嵐の前のささやかな幸せ
2話連続投稿
こちらは本編です。
さて、あれから3年程たち、私ももう9歳だ。ついにあの事件まで、あと3日…。
この3年の間にできることも増えた。
あの頃は全く使えなかった魔法も、魔力の流れを感じれるようになってからはすぐに上達した。前世の記憶もあって色々イメージしやすかったのもあるかもしれない。目的だった治癒魔法は、病気や怪我を治そうと思うと他の魔法に比べてイメージは難しいけれど、何とか治癒師の端くれ程度の治癒魔法ならできるようになった。これならあの事件で万一ジル様が傷ついても、対処ができるかもしれない。
武術については王宮での教育がひと段落してからは、実家で続けている。訓練と称して、どこからくるかわからない攻撃に反応して避ける練習を重点的にしてもらっている。これであの事件の攻撃が当たらないように立ち回ることも集中していれば可能なはずだ。
ん?言っておくけどムキムキに成長なんかはしてませんからね?軽く引き締まっている程度ですわっ!!
とまぁ、冗談はさておき、初めはフラグ回避のために必死になっていて、とても疲れていた。でもジル様と接するようになって、ジル様のためにという思いがとても強くなった。初めは嫌われないようにばかり考えてたけど、毎日接するうちに本当にいい友人に慣れたと思う。そしてジル様のためだと思うと前よりも頑張れる気がした。事件までにここまでできて良かった。もう少しで起こる事件はきっと悲劇にしない、ジル様と自分のために…。せっかくジル様って呼ぶのにも慣れてきたんだもの、これからも仲良くしていたいしね。
今までの思い出を振り返りながら、ふと机の上のお守りを眺める。
このお守りは四つ葉のクローブを押し花にしてしおりにしたものだ。ジル様と一緒にするようになった四つ葉のクローブ探しは、王宮だけでなく周辺の丘や花畑などでも行った。ジル様と私の春に行う定番のイベントにまでなっていた。このクローブを2人で見つけたときは走り回って喜んだものだ。
2人でみつけたクローブ…これは私の宝物なのだ。
本当は事件のこともあるし、ジル様にとこのお守りをつくったのだが、イリーが持っていてとあの笑顔で言われてしまったから私も引き下がってしまった。
今はもう冬なので、次の春に一緒に四つ葉を探そうと約束している。
前世に比べて数が少ないのかこのしおり以外でクローブは見つかっていないが、探すことが楽しいので気にはしていない。強いて言うならジル様にも四つ葉のお守りをお渡ししたいくらいだろうか。
ということで、私は四つ葉のクローブの刺繍をジル様に贈ることにした。
この3年間で必要な王妃教育はほぼすべて完璧に終わっている。その中に刺繍もあるのだが、自分でもなかなかの腕前だと思う。
「ジル様は喜んでくださるかしら。」
「きっとお喜びになられますよ。」
私の専属侍女のアンがすぐに肯定してくれる。この刺繡の案も、四つ葉のクローブのお守りをジル様に贈りたいなと思っている時にアンが提案してくれた。こちらの思いをくみとって的確に案を出してくれるとても優秀な人だ。アンの案は素晴らしいの。…ごめんなさい何だか寒くなってしまった。
「…できたわ。」
白いハンカチの隅に、四つ葉のクローブとジル様の名前。
ちょっと可愛らしすぎたかな…。男の子へのプレゼントなんてしたことが無かったから決めたときはノリノリだったけれど、少し不安だ。
「どうしましょう。やっぱり違う物の方がいいかもしれない…。これでは女性物のように見えるわ。男性への贈り物には向かないかもしれない…。」
考え始めるとそうとしか思えなくなってきた…。
「せっかくお嬢様がお作りになられたのにジルベール殿下に差し上げないのですか?」
「でも、可愛らしすぎないかしら?ジル様もこのようなものを貰っても困られるだけだわ…。」
「いいえお嬢様!そんなことはありませんわ!!」
いつになく勢いのある返事を返してきたアンはそのままやさしく微笑んで私の前に来た。
「お嬢様、この刺繡はどの様な気持ちでお作りになられましたか。」
「え?それはもちろん、ジル様に幸福が訪れ、幸せに過ごせるよう願いを込めながら作りましたわ。」
「私は、お嬢様のそのお気持ちが一番の贈り物であると思います。ジルベール殿下は、お嬢様が込められた想いを感じ取って下さる方です。それにジルベール殿下はお嬢様が一生懸命作られたものなら必ずお喜びになられると思いますよ。」
ウインクしながらいうアンに私はクスリと笑ってしまった。アンはいつも私の背を押してくれる。
「そうね、せっかく作ったんだもの。これを贈ることにするわ。」
「はい、お嬢様。では、今から渡しに行きましょう。」
「えっ?お誕生日の贈り物だし当日の方がいいかと思うのだけれど。」
お誕生日当日は例の事件の日だ。会う予定があるのだからその日に渡そうと思っていたんだけど…。それに今からなんて心の準備がまだできていない。
そんな私はお構いなしに準備を進めながらアンは続ける。
「長年お嬢様にお仕えしていますが、お嬢様は少し考えすぎてしまう癖がございます。お嬢様のことですから当日までの3日間、渡すべきかどうかずっと悩んでしまうのではと思います。」
「うっ」
「それに当日はジルベール殿下もお忙しくされるので、渡したときの反応が気になるのなら時間のある今日の方がいいと思いますわ。」
「で、でも急に伺ってはご迷惑だわ」
「こんなこともあろうかと、完成の日を予測しジルベール殿下に本日お伺いするとすでに伝えてあります。」
「根回しが早いっ!?」
「さぁ行きましょうお嬢様!!」
何かを楽しむような目をしたアンに、私は引きずられていった。
・・・・・・
「それで来た時に少しやつれていたんだな。」
私の作ったハンカチを愛おしそうに眺めながらジル様はおっしゃた。
「私の醜態をさらすのはやめてください!アンは私の侍女でしょうっ。あまりひどいと暇を出しますわよ!!」
「何をおっしゃいますか。私はお嬢様の可愛らしい姿をジルベール殿下にも共有していただきたくお話しているだけでございます。」
「そうだぞイリー。こんなに優秀な侍女はそうそういない。ただでさえイリーが優秀すぎて、ほとんどの王妃教育が終わってしまい王宮にイリーが来る回数が減った今、イリーの様子を知る機会はアンの暴露しか頼れないのだから。」
「暴露って何ですかジル様っ!!」
私はアンの暴露によって顔を真っ赤にしている。いやだって気に入ってもらえなかったらどうしようとか悩んでたなんて、本人に知れるのは本当に恥ずかしい。
「ねぇイリー。この贈り物に込めた想いって何だったんだ?優秀なアンは教えてくれなかっただろ。つまりそれは本人から聞けということだ。だから本人から直接言葉で聞きたいのだけれど。」
ジル様がとても期待を込めた目で見てくる。いつの間に移動したのか目の前のソファから私の隣に座って私の手を握り、どことなく色味を帯びた声で囁いてくる。こうなったジル様からは逃げられないのだ。
いやいや10歳児でここまでの色気を放つのは反則だろう?なんなんだこの10歳児は…。こちとら成人女性の記憶があるのになぜかときめいてしまうから自分は変態なんじゃないかと日々苦悩しているんだぞ…。
そんなことを考えているなんて想像もつかないだろうジル様は相変わらずさぁ早くと期待を込めた目で見つめてくる。
私はこのあと恥ずかしい思いをしながら自分でジル様に伝えると、ジル様はとても満足したような顔をしていた・・・
今回よく登場した侍女のアンはとても優秀です。年はアイリーンよりも5つほど年上でしょうか…。パワフルかつ知性にあふれた素晴らしい女性です。アイリーンの強い味方であり、人の恋路や噂話が大好きな可愛らしい女性でもあります。