表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように  作者: さかき原 枝都は
白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
7/27

Ⅲ 思いがけず

 ***Ⅲ 思いがけず***


  「貴方は自分の事、思っているほど見えていないと思う。貴方は自分が想っている姿より、ずっと素敵な姿をしているわ。外も内もね」



 恵梨佳さんが言っていた言葉だ。


 他から見れば僕はそんなに素敵に見えるのか。いや、そんなことはない。そうであれば、恋愛という事にこれほど悩む事は無いと思う。


 恵梨佳さんの恋愛講座から5日が過ぎた。未だ沙織さんを主人公にした小説は手付かずだった。


 プロットを書こうにもイメージさえ沸いてこない。


 沙織さん、恋愛、好き、気になる、僕の読者、本を読むのが好き。などと頭に浮かぶ事を紙に書き綴っても、それを繋げることが出来ない。


 学食で話をしても、それは今日や昨日の出来事であったり、学内の事であったり、ほとんど今の沙織さんの事しか話をしていない。それより、ナッキの方がより自分の事を僕に話してくれる。


 ナッキから見た沙織さんの想いや、彼女の所属している部活についてなど、彼女は自分の過去の事から物凄くオープンに話してくれる。


 一層の事、ナッキを主人公に小説を書いたら筆が進むんじゃないかと思ってしまう。


 スマホの電子音が鳴る。


 沙織さんからSNSのメッセージが届いた。


 「今村沙織***こんばんわ。夜遅くにすみません。急なんですけど、達哉さん明日のご予定は何かありますか」


 バイトが終わったこの時間、もう、1時を過ぎていた。こんな時間に彼女からメッセージが来るのは珍しい。


 「まだ起きていたんですね。もう1時を過ぎていますよ。明日の予定ですか。明日は10時からの講義が一つだけです。バイトも休みですので時間はありますよ」


 沙織さんから明日の予定を訊かれるとは、何があるんだろと思いながらメッセージを送った。


 少ししてから折り返し、沙織さんからメッセージが来た。


 「今村沙織***なんだか今晩は寝付かれなくて、ずっと本を読んでいました。でも、思い切って達哉さんにメッセージを送りました。明日お時間あるんですね、良かった。もし、宜しければ明日買い物に付き合って貰えませんか。実はナッキと行く予定だったんですが、急にナッキの方に予定が入ってしまって、ふと、達哉さんが一緒に来てくれれば安心かなって。お願いできますか」


 買い物?何を買いに行くんだろう。その時あまり深く考えなかったが、沙織さんと二人になれるチャンスと思った。


 「ハイ、大丈夫です。それでは明日、12時に駅の大学西口で会いましょう」


 僕が送るとすぐに返信が来た


 「12時に駅の大学西口ですね。ありがとうございます。これで安心して休めます。それではおやすみなさい」


 ひょんなことから舞い込んだチャンス?僕にとっては沙織さんと初めて二人で出かける初デートになるのかもしれない。



 講義が終わり講堂をすっ飛んで出ていく。


 10時から始まった講義、今の時間は11時45分。大学の正門から駅の大学西口までは目と鼻の先だ。だがこの大学は正門までの距離が長い。


 息を切らし、駅の大学西口に着いたのは,、僕の時計で12時を5分過ぎていた。


 失敗した。自分で決めた約束を5分遅刻した。


 はぁ、はぁと上がる息が次々と出てくる。


 駅の入り口横で膝に手をやり息を整える。


 そんな僕を彼女はずっと見ていた。僕は彼女が傍にいることに気が付いていない。


 「大丈夫ですか」僕の後ろから訊き覚えのある声がする。おもむろに振り返ると麦わら帽子をかぶり、白のシャツに淡いブルーのスカートを着こなした沙織さんが立っていた。


 「さ、沙織さん。もしかしてずっとそこに居ました」


 「はい、ここに居ました」


 「じゃ、さっきからずっと僕の事」


 「はい、見てました」


 沙織さんは、にこにこしながら答えた。


 「そうなんだ。ごめん遅れて」


 ゴトン。沙織さんは自販機で買ったミネラルウオーターを手に取り僕に手渡してくれた。


 「まずは、これ飲んで落ち着いてください」


 「す、済みません。ありがとうございます」 


 キャップを開け、ごくごくと喉を鳴らし水を飲む。その姿を興味深そうに沙織さんが見ている。


 「やっぱ、男の人って皆、そうやってごくごく飲めるのね。それに、一気に飲むところなんて弟とそっくり」


 「ふう、そうなの。あんまり気にしたこと無いからわかんないけど。あ、弟さん居るんだ」


 「うん、今高校二年生。今日なんか、学校休みだからって自分の部屋に彼女連れて来て、姉貴、早く買いも行け、行けってうるさいのよ。まったく頭来ちゃう」


 「ハハハ、僕にも姉がいるから解るよ、弟さんの気持ち」


 「もうぉ、達哉さんも弟の味方してぇ」


 「はい、百十円」小銭入れからお金を取り出し、沙織さんに渡そうとした。でも


 「あ、いいわよそれ、私のおごり。それより行きましょ」


 今日の沙織さんはいつもと雰囲気が違う。なんだか率先して前に行こうとしている。


 電車に乗り沙織さんが目指す街についた。


 その街は、この大きな都市の中でも多くの若者達が集う街。しかしこの街も時代と共に変わりつつある。


 改札を抜け階段を上がり地上に出てすぐに目につく緑色の電車。僕が初めてここに着た時は「何でこんな所に」と不思議に感じていたのを思い出す。それを少し行くとあの有名な犬の石像が僕らを出迎える。


 街のざわめきが僕の居る街の、その雰囲気と違う事を感じさせる。


 「達哉さん、無理言ってごめんなさい」


 彼女は僕と並び歩きながら言う


 「いや、大丈夫ですよ。でもこんな僕で良かったの」


 「ほ、本当は私、あまり人の多い所苦手なの。いつもはナッキと来てるんだけど、どうしても外せない用事だって。それに注文していたの今日が受け取り日なの、だから行かなくちゃいけないし、どうしても一人で来る勇気がなかったの。だから達哉さんが来てくれて大助かり、ありがとうございます」


 麦わら帽子がふっと動き、彼女の顔が僕の顔を少し見上げていた。その彼女の表情がとても可愛い。


 「そ、そう、僕でも役に立ったんだ」


 照れながら顔が赤くなる。


 「うん、そう、大役」彼女もまた顔が熱くなるのを感じている様だった。麦わら帽子ではっきりとは見えなかったが。


 それからの間、僕らに会話はなかった。


 しばらく2人で街の中を歩いていると、彼女の足が止まった。


 そこは雑貨衣料などのテナントが数多く入るビル。その入口に立っていた。


 「ここなの」


 「うん、ここの中にあるお店」


 彼女がビルの中に入るのに釣られる様に僕も入っていった。


 何気なく入ったは良いが、そのビルに入るテナントは、主に女性向けの衣料品を扱う店ばかりだった。確かにメンズ向けのテナントもあったが、他から比べると肩身が狭いように感じる。


 「あ、ここ、ここ」と沙織さんが指さすその先には、色とりどりの水着を着たマネキンが立ち並び如何にも、女性専用の店である事は一目瞭然だった。 さすがに、そのエリアに立ち入る勇気はない。


 「沙織さん、そこのソファで休んでいるから」


 何気なく言う僕の言葉に、沙織さんは気が付いた様に。


 「あ、そうね。それじゃ私行ってくる」


 そういって店の方へ向かった。


 僕はソファに腰かけ


 「沙織さんの買い物って水着?」そんなことを考えながら沙織さんを待った。


 しばらくしてから沙織さんはロゴ入りの袋を手に下げ僕の前に来た。


 「ごめんなさい。大分待ったでしょ」


 「いやそんなことないよ」


 そう言って返したが沙織さんは何かもじもじしていて、何かを言いたそうにしていた。


 「どうしたの」


 僕のその言葉を待っていたかの様に


 「じ、実話ね、さっきお店で映画の招待券貰ったのキャンペーンだって、それでねそれがとっても見たかった映画なの」


 彼女の話す素振りはまるで高校生のようだった。


 そしてその招待券を僕に見せた。


 原作者、その名を見た時あのフレーズが頭に浮かんだ。


 「人は生きるために人を愛し、愛は人を生かす為に存在する」


 彼女が描いた小説にあった言葉。懐かしさと共にあの時の悲しみも浮かんでくる。


 僕は二つ返事で了解した。


 「いいよ」って


 沙織さんの表情はぱっと明るくなった。


 その映画は今、話題沸騰中の小説を映画化したものだった。


 累計二十万部を発行する小説。


 あの時彼女が僕に読ませ、恋愛小説を書く切掛になった作者。


 あの時がなければ今、僕はここにいなかっただろう。


 僕らは隣同士の席で映画を見ることが出来た。


 沙織さんは、始めからもう目が潤んでいた。


 映画の中盤、薄暗い中沙織さんの頬に涙が辿っている。


 正直、僕も危ない。


 映画のクライマックス。もう僕も沙織さんも二人共涙を拭わないといけないほど泣いていた。スクリーンから映るストリーに二人共何かを感じていた。


 そして、二人の手はしっかりと握られていた。それは、お互いの隠れた何かをぶつけ合う様に。


 映画が終わっても僕らは余韻に浸っていた。


 とても大事なものを失う。それはその人にとって大きな事だ。ゴミを捨てるのと訳が違う。


 映画の中でヒロインは大事な思い出を失くしてしまう。


 それはヒロインにとって大切なもの。その大事なものを彼女の意志とは裏腹に失ってしまった。もう取り戻すことが出来ないもの。もう一度作ることは決して出来ない大切な思い出を。


 沙織さんは今も涙を流している。あの映画が自分を写しているように。


 「大丈夫」


 沙織さんは俯いたまま頷いた。


 映画館に続くコーヒーラウンジ、そのベンチに僕らは座っている。


 「しかし、僕も久々に泣いたなぁ」


 正直、大学に入ってからこれほどまでに涙をなしたことはなかった。あの原作者の名前を見た時、高校の時一緒に小説を書き共に日々を過ごした話すことの出来ない彼女、冨喜摩美野里の事を思い出していた。


 僕は彼女と別れた後物凄く泣いた。此れでもかこ此れでもかというくらい泣いた。


 未練があるのか?そう訊かれると僕の想いは少し違う。


 大学を合格してから僕宛にレター封筒が届いた。それは美野里からだった。


 そこには、自分も志望する大学に受かったと。僕も受かったのかと訊いていた。そして必ず作家になるんだと決意表明をしていた。


 共に作家の道を歩んで、共にお互いの世界を世にはばたかせようと。また、作家同士として話が出来るように。美野里はもう自分の目標に向かい進んでいた。


 同封された写真には、彼女が合格した大学の正門前で微笑みながら映る美野里がいた。


 その後、すぐに返事を書いた。


 僕も大学に受かったこと、でもあの後志望校を変え文系の大学に進んだことを伝えた。そして僕も美野里に習って決意表明をした。僕も必ず作家(小説家)になると、そして描く世界は恋愛だと。


 共に自分の目標に向かって……


 その後僕はクラス全員に召集をかけた。そしてもう一つの最後のクラス写真を撮った。美野里に送るために。


 それから手紙のやり取りはしていない。それは暗黙の了解のような感じで美野里も同じだっただろう。


 だから彼女は今、僕の中では同じ目標に向かう特別な仲間だ。


 恋愛に疎い僕が恋愛小説を書いて作家になる。笑い話のようだが、僕は本気だ。



 しばらくして沙織さんも落ち着てきた。


 「ごめんね達哉さん」


 「そ、そんな事なんでもないよ。でもあの映画に物凄く想い入れしてたんだね」


 沙織さんは少し寂しい目をして


 「うん、如何かな。でもいっぱい泣いちゃったね」


 「うん、いっぱい泣いてた」


 沙織さんは少しぷうっとして


 「何よ、達哉さんだってさっき泣いたって言ってたじゃない」


 「確かに」ほらぁっ、沙織さんは呆れた様に笑った。


 そんな彼女を見ていると沙織さんが物凄く身近な存在に感じて来た。


 「それはそうとお腹すかない」


 それもそのはず、二人とも昼を抜いていた。


 「うーんそうねぇ。でもここら辺だとこの時間から混んでこない」


 時計はすでに5時半を廻っていた。確かにこの時間からは仕事明けのサラリーマンなんかがわんさかやってきそうだった。


 ちょっと考えて僕は携帯を取り出し住所録から拾って電話を掛けた。それは僕がバイトするあのカフェだ。


 電話に出たのは恵梨佳さんだった。


 「あら、亜咲君オフなのにどうしたの」


 電話を受ける恵梨佳さんの声は優しく耳に馴染む。


 「すいません。今日のディナーまだ間に合いますか」


 「ディナー、ちょっと待っててね」恵梨佳さんは予定を訊きに行った。そして


 「お待たせ、二人分大丈夫よ」


 「え、どうして二人分て解ったんですか」


 「あら、亜咲君がこのお店でディナーの予約をするとしたら彼女と一緒だからでしょ」


 さすが、恵梨佳さんにはかなわない。


 「まいったなぁ。恵梨佳さんにはかなわないなぁ」


 「うふふ、それで何時くらいに」


 「えーと今から行くから6時過ぎくらいに」


 「解ったわ。いい席リザーブ(予約)しておくから。それではお待ちしています亜咲様」


 最後はしっかり業務トークの恵梨佳さん。でも沙織さんと行くと他の奴らにチヤホヤされるなぁ。そんな事を思っても僕は宮村のように他の店を知らない。思いつくと言ったらやっぱりバイト先のカフェしかなかった。


 沙織さんに僕がバイトするカフェで食事するのはどうかと提案すると


 「えー、達哉さんあのカフェでバイトしてたんだぁ。実は前から気になってたんだぁ」と驚きながらも興味深々といった感じが有り有りだった。


 そして席を立って


 「荷物持つよ」と言うと



 「ありがとう。でも中水着だから覗いちゃ駄目よ」



 「あ、うん」と返事はしたものの、やっぱり水着だったんだと思ってしまった。



 駅までの道のり、気が付いたら沙織さんと手を繋いでいる自分に気が付いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よろしくお願いいたします。 バナー画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ