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第11話

「そういえば、今年の綾乃の誕生日プレゼントはどうしようか」


 帰り道、俺が隣に並んだ優衣に何気なく言うと、彼女は大げさすぎるほど驚いた。

「え、綾乃ちゃんの誕生日って……」

「来週」

 そういえばこいつはここ数年妹の誕生日を祝ってなかったな。当たり前か。俺とギクシャクしてるんだから綾乃ともうまく接することができなかったのだろう。

 最近は図らずもまた会話が増えているから、つい口を滑らせてしまった。

 ついこの間こいつを家に泊めてやった時の妹のリアクションを思い出す。……あれはすごかった。すごかったけど、優衣を優衣と認識できなかったのも事実。あれから二人の関係はどうなっているのだろうか。多分連絡先くらいは好感しただろうが。

「お前、綾乃とはうまくやってるの?」

「え? うん、連絡はこまめにとってるよ。ほら」

 と、優衣はメッセージアプリの画面を見せる。

 新着順に並んだメッセージの一番上には、「綾乃ちゃん」という文字があった。しかもついさっき。受験の愚痴をこぼしているらしい。俺にはそんなこと言ってくれないのに!

「……そうか、ふん。この前は認知すらされなかったのにな」

「あ、あれは久しぶりに会ったからであって――」

 反論する綾乃を尻目に俺は考える。

 去年はゲームだった。流行りのRPGで、ずっと欲しい欲しいといっていたものだ。

 しかし今年はあいつも受験生。ゲームなんてプレゼントしたら、あの熱中しやすい綾乃のことだ。勉強そっちのけで昼夜逆転生活、おまけに飯もろくにとらないというコンボ付きで来るはず。

 ダメ、絶対。ゲームは駄目だ。

 しかし最近あいつが欲しがってたものといえば……、

「でも一翔くんって、本当に綾乃ちゃんと仲いいんだね」

「え? ああ。そりゃあな。俺と会話する数少ない人間だし」

「私は?」

「お前は違う」

「ひどいなあ」

 クスクスと笑いながらも、

「私もあげたいな。綾乃ちゃんに、プレゼント」

「そうか」

 ここで俺は閃いた。

「なら、一緒に買いに行かないか?」

「え、いいの?」

「癪だけど、やっぱり女子の心は女子の方が心得てるだろうし、俺は嫌だけど妹はお前のことが好きみたいだからな。あいつの心を無下にはできん」

「ありがとう、優しいんだね」

 優衣が笑顔を向ける。……やっぱり可愛い、腹立つほどに。これじゃあ男子どもにも好かれるわけだ。

「じゃあ明日の13時に〇〇に集合な」

「うん、分かった」

 その後のの優衣は非常に上機嫌だった。


 田舎者の憩いの場。それは大抵ゲーセンとか服屋とかレストランとかが如才なく入っているデパートである。そこに行けばほとんどの用が足せる。友達とも遊べる。恋人とも遊べる。家族でも楽しめる。

 逆に言えば一人で行くと居心地が悪い。

 それぞれの集団がひしめく中に個人でいること。いくら自分が大丈夫でも、現実問題いづらいことは間違いない。

 加えて俺はあまりそういったデパートが好きではない。俺が用があるのはほぼ本屋とゲームショップくらいだが、品ぞろえが良くない。昔は足しげく通っては立ち読みしたり何なりしていたが、通販を覚えた今となっては昔の話だ。

 しかしプレゼントとなれば話は別。直に触って選ばねばならない。問題なのは、プレゼントを買うような場所は俺にとって完全アウェイの空間だ、ということだ。

 だから道連れを連れて来た。俺と知り合いであり、かつ妹とも面識がある人間。そうなると柊優衣しか思い浮かばなかった。苦渋の決断だった。しかしエゴよりも妹を優先するこの兄魂、褒められてしかるべきだ。

 しかし――、


「い、居づらい……」


 今いるのは女物の服屋。ピンクや赤といった派手な色をはじめとして、色とりどりの様々な衣類が並べられている。ぶっちゃけ何が何なのかよく分からん。

 それでもやはり女子にとってはテンションが上がるもののようで、

「わ、これかわいい! あ、これも! 全部綾乃ちゃんに合いそう!」

 とはしゃいでいる俺の連れ。しかし他の客も同じようなテンションの人間がいたため目立っていない。

 完全な別天地。

 わなわなと震える俺を心配そうに、

「ねえ、大丈夫? さっきから全然喋ってないけど」

 優衣が声をかけてきた。

「だ、大丈夫だ。これくらいなんてこたあねえ」

「何もしてないのに……」

「てかさ、俺出ていい? よく考えたら別にプレゼントは服じゃなくてもいいんだし」

「そうだね。じゃあ待っててもらってもいい?」

 そそくさと店を出る。ホッと一息。しかし安心している場合ではない。俺は何を買えばいいのか。妹も15歳、とっくに色気づいている時期である。今までのように玩具では済まされないかもしれない。

 ならば服か? いや、それは俺が無理だ。

 どうしよう……。

 悩んでいると優衣が出てきた。手に袋を提げているから、恐らくもう買ってしまったのだろう。

「おまたせ」

「いや、大丈夫。むしろもっと時間かけてよかったくらいだ」

「……もしかして、まだ決まってないの?」

 痛いところを突かれた。流石は腐れ縁だ。

「悪いか」

「悪くないよ。ただ、綾乃ちゃんは一翔くんからのプレゼントだったら何でも嬉しいんじゃない?」

「相手は年頃の女の子だぞ。ぞんざいな扱い方をすれば何をされるか……」

「私にはぞんざいな態度でもいいんだね……」


 いろいろ悩んだ挙句、チョコレートをプレゼントすることにした。甘いものが好きだから、きっと喜んでくれるだろう。

「チョコっていってもいろいろあるからな。まあ、個包装でいろんな味があるのが一番いいだろ」

「そうだね。でも一翔くんとチョコレートって、なんか変な取り合わせだね」

「馬鹿にしてるのか?」

「別にぃ?」

 いじわるそうに優衣が笑う。

 と、今度は一転して真面目な表情になり、

「……チョコレートといえばさ、バレンタインで最後に一翔くんにチョコあげたのって、いつだっけ?」

「は? なんだいきなり。覚えてるわけないだろうが」

 そういえば昔は毎年こいつはチョコをくれた。しかも手作りの。美味しくなかったから綾乃にあげてたけど。

 多分あの事件以来、一度もこいつからはチョコを貰っていない。

「一翔くんにあんなことしちゃったんだもん。何事もなかったかのように『はい、チョコ』なんてできるわけないよね。でもさ、私、こう見えてもちゃんと反省してるんだよ? 一翔くんの額の傷のことだって――」

「ふむ、こんなチョコもあるのか。面白い」

 と遮って、俺はゴリラ型のチョコの模型を見つめた。

「ちょっ、聞いてる!?」

「うるさい」

 はっきり言えば、続きを聞くのが怖かった。こいつがずっと俺に対して後ろめたい思いを抱き続けているのは分かる。それに反応して俺もこんな雑な態度をとっているのだ。

 全ては過去から逃げるため。

 こいつが今スケバンでもやっていれば、俺だってもっとはっきりした態度がとれた。拒絶、という態度が。

 しかし、こいつは過去の自分の過ちを悔いている。俺に対して贖罪の意思を持っている。そんなこと、馬鹿でも分かる。

 俺だってさっさと受け入れればよかったのだ、更生した彼女を。そうすればこんなギクシャクした関係も続かなかっただろうに。


 俺もこいつも、あまりにも幼かったのだ。


 いや、優衣まで巻き込むのは厚かましい。

 俺が、俺だけがあの日以来ずっと停滞したままなのだ。

 あの日のことを根に持っていないといえば嘘になるが、かといってそれが彼女を拒絶する理由にもならない。いわばこれは仕返しだ。傷の分の、幼稚な仕返し。彼女が苦しむのを見て俺は「これでいい」と自分に言い聞かせてきた。

 しかし時折胸が痛むことがあるのだ。その度に自分が正しいのかどうか不安になる。けど、もはや俺は意地になっていた。友達ができないのも傷のように見せかけたし、いつも根暗なのもあの事件のせいにした。本当は分かっている。そんなの嘘っぱちだってことくらい。臆病で、弱虫で、傷つきやすい俺が原因なのだ、と。きっと優衣も分かっている。分かったうえで気づかないふりをしている。


 いつか大人になったら、和解できる日が来るのだろうか。


「今年のバレンタインは、きっと持っていくね」

「ああ……」

 俺はそっけない返事をして、チョコを物色するふりをした。傍から見てもぎこちなかっただろう。しかしそうすることしかできなかった。ちっぽけな奴だ、俺という人間は、つくづく。人と向き合うことを避け続けた結果がこれだよ。

 俺は12個入りのものを選んだ。少し値が張ったが、可愛い綾乃のことを考えれば痛くもかゆくもない……実はちょっと痛いけど。

 綾乃が誕生日プレゼントを喜んでくれたことはいうまでもない。俺からのは当然だが、優衣からのプレゼントには大はしゃぎだった。それを見るにつけても、怠惰で臆病な自分が嫌になった。

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