5.事件
──その頃王宮の一室では。
「あの女め……」
この国の第一王子、フェルナンド・バークレイは自分の赤くなっている腕を見ながら呟いた。
50個入ったサンドイッチの袋を両肩と両腕に持ったまま、馬車を使うこともなく王宮まで歩いて帰って来たのだ。そのくっきり付いた袋の紐の痕を見ながら、何故か彼は笑っていた。
「なかなか楽しましてくれる女だ。明日は12時半までには行ってやるかな」
ニタニタしながら呟いた。彼はいつになく自分が浮かれていることに気づいていなかった。
◇
「もう何なのよ! あいつ! マジむかつくーー」
私は店が閉店してからも、あの嫌味な男のことが気になっていた。
200個ってバカじゃないの? そんなに一度に!
私は明日に備えてブツブツ言いながら今、明日の仕込み用に500個分のパンを魔法を使ってスライスしていた。
そして今日の失敗を反省し、調理台を改造し台に蝶番を付け、必要時には広げられるようにした。これなら一度に100個は可能だ。
とりあえず、明日に備えての準備は万全だわ。材料も沢山買い足してきたし。1000個分までならいけるはず!
かかって来なさい! 魔王!
「フフフッ明日こそ、その偉そうな鼻をへし折ってやるわ!」
私は拳を天に向かって突き上げた。(室内だけどね……良いのよこういうのは雰囲気よ)
私は明日の戦闘に向け早めに就寝した。
──翌朝。
「さあ、今日の戦闘が始まるわ!」
私は自分の頬を軽く叩き、店を開けた。
──忙しい昼時も少し落ち着いてきて、私は時計を見る。
12時20分。
もう直ぐ始まるわね。戦闘が……
私は戦闘に入る前に、食器などを洗浄魔法で洗浄し食器棚へ片付けた。1セットのみを残して。
直ぐに運べるように、トレーも用意する。
完全勝利の時をあとは待つのみだわ!
──カランカラン
来た! 魔王め!
戦いのゴングが鳴った!
負けてたまるか! 私は拳を握り締め、奥歯に力を入れた。
時刻は12時27分
「いらっしゃいませ。店内でお召し上りですか? それとも……」
「店内だ。案内しろ娘」
最後まで言う前に敵が言ってきた。相手も相当やる気のようね……
「ご注文は?」
「昨日ので」
それだけを言い、彼は脚を組んだ。
その姿はムカツクけど、凛々しく長い脚が綺麗に伸びていた。
ふんだ! 私はちょっとその姿に嫉妬したが急いで厨房に入った。
そしてサンドウィッチと果実水をトレーに乗せ、テーブルに運ぼうとカウンターをから出た瞬間。
──ガラガラガラッ!
ドーーーーーン!
ガッシャンッ!
え? 何?
「キャッ」
咄嗟のことで私は思わず声を上げてしまった。
「暴れ馬だーーー逃げろーーー」
「早く逃げろーーーーーーー」
外で大きな声がしている。
──ガシャンッ
しまった!
突然の出来事にトレーを落としてしまった。
「危ない!!」
嫌味なあの男性が私の背をドンと突き飛ばした。
何するのよ! そう思った瞬間。
──ガラガラガラ、ガッシャーーン ──ドーーーン!
大きな音に驚き、突然突き飛ばされた瞬間、思わず閉じていた目をゆっくり開けると、そこには大きな馬車の車輪が、彼の腕の上に倒れている光景が見えた。
車輪がカラカラ回っている音だけがフロアに響いていた。
え? 何が起こったの?
彼は、自分の腕に覆い被さっていた大きな車輪をゆっくり引きずるように退けた。
え? 助けてくれた?
この嫌味だらけの男性が?
「馬車を引いていた馬が暴れて車輪が外れたのがこっちに転がってきたのか……」
そう低い声で言いながら、彼はこちらに向かって歩いてきた。
「娘、ケガはないか?」
しゃがみ込んでいる私に、その男は手を差し伸べた。
「い、いえ……ありがとうございました。危ないところを助けて頂いて……」
え? 血? 彼の肩を見ると血が流れていた。
よく見ると車輪の一部が刺さったようで、かなりの深手を負っている様子だった。
「お怪我を……」
「構わん。この程度。それより入口のドアが破損している。このままでは無用心だ。直ぐに職人を呼び直させろ」
「今はドアのことより、お怪我のほうが!」
私が少し大きな声で言うと、彼は少し驚いた表情をした。
「大丈夫だと言ったはずだ!」
そう言って声を荒らげる。
だがその瞬間、傷を負った肩から赤い血がドバッっと床に流れ落ちた。
そして一瞬、男性が肩を抑えようとし、少しよろけたのを見た瞬間。
「大変!」
その言葉と同時に、私は無意識に頭の中で魔法をイメージしていた。
──ハイヒール
その瞬間、温かい金色の光が彼の傷がある肩のまわりを包み込むように柔らかく光った。
一瞬の沈黙が続く中、やっと思い出したかのように小声がした。
「お、おま、お前……今……何をした?」
はっ! しまった! 思わず流れ出る血を見て使ってしまった。
職業病とも言えるだろうか。傷ついた人を見ると無意識に、無詠唱でヒールを飛ばしてしまう。
暫くの沈黙が続いた……
「お前もしかして? いや……ありえないな。だがこれは……」
彼は何やらモゴモゴと言っている。
黙っていたら誤魔化せるかしら? 笑って誤魔化しちゃう? いっそのこと?
そう考えていた瞬間。
「お前、もしかして魔法が使えるのか?」
──バレた?
……そして再び続く沈黙。
どうしよう。正直に話すべきなのかしら……
「すまなかった変なことを聞いて。今のは忘れてくれ。とりあえず礼を言う。改めてちゃんと礼はするつもりだ。このドアの修理をする職人を手配しておくゆえ、危険だから今日は早めに二階に避難しておけ。では失礼する。ありがとう」
そう言って彼は颯爽と去って行った。
◇
はぁぁ……
深い溜息をつく。
どうしよう。あれだけ気をつけるつもりだったのに。人前では絶対に使わないようにと。
もうこの町には居られないかも……
──時同じにして、ここにも想い悩んでいる男性がいた。
「お礼をせねばな。でもお礼と言っても何をすればいいのだ? 食事にでも誘うか? でもいきなりは……いや、これはお礼だ。何ら問題ない。別に深い意味があるわけではないのだ!」
そうブツブツ一人呟きながら、彼は自分の私室に篭もり、ウロウロと行ったり来たりを繰り返していた。
「食事は何処が良いだろうか? 食事だけと言うのも何だなぁ。あれだけの傷を治して貰ったんだ。この国の王子たる俺が、そのような小さな礼だけではケチったと思われるか? 女性が喜ぶ物? プレゼント? 何だ? 宝石? ドレス? 菓子?」
一人、色々悩む王子はまるで少年が初恋の人を想うような姿だった。
「よし全てだ! 全てでもまだ足りぬぐらいだ! あの女は、俺の命の恩人とも言える存在だ。命を救って貰った礼だ。ここはケチケチしている場合ではない! 全てを用意せねば!」
産まれた時から次期国王として育てられ、国の将来だけを考えて幼少時より剣術、政治や法律に歴史など様々な勉学を寝る間も惜しんで精進して来た真面目な彼にとって、このお礼が庶民にとっては大層過ぎるお礼だと言うことには、気づいていなかった。
そして、育ちの良さからか? 彼は素直過ぎるぐらい真っ直ぐだった。
だが、そんな彼の一途な想いとは裏腹に……




