停車、駅
日本で一番、忘れ物が溢れている場所はどこか。
それは駅。毎秒、人間を血流が如く送り出して引き入れる人流の要所。
人が絶えないからこそ置き忘れ、落し物が数百、数千と発生する。それはビニール傘に始まり、学校カバン、空の弁当箱、お土産。果てには下着まで落ちていたなんて事もあったりして。
年に数度、変わった物が事務所に届けられるのだとか。
「なぁ、コレどう思う?」
休憩中、先輩に話しかけられて、そういう物がまた届いたのかと思ったのだ。
先輩の手には無地の茶封筒。送り先も名前も記載がなく、よく見れば封がされているはずの上部がハサミで切り取られて開いている状態だった。
「それ、開けちゃったんですか?」
持ち主の特定が出来ない物は中身を改めさせてもらう事がある。ただ、昨今ではそうした行為を咎められる場合もあって慎重な対応が必要になってきている。
暗に『怒られますよ』というニュアンスを含んで先輩に伝えると「いや、」と一言。
「見つけた時には開いてたんだよ。いや、そこじゃなくてだな」
「見てくれ」と差し出される封筒を受け取る。
「・・・中を見たんですか」
「あー・・オレもダメだとは思ったよ。でも零れてきてさ」
零れる? と首を傾げる俺を前に、先輩が手を皿にして封筒を逆さに振る。すると小さな紙片が落ちて来た。
見るだけでも分かった。これは新聞の切れ端だ。
何でこんな物が、と思えば先輩は「それ裏返せ」と言う。
「んー? あっ」
言われた通りにすれば何の変哲もない紙片に『娘』の一文字が印刷されているのを発見した。
いや違うか。これは『娘』と印刷された文字を切り取ったのだ。
しかし、これが何になるというのか。
意図が分からず先輩を見れば、神妙な顔をして「これは、事件かもしれない」と素っ頓狂なことを言い出した。
「何を言ってるんですか」
ついに激務でイカれたか。
「何って・・ほら火曜サスペンスとかであっただろ」
「歌謡サスペンス? 新しいジャンルですか?」
「えっ・・・・いや、ほら火曜日の夜にあったドラマの」
「火曜日に。サスペンスドラマ、ですか?」
「ジェネギャうそだろ・・・・」
愕然と先輩が口に手を当てて震えている。なんだというのか。
「・・・まぁいい。全部見ると分かる」
そういうと先輩は封筒の中身を全て机の上にばら撒く。
「ちょっ・・!」
「いいから。手伝え」
静止する暇もなく、続く言葉で有無を言わせても貰えなかった。
納得はいかなかったが、そのあまりに真剣な表情を見ると「仕方ない」とため息が漏れた。
そうして新聞の切れ端を集め、並び変えていくと文章が浮かび上がってきた。
『娘、は、預かった、一千万、用意、し、ろ』
「これ・・」
「身代金の要求だな」
先輩は淡々と呟く。
「・・・イタズラ?」
「だといいんだけどな。オレが『どう思う?』って聴いたのはコレが理由な・・・分かってくれたか」
「そりゃ・・もう」
嫌になるくらいは伝わりましたとも。
「ただまぁ、イタズラにしては無駄に手の込んだものだからな。お前もちょっと頭の中に残しておいて―――あ、はい」
と、言う途中で先輩が呼ばれる。
見ればお客が一人、事務所の前に来ている。慌てる様子もないから乗り過ごしたとかでは無さそうだ。
新聞の切れ端が心配ではあったが、ちょうど会話が途切れたタイミングでもあったので飯を食べてしまおうとカップ麺の容器を持つ。
もごもごと口に流し込んでいる内に先輩が戻って来る。
・・・なぜだか興奮気味に見えるのは気のせいか?
「見てくれ」
「は、はい?」
同じフレーズに嫌な予感が走る。
見れば茶色の紙袋。土産店で貰えるどこにでもあるような代物だった。
「これがどうしたんです?」
「中を見てくれ」
また見ちゃったのかよ、と口元まで出かかって飲み込む。
言われた通りに紙袋の口から中を覗くと何やらゴム製の物が・・・。
先輩は無造作に持ち上げる。
「変装用の・・・マスク」
ハロウィンだとか、誕生日パーティーなんかで見かける、顔をすっぽりと覆うタイプのマスクが入っていた。
「物証だな」
「先輩?」
何を言ってんの?
「こんなもん犯人が残していった証拠じゃなくてなんだって言うんだよ」
「ただの忘れ物ですよ?」
「誰がこんな物忘れるっていうんだ」
「そりゃ・・・ほら何かの余興とか」
「オレは元カノの結婚式でコレを被って盛大に滑ったんだぞ!」
「知りませんよ、そんなの」
元カノの結婚式で何してんだよ。
「未だに夢に出て来るんだっ。あの瞬間、空気が固まる感覚をっ」
・・・いや、その経験を共有できる人がいねぇよ。無理だよ。
「兎も角、これは重要な物証だ。大切に保管しなければ」
「・・・考えすぎですって。そういう意味わかんない忘れ物なんてよくあるじゃ――」
プルルルル、プルルルル、と内線が鳴る。
「・・・・。」
先輩は無言のまま受話器を持ち上げると「はい、はい」と応対する。
何故か、嫌な予感が止まらない。
「おい」
「なんですか・・・?」
「六番線に停車中の普通列車から不審物だ。各部に連絡が回る途中だから応援に来てほしい、だと」
「・・・分かりました」
不審物という単語に先輩の目が輝いたように見えたのは・・・気のせいだと思いたい。
そうして到着した車両内。
連絡に会った不審物と思わしきスーツケースが通路に横たわっていた。
「・・・動かしてあるけど?」
「すいません・・・普通に忘れ物だと思って」
清掃員の男に聞くと申し訳なさそうに応えた。
「んで、不審ってのは?」
「重かったんです、すっごく。明らかに普通の荷物じゃないなって」
「それは人が入ってる位に重いのか!?」
「先輩?」
そろそろブレーキ踏んで下さい。清掃員の方が固まっちゃってる。
「・・もう警察に連絡は行ってるから遠くから見張っとこうか」
「は、はい。ではお願いします」
「はい、連絡ありがとうございます―――って、先輩!?」
一瞬、目を離した隙に先輩がケースを触って・・・開けた!?
「な、なにして―――は?」
開いてしまったケースの中、そこにはぎっしりと札束が詰まっていた。
「こ・・これ」
「身代金だ」
勘が当たった、と先輩が笑っている。
「い、いやこれ・・・これどう、する・・」
「落ち着け」
先輩が両肩を掴んでくる。真正面からこちらを見据えて「お前はすぐ駅長に連絡してくれ」と言った。
「人命が掛かってる。―――間違いない、犯人は移動中の列車の中に潜んでいる!」
その宣言で事態は大きく動き始めた。
同日、某所。
「あっ」と忘れ物に気づいた女性が声を上げる。
「いけない! 演劇用の器材、全部置いてきちゃったじゃん! あーもう、どこ? どこに置いてきちゃったのよー・・・」
某大学の演劇部に所属する女性から駅に連絡があったのは、主要路線の列車が緊急停車した後だったという。




