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白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように  作者: さかき原 枝都は
白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
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180日間の思いで

  ***180日間の思いで*** 


 僕はあの日。沙織が僕の記憶を失った日から沙織には会ってはいない。それは自分で決めてあった事。


 頻繁に、もう家族同然だった沙織の家にも行っていない。


 沙織が入院中、お父さんとお母さんに僕がひそかに心の中で決めていたことを話した。それは二人にとってもとても辛く、もう弟の様な佑太にとっても身を裂かれる思いだったと思う。


 「達哉君。君はもう僕らにとって家族同然なんだ。いや家族以上の存在なんだよ。沙織の記憶に達哉君の記憶が無くても一緒に暮らす内、また新たに沙織の想いが目覚めるかもしれない。そうなる様皆で努力しよう」とお父さんは涙ながら言ってくれた。


 お母さんは「そんな……」と一言言って何も言えないでいた。


 「そうだよ、達哉さん。俺は兄貴が出来て、達哉さんが兄貴になってそんで一緒にこの家で姉貴と一緒にいて、泣いて笑って怒って、そんな暮らしが出来るんだと思ってた。俺に言ったじゃんか。


俺の兄貴になるって……今の俺には二人とも、姉貴も達哉さんも、どっちも必要なんだよう」



 佑太は怒鳴るように泣き叫びながら僕に訴えた。嬉しかった。佑太の気持ちが……とても嬉しかった。


 そんな佑太に僕は


 「佑太、ありがとう。佑太の気持ちは十分に受け取ったよ。でも……佑太一つ約束してくれないか」


 涙ながらに佑太は


 「なんだよう。約束って」


 「なぁ佑太、もう沙織の記憶は戻ることが無いと思う。でも何かのきっかけで……運命の悪戯で沙織がまた僕のところに来てくれたなら。僕はそのチャンスを必死に死に物狂いで掴むよ。


もう一度。新たに出来る事なら……そして掴めたとき。佑太、その時は達哉さんじゃなくて「兄貴」と呼んでくれるかな」


 「ば、馬鹿か。そんな小数点以下の確立に……そ、そんな奇跡を信じろって……言うのかよ」


 「ああ、僕は大馬鹿なんだ。だから奇跡を信じるんだ。佑太」


 「馬鹿だよ。ほんと大馬鹿だよ……仕方がないから、どっかに覚えておくよ……兄貴……」


 「ありがとう」


 僕は沙織の家を後にした。


 そして、大学に入学してからずっとバイトしていたカフェもやめた。恵梨佳さんは何も事情は訊かなかったでも


 「亜咲君、ここやめても私はあなたの友達。いいえ出来る事ならあなたの親友でいたい。私も彼と一緒になればここを去るつもり。


こういう日はいつか来るのは解っていた事。でも私はあなたとどこかで繋がっていたい。だからお願い亜咲君」


 嬉しかった。恵梨佳さんの気持ちが……


 「ありがとうございます。こちらこそお願いします。僕はここでバイトが出来て、恵梨佳さんと一緒に仕事が出来て本当に良かったと思います」


 恵梨佳さんは「ありがとう」と言って涙ぐんでいた。そして一緒に働いたメンバーも僕の事を励ましながら暖かく送り出してくれた。


 アパートは新年が開け、町が動き出したころ。引き払った。



 最後このアパートを出るとき、何もなくなった部屋を見渡した時。そこに沙織の姿が、あの優しい笑顔の沙織の姿が話しかけてくる。


 涙を流しなら、深く一礼をして部屋を後にした。



 冬休みが終わり、大学が動きだしてすぐに僕は休学届を出した。理由は、作家活動を優先するため、一時大学を休学したいと。期間は大学が許す期間まで……。


 書類は速やかに処理され僕は大学を休学した。


 その休学届が受理された日、ナッキから連絡が来た。


 僕に連絡しようか随分と迷ったらしい。ナッキは沙織が僕の記憶を失った事を知っている。


 「ご、ごめん急に電話して。い、今忙しかった、もし忙しかったらいいんだけど……」


 僕は明るい声で


 「よ、ナッキどうした。大丈夫だよ、今は暇だ」


 「そ、そうか。じゃ、亜咲君ちょっと会えないかな。少しの間……」


 「いいよ。どこに行けばいい」


 ナッキは少し考えた感じで


 「よ、よかったら、わ、私のマンションで。場所わかるよね」「ああ、解った」返事をして何度か沙織と行った事のあるナッキのマンションへ向かった。


 途中、ナッキの大好きな店のスイートポテトを買って。


 ドアを開けるそのナッキの表情は少し照れて、頬をピンク色に染めていた。


 「意外とは、早かったじゃん」僕は出来るだけ明るく振る舞って


 「はい、ナッキの大好きなスイートポテト」とお土産のスイートポテトを差し出すと


 「え、うわぁ。あそこのスイートじゃん。ありがとう亜咲君」と喜んでいた。「さ、上がって」と僕を部屋に招いた。


 「今お茶淹れるね。あ、適当にすわってて」


 模様替えがされていない、変わらないナッキの部屋の床にあぐらをかいて座った。


 少ししてナッキが紅茶と僕が買ってきたスイートポテトを皿に乗せてテーブルに置いた。


 そして彼女も座り「さ、紅茶冷めないうちに」と進めてくれた。


 僕はナッキを前にして


 「それでどんな用事だった」と静かに聞いた。


 彼女は少し下を向いて


 「あ、あのさ。あれから亜咲君何も連絡なかったじゃん。そ、それにさ、沙織もあんな事になって……あれから沙織には亜咲君の事話さないようにしてたんだけど、この前沙織が


 「ねぇナッキ、私前に誰かと付き合っていた」


 なんて言ってきてさ「どうして」って訊いたら


 「なんか大学でそんな事言われたから」……「な、なんて……」訊いたら


 「うーん。彼と別れたのなんて……身に覚えないんだけどなぁ」てね。



 だから「きっと勘違いしてんだよ。ほら髪型変えたし」「そうかなぁ」「そうだよ」て誤魔化したけど。

 「でも本当にその時、亜咲君の事忘れちゃったんだって。沙織にとっては、もともといなかった人になっちゃったんだって、何だかとても寂しくなっちゃって……」



 「………………」



 「ご、ごめん。一番辛いのは亜咲君だったよね。こんな事言っちゃって」


 「いや、いいよ。大丈夫だよ」僕は出来るだけ普通に返した。


 「でも亜咲君今どうしているの」


 「うん、実は今日大学に休学届出してきたんだ」


 「え、嘘、本当に」


 「ああ、それにバイトもやめた。あのアパートも先日引き払った」


 「そ、それじゃ、今どこに、実家に帰るの」


 ナッキは僕の事を訊いて驚きながらそしてどことなく寂しそうに訊いた。


 「実家には帰らないよ。今、優子。ほら元文芸部部長の有田優子っていただろ。知ってる」


 「あ、知ってる。在学中から本書いててよく雑誌にも出ている人だよね」


 「うん今、その人のところで世話になっている。まあ弟子みたいな感じかなぁ」


 「そっかぁ。それじゃ本格的に作家になる為に」


 「ああ、そんなところかな」


 「うん良かったよ」



 「……沙織は元気にしているか……」



 僕は唐突に訊いた。沙織の事を。


 ナッキは、これ以上沙織の事に触れてもいいのかと心配そうにしていたが、


 「うん、大丈夫だよ。沙織は、沙織はだいじょう……」


 ナッキは泣いていた。自分が自分の込みあげてくる想いを抑えきれないように。


 そして



 「沙織は……大丈夫だけど……わ、私がだ、大丈夫じゃ……ない」



 そう言っていきなり僕に抱き着いてきた。


 「私が大丈夫じゃない」そう言って抱き着いた。


 「私ずっと亜咲君の事気にしていたでも沙織の彼氏で、それで沙織があなたの記憶を失くして、もう沙織とはなんでもなくなって、だ、だから……私、今なら本当の気持い、言える」


 ナッキは僕を泣きながら体を震わせ強く抱きしめて、自分の溜めていた想いを吐き出すようにぶつけた。


 「私、亜咲君のことが好き」


 「ナッキ……」


 ナッキはすがるようにキスをしてきた。僕に、僕の唇に。


 そして「抱いて、私を抱いて。沙織の様に。沙織を忘れるくらい。私を抱いて……私があなたの中から沙織を消してあげるから……」


 そのまま二人はフローリングの床に倒れ込み、お互いをむさぼった。


 二人とも溜めていたものを吐き出すように、苦しみや悲しみを二人で吐きだす様に、抱き合った。


 吐き出すものが無くなろうとした時、全てが一気に放たれた。彼女もそれに合わせるように、自分の中にあるすべてを体の中から吐き出した。


 その日、僕はナッキと一夜を共にした。


 次の日、ナッキのところを出るとき


 「ありがとう、亜咲君。多分あなたが沙織に会わないのと一緒に私もあなたとはもう会うこともないと思う。でも、もしあなたの言う奇跡が起きたとき。また私はあなたと沙織と三人で時を過ごしたい。それがどんなかたちでも……」


 ナッキとキスをした。


 最後にナッキは


 「沙織の事は心配しないで、私がいつまでも見守っているから。し、心配し……ないで……」


 「うん、ありがとう。それじゃ」


 その時ナッキ事、 美津那那月はもう一度僕に抱き着きキスをした。力いっぱい抱きしめ、僕にキスをした。

 その日は寒く、しんんしんと都会の空からは雪が舞っていた。




 僕は、有田優子の元へ向かった。




 作家になる為に、自分の物語を描くために。




 そして数多くの道しるべを残すために。書いて書いて書きまくる。沙織がその道しるべを見つけ出せる様に、一つでも多く




 僕の存在を見つけられるように。



 僕はそのキャンバスを張り替えた。また新たに



 思い出と言う記憶が描かれる様に。



 もう一度、新たに……


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