人で焦ってるぞ(笑)”とか言ってさ。まあそれを知ったら俺は恥ずか死にしそうだけど。そんなのはいないのを願うばかりだわ」
【………クスッ】
さて。だいぶ手間どっちまったが(自分のせい)これでようやくヤツらが何してるかが掴めるな。え〜っと?
彼がその路地の底を覗くと、まず視覚情報よりも先に聴覚情報が飛び込んで来た。
「グガッ、……グガガガガアアアアァァ………グアアアアアアアアッッッ!!」
もうほんと、さっきまでの俺の焦り何だったのと言わんばかりに爆睡してくれている。
おいおいアイツら…もう日、…昇ってるぜ?マジで起きる気配しないくらいしっかりと睡眠とってらっしゃるんだけど。
ていうかそれよりも、イビキでかすぎだろ…ここら辺に人住んでないからよかったけど、住んでたらこれ近所迷惑極まりないな。もうもはや騒音だよ。
子供がこのイビキ聞いたら「豚さん寝てるの?」とか言いそう。
いや、それは豚さんに失礼だな。
ん?でもじゃあ俺はこんな騒音の中で、レンガの上、掛け布団無しで寝たっての?野宿スキル高すぎない?逃げ果せた後でステータス見に行く予定だから、その時にでも見るか。“野宿”スキルの有無。無いけどな多分。あったらカンストしてそう。
あ、…でもだから俺はあんな遠くまで寝返りまくったのかもしれない。
よし、お前らが起きるまでここでしっかりと見張らせてもらうぜ。
彼はうつ伏せで前に腕を組み、時折ちょっと上体を反らして身体を起こしながら底を覗く。それを繰り返していた。
…1時間後
まだ俺はずっとアイツらにでかいイビキを聞かせられている。正直、精神が持ちそうにない。本当に頼む。もう起きてくれ。こっちは限界です。
しかし、彼らが起きる気配はない。
…さらに3時間
俺、無事死亡。
…というのは嘘だが、もう瀕死。アイツら、これもう意図的にやってるだろ。さすがに長すぎだよ。本当にキツいから一回ちょっと離れようかな。
ちょっとくらい大丈夫だろ。こんだけずっと待ってて起きてこないんだから。これで起きてきたらもう素直にアイツらの演技力としぶとさに感心する。
偶然もあり得るが。
そんな事を考えていると、ついにヤツらのイビキが止まった。
俺はバッと振り返る。
だがまだ物音もしないし出てくる気配もない。
…そうか。俺は勘違いをしていた。イビキが止まったらアイツらは出てくるものだとばかり思っていたが、そもそもイビキが無くても人は眠っていられるんだった。そうだアイツら人だ。喋る筋肉の塊としか思ってなかった。
アイツらが絶え間なくイビキをかくせいで色々と感覚が狂っていた。
ああ、そうなのか。ここからが第2ラウンドなのか。
「はあァァ〜。」
彼は大きなため息をつく。
…2時間後
日はもう、ちょうど真上に来ようとしている。
途中、俺はずっと日に照りつけられていたので、自分の立つこの廃建造物の屋上にある 、ここへ上るための下層から続くはしごの覆いの小さな影に身を隠していた。
そこで、俺は作戦の確認をする。
(作戦はこうだ。まず、アイツらが起きる。そうしたら…)
「グ、…ゥアァァ」
「ん、起きろ」
「ウァァア。おはようございます兄貴」
眠気混じりのアイツらの会話が聞こえる。
遂にアイツらが起きたようだ。
どうやら今、作戦をゆっくり確認している暇はなさそうだ。
今回走ってないって?
心の中で迷走してたじゃないですか。
〜その後舞台裏〜
マリ「あ、見張ってる間に作戦確認しとけばよかった」
あれだけ時間あったのに何をしていたんでしょうかこの人は。
マリ「ま、追いながら確認すればいいか!」
……つくづく楽観的な人です…