第5話
寝苦しい。
何故だ、暑いからか?
いや、これは違う。何が違うかというのは明言できないが、とにかくこれは暑さゆえの寝苦しさとかそういうものじゃない。
じゃあなんだ?
今まで感じたことのない不快感に寝ぼけ眼で眉を潜めて俺は思考に耽る。
だが、心当たりは無かった。
こうなったらこの謎の寝苦しさの原因を解明してやろうと目を開けると──
そこには白いシャツに包まれた谷間があった。
なんだこれ……。まだ頭が冴えていない。目の前のこれは何なのだろうか。
と、不意に頭上からスースーという寝息が聞こえてきた。ああ、そうか。俺は今ベッドに寝ている。上から聞こえるのは一緒に寝ている誰かの寝息だな。
ん? 待てよ。
嫌な予感がして俺は恐る恐る上を見上げた。するとそこには天使のような寝顔をした幼馴染みがいた。
「──────!!」
慌てて俺はベッドから上体を起こす。優衣はどうやらちょうど俺を抱擁するように身体をくねらせて寝ているようだった。
いや、だがこれはまずい。まずいまずいまずいまずい。
別に日頃特別意識しているワケではなかった幼馴染みの胸を久しぶりに間近でみた。
ああ、随分と大きくなったねえと久しぶりの再会に喜ぶなんて場面じゃないこれは。流石に、いかに昔俺に傷を刻んだ幼馴染みと言えども、女である。男である以上このシチュエーションに少しも微動だにしないということは当然不可能だ。
さて、どうしようか。多分漫画を読んでいる最中に落ちてしまったのだろう。さしずめ眠る寸前に力を振り絞ってベッドに来たのか。まあ思考が鈍っているその時ならしょうがないといえよう。
「ん……」
と、そんなどうでもいいことを考えていると、優衣の唇が僅かに動き、また瞼も微かに開いた。あ、これは決定的にまずい。
やがて眠そうな顔をしてベッドから起き上がり、その目をこすって周りを見渡す。そして目に映っていたであろうものは前髪で顔がほとんど隠れた幼馴染みとそいつ自信の部屋。
間もなく彼女は状況がつかめて、顔を真っ赤にして何か喋ろうとし始める。
「え、えええええええ!? ち、違うの! これは……」
「ああー、大丈夫だ」
真夜中に起きて、しかも半分まだ寝ている頭に言葉の嵐は毒だ。俺は片手で彼女を制する。
「で、お前ホントはどこで寝んの?」
「え、そ、それは……決まってない」
俺の質問に一瞬驚いたあと、やや遠慮がちに返答した。
「へー。じゃあそのベッド使っていいぞ」
「え、いいの!?」
俺の提案に今度は本当に驚いたようにリアクションを取った。なんだよそれ。
「ああ、俺リビングで寝るから」
「そ、そうなんだ。あ、あのさ!」
なんだよいきなり大声出して。ドアに手をかけていた俺はうんざりとした顔をして振り向く。
「……何だよ」
「……一緒に……」
何やらぼそぼそと呟いた。この眠気の中だと普段聞こえるものも聞こえない。
「何だよ」
少しイライラを混ぜて俺は再度問う。すると彼女は俺に対して驚くべき提案をしてきた。
「……一緒に寝ない?」
「……はあ?」
何を言っているんだこの子は。あるいはこれを夢だと思っているのだろうか。
「いや、何で?」
「だ、だってさ。いくらなんでも私が一翔君のベッドを一人で使うなんてさ……」
「はあ……」
なるほど、こいつの言い分も分からなくはない。 俺はやや考えたあと、幼馴染みの表情を見て溜め息をついた。ダメだな、あの表情じゃ絶対に譲らないだろう。今この真夜中に彼女ともめてもいいことはない。
「分かったよ」
俺は疲れたような調子で足を運び、自分のベッドへと寝っ転がった。すると彼女は少し嬉しそうにして俺にすりよって来た。
「オイ、暑いぞ」
「あ、ご、ごめん!」
俺が愚痴ると、彼女は慌てて俺から少し距離を取った。心なしか、少し彼女は悲しそうな顔をしている。オイ、なんで俺が悪い雰囲気になってるんだよ。ったく……。
「いや、別にくっつかないでくれというわけじゃないぞ」
俺がそう言うと、優衣は嬉しそうな顔をして俺にまたくっついてきた。
クソ、なんか照れくさいな。別に美少女の身体が触れているからとかそういうわけじゃないのだが、ただこんな風に一緒に寝るのは十何年ぶりだったので、幼馴染みの成長が肌で感じられた。いや、別に胸がとかそういうわけではない。
「あ、あのさ」
「なんだよ」
「こういう風にするのって……久しぶりだよね」
「まあな」
何を当然のことを。彼女の真意が分からない。
「またこんな風に一緒にいれて嬉しいな」
「……別に」
俺はやや気恥ずかしそうに顔を反対側に傾けた。多分今僅かに赤面していることだろう。まあ髪に覆われて知ったことではないが。
「アハハ、変わらないね一翔君は」
「そうかよ」
それからはしばらくの沈黙が続いた。俺は彼女の次の言葉を待っていたが、来ないので瞼を閉じて寝ようとした。そしてその時彼女は次の言葉を俺に発した。
「ごめんね……」
……は? 何故だ、何故俺は今謝られている。全く分からない。
「私があんなことしなければさ、一翔君は今頃どうなってたんだろうね」
あんなこと、とは幼き日に俺にした狂気の暴力のことだろう。今頃か……そんな「かもしれない」論をいくらやっても生産性はない。
「さあな。てかそんなこと考えても意味ないだろ」
「ハハハ、一翔君らしいね」
「どうも」
そろそろ眠くなってきた。俺は会話を中断しようとわざとらしく寝息を立て始める。だが、それを知ってか知らずか優衣はなおも俺に話しかけてきた。
「あの風呂上がりの一翔君の顔、十年ぶりに見たけどすごくかっこよかったよ」
そうかい、お褒めいただき光栄です。
「一翔君ってさ……私がいなければ今頃どこで何してたんだろうね」
そんな切ない、一歩間違えれば起こっていた、だがもはや絶対に起こることはないことをまた彼女は言ってきた。
それは……言いかけたところで俺は開いた口を閉じた。その問いに答えを見いだすことはできなかった。




