アイリーンという婚約者(殿下視点)
2話連続投稿
今回の話は殿下視点からのお話です。
俺はこの国の皇太子、ジルベール・カザリス・サラードだ。そんな俺には同い年の婚約者がいる。
婚約者なんて本当に嫌だった。いくら父上が薦めた婚約者とはいえ、女なんてものはどうせ欲にまみれているに決まっている。ちょっと茶会に顔を出せばすり寄ってくるような奴らだ。茶会への参加は義務でないから、たまにしか顔を出さなかったこともあって今回婚約者になる奴とはあったことが無いが…まぁ今までの奴と同じだろう。そう思っていた。
婚約が決まって初めて顔を見合せたとき、彼女は少し驚いた顔をしていた。だが次の瞬間には何もなかったかのように礼を済ませ、早々に帰っていった。
正直拍子抜けだ。どうせそこら辺の奴と一緒だから婚約者となったら調子に乗ってもっとべたべたしてくるものかと思っていた。また鬱陶しい女の相手をしなければいけないと身構えていたら、彼女はさっさと帰っていしまった。。
こう反応が薄いとなぜか気になってしまい、俺は少しだけ、彼女に興味を持った。
それからというもの、彼女は毎日王宮に来ている。王宮に来る令嬢どもは何も用がなくても俺に会いに来る。中には重役の父親も同伴させて無理にでも会おうとする。こっちにも用があるというのに鬱陶しいことこの上ない。 だが、彼女は一向に会いに来る素振りもない。2週間もたつのに一向に姿を見せない彼女に、柄にもなくもどかしさを感じていた。
「おい、彼女についてわかったことを教えろ。」
すぐに会いに来るものだと思っていたがなかなか来ないので、仕方なく、そう仕方なく、この2週間、俺は彼女について従者に調べさせていた。彼女はあまり茶会には出ていなかったが、その割には噂が多い。良い令嬢だというものもあれば、恐ろしく、人をひきつけない氷の令嬢だというものもある。本当は自分の目で彼女について見定めようとも思っていたのだが、会えていないのだから仕方がない。
「畏まりました。アイリーン・トレイドル様についてご報告をいたします。」
初老の割には体格がしっかりしたタキシード姿の男が前に出てきた。何をさせても完ぺきにこなす俺の自慢の従者であるセバスだ。
「以前よりお伝えしていた噂についてですが、良い令嬢だという噂については、主に彼女の父親にあたるトレイドル公爵様と親交のある方の間で広がっているものだとわかりました。
一方、令息や令嬢の間では、アイリーン嬢の印象が冷たく恐ろしい氷のようであると噂が広がっているとわかりました。私めの考えとしては、この2週間、王宮での様子を監視しておりましたが、誰もいない場所で迷い猫を愛でられていたり、使用人にも感謝の言葉を述べるなど、実に思いやりに溢れるお方でいらっしゃいました。さらに王妃様に直接王妃教育の追加を申し出たとか。殿下のためにと日々励んでいらっしゃいます。少々冷たいような印象を与えてしまうのは外観のせいではないか、と恐れながら愚考いたします。」
そういえば彼女の目はつり目であったな。公爵令嬢という高い身分と、あまり人と接していないことからそのような噂が流れたのか。俺の従者のセバスは人を見る目はかなりのものだ。ごまかして猫をかぶろうとも見破ってしまうことの方が多い。そんな奴がここまで褒めるのだからなかなかのものだ。しかしここは王宮だ。もしかしたら彼女がセバスを欺くほどの強かさで猫をかぶっているとも考えられる。王妃教育のことは母上も言っていたな…母上は大変気に入っていたようだが…。いったい何を企んでいるのか。まぁ王妃になる努力を怠らないところはいい評価をしてやってもいいだろう。セバスの言葉だけで決めつけるのもよくないが、馬鹿で高飛車な勘違い令嬢ではなさそうだ。だが、やはり実際に自分で確かめないとな。
「セバス、彼女はどこに行けば会えるだろうか。」
「それなら鍛錬用の広場が良いかと思われます。」
「それは護身用に武術を毎日習っているからか?いくら俺でも王妃教育の一環として授業を受けているところに邪魔するつもりはないぞ?」
まさか王妃教育の途中に声をかけるなど、そんな提案をセバスがするなんて…。そのようなことは皇太子である俺がすべきではない。だが終わるまで待っていると師範が気をきかせて早く終わるかもしれない。そうなると結局は邪魔したことになってしまう。
一人で悶々と考えているとセバスはそうではないと否定してきた。
「アイリーン様は武術の訓練が終わるとその日の予定はすべて終わりなのですが、授業が終わった後は必ず1時間ほどその広場にとどまって木の木陰で過ごしていらっしゃるのです。」
「そうなのか?」
「はい。」
訓練用の広場で休憩か?なぜ彼女はそんなことをしているんだ?疲れているから休むのはわかるが、それなら庭園に行ってお茶でもすればいい。その許可は出ているはずだ。あんな何もない所を公爵令嬢が好むとも思えないのだが…。
「セバス、アイリーン嬢の監視はもういい。その代わり、アイリーン嬢の予定に合わせて俺の予定を調節しろ。アイリーン嬢が何をしているのか、どんな人物か俺が直接見る。」
本当に彼女は謎なことが多い。全く会いに来ないから嫌っているのかと思えば俺のためにただでさえ厳しい王妃教育の内容を追加したり、何もない鍛錬用の広場に1時間もいたり…。どんなことを目的としているのやら…。
・・・・・・・
と、気になったのでそれからおよそ2週間、俺自身がアイリーン嬢の様子を観察するようにしたのだが…。やはり何をしているのかわからない。
そんなことより、俺は授業は邪魔はしないよう、例の広場がよく見える王宮の窓から眺めている。見ていてわかったのはただ休憩しているわけではなく、何かを探しているようであったということ。何かを無くしたのかと思ったが、彼女の近くにいる王宮の使用人に話を聞いたところそうではないらしい。
「確かにすごく真剣に探すということではないんだよな。」
彼女は探しているようで、その表情は深刻ではない。どこか楽しそうな表情だった。小鳥が近くによれば微笑み、その小鳥の様子を眺めている。
貴族の子どもがこぞって彼女を怖いと敬遠するというが、氷の令嬢と評された彼女の微笑みはとても可愛らしいものであった。
もっと知りたい。彼女は何を考えている? なぜ彼女は…
「なぜ彼女は会いに来てくれない。あれからもう1カ月になるというのに。」
そう呟いた俺にセバスが言った。
「ジルベール様、このセバス、発言してもよろしいでしょうか。」
「なんだ?」
「アイリーン様はジルベール様の婚約者様にございます。そういうことはアイリーン様本人にお聞きしてはいかがですか?」
「だが、彼女は会いに来てはくれない。」
「ジルベール様はなにか勘違いをしておられませんか?アイリーン様に会いたいと思うのならご自分で出向かれればいいのです。向こうから会いに来てもらえるというのは思い上がりではございませんか?」
…そう言われて初めて気が付いた。そうだ、俺はいつから向こうから会いに来るものだと思っていた?自分がこんなにも自惚れているなんて思わなかった。こんな事では王になるなど笑ってしまう。
「そうか、そうだったな。ありがとうセバス。俺はいつからか自分から動くということを忘れていたようだ。今から彼女に会いに行くぞ。」
俺はその足で彼女のもとへ向かった。
お読みいただきありがとうございます。
急に現れた殿下の裏側です。なぜかストーカーっぽくなってしまいました。
2話連続投稿なので引き続きお読みいただければ嬉しいです。