38「御託はいい」
来たのは貴族街と呼ばれる所だ。
それは文字通り、貴族達が暮らしている。
そして、それを上に上に登って行くほど、爵位の高い貴族がいるとか、そしてその頂上に要るのが国王だ。
やはり国王と言うだけあって高みの見物が好きみたいだな…都合の悪い事は全部無視しやがって。
いつもであれば、ここでアルたん激おこだぞ!的なお茶目を挟めたのだろう。
けど、今はそんな感情を優先する暇などない。
「ここか」
そう静かに呟く俺は、魔剣状態のツェルトを片手に、無詠唱で魔術を発動する。
「【魔術阻害】【魔力感知】【気配察知】【透明化】【攻撃力上昇】【攻撃力超上昇】【防御力上昇】【防御力超上昇】【瞬足】【跳躍】【無音】【暗視】…行くか」
この数年間で、俺は魔術付与の数をかなり増やすことが出来た。
最初の頃は十が限度だったが、今じゃ上限がいくつまでなのか自分ですらわからない。
これのお陰でーー
「よっと」
軽々塀を越えたり、こんな風に歩いても音を消せたり、見張りにも見つかることもない。
俺は簡単に屋敷の中へと忍び込めた。
さてーー
ー殺しに行こうー
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
「また馬鹿が来たなぁ」
そう呟く少年は、ニンマリと笑った。
その笑みは気持ち悪いほど不気味で、まるで全てを見透かしているかの様にーー
少年の名前は、ヴェルベック=スタンリール、ヴェルベックは優秀だった。
何に対しても、容姿が良ければ頭もいい…何よりも秀でていたのが魔術、ヴェルベックは、かの有名な魔術師を育成する学校『ルーデンベルグ学園』に置いて、トップの成績を残している。
誰もがヴェルベックを認め、持て囃していた。
だからこそ、ヴェルベックの性格は正に汚物のそれと同等だった。
ヴェルベックは、わざと、自分の部屋には護衛を置かない様にしている。
その理由は、汚物の様な性格が起因している。
来た暗殺者や、侵入者、それらをただ殺したい、痛め付けてやりたい、地下にいる奴隷達の様に…絶叫するあの声を聞く度に、ヴェルベックの心は満たされて行くのだ。
「あぁ次の侵入者はどんな奴かなぁ?前来た女の暗殺者と同じ感じかな?だとしたらまた……いらっしゃい」
ニンマリと笑いながら気持ち悪く喋っていたヴェルベックは、静かに微笑むと、誰かを迎えた。
扉の方に、一人居た。
月の光が、少女の美しい金髪を照らした。
その姿はあまりにも美しい…その碧眼の瞳が、月の光の様で、ヴェルベックを見惚れさせるには充分な物だった。
「…美しい…あぁ!君はなんて美しいんだ!!」
興奮したヴェルベックは、声を大きくした。
「美しい!美しすぎる!!あぁそんな綺麗な瞳で僕を見つめないでおくれよ!!そんな目で見られたら…!……………殺したくなる」
興奮していたはずの声が、一瞬で冷気に包まれたかの様な声になる。
「…それで、僕に何か様かな?」
ただ冷たい目で見つめていた少女は、その言葉に反応した。
「殺しに来た」
小さな口で、少女はそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、ヴェルベックはーー
「あ…あは…あはあは…あはははははははは!!」
笑った。
ただ不気味に、馬鹿にする様に。
「はぁ…あぁ~…笑い疲れた…君は馬鹿なの?そもそも、君の気配に気付いた時点で、僕の実力は理解できたはずだろう?どうせ、ここまで来る間に【透明化】でもかけていたんだろうけど、僕には残念ながら【魔力感知】がある、そんなものは効かないよ~…あは…本当に馬鹿だよね、そんな事も気付かずに来るなんて…ねぇ今どんな気持ちなのかなぁ!?」
「御託はいい」
長々と喋るヴェルベックの言葉を、一言で止める金髪碧眼の少女。
それをつまらなそうに、見ているヴェルベック。
「そう、わかったよ、じゃあ死んでくれる?」
そう言ったヴェルベックは手を前にもって行くーー
「《風よ残響の牙を》」
その瞬間、恐ろしい程の勢いで、風の牙が少女の方へーー
ーズガガガガガ!!
部屋中にそんな音が響き渡る。
「ばーか!省略詠唱僕のスキルさ!これは予想外だったろう!?しかも!!Aランクの魔術だよぉ!?残念でしたー!ってもう死んだかー!!あはっは!!」
「死ね」
「あ?」
静かに、そう、それは音など皆無だった。
ただ呆然と、ヴェルベックは自分の腕を見ていた。
そう、先程まで動いていた右腕を見ていたんだ。
けれど、もうそこにはーー
ー腕はなかったー
「うああああああああああああああああ!!!!!!」
止まらない、赤く染まるそれは溢れて行く。
「いだい…!!あづい!!…んだこれっ!!ふざけんなよ!!僕の腕ぇ!!?」
ヴェルベックは、もはや痛みで正常に頭が働かない。
何が起きていたのか、そんなのを理解する暇など、少女は与えてくれない。
その気配に気付いたヴェルベックは、這いずりながら後ろへと。
「やめろ!!来るなぁ!!僕を殺せばお前は指名手配される事になるぞ!?いいのがぁ!?」
ヴェルベックは必死に、今働く頭でなんとか振り絞った。
だが、少女はヴェルベックの左腕を何の躊躇もなく、切り落とした。
「ああああああああああう…!あぁ!…ぐっ…がはっ!…だす…けて…やめて…」
もう喋る気力すら失われていた。
その最後の命乞いに、少女の口は開いた。
「…お前は、そう言う人達を助けたのか?」
「へ…?」
「助けなかったよな?むしろそれを楽しんでたよな?なのに何故、お前が助かると思うんだ??」
「ちが…ぼ、ぼくぁ…」
「違う訳がないだろ?お前はもう死ぬべきだ、生きてちゃいけない、だってそうだろ?人を殺して喜ぶような、そんなクズに、生きている価値なんてある訳ないんだから」
少女は、その刃をヴェルベックに向け、それをーー
「や、やめーー」
「死ね」
突き刺した。
あ、アルたんこわ…ヤンデレルートマジで突入したか?