白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
**To become white canvas as again drawn memories**
*白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように*
私は、今村沙織。
今年で2年目、高校の教師をしています。
生徒に教えているのは国語。国語の教師です。
毎日授業の下調べに授業にまだまだ新米の私、先輩教師からの雑用も仕事の内です。
厳しい、性格的にうんざりする先輩教師もいますけど、そこは何とか頑張っています。
今さっき、本当はその人からさんざん怒られて嫌味たっぷり言われて落ち込んでいました。
でもそんな私をいつも助けてくれるのが
親友の 美津那那月。私はナッキと呼んでいます。
彼女とは高校の時に知り合って、それから大学も同じ教育学部。なんと卒業して教職に就いてからも、同じ学校で教師をしています。
ナッキは英語の先生。彼女実は英語得意だったんですよ。
小学校の時、オーストラリアへホームステイに行ったらしいんだけど。実はその時英語話せなくて物凄く悔しかったらしんです。
それで英語勉強したんだって。だから英語ペラペラだと思うでしょ。
でもねこの前かっこいい外人さんに話しかけられてしどろもどろになっていたの。
「どうしたの」って訊いたらかっこいい外人さんは上がってしまうんだって。
思わず笑ってしまいました。
でもねナッキはいつも私の事見てくれている。そして何かあれば一目散に私のところに駆けつけてくれる。
そんなナッキが私は好きです。
あ、その……好きと言っても、あの……好きと言う……いや、半分はそうかもしれない。
世間がなんと言おうとも例え両親が悲しんでも、あ、あ、愛している……い、言ってしまった。
でもその気持ちは半分あることは確かな事。
正直求められたら私は委ねてしまうと思う。それって理解ある人いると思う。
だって恋愛って何も男女の事だけじゃないと思うから。
誰だったか、いつだったか忘れちゃったけど。
私にそんな事教えてくれた人。いたような気がする。
そんな事ってありません。
誰かわからないけど……とても懐かしく感じる人って。
いたような。そんな気がします。
とても恋愛に疎くて、それでいて恋愛になんか執着していて、良く思い出せないんですけどね。
私、こんな話ナッキによくするんです。
そうするとナッキは
「沙織が幼いからだよ」
なんて言うんですよ。失礼しちゃうと思いませんか。
でも確かにさっき怒られたのも、その事だったんですけど……
それに段々幼くなっていくような、そんな気がする。
気の姓かもしれない……けど。
それと、最近になってよく夢を見るんです。
夢って見ている時にはっきりと解るんですね。
この前知りました。
でも、夢から覚めると、それはゆがんで断片しか覚えられなくなって何時しか思い出せなくなっちゃうんです。
どんなにいい夢であっても、どんなに心が温かくなっても。
だから夢ってずるいと思います。
その時だけいい想いをさせて、起きると現実の世界に戻してしまう。出来る事なら私はずっとその夢の中で暮らしていたい。
そんな密かな願望を最近抱いています。
だからかなぁ。そんな事考えるからかなぁ。
幼いって言われるのかもしれません。
私、本を読むのがとても好きなんです。特に小説。
ジャンルはそうですね。恋愛なんか好きです。
高校生の頃なんかお母さんに、そんなの読んでいないで現実の恋愛したらなんてよく言われれてたんだけど。
実際に恋愛したら、裏切られて傷ついちゃった。
それにナッキとも大喧嘩して、踏んだり蹴ったりだった。
それから恋をしたかって、うーん。考えてみたんだけどそれに該当する様な事なかったようなあったような、曖昧なんだよね。幼い頭だから仕方がないか……幼いことを認めてはいけません。
でもね私、読んでいるととっても心暖まる小説に出会いました。
読んでいるとね。ほら、始めに言った
「 誰かわからないけど……とても懐かしく感じる人って」
そう、いつも傍にいてくれて、いつも私の事見ていてくれて、とても懐かしくてその人の事……好きだったような。
でも違う。私の周りにはそんな男の人いなかった。
最近は、それってナッキの事かなって思うようになりました。
私もいよいよ、そっちの世界に突入しないといけないのかもしれない。
そんなことを思わせる小説。
そんなことを思わせてしまう、悪い小説。
でも私はこの小説……好きです。正直はまっています。
この小説書いている人ってどんな人なんだろう。
この小説の作者
亜咲 達哉 っていう人はどんな人なんだろう。
私の心をこんなに、惑わせてしまう物語を描く人ってどんな人だろう……どんな人……だったのだろう。
夢で……また会いたい。
夢の中でしか会う事の出来ない人。
それがこの人「亜咲達哉」夢の中では
この人が私の恋人です。
「がんばるねぇ。あの子たち」
ナッキは放課後、教室で一心に物書きにふけっている男女二人の生徒をいとおしく見ている。
「そうね。あの子たち将来は作家になるんだって」
「作家?」
「そう作家」
その子達、美鈴ちゃんと直登君と言って去年この高校に入学してきた今2年生の子。
初めは何にも接点もなかったんだけど、いつの間にか二人して放課後、誰もいない教室でいつも二人っきりで小説を書いている。
二人で描いた小説を交換して読んでいる。そして、あそこ駄目だとか、ここもっっと強調した方がいいよ、なんてお互いに批評し合っている。
国語の教師から見れば文章を書くっていう事、とてもいいことだと思っている。
だから私はこの二人を応援している。
でも私に出来る事はあまりない。だって、ふたりの世界に入る事出来ないんですもの。
だから相談にはいつも乗っている。私の答えられる範囲でしかないけど。
そんな二人を見ているのが私は好きです。
だって、可愛んだもの、食べちゃいたいくらい。
でもね、そしてそんな姿をどこかで、いつも見ていたような気がする。
こんな気持ちになる事が私は好きなんです。
多分夢の中で愛している人がいつも、何かを書いていたんだと思うから。もしかしたらあの作家の小説を読んでいるから、その人が小説を書いているところをイメージしているのかもしれない。
何かこう「胸がきゅうっと」なる感じ。
解りませんか。この感じ、これ好きなんです。
やっぱ、あの小説の性ですね。やはりあの小説は危ない小説なのかもしれない。
だって、だって……
ごんと、私は叩かれましたナッキに
「ちょっと痛いじゃない」「何一人でもんもんしてんだ沙織」
だってね、仕方がないでしょ。こんなんだから。
「それよりナッキどうしたの今日は」
ナッキはアーチェリー部の指導もやっている。
もともと、ナッキは小さいころからアーチェリーやってて、知り合った頃にはもうその姿に惚れるほどだった。
実際それ以外でも既に惚れていました。
「ああ、今日は練習場のメンテなんだ。だから今日は部活休み。あいつらとっとと帰りやがったよ」
「あら今日は時間あるのね」
「ああ、久しぶりに飲みに行くか沙織」
「うん。いこ久しぶりに」
やったぁとナッキに抱き着いたとき、教室から声が聞こえてきた。口論する様な、喧嘩しているような目をやると美鈴ちゃんと直登君が喧嘩をしていた。
その二人の方に行って
「どうしたの、大きい声なんかあげちゃって」
「あ、沙織先生」二人は今気が付いた様にして私たちを見た。
「なんだよ先生、何しに来たんだよ」
話方は弟にそっくりだ。
直登君が私の方を睨む。
「こいつがさ、もう俺と一緒に小説書くの嫌だっていうんだ」
直登君が言うには美鈴ちゃんが一方的に一緒に書くのをやめると言ってきたらしい。
「美鈴ちゃんどうして、あんなに仲良く書いていたのに」
美鈴ちゃんは下を俯いて黙っている。
そしていきなり立ち上がり教室を出て行ってしまった。
「あ、美鈴ちゃん」
「沙織、こっちはいいから美鈴ちゃんを」
「解った」
そう言って私は美鈴ちゃんを追いかけた。追いかけた……
もともと体力ないのよね。
あっという間に美鈴ちゃんの姿を見失ってしまった。
その頃ナッキは
「なぁ、どうしたっていうんだよ直登」
「那月先生には関係ねぇよ」
「だからさぁ」と言ってひょいと机の上のルーズリーフを取り上げそれを読んだ。
「あ、それ、返せよ」「ダメダメ」と言いながら直登の手をひょいひょいとかわしながら読んだ。
「直登これ……もしかしてラブレター」
「ば、馬鹿ちげーよ。小説だ」
と言ってナッキからそのルーズリーフを取り上げた。
「お前、美鈴ちゃんの事好きなんだ」
「だからこれは小説の一部何だってんだろ。誰が美鈴なんかに」
顔を真っ赤にしていたが次第に直登の目は潤んできた。
そして「俺、俺……」
直登君は美鈴ちゃんの事本当は1年の頃から好きだったんだって。
それでちょっと話したら、お互い趣味で小説書いてる事解って、それじゃ一緒に書こうって直登君が……
美鈴ちゃんも二つ返事でハイと言って二人で小説書く様になったんだって。
でもね直登君はずっと美鈴ちゃんの事好きで、好きでたまらなくて、小説の一部を美野里ちゃんへのラブレターにしたんだ。それを読んだ美野里ちゃんが……と言う事だったらしい。
「美鈴ちゃんどこいっちゃんだろう」
見失った美鈴ちゃんを探して校内を探していると
あの場所。
私が高校生の時この場所で虐められていた。あの場所、そこに美鈴ちゃんはいた。
校舎で日差しが遮られ、影がその場を少し暗くしている。そんなところのベンチに美鈴ちゃんは座っていた。涙を流しながら。
「美鈴ちゃん」そっと声をかけ彼女の横に座った。
彼女は何も返事を返してくれない。
私は勝手に話す。
「ねぇ、美鈴ちゃん。ここね私にとって思い出の場所なんだよ。私ね、実は高校1年時ここで虐められていたの」
美鈴ちゃんはぴくっとした。
美鈴ちゃんも一時虐められていた時があったから。
それを止めてくれたのは直登君だった。
「私ね、その時とても怖くてそしてとても悲しくて、何もできない私がとてもみじめだった。そんな時ね、ナッキ。那月先生が助けてくれたの。
「(こらぁお前らぁ)ってね。まるで男の子みたいだった。それで私への虐めは終わったんだけど」
美鈴ちゃんは何時しか顔を上げ泣き止んでいた。
「それでね、それからが大変だったのよ。ナッキったら泣いて誤ったの。自分の好きな人がここまで傷つくまで知らなかったことに。女同士なのにねナッキったら私の事好きだって。それからねナッキはずっと私と一緒にいるの。どんな時もいつも一緒」
「沙織先生」
「うん、私もね本当はナッキの事好き。女同士だけど私はナッキの事が好きなの。同性だけど、今の私はナッキを愛している」
美鈴ちゃんは「ぷっ」と噴いて笑った。
「沙織先生、それってアブノーマルな世界」
「ちょっと、真面目に話しているのよ」
「それじゃ本気なんだ」美鈴ちゃんのその言葉に
「うん、と言いたいけど。実はまだ解んないんだぁ。でも愛していることは確かなことよ」
美鈴ちゃんは不思議な顔をして
「それってどういう事。やっぱり特質な愛と思っているの」
「うん、それもある。でもそれでもない」
「じゃ、どうして。もしかして他に好きな人がいるとか」
「…………」
「やっぱそうなんだ」
「うん。でもその人は夢の中でしか会えない人なの」
夢の中で、そして目覚めるとその人の事は忘れてしまう。
残るのはこの切ない想いだけ。
それは日を追うごとに強くなる。自分ではどうしようもなくなる想い。私はその思いに縛られている。
どんな人かも解らない面影も解らない人に。
「夢の中にいる人を好きになったの。現実にはいない人を」
「そうね」
「でもそれって……沙織先生辛くいない」
「うん、辛いけど。でも現実はそんな事思ってもその人はいないんだもの。仕方がないわ」
そうよね。自分ではそんな事解っている事。
「でもね。もし現実に自分を好きだと言ってくれる人がいるのなら。私はその人にどんな形かは解らないけど、自分の想いは伝えたいと思っているの。だって言わなきゃ解らないでしょ人の想いは。抱いているだけじゃ、相手には伝わらないんだから………」
美鈴ちゃんはまた俯いた。
そこへ、ナッキとむすっとした顔の直登君が私たちを見つけてきた。
「やぁ、ここにいたんだね」
ナッキが直登君の手を引っ張りながら言う
そして「ほれ」と直登くんの手を離し、美鈴ちゃんの前に立たせた。
美鈴ちゃんは黙って下を俯いている。
「ナッキちょっと……」
私は止めに入ったが
「さ、沙織行くよ。まだ仕事残ってんだろ」
と言って私の腕を掴み二人から遠ざけた。
「大丈夫なの。二人っきりにして」
「ああ、こればっかりは教師でも何ともならないからな」
ナッキは何を言っているんだろう。喧嘩する二人を二人っきりにして
「実はさ直登、美鈴ちゃんの事好きなんだって」
「え、」
「え、じゃないだろ。だからこれは当人たちの問題。私たちがとやかく言う事じゃない」
「そ、それはそうだけど……」
「それに直登は二人が真剣に取り組んでいた小説を利用した。まあ直登にしてみたらそれでも思い切ったことだったんだろうけど。だからちゃんとこんな事したこと謝れって、そしてちゃんと自分の声でいいなって。言ってやった」
さすがナッキ。私だったらこんなにトントンと行かないと思う。この人は女にしておくの勿体ない。
いっその事、性転換してくれないかな……馬鹿な。
次の日から、放課後の教室には誰もいなくなった。
はぁ、やっぱダメだったんだ。
本人に直接聞く事なんて出来ないから。
残念だけど……と、思っていた、その数日後
「さお先生」美鈴ちゃんが私に話しかけてきた。
「あ、美鈴ちゃん」聞きたいがここは我慢。耐えるのだ沙織。
「先生、ありがとう」
不意に美鈴ちゃんから礼を言われた。
「どうしたの、ありがとうって」
「だって、さお先生たちのおかげで直登君と付き合うことになったんだもの」
予想だもしなかった言葉に私はぴょんと飛び上がって
「え、ほんと、おめでとう」と彼女を祝福した。
でも最近、放課後教室に居ない事を訊くと
「ああ、それね。あれから私と直登君図書館い行くようになったの。だから今は図書館で一緒に書いてる」
「へぇ、そうなんだ。じゃぁ、図書館でデートしてるんだぁ」
そういうと美鈴ちゃんは真っ赤な顔してうんと頷いた。
素直な子です。
「それとね。明日、日曜出校の振り替え休みでしょ。だから直登君が家に来ないかって。家で小説書かないかって……」
この高校は昔から日曜出校があって、わざと平日を休みにする。これは、平日に学校を休みにする事で、社会が仕事と言う動きをする中、生徒達も自主的にその社会に参戦し体験せよと言う名目もある。
後でちゃんとレポートの提出のあるのだ。
でも、羽目を外す生徒もいることは確かだ。後でいろいろと面倒な雑用に振り回されることもしばしば。しかし、例えそれが土日であろうとも、そういう生徒はそうするのだから同じことだ。と校長は言っている。
私はふと、美鈴ちゃんに耳打ちして
「ねぇ、ちゃんとあれ持ってる」と訊いた。
美鈴ちゃんは、はっとしていたがちょっと顔を染めて
「当たり前じゃない。そんな事たしなみよ」と耳打ちして返された。
それに付け加えて
「あのね、さお先生こそ溜まっているんじゃない」と返され、生徒よりも純真に顔を赤くしてしまった。
我ながら、恥ずかしかった。
やっぱ出るのかな。解るのかな。実はめいいっぱい溜まっているのは確かだ。でもそれを慰めてくれる人はいないのも事実なのだ。
いっその事ナッキに打ち明けて慰めてもらおうかと、そんな思いを持つ自分がいた。
「先生、先生、さお先生……」
美鈴ちゃんが呼ぶ声で我に返った。
「私直登君待ってるから行くね。それじゃ」と急いで廊下を走りながら向かう美鈴ちゃんを見ながら
小さな声で
「ほら、廊下走っちゃ……いけないでしょ……お幸せに……いいなぁ……」と胸のあたりで小さく手を振って言った。呟く様に。
そんな二人も受験生となり、二人とも同じ大学に受かり、この学校から巣だって行った。
その間、私は楽しませてもらった。二人の恋愛話を美鈴ちゃんからこっそり訊いて
そして意外なことに、直登君は紳士だったんだと思った。付き合いながらも、その雰囲気になったことは幾度もあったみたいだ。でも直登君は美鈴ちゃんがちょっとでも嫌がれば行動に移さなかったらしい。多分、私はその辛さは解らないが、男子にとっては辛かった事は確かだと思う。
結局、3年に上がってすぐに結ばれたらしい。そして二人して同じ大学に行くことを誓い合ったみたいだ。
いい、私はこういう話が大好き。夢見る乙女とか幼い乙女とか、なんとでも言われてもいい。
だってこのキュッとなるのが好きだから、そこで頭を何気なくクシュなんてされたら、私はもう舞い落ちてしまう。その恋に、間違いなく落ちてしまう。
彼は現実には存在するのだが、実際には夢でしかあったことのない彼、私の夢の彼「亜咲達哉」が描く小説を私は全てそろえている。
新刊が発行されれば、発売日に本屋に行って買ってくる。競争率は激しい。
いつだったか、仕事で発売日当日いけなくて2,3日後に本屋に行ったら売り切れていたことがあった。
隣町に行っても無くて、その隣り町にも足を延ばしても、その本はなかった。
もう開き直ってこの広い街を行けるところまで行って本屋を廻った。そしてようやく見つけて買うことが出来た。
正直、感無量と言う言葉が頭の中を旗を上げて走り待っているのを感じていた。
これで彼の描く小説は8冊目。
でも噂に訊く、その作家のデビュー作と言われる大賞を撮った小説。実はそれは手にしていない。
本やさんに訊いても、それは今は出版されていないとか、ある本屋さんでは、売れなくて絶版になったとか。
ほんと勝手な事を言うと腹が立ったけど、見つけることは出来なかった。ネットやダウンロード小説にもそれを見つけることは出来なかった。
もう季節は夏だ。
あの二人が卒業して、新入生が入学して私はその一クラスを受け持つことになった。つまりクラスの担任になった。
真新しい制服に、期待と不安を募らせながらこの高校に入学してきた生徒。
今、ちょっぴりあのみんなの面影が懐かしく感じる。
もう、今ではすっかり高校生にこの学校に溶け込んで、生徒一人一人の個性が表に出て来て、それが一つになってクラスとなっている。
彼らの成長に、それに私が助けられ成長しているのがよく解る。
でもこの幼さは、折り紙付きの様だ。最近なんか、クラスの生徒からよく茶化される。まだ夢見ているんですか。とか、先生いや沙ちゃんはまだ経験ないんでしょう。なんて言ってくる子たちもいる始末。
それはもう、確かにずっとその経験はご無沙汰だけど、決してバージンではない事は強調したい。
ご無沙汰だから、溜まるのか。だから夢の中で、夢の恋人に逝されてしまうのか。朝起きたときのぐったり感と汗。
恥ずかしいけど、シーツが汚れていたこともしばしばあった。
やっぱり私はおかしんだ。そう自己嫌悪に陥る。もうこんな年になって。普通ならもう結婚しててもいい年なのに。
まだこんな事をしている。でもやめられない。やめてしまったらおかしくなりそうだ。
もしかしたら、あの小説を読みだしてからこうなったのか。
あの小説には何か特殊な暗示が物語の中に合って、私はその暗示にかけられているんだろうか。
だとしたらとても危ない小説。夢の中で出てくる彼も暗示にかけられているから出て来て、その彼を愛するようになるんだと。
でも、冷静に考えるとそんな事、あんなことが本当であれば今頃、多くの人たちがこの暗示にかかっているんじゃないかって。そうなれば世の中が黙っちゃいないよきっと。
そう思える。だとすればやっぱり私個人がおかしんだ。幼いから、こうなるんだ。諦めるしかない。
だって、私はこの小説が大好き。いいえ、今では体の一部になっている。そして私がいつも見る夢も同じ、その中で愛する彼「亜咲達哉」も私の体の一部。私はそう感じている。
シャワーを浴びて、下着を着ける。今日も熱くなる予感を秘めながらブラを付ける。
最近また大きくなった胸。まだ私は成長期なのかもしれない。
サイズも上げた。特に体は太った形跡はない。胸だけが大きくなっている感じ。
夢見る乙女は、この胸にその夢を蓄えているのか。
まだ成長期の私はそう言って自分に納得させる。
そしてブラを直す。いくら通気性のいいブラと言っても、蒸れることは確かだ。ブラの中が蒸れてくるのは好きではない。
その部分だけがぼうと熱く感じる。そうすれば体全部が熱くなる。汗を掻けばなおさらだ。
夏は、我慢との戦いでもある。
そんな暑い日、久しぶりに大学生になった美鈴ちゃんと出会うことが出来た。
その姿はあの高校生だった憂い憂いしさは影を潜め、綺麗な女性と言う表現が似合う人になっていた。
うっすらとほどこされた化粧もそれを感じさせる要員だと思う。
「久しぶりね美鈴ちゃん」
「お久しぶりです。さお先生」
「元気そうね。それに凄く美人になったじゃない」
「いやだぁ、さお先生。さお先生こそ相変わらず美人ですよ。まだいないんですか彼氏。もったいないですよ」
「あははは」ほんと笑うしかないでしょう。
「それはそうと直登君とは仲良くやってるの」
「あははは、そうですね。付き合っていますよ。それに今は同棲していますよ」
「ええ、そうなの。ねぇ詳しく聞かせてよう。お願いっ」
冷房の効いた喫茶店の席で私たちはお互いの話をした。
美鈴ちゃんは、相変わらずですね。と言いながらも、ストレートな表現でしかもその、その、私の頭の中では臨場感あふれるオーケストラが鳴り響いていた。
「はぁ、ありがとう。でも幸せそうで安心したわ」
「うん、今私は幸せ。お互いに同じ目標に向かって手を取って頑張っている」
「作家になる事でしょう」
「そう、作家になる事。それに私直登が机で執筆している姿観るのとても好きなの。前に向かっている姿。私はその姿を見ながら彼に就いて行っている。直登も私が頑張る姿を観るのが好きだって」
「ハイハイごちそうさま」
正直、ここまで言われると、そう答えるしかなかった。
「あ、そうだ、さお先生」
「どうしたの」
「さお先生、確かこの作家先生大好きってい言ってましたよね」
美鈴ちゃんが出したのは、私の大好きなあの作家の本。
でもその表紙は今まで観たこともない表紙。
「美鈴ちゃん、これって……」
「そう、あの亜咲先生のデビュー作」
「でもこれ、今どこでも売ってないんじゃない」
「そうよ。だって今はもう出版されていないんだもの」
「え、そうなの。やっぱり売れなくて絶版になったの」
私はあのちょっと腹に来た言葉を出した。
「さお先生、確かに絶版にはなったけど、売れなかったからじゃないんだ、この本」
「じゃぁ、どうして」
美鈴ちゃんは話してくれた。
亜咲達哉の描いたこのデビュー作について、そしてこの本が書店から姿を消した訳を
大賞を受賞して書籍化されたその小説は、出版される否や大反響を巻き起こした。
そしてこのストリーに共感した読者は、(ほとんどが若い女性だが) ある社会現象を巻き起こした。
巷で、街中でネット上で炎上し、この小説のキーワードになる「恋をすることの意味」をこぞって探し始めた。
そんな中、一部の心無い人たちが純真に探しているのを餌に騙してその人たちを傷つけてしまった。そんな事例が訊かれるようになり出版社から、増刷の刺し止めが決まった。
この小説が実際世に出たのは、初刷の限定だけだった。
だから今はどこにもないんだと。
「そっかぁ。じゃ本当にレアものなのね」
「そうなるかしらね。先生読んでみる」
美鈴ちゃんの何気ない言葉にピクンと体をさせ
「え、いいの」と食いついてしまった。
「うん、私もう何度も読んだしあげるよ、さお先生に」
思いがけず美鈴ちゃんから、ずっと気になっていた、私にとっては幻の本を手に入れることが出来た。
でも美鈴ちゃんが
「でもね、さお先生一つ忠告したいんだけど」
「何忠告って」
「あのさ、その本の内容、やっぱ社会現象起こしたくらいだからインパクトあるのね。それに私読んでてよく思うの、この物語に出てくる主人公って、さお先生によく似ているなって。だからあんまり深入りしてほしくないんだ」
「え、そうなの。私に似ているの主人公」
「うん、どことなくね」
その時私のスマホが鳴った。出るとナッキからだった。
「あのさ、沙織どこににいるんだ。私かれこれ30分もこの暑い中外で待ってんだけど」
「え、ヤダごめんナッキ。今行くから」
今日はナッキと買い物をする約束だった。一緒にお揃いの水着を買うことにしてたんだった。すっかり忘れていた。
こりゃ、ナッキの鉄拳が落ちる事間違いなし。決定版だぁ。
「ごめん美鈴ちゃん」そう言って席を立つと
「那月先生」と美鈴ちゃんが訊いてきた「そう」と答えると
「相変わらず仲がいいのね」と呆れる様に、そして微笑みながら私に言う。
「そうよ」と私も微笑んで返した。そして美鈴ちゃんと別れた。
お店を出ると外の熱気が一気に私を襲う。
「あ、暑い」
そう漏らしながら急いでナッキの元に向かった。
途中引っかかった信号待ち、アスファルトからの照り返しと時折吹く生暖かい風。
「ナッキ怒ってるだろうな」と考えると気持ちが滅入ってしまう。
信号が変わった。
足早に信号を渡る。
前にいる人を越して急いで信号を渡る。
渡り切った時、声をかけられた。
本を落としましたよって。
美鈴ちゃんからもらったあの本。急いで出てきたから鞄の外ポケットに突っ込んできた。
ちゃんと入っていなかったらしい。
親切な人が拾って声をかけてくれた。
もう少しでなくすところだった。
その人は男性だった。
急いでいたから
「ありがとうございます」と言ってその人の手から受け取った。
ちょっと手が触れた……
本はちゃんと鞄にしまい直した。
急いでいたから……そのまま振り返って
向かった。
目指す所に……向かった。
だから急いでいたんだって……私は……急いでいた……
本日21時次号配信。




