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一章 裏表の理

「いや、これ以上学校休むと卒業出来なくなるんですよ……金木さん……」

 電話越しに力なく応答するのは三森優という、見た目は真面目そうな、いや実際真面目な女子高生である。

 事実、ある一点を除けばなんら変哲の無いそこらにいる可愛い女子高生だ。

 「今更何を……」

 「普通の学校に通わせてくれるって言ったの金木さんじゃないですか……」

 何やら金木には色々とあるようで、その一言で幾分声が弱気になる。

 「はぁ……分かった、学校の件は僕が何とかします、だから迎えに行くのですぐに支度を、事情は車の中で」

 「了解です」

 通話が終わると、優は早速支度に入る。

 洋服など普通の人間が泊りの際使うものに加えて、日本刀。

 そのまま持ち運ぶと色々と厄介なので、優は剣道部が使うような竹刀入れに入れて運ぶが、中身は正真正銘の日本刀。

 「ちょっと暗いけど我慢してね」

 日本刀に対して語りかけると、そのものを袋へ。

 その他持っていくもののチェックをしていると、チャイムが鳴る、金木であることは明らかなので荷物を持って玄関へ、

優の自宅を知っている人間はそうそういない。

 「相変わらず少ない荷物ですね……人形とか持っていったりしないのです?」

 その発言に優はクスっと笑う。

 「それ、金木さんなりのジョークです? そんな事するの小学生まででしょう」

 「いや、貴女が特殊なのかと思いまして、飛燕一刀流師範代三森優殿」

 「そんな長い呼び方やめてくださいな、早く行きましょ」

 そう言って優は車に荷物を積み、自らは助手席に座る。

 車の発信を合図にしたかのように金木が口を開く。

 「今回は少々厄介かもしれないです……」

 それを皮切りに、金木は事の詳細を述べると、その終わりに優が。

 「なるほど……万が一、ですが犯人を切って捨てても構わないのですね?」

 切って捨てる、つまり殺してもよいか? という言葉が齢十七の身長六尺にも満たない女子の口から出る。

 「ええ、それぐらいの敵の可能性もある、という事です。 なるだけ穏便に」

 それを聞くと優はシートを倒すとそのまま寝てしまった。

 例の事件発覚から約二十時間、昼寝には丁度良い頃合いだ。

 首都から高速に乗り、一時間も走ると八神市はある、普段は平穏なベッドタウンであり、殺人事件などめったに無い場所だ。

 そこで起きた事件に金木は何か胸騒ぎを覚えたが、それを確信に変え得る知識も経験も無かった。

 今はただ、目の前の事件に対応することが最善の策である、そう言い聞かせる。

 高速を降り、今回の拠点となる八神警察署に着く頃合いに優が起きる、おはよう、とだけ告げると後は署に入る、後ろから優が荷物を片手についてくる。

 八神警察署内に設けられた「警視庁特殊犯罪対策課特殊能力室」通称、四課の部屋に二人が入ると、そこには亮介と若いスーツ姿の長髪の男性が先に待っていた。

 「ほう、このお嬢様が……」

 興味深そうな顔、鋭い眼光で亮介は優を見る。髭面、良いとは言えない人相もあってか、並の高校生ならすぐに目をそらす。

 「そう、お嬢様が殺人鬼に立ち向かわなくちゃならないほど人材不足みたいですよ、ココ」

 と、皮肉たっぷりに優は満面の笑みで亮介を見る。

 「あーあーやめときなってーオッサン、真っ二つにされちまうぜー?」

 と、やる気の無さ全開で二人の仲裁に入る長髪の男。

 「あー分かった、ところでなんて言ったっけアンタ?」

 亮介が悪気無しに長髪の男に問いかける。

 「さっき言ったばっかりじゃねーかよ、オレは二ッ森健二、これでも四課の人間だぜ」

 三人の会話を黙って聞いていた金木が軽い咳払いと共に話を始める。

 「あーいいかな? 今回の事件の内容はそれぞれに話したとおり、それ以上の情報は僕も持ってない。

それで僕の能力を使って被害者の殺害時のイメージを見たところ、まぁ、狂ってすね、恐らく冷静になって、着替えて逃げるなんて事をしてる可能性は限りなく少ない。

そこでだ、優を使って囮捜査をしようと思う、困ったことにこの八神市はそこそこ広いから、アタリを引くのが大変かもしれないけど……」

 金木の話が途切れると共に、亮介が提案をする。

 「犯人は事件現場に戻ってくるってベタな話だが、あんなイチモツ構えてどっかにトンズラするとも思えねェ、あり得るとしたら、事件現場近くの公園が潜伏地点だろう

今朝から一般市民は出てねぇし、もし金木の見たもんが本物なら、今頃血に飢えてさまよってるだろ」

 亮介以外の人間が亮介の方を一斉に見る。

 「現役の刑事の言う事なら間違いないだろ、決まりだ、早速出るぞ。

 公園付近までは車で、そっからは優一人で囮をしてもらう、僕ら三人は車で待機だ」

 金木が作戦を告げると、亮介はしかめっ面で。

 「おいおい、こんな女の子に一人……」

 一人で任せるのかよ、と言い切る前に優がキッパリとした口調で

 「現役の刑事さん十人くらいが束になるより強いし、役に立つのでご安心を」

 この発言にはいささかプライドを傷つけられたのか、さらにぶっきらぼうな口調で、あぁわかったよ、と小さく言うと部屋から出た。

 「まぁ、優の強さは見てみなくちゃ分からないよねー」

 能天気に健二が水を差す。

 「行くぞ」

 そして金木が場をまとめ、全員が部屋を出て、車に乗り込む。

 昨夜からの雨は上がり、まだ多少地面はしめっているものの昨夜に比べたらだいぶマシな物だ。

 午後六時、世界が紅色で塗られたようなこの時間帯、人は逢魔が時、という。

 四人が追う犯人は人か魔か、逢魔の刻は着実に四人の身に近づいていた。

 

 「こちら異常ありません」

 目標地点に着いた優の無線から、亮介、金木、健二の無線に連絡が入る。

 「了解、そのまま任務続行だ」

 無線が切れると同時に公園に向かって歩こうとする優は増大する後ろの怪しい気配、殺気を逃さなかった、と言うよりは無線の前から知った事であった。

 精神の乱れは歩様の乱れに繋がる、平常心で、いつもの歩様を保つ、一歩、二歩…………十歩ほど歩いたところで感じる殺気が頂点を迎える。

 後ろを振り向く、男が刀を振りかざす、冷静に軌道を読む、男が剣を振り下ろす。

 「なるほど」

 横に回避するために転がりながら、優は不敵な台詞を残す。

 「貴方、何が目的でこんな事をしてるの?」

 背中の名刀、八咫の剣に手を伸ばし、中段の構えを取る。

 「目的? 残念だな、そんな物は無い、強い言えば己の証明だ」

 くぐもった、ノイズの掛かった不快な声が振動として優の耳に伝わる。

 「貴方の考えがどうであれ、私は貴方を捕縛ないしは殺さなければなりません、投降するなら今のうちです」

 「小癪な……テメェはゆっくり殺してやるよ」

 「それは出来ないと思いますよ」

 言葉は交わるが、気持ちは交わらない、それが明らかになった以上優は多少強引でも無力化する事を決意する。

 深呼吸を一回、心拍の乱れは無い、いつでも良い、そう覚悟した瞬間男は優に向かって来る、その速さたるもの尋常では無い。

 さらには重い日本刀を軽々と片手で振り回す力、一見そこらのサリーマンの力ではありえない。

 「オラァッ!」

 叫び声と共に振り下ろしの一撃、続けて横薙ぎ一閃、更に喉元めがけての突き。

 それを優は無駄の無い、最小限の動きで受ける。

 (動きは出鱈目、無駄も多い、しかし速さは超一流、私以上だ)

 力と速さでは敵わないと判断した優は、一つの作戦を思い浮かべる、相手の横薙ぎを自らの刀で流し、そのまま相手の肩を切りつける。

 武術で言うと、受け、スポーツでいうとカウンター、柔よく剛を制すの要領で、これならば力は最小限、むしろ余計な力は相手に隙を与える、流れるような動きこそが重要。

 「クソがッ!!」

 再び咆哮、その後優の望み通りに横薙ぎ、それを先ほどのように受けるのではなく、一歩下がり、横に受け流す。

 自分の力だけでなく、峰の部分を優に流すために打たれた男はバランスを崩し左方向へ倒れそうになる。

 その瞬間、男の右肩がガラ空きになるのを見逃さず、流した剣に逆方向の力を加え、肩へ一太刀。

 ここまでは優のイメージ通り、だが次の瞬間だけはイメージと異なった、確かに人を切る感覚、肉の削げる感覚、だが。

 ――そこから刀が抜けない。

 男は余っていた左手で刀を受けた、と言うよりは本能的に掴んだ。

 予想外の事態にも優は冷静に対応、渾身の力で刀を引き抜く、刀の上半分が血で染まる。

 「お嬢ちゃんがこの男を傷つければ傷つけるほど、ワシがこの体を捨てた後に苦しむことになるぞ、殺すなら一思いに……な?」

 「憑依ですか……下脾た事を……」

 「ふん、ほざけ小娘、さもなくば貴様を殺すだけだ」

 その言葉を聞き、優は構えを変える、右足を一歩後ろに、刀はだらんと降ろした奇妙な構え。

 「飛燕式剣術、雨切り」

 小さく優が呟くのを合図に、優が男めがけて突進、約五メートルあった距離は一瞬にて縮まり、その勢いそのままに優は男を切り上げる。

 更に瞬きをする間も無く、横への一閃。

 「え……」

 肉を切った感触は無く、あるのは刀と刀がぶつかり合う感触のみ。

 優が再び間合いを取ると共に男は隠しきれない笑いを抑えきれないかのように語りだす。

 「飛燕一刀流、か久々に見たわ、いやはや、相変わらずお見事な剣術だこと」

 「どうしてそれを……」

 声色こそ変わらず落ち着いているものの、必殺の一撃を躱された衝撃は隠せない。

 「必殺の暗殺剣、飛燕一刀流、見た物は必ず殺される、という伝説から本当に見た者はほぼいないという神業のような剣術……。

 ワシの所有者も一度これで殺されてのぅ、それが今役に立ったか」

 「所有者? 何を貴方は……」

 「もうじき死ぬ貴様には関係ない話だ」

 その言葉を聞くと、優は優しく微笑み

 「それはどうでしょうか、私は良い話を聞きました、貴方次の一撃で仕留めます」

 「クッ……小癪な!」

 男が優に詰め寄る、相変わらずの大振りの一撃、次は振り下ろし、優の額に刀が迫る。

 「裏・雨切り」

 刀と刀がぶつかり合う、火花が散る、男は鍔迫り合いにて押し切ろうとする、が、優の姿が見えない、刀も無い。

 「どこだッ!」

 左側に優を発見した瞬間には勝敗が決していた、首筋に鈍痛が走る、意識が遮断される。

 「飛燕一刀流は必殺の剣、全ての技には表と裏が対にして存在します、これはその裏の応用です……」

 男が膝から崩れ落ちる、刀が男の手から離れる。

 「優! 大丈夫か!」

 金木が駆けつける。

 「返事がないから焦ったぞ、男は……?」

 「気を失ってるだけです、早く病院へ」

 優はそれだけを告げると、刀を手に取る。

 「本体はこっちなのね?」

 「どうしてそれが分かった、小娘」

 刀に一方的に話しかけているように見える亮介は目が点となる、そこで金木が説明を入れる。

 「優の能力は刃物と会話が出来るんだ、もちろん、どんな物ってわけでも無く、今回みたいなケースや、刃物に強い気持ちが乗り移ってるときかな」

 「な、なるほど……」

 分かったような分からないような気持ちで、亮介は黙ってやり取りを見るしかなかった。

 「あなたは何者なの?」

 「我が名は雷切……正確に言えば裏の銘の雷切だ」

 「裏の……銘」

 唖然とした顔をする優に、名刀雷切が解説を加える。

 「そう、立花道雪公が持っていたのは表の銘、簡単に言えばよく切れる日本刀、だが、ワシはこのように意志がある、陰陽道の御魂移しを刀に行ったものが裏の銘となる。

 魂を移すのは作者に近ければ近いほど良い、もっともワシの場合は自分自身が乗り移ったがな」

 その説明に優は眉をひそめる。

 「おっと、勘違いするな、今回の件で言えばワシも被害者だ、黙って神社で封印されていたところを無理矢理封印を解かれて、この男の破壊衝動と一体化させられたんだからな」

 「無理矢理?」

 「うむ、詳しくは覚えてないのだが、あの封印式を解く者だ、そうとう強力な術を持ってるだろう」

 「と、いう事はこの一見に陰陽道の使い手が絡んでる」

 「そうじゃ、これ以上はワシも知らん」

 「そうでしたか、ありがとうございました……」

 優が顔を上げて、金木の方を向く表情は決して事件解決したという晴れた物では無かった。

 「金木さん、これ厄介ですよ」

 「あぁ、さっきの会話の一部から十分伝わったよ、室長にも連絡するよ」

 優が見上げると、もう太陽はその影を隠しており、月が地面を照らしていた、六月の心地よい風が木々を撫でる。

 こんな時に父が――と思うが、いない人を求めるのはおろかであると、頭の中のその顔を消し去った。

 刀の血糊を拭うと、それを仕舞う、もうこれを使う事態にならなければ良いのに、そう純粋に願った。

 


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