宮村と茉奈ちゃん入籍騒動
***宮村と茉奈ちゃん入籍騒動***
ナッキの実家から帰ってきた沙織は、ナッキと一緒に僕のアパートへお土産を届けてくれた。
正直、神奈川だからそんなに遠い所じゃないが、ナッキの実家は代々続く農家であり、父親は会社を経営する社長でもあった。
お土産は、彼女の家で取れた新鮮な野菜に会社で製造販売する加工食品。と言ってもプレミアがつくほど人気で普通注文だと3週間待ちの状態が続いているそうだ。
それとよくお土産やさんで売っている派手な文句の付いたトランクスのパンツ「性根すってるかぁ」と書かれたパンツだった。
「おいおい、これは派手だなあ」僕はそのパンツを広げていった。
ナッキは「ハハハ、亜咲君はこれくらいしないと」
沙織は「私は似合わないって言ったんだよ。達哉はこんなパンツ履かないって。そうしたらナッキが、彼氏の履くパンツの趣味まで押さえてるんだぁ。何て言うから」
「だってそうじゃない。もう亜咲君の事全部自分のものにしちゃってるじゃない。頭のてっぺんから足の爪の先まで。亜咲君が身動き取れない様に」
「おいおい、俺はロープでくくられているのかよ」苦笑いしながら言った。沙織は「そんな」と漏らしたが。
「でもでも亜咲君はキャッ」
ジュースを飲もうとしたナッキの手が滑り、手からのけ反っていたナッキの服の上に落ちた。
「ああ、あ」「もう、行儀悪いからよ。あんな恰好で飲もうとするから」
すぐに布巾で沙織はナッキの服を拭いたが既に服はぐちゃぐちゃに濡れていた。
「ああ、そりゃすぐ洗濯しないと染みになるな」
「ええ、やばい。この服意外と高かったんだよ」
そういって上着を剥ぐように脱ぎ捨て、意外に大きく見える胸を隠すように付けているブラがあらわになった。
「あーおなかもべたべたしている。ごめんシャワー貸して」
「ああ、いいよ。ついでに洗濯もしちゃいなよ」
「うん、ありがと」
すぐに浴室に入ってシャワーを浴びようとした。そして再びドアが開き
「ごめーん沙織パンツまでぐちょぐちょだよ。替えのパンツなぁい」と素っ裸で出てきた。
僕は思わず視界にして固まり、沙織はナッキと怒った様に注意する。当のナッキは「ハハハ、お願い」と言ってシャワーを浴びに戻った。
沙織は「もうナッキったら」と呆れた様にして、もうすでにここに用意してある下着と着替えをナッキのもとへ届けた。
「ナッキ、下着新しいのないからとりあえず私の使って。それと替えの洋服も置いとくから」と言って浴室から出てきた。浴室からは何も気にしない声で「サンキュー」とナッキの声が聞こえた
そして沙織は僕を見て
「わ、私、達哉の事、そ、そんなに縛ってないから」
と言ったが、あっけにとられていた僕は返事をするのを忘れていた。
その後シャワーを浴び終えたナッキは沙織にさんざん怒られたのは言うまでもなかった。
そんな事もありながら、8月の熱い、いや暑い日々をバイトと二人で描く小説に明け暮れた。
沙織が泊まりの日、ぼっそり「子供作ろっか」と耳打ちしたのはジェラシーからだったのか……
9月に入り、ナッキの個人戦が始まった。僕らも応援に駆け付け、意外なほど真剣なナッキを目にしたとき、彼女の今までと違った雰囲気を見た。
その時「男に良く好てるのも解るが気がする」と沙織に言うと。「多分、女にも好ててるんじゃない」と皮肉っていた。
あの競技に向かうナッキの姿を、あんなことを言いながら潤んだ目で見ていた沙織の気持ちも解らない訳じゃなかった。
大会も終わり、それなりの成績を残したナッキもようやくひと段落を付けていた。
そんな中、沙織とナッキ、そして愛奈ちゃんの3人が僕のアパートへ押しかけて来た。
「どうしたの、3人そろって」
3人部屋に入るや否や、沙織はエアコンを全開にして、ナッキは電気を付けて窓の二重カーテンを閉め切った。そして沙織が「達哉スマホ」と手を伸ばし、渡すと電源をすぐに切った。
そして、おもむろにナッキが上着を脱ぎだしブラ一つになって
「ごねん暑いし、しわになるから。沙織には許可もらってるし、私は気にしないから」とぶっきらぼうに言い沙織は「この際そんな事もういいから」と沙織もえらく興奮している様だった。
そしてこの2人とは逆に愛奈ちゃんは静かに下を俯いて座っていた。
「ちょっとみんな、どうしたって言うんだ」
僕が3人に訊くとナッキが
「どうしたって。どうもこうもないわよ、これは一大事よ」
続いて沙織が
「私、宮村さんがあんな人だとは思ってもいなかった」
宮村、あんな人。思ってもいなかった。その話し方は沙織が物凄く怒っている時と同じだった。いや今まさに物凄く怒っている。
「宮村がどうしたっていうんだ」
突如、愛奈ちゃんが「ご、めんなさい」と言って泣き出した。それを見てしびれを切らした様にナッキが話し出した。
「あのね、愛奈ちゃんだけが悪いんじゃない。どちらかと言えば宮村さんの方が数倍悪い。だってあんなこと平気で言うんだもん。ほんと信じられなわ。降ろせだなんて」
僕は耳を疑った。確かナッキは「降ろせ」と言ったように聞こえたが。そして沙織が
「実は愛奈ちゃん今、お腹に赤ちゃんがいるの。妊娠2か月目だって」そして「いい」と訊いて愛奈ちゃんの鞄から真新しい母子手帳を取り出し僕に手渡した。そこには妊娠2か月と書かれていた。
僕は愛奈ちゃんを見て「本当なんだ」と言った。愛奈ちゃんは小さく頷いた。
それで、宮村が愛奈ちゃんにお腹の子供を降ろせと言ったことにつながった。
僕は愛奈ちゃんに訊いた。愛奈ちゃんの気持ちを。そしてどうしたいかを。
「あのね、ほら、8月にみんなで海に行ったじゃない。あの後少ししてから調子悪くなっちゃって、お家でずっとイラスト書いていたの。
もちろん高ちゃんも毎日お家に来てくれたよ。それでもねずっと調子悪くて、イラストも描けないくらい調子悪くなっちゃって高ちゃんといつもの病院に行ったの。
そこで検査してもそんなに悪いわけじゃないって言われて帰ったんだけど、暑さで疲れているんじゃないっていつもの先生に言われたけど、ご飯も食べれなくなってもう一度病院に行ったの。
そしたら先生から産婦人科に行くようにって言われて同じ病院の産婦人科に行ったの。
調べたらお腹に赤ちゃんがいるって。高ちゃんもその時知って二人で話し合ったの」
愛奈ちゃんはテーブルに用意したジュースをコクっと飲んで話を続けた。
「それでね、愛奈ちゃんは高ちゃんに生みたいって正直に言ったの。
だって大切な高ちゃんの赤ちゃんだよ。愛奈ちゃんはどんなことしても高ちゃんに生みたいって言ったの。
でも高ちゃんはそんな子はいらないって。愛奈ちゃんが傍にいてくれればそれでいいって、だから、だから、高ちゃんはおなかの赤ちゃんを降ろせって。
せっかく宿った高ちゃんと愛奈ちゃんの赤ちゃんを殺せって……」
愛奈ちゃんは泣き崩れてしまった。
愛奈ちゃんの話を聞いて僕はあの宮村が、あいつが自分よりも大切にしている愛奈ちゃんにそんなことを言っていたなんて信じられなかった。
「沙織、スマホ」沙織はどうするのと訊いた。
「宮村に会ってくる。俺、あいつが意味もなくあいつが一番大切にしている愛奈ちゃんをこんなにまで傷つけるとは思わない。直接会って話してみる」
沙織は「そう」といってスマホを手渡した。
沙織に「お昼何か適当に食べてて」「うん分かった」沙織が返事をする。そしてドアの所で心配そうに「気負付けて」と一言。そっとキスをして部屋を出た。
そして宮村に電話をかけた。
宮村は「いつもン所いるぜ」と僕はそこへ向かった。
宮村の言う「いつもン所」そこは宮村の家(実家)から近くの河川敷。僕と宮村、そして愛奈ちゃんと良くこの河川敷に来ていた。そのたび日に日に落ち着きを見せる愛奈ちゃんを宮村は安心した表情で僕に見せていた。
そこに着くと宮村は土手の草の上に座り、黙って流れる川を眺めていた。
「宮村」後ろから声をかけると「おっせーな亜咲」と少し元気なさげにきびすを返す。缶ジュースを渡し二人で開け一緒にのどに流す。
「愛奈は」宮村は愛奈ちゃんの事を訊いた。多分愛奈ちゃんが沙織たちと一緒なのを感じていたのだろう。
「大丈夫。沙織たちと僕のアパートにいる」
「わりーな。いつも迷惑かけて」
「いや、それよりどうすんだ宮村」
「その話しっぷりだと、全部知ってるんだな」
「ああ、愛奈ちゃん本人からも訊いた。母子手様も見た」
「そっかぁ」宮村はゴロンと土手に仰向きになって
「なぁ、亜咲。人ってやっぱり人から生まれるんだな」
「何言ってんだ、そんなの当たり前じゃん」
「いや、愛奈の腹ん中に赤ん坊がいるって聞いたとき、俺正直実感なかったんだ。愛奈があの愛奈が人生むってことがな」
「それでもいま、愛奈ちゃんのお腹の中にはお前の子がいる。そうだろ宮村」
「ああ、そうなんだよ。そうなんだけどよ。俺、分かんねんだよ、あいつの事考えると愛奈の事考えると何もわかんなくなるんだよ」
宮村は叫ぶ様に言う。
僕は返す言葉がなかった。宮村の気持ちもよくわかる。今だからこそ落ち着いて見える愛奈ちゃんなんだが少し前まで、本当に本当に……そんな二人を僕はずっと見て来ている。宮村も愛奈ちゃんも。
でもそれでも時間は過ぎ去る。何もしなくても愛奈ちゃんのお腹の中では赤ちゃんが育っていく。
「亜咲。俺、如何したらいい」悲痛にも似た声で宮村は僕に問う。
「どうしたら言って、僕がそれを言う事は出来ないよ」
宮村は起き上がり、いきなり僕の襟元を鷲掴みして
「お前、俺の親友だろ。その親友が困っているのに何も出来ないって言うのか」
「ああ、そうだよ。俺じゃ何もできないよ。それに愛奈ちゃんは俺のもんじゃない。俺がお前に変わって決める事じゃない……」
思いっきり怒鳴ってやった。そして言い終わる寸前宮村のこぶしが飛んだ。上半身が土手に殴りつけられた。宮村の「この野郎」の声と共に。
頭が真っ白になった。次の瞬間こぶしが宮村の頬を殴りつけていた。「泣き言言うんじゃねぇよ」と罵倒しながら。
殴り合う。お互いに殴り合った。痛みなんか何も感じなかった。その時は……
二人とも疲れ果て土手に大の字に寝転んだ。そして上に見える少し秋めいた青い空を二人で眺めた。そして不意に宮村が声を上げて笑った。僕も笑った。二人とも次第に感じる耐えがたい痛みをこらえながら。腹の底から出てくる笑いを止めることが出来ずに笑った。
「亜咲ありがとな」宮村がぼっそり言う。
「なにが」
「いろいろとな」
「そんなのいつのも事だよ」呆れた様に僕は行った。
「そっか」と言って宮村は痛がりながら起き上がった。
「お前なかなかいいパンチ出すじゃねぇか」
そう言って空を見上げながら
「俺、決めたよ。決めた。今決めた。だから後はもう覆さない。俺、一番大事な愛奈に俺の大事な子生んでもらう。例えどんな事になろうとも愛奈に俺の子生んでもらう。あいつが嫌だって言っても無理やり生ませてやるぜ」
「馬鹿かお前は」そう言われた宮村は照れながら電話を掛けた。
愛奈ちゃんの両親に。明日時間を作ってくれと。とても大切な話があるからと。
そして「さぁ、愛奈迎えに行くぞ」僕と二人アパートへ向かった。
土手には少しひんやりする風が吹いていた。そして僕ら二人を空から見ているかの様にトンボが飛んでいた。
季節は着実にその色を変えつつあった。
それから10日経ったある日、一通の招待状が僕と沙織の家、ナッキのマンションに届いた。
そこには宮村孝之と佐崎愛奈の連名で書かれた招待状だった。
あれから次の日、宮村は愛奈ちゃんの両親に土下座して愛奈ちゃんとの結婚をお願いした。そして今彼女のお腹にいる赤ちゃんを産むことを。愛奈ちゃんも必死に宮村に続いて自分の両親に願った。
彼女の両親は反対することもなく。それどころか宮村に本当にいいのかと何度も何度も訊き返した。それを一つひとつ宮村は自分の決意を返した。
終いには愛奈ちゃんの両親も愛奈ちゃんも。そして宮村もぐちゃぐちゃに泣いて喜び合った。
宮村の家の方?そんなのとは言ってはいけないが、もうすでに娘のように迎えられていた愛奈ちゃんを反対する理由など、どこにあるのだろうと宮村の両親も喜んで承諾してくれた。
愛奈ちゃんのお腹の赤ちゃんは思いのほか順調で、担当の医師からもしっかりサポートするから大丈夫だと了解を得ていた。
ただ、順調なだけに愛奈ちゃんのお腹も目立ってくる。そこで入籍後簡単に二人のお祝いの席を設けることになった。まぁ一応教会で形だけの挙式をするようだが。
出席者は二人の両親と兄弟。そして友人の僕らだけと、あの顔の広い宮村にすれば誰も呼ばない結婚式といった感じだろう。
「ねぇ達哉。愛奈ちゃんたちの結婚式に何着ていく」
「まだ早いだろ」10月の吉日なのに。




