2「俺がやらなきゃ」
そんな息子のいない日常が続いている。
そしてやはり母様のビックラビッツのシチューは格別だった。
普通に退治してきてる父様も父様だが…。
確かビックラビッツって、A級討伐対象だよな?
俺はそんな事をベッドの中でもぞもぞしながら思っていた。
アルは毛布からヒョコリと顔をだし天井を見詰める。
俺には少し伸び悩んでる事がある
Cランクの魔術は使えるようになったけど、未だにBランクの魔術は使えていない。
いくら詠唱しても何らかの形で失敗してしまうのだ。
「はぁ…」
自分の咲かない才能に溜め息をつく。
いっそのことBランクの魔術は後回しにして、治癒の魔術を覚えるか。
俺はベッドの中でうとうとした後にそう決心したのだった。
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翌日、なかなかにいい目覚めである。
朝飯は、少し固めのパンをちぎってスープに浸して食べる。
「もぐもぐ…母様のご飯はやはり最高です!!」
俺は食べながらそんな感想をのべた。
いや俺の言い方が悪いのかもしんないけどこれマジで上手いんだわ。
パンをこのスープに浸して食べると口の中で味がブワッと広がるのだ。
これはたぶんアースバードの素材を使っているな。
アースバードとは地を這う鳥と言う事で有名だ。
空は飛べない、その変わり足がめちゃくちゃ早いのだ。
無害な魔獣ではあるのだが、その捕獲の難しさ故かA級討伐対象とされている。
ちなみに、魔獣にも魔術と一緒でランク分けがされている。
魔術の場合覚える難易度ならば、魔獣のランクは討伐難易度の事をさす。
E
D
C
B
A
S
上から簡単な難易度だ。
つまり、A級討伐対象を軽々倒してくる家の父様マジすげぇです。
今度また父様の冒険者の武勇伝を聞かせて貰おう。
ちなみにこう言った知識は全て母様の書籍で入手している。
母様の書籍万能説あるなこれ。
そんな感じで朝食は終了し、俺はまた部屋に籠る。
勿論魔術の練習をするためである。
今日は昨日寝る間際に考えていた、治癒魔術に挑戦する所存である。
ちょっとBランクからは辛いものがあるので治癒魔術便利そうなんで覚えようと言う事ではなくちょっとした現実逃避ですごめんなさい。
とりあえず、やってみよう!
確か、治癒魔術はCランクからなんだよな。
俺は本棚から本をとり、パラパラとページを捲り、治癒魔術を探す。
お?あったあった。
どれどれ…ふむ…よし、詠唱は覚えた。
んじゃやるか。
俺は、キッチンから持ってきた小さなナイフで「うぅ~…」自分の左の手首を少し切る。
「いっ!」
少しの痛みは感じたがこれくらい我慢だ。
男なら根性だ!って今は女の子でした。
そんなことは置いといて、そんじゃ詠唱を始めよう。
俺は右の手の平を広げる。
「《我が名はアルトリア=シューレル、精霊よ、癒しの加護を》」
左手首に右手を翳して発動する。
すると傷が緑色の光と共に癒えて行く。
「お?おお!すげぇ…これが治癒魔術かぁ」
目の前で見ると感動するものだな。
よっしゃ!この調子でじゃんじゃん治癒系覚えていくか。
俺は調子に乗ってその日、魔力を全て使い尽くして、ベッドに倒れた。
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 ̄ ̄ ̄
 ̄
一週間後、それは突然起きた。
ドゴーン!!
「っ!?」
とてつもなく大きな音が階段の下で響く。
「なんだ今の音!?」
俺は驚いて飛び起き、急いで階段の下を駆け降りる。
「母様!父様!なっ!?」
俺は、固まった。
目の前にいたのは、鮮血に染まっている母様の姿だった。
その隣には泣きながら母様を抱えている父様がいた。
「父…様…?」
「魔獣にやられた…遅かったみたいだ…」
父様はただ、歯を食い縛って、涙を流す。
よくみると、家の横の壁が壊れていた。
更に、周りは炎が燃え盛る。
恐らく、魔獣が襲った後だ。
なんだよこれ…なんなんだよ…!
わ、訳がわからな…え?急すぎて…。
前振りとか全然なかったじゃん…か…。
………違う、この世界は漫画でもラノベでもないんだ。
前振り何て言う物はない、全てが現実。
ただ楽しんで、ただ普通に暮らしていける訳じゃないんだ、俺はこの転生を、何処かまだ夢か何かだと勘違いしていた。
俺は異世界に転生した…転生したせいで、まだこの人達が俺の親と言う感覚はない。
けど…俺はこの光景を見て、確かに芽生えた感情があった。
悲しみ、苦しみ。
この五年間、俺はこの二人と生活をしてきた。
感謝してる、尊敬してる、だから俺はまだ死なせたくない。
こんな俺を優しく、抱き締めてくれる。
そんな人達に俺はまだ何も返してない。
それに、まだ…ありがとうの一言も言ってねぇんだからな!!
「父様!私がどうにかします!」
俺は父様に詰め寄る。
「もう…遅いんだ…」
この瞬間わかった。
父様は完全に諦めていた。
心をどっかに置いてきてしまった。
俺が、俺がなんとかしなきゃいけない。
「まだ諦めるのは早いです!母様をこちらに!」
俺は固まってる父様から母様を奪い取り、ゆっくりと持ち上げ、下に下ろす。
五歳の子供にはまだキツい重さだったが、そんなのは気にしていられない。
固まっていた父様はこちらには視線を向けずに、口を動かす。
「どうするつもりなんだ?」
「…一つだけ、案があるんです。
私に任せてください」
そう、一つだけある。
大丈夫だ、詠唱文は頭に入ってる。
Sランクの治癒魔術ならこの怪我は治せる。
けど、まだ試したことがない、これは賭けになる。
やるしか…ないんだよ!
俺は両の手の平を広げて、母様のお腹に添え、そして唱える。
「《我、精霊に問う、この者に癒しを、平穏を、平和を、そして自然の恵みを…」
それを面食らった顔で見ている父様。
「魔術…?」
(いつの間に魔術なんて…)
「くっ!」
俺の脳に釘を打たれたかの様に衝撃が走る。
足りない、体力も魔力も、まだ足りない。
足りなくても、至らなくても、劣っていても、才能が無くても、今はこの人の為に。
集中するんだ、魔力をかき集めろ。
ここで、やんないで、いつやるんだ。
俺はこの世界で、絶対に幸せになる!
だから、悲しい展開なんてごめんなんだよ!
体が壊れようがどうでもいい!
今はただ全力で魔力を注ぐ!
「まだ眠りしこの大地に、精霊達の宴が今開かれん、その宴の終焉と共に、その者に祝福の時来たれり》!!治れええええええ!」
頼む、頼む、頼む、頼む!!
神様、お願いだ!今だけでいいから!
俺の願いを聞き届けてくれええええ!
そして詠唱が終わると共に、アルは叫ぶ。
すると床に魔方陣らしき物が浮かぶ。
「へ…?」
俺は魔方陣を見て疑問の声が出る。
その魔方陣のデカさは家をまるごと包むほどだ。
「なんだこれ…」
父様もその魔方陣を見て呆然としている。
その魔方陣から突然と光が放たれた。
先程壊れていた壁がみるみると直って行く。
破片、机、椅子、それら全てが元通りになって行く。
燃え盛っていた炎ですらなかったかの様に消える。
母様の傷はいつの間にか消えて、血の後すらも残さない程に治る。
そして…
「ん…?」
その一言が小さく部屋に響いた。
希望の響き、希望の兆し。
母様は小さく目を開く。
「ルミア…ルミア!!」
父様は母様に駆け寄り抱き上げる。
涙を流しながら「良かった…本当に良かった…」と何度も声をかける父様。
俺はゆっくりと立ち上り、ふらふらとする。
Sランクの治癒魔術。
『クロックリープ』
それはもはや時間を巻き戻したかの様に全てが元通りになる。
だが、この魔術はそうとうな魔力量を使うため、使えるのはほんの一握り。
アルはそんな魔術に賭け、そしてその賭けに勝ったのだ。
アルは息をきらし、朦朧とした頭で状況確認をする。
「成功…はぁ…したのか…?」
よか…った…。
ーバタっ!
魔力を使い果たし、俺は倒れた。
「アル…?おいアル!!」
「…とう…さま…」
俺の意識はそこで途切れた。
ーアトリ=シューレルー
今日、俺は信じられない光景を目の辺りにした。
それは、実の娘のアルが、魔術を使い俺の最愛の妻であるルミアを助けたのだ。
もう無理だと…諦めていたのにな…。
けれど、ルミアは目を開けてくれた。
また、これでいつもの様に笑っていられる。
俺はルミアとアルを同時にベッドに運んだ後、一人考えていた。
アルが魔術師…それもまだ五歳だ。
五歳の魔力なんてたかが知れている。
だが、あの魔術は…紛れもなくAランクかそれ以上の代物だ。
頭の中の整理が追い付かず、頭をかくとドアが開いた。
「あなた?」
「ルミア…もういいのか?」
「えぇ…それより何が…」
「話そう…そこに座ってくれ」
そして、俺は今日起こった全ての事実を話した。
「あの子が魔術を…」
ルミアは面食らった様な顔をした。
そりゃこうなる…魔術なんて物を五歳の子供が使えるなんて前代未聞だ…。
「なぁ…俺は今後、アルにどう接すればいいと思う…?」
弱気にもそんな質問をしてしまう。
「そんなの決まってるじゃない…いつも通りよ…」
ルミアは優しく微笑んで言った。
「いつも通り?」
「そう、魔術が使えたのを隠していた事を親として叱ってあげたら、後はいつも通り」
「それでいいのか?」
「いいのよ…いつも通り、アルは私達の可愛い可愛い娘だもの」
「っ!」
それを聞いて、俺は何を悩んでいたんだと馬鹿らしくなる。
そうだ、アルは俺の可愛い娘だ、俺達の娘だ。
それでいい、それだけでいいじゃないか。
「ははっそうだな!」
俺とルミアは、いつまでもアルの事を愛している自信がある。
俺は次こそ絶対に、ルミアを全力で守り、アルを守る。
だからこそ…仮は返すべきだよな…姿はちゃんと確認したからな…。
『絶対に殺してやる。』
読んでくださりありがとうございます!
アル、主人公補正発動でございます。