プロローグ
初作品です。気軽に見ていただけたら幸いです。
「勇者が攻めてこない・・」
魔王は不安に駆られていた。勇者が魔王討伐を志してから早二十数年たったにもかかわらず、自身の住む魔城に一向に進行してこないのだ。
「というより、勇者は何をしているんだ? おい、誰か奴の動向を知っているものはいないのか? 」
一体の魔物が寄ってきた。魔王直属の四天王、情報通のカーティスである。四天王の中でも一番の綺麗好きであり、毎日のように風呂に入っている。薔薇の香りのする入浴剤も入れているので、いっつも薔薇の匂いを漂わせている。
「何でしょうか魔王さま」
「勇者の現在が知りたい。情報通の貴様であれば敵の情報ぐらい、リアルタイムで知っているはず」
「はい、勿論。勇者は今自分の生れた村におります。それも、さいしょっから、ずうぅっと」
驚愕の事実である。もう数十年の時が流れたのに、まだ最初の場所から動いていないだと。
魔王の不安は解消されたが、また新たな不安の芽がでてきた。
なぜうごかない?
わたしを倒すのではなかったのか?
「・・・さては自分で動かずに私を打倒できる策略でも」
「あんな若造にそのような考えなぞありませんでしょうな」
「では何故・・・」
「わたしにもわかりません。でもいいではありませんか」
四天王の立場からの意外な発言だった。
「なぜぇ!? カーティスッ!!? 」
「おそらくは臆病な輩だったんでしょう。しかし、その性格のおかげで我々の脅威がなくなったんですよ? 」
「随分といい加減な憶測だな。情報通のくせに、名探偵にでもなったつもりか? 」
「やつは勇者をやめて、飲み屋の店員になったんですよ。そのぐらい、想像に難くありません」
私は城から飛び出した。
その時の私の顔は、まるで世界の終りでも来てしまったかのようなひどい顔だったと、後で部下たちから聞くことになる。
* * * *
「やぁ、魔王。元気してたかい? 今仕事終わりなんだ。なんだったらこの店で一杯おごってやるよ」
こじんまりとした飲み屋のカウンターで、一人疲れ切っていた声で話しかけてきたのは、二十年前にこの私を倒すと息巻いていた勇者であった。
「私が怖くなったのか? え? 臆病者」
「違うよ。俺は別にお前のことなどミジンコ程も恐怖を抱いていない」
私を目の前で平然と語る奴は、どうやら臆病者でないのは確かだ。それにしてもミジンコとはひどい言われようである。
「ではなんで勇者をやめた? こんな賃金の安そうな飲み屋の店員なんか」
私の質問を聞いた元勇者の顔は、心なしか陰りが見えた。
「賃金が安い、か・・・。なぁ魔王、この世界で一番救われない職は何だと思う? 」
質問で返された魔王は少々不満であったが、ここは真面目に応えてみることにした。
「それは無職だろう。金も増えず、女も寄ってこない。周りに迷惑を与えて、報酬として周りから非難と冷たい視線を貰う。」
「はは、確かに。でもな、その無職と同じくらい救われない・・・」
「まさか勇者ではなかろうな? その職とは」
元勇者の言葉を遮ったのは、理解できなかったからだ。勇者というのは周りから望まれるべき名誉あるもので、しかも誰でもなれるわけではない。
それを救われないという理由で捨てたというのは魔王の認識をはるかに超えていたのだ。
「ふざけるな。貴様、何のために私がいるのだ。勇者と魔王との戦いは栄誉ある伝統なのだぞ! 私の父さん、お爺さん、ひい爺さんの代と、世代を巡って行われてきたものなのだぞ!! それを自分勝手な都合で!!! 」
魔王は感情を爆発させる。望むべき戦いの伝統を二十年もおあずけにされた心境は、きっと彼にしか分からないだろう。
「いいよな魔王って」
元勇者が言葉をはさむ。取りあえず自分の感情を魔力で無理やり抑えつつ、聞いてみる。
「魔族っていうの? さいしょっから自分の城を持ち、慕われる部下もいる。お金には困らず、女にはちやほやされる。」
そう発言する勇者のすがたは、だんだんちいさくないいていく。
「いいよなぁ、魔族だけど王だぜ? 人間の望む夢がつまっているんだぜ? 夢の宝庫なんだぜ? 」
「それは・・・先代たちが築き上げてきたものだ。あって当然だろ。それに、勇者もいろいろと優遇されているだろ」
「あぁ、されてるね。税金の免除だけは」
「・・・・・は?」
魔王は何かの聞き間違いかと思った。
「魔王、お前は人間の本性を知らない。魔族だから誇りを何よりも重んじているのだろうが、人間はかたちのあるものを大切にする」
「どういうことだ?」
「死ぬかもしれない輩に、自分たちの資産を渡すバカがいるか? 汗水たらして働いて稼いだお金、食糧」
「それで自分たちの平穏が来るのだから、安いもんだろ? 」
「魔王、おまえは矛盾している。さっき代々続いてきた戦いと言っただろ」
魔王は彼の発言で即座に理解した。
最初は、人々はなけなしの資産を勇者にできる限り与えていたのだろう。これで平和が訪れるという思いをこめて。
しかし、勇者と魔王の戦いは今に至るまで終わることなく続けられてきたのだ。
まぁ、歴代勇者が弱かったのが原因だが。
我々は魔族という存在に誇りを持っている。勇者との戦いも、己の種族としての誇りを賭けてのものだ。その行為自体が生きがいになっても何らおかしくはない。
一方で人間たちのほうは、終わらないという事実に絶望した。
それに、代巡りでなおも挑み続ける勇者たちにもうんざりしていたはず。
平和という低い可能性、もとい形のないものより、資産という形あるものを重視したほうが良いと考えるようになった。
魔王を倒せるはずもないやつにいくら望みをかけたって、労力と物の無駄だとも考えたのだろう。
そして、勇者に物を与える事に抵抗を覚えるようになり・・・・
やがて、命がけで奔走する勇者に与えるものは、言葉だけとなった。
「・・・ところで勇者よ、武器はどうした? 」
今気づいた、元勇者には安っぽい服以外に剣はおろか、身につけている物はみあたらない。
「武器を作るより、生活道具を作ったほうが需要になるんだとさ」
「さいしょっから持っていない?」
「ああ、でもさっき言ったとうり、税金は払わなくていいんだ。うらやましいだろ」
あぁ、さっきも聞いた。だが、それって・・・
魔王が予想したとおりの言葉を元勇者は口にする。
「どうせすぐ死ぬから、払わなくていいんだとよ」
しばしの静寂がつづく。
「・・・・勇者よ、その、ごめん」
「なんであやまるのさ。別にお前が悪いわけじゃない。いずれくる結末なのさ」
元勇者は元気のない、かわいたわらいをとばす。
「・・・何か力になれることはないか? 」
「なんで?」
元勇者はまた質問で返したが、その時の私に不満なぞ微塵もなかった。
魔王とは魔族の王である。王とは周りが求めていた、望んでいたものの体現者だと自負している。
今、目の前に苦しみながら何かを求めている者がいるのだ。王として何かをしてやらなければならないのは当然だろう。
そう、それがたとえ人間だとしても。
「ないよ」
「いや、勇者よ、お前はいま苦しんでいる。何かを望んでいるはずだ。でなければ、そんな目で私を見ないはずはない」
勇者の目は魔王にとって救いを求めているかのようにみえた。
「お金貸そうか? いくら欲しい? それとも女? 魔族だが、なかなかいいぞ」
元勇者の顔はすこしばかり明るくなる。
「なら、お金をかしてくれないか? 今月厳しいんだ」
元勇者の望みは中々にシンプルだった。
「わかった。自慢じゃないが、お金はたんまりある。いくらでも貸してやる」
「でもいずれは返すと思うと・・・」
「確かにお金は貸すのだが、別にお金で返せとは思っていないぞ」
え? と元勇者は首をかしげる。
「勇者に戻れ。どんな事情があるにしろ、お前は私と戦う運命なんだ。それで十分だ」
「・・・・わかった。もどるよ、勇者に」
案外あっさりと承諾してくれた。ただ魔王にとっては少し嬉しかった。
「じゃぁ、この紙にサインしてくれないか? 」
元勇者はどこから用意したのか、一枚の借用書を取り出し、カウンターのテーブルに置いた。
「借用書? 何のだ? 」
「何を言っているんだ魔王。お金の貸し借りなら、しっかりと契約しないといけないだろう? だから不当なものとならないようにだな」
なぜ元勇者が借用書を持っているのかと疑問する。というより、用意するのはふつう私だろ。
しかし、私は彼がこれで勇者に戻ってくれるのならなんだって構わないと思ってしまった。
私も魔族として、魔王として勇者と戦うことが生きがいだったのだから。お金なんぞ、魔族の誇りに比べればごみ屑同然だ。いくらでも払ってやる。
魔王は心の中でそう決意しながら、その薔薇の匂いがする借用書にサインをする。
「これで契約は完了した。」
「そうだな。すまないな魔王。迷惑かけて」
「心配するな。俺たちは勇者と魔王だ。要するに運命共同体ってやつだよ」
おかしな発言だと勇者は笑い、魔王もつられて笑みをこぼす。
そろそろ店を出ようとした時、ふと思ったことを元勇者に訊いてみる。
「運命共同体と言えば、お前と常に一緒にいたお姫様はどうした? 病気なのか? 」
「お金持ちの男とデキてどっかに行ったよ」
と侮蔑を込めて問い返した。
「・・・・・そうか、強くなれよ、勇者」
魔王はそういうと、彼一人しかいない飲み屋を後にする。
* * * *
今思うと、それが全ての始まりだったのかもしれない。
数日後、魔王である私は魔王としての地位も財産もはく奪され、無職同然となった。
新たに魔王となったのは、あのカーティス。
そしてカーティスの後任として新しく四天王となったのは、あの元勇者、ジャックだった。
今週中には一話目をアップする予定です。