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天使と〇〇  作者: 片宮 椋楽
天使とJK
14/55

第1話

 私は今、とある病院の507号室にいる。

 5階のエレベーターから降りて、7番目に遠い個室だ。


 仕事柄、病院に死確者がいることは多い。これまでに様々な病院に訪れ、死者たちを看取ってきたが、ここは初めての場所だった。

 ガラス張り自動ドアの入口をまっすぐ進むと真新しい受付が迎え入れる。左手にはコンビニエンスストア、右手には広い待合所と巨大なテレビがあった。吹き抜けのロビーの床は光り輝いており、黒ずみや汚れが一切見当たらない。鼻に入る新築の物件独特の匂いが体に染み込んでくる。建てられてまだそんなに日付が経っていないのだろう。

 ただ、院内で開催されるドッグセラピーの案内や感染症の予防接種のお知らせなど医療関係のものものから、病院近くで開催される祭りの宣伝チラシや全国小学生交通安全標語コンクールの金賞を取った作品が載ったポスターなど関係のないものまで、ここに来るまでに廊下の壁に様々なものが貼られているという事象に関しては、他と違いはなかった。


 そんな真新しさのある病院の、死確者のいる個室は、白い壁に白い天井、白いベッドに白い柵、白いカーテンに白い花瓶、白い部屋のスイッチに……挙げていけばキリがない程、白に満ちていた。すぐに目につくとしても、黒いテレビとピンクの歯ブラシぐらいだ。仮に白が嫌いな人間がいるとすれば、ここは監獄のようなところだ。そこに、頭に被った帽子から履いている靴、ネクタイ、ベルトに至るまで全身白の私が入ることで、割合は更に増加している。


 とはいえ、白に抵抗がなければ、ここは素晴らしいところである。奥の窓から光が差し込んでくる。ああ、とても嬉しい。今はセミがここぞとばかりに鳴き喚き、日差しが強くて暑い夏だが、雨が降ったり曇りで日が陰るよりは遥かに良い。

 その上、窓の外には、青々とした山々や緑の眩しい田畑に日光を反射させながらその近くを流れる川が広がっている。もし私が人間であるのなら、自然と太陽に囲まれたここは最高の気分に浸れる素晴らしい場所だ。


 そのようなところはひとりでゆっくりと過ごしたいものだが、死確者が1人になる時はなかなか無かった。聴診器を首にかけた男性医者や下の名前で呼び合うほど仲のいいナースが複数人、はたまた死確者の両親が代わる代わる個室に出たり入ったり。時には、鉢合わせたり。


 力を使えば誰も入らないようにできるのだが、死確者に頼まれたわけでもないことを勝手に行うのは、真に差し迫った何かが起きなければ、極力避けなければならない決まりになっている。

 仕方ない。私は死確者がひとりになるまで、しばらく待った。個室の中で。


 医者が出ていく。


 ナースが出ていく。残りは死確者の母親だけだ。


 母親が個室の扉に向かう。おっ。おもむろに開けて出ると、閉める間際「また来るから」と口元を緩めて声をかけた。


 ようやく誰もいなくなった。


「お待たせしました、透明人間さん(・・・・・・)


 最初人間とつくから、私ではないと思っていた。だが、目がしばらく合っていたので、私だと察した。

 私は距離を縮めて、自身の正体を透明人間から天使に変更したり、訪れた目的を話した。またいつ誰が来るか分からないため、要所要所をかいつまみ、出来るだけ短めにして。


 死確者からは「翼はないのね」と残念がられたものの、私が天使であるということに関してはすぐに信じてくれた。全身白のコーディネートの人がいたら、受付かナースステーションで既に捕獲されているだろうから、ということらしい。


 幸いなことだ。「では、早速。未練はなんでしょうか」割とすぐに訊くことができた。


「全部だね」


 これが所々白い水玉模様が入ったピンクのパジャマを着ている死確者からの返事だった。頭上のベッド柵に上半身をつけ、毛布の上に置いた本に目を落としている。どこかの書店名が入った安価な紙製カバーをかけているため、何を読んでいるのか私には分からない。窓のそばでついているテレビはBGM代わりなのか、それともただ付けっ放しにしてるだけなのかそれも私には分からない。


「全部ですか?」


「そう」少しぶっきらぼうな、でもどこか諦めのような声でそう続けた。


 言葉を変える。「では、今一番したいことは何ですか?」


「一番?」


「一番」


「うーん」言葉ではそう言いながらも、文庫本から目を外さない。「全部だね」


「全部ですか?」


「うん」


「全部ですか……」


 だが、時間的に無理だ。


「時間的に無理です」


 思った通りに伝えた。


「でしょ? だから、長生きさせてよ」


 おっとそう来たか。今までにこの返答を何度聞いたことか……やはり人間は生に執着するものなのだろうか?


「それは無しでお願いします」


「じゃあもう、何もないって」本を見たまま、再度否定される。


 はて、困った。


 すると、ガラガラガラと入口の引き戸が開いたからだ。見ると、そこにはいなくなったはずの死確者の母親が「着替え忘れてたから持ってきた」と微笑んだ。


「早かったね」死確者も笑った。2人の間にはまるで家のリビングで談笑するかのような雰囲気があった。


 時折、死確者が申し訳なさそうにちらちらと私を見ているが、会話できる状況ではなかった。私は唯一聞こえている死確者に「近くにいるんで、お話は止めなくていいですよ」と伝え、私は外に出た。扉は開けなくていい。ヒョイっと通り抜けられる。私は出てすぐ左手にある待合室で待つことにした。


 今回の死確者はどこか達観している雰囲気があった。人間の中には達観した子供が嫌味だと忌み嫌う人もいるらしいが、18歳でしかも2年間も同じような環境下で居続けてたのであれば仕方のないような、そうなってしまうのも頷けるような気が私でさえ思った。


 確か、資料にあった病名は——

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