3.宣戦布告
ある晴れた日の昼下がり、王宮の一室では、珍しく普段は温厚な王太子殿下が、側近の男に声を荒げていた。
「殿下! お一人で行かれるおつもりですか? 私がご一緒します。お待ち下さい! 殿下!」
「うるさい。ついて来ずとも良い! ただ軽食を買いに行くだけだ。直ぐに戻る!」
最近、うちの騎士団の奴らが妙に浮かれている。今日こそはその原因を突き止めてやらねば!
何やら聞けば、最近できたカフェなる物にあるサンドウィッチなる物を皆、食しに集っていると。
我軍を惑わすような、怪し気な食べ物であるなら、厳しく注意せねばならん!
「しかし! 殿下、あ、お待ちをーー!」
側近の制止を振り払い、男は足早に部屋を後にした。
◇
──カランカラン
「いらっしゃいませ~ようこそ。ひだまり亭へ」
「娘。サンドウィッチとやらをを1つ」
何この? 偉そうな男? 顔はちょっと良いかもだけど何なのよ、いきなり。
「娘! 聞こえなかったのか? サンドウィッチだ!」
むうううう! 何こいつ? まぁ一応こんなのでも客だしね。
「店内でお召し上りですか? それともお持ち帰りですか?」
「持ち帰りだ」
私はカチンときたけれど、そこは大聖女の矜持。にっこり優雅に微笑み、ゆっくりと自動計算機を示しながら言った。
「お客様、お持ち帰りの場合は、こちらにお客様自身でこの機械にお金を入れて貰うシステムになっております。1つの場合は1と書いていある数字を押して下さい。数字はお読みになれますか? そうするとロックが外れますので1つ箱をお取り頂けるようになります」
私はわざと「お客様自身で」と「数字は読めるか?」を強調してにっこり微笑んでやった。
「ふーーん。なるほどな。娘。お前がならやれ!」
は? この人、人の話し聞いてるの? 客自身が自分でやるシステムだって言ったよね?
カチーン!
何かが切れた音がした私は、そのクソ偉そうな男に対して言った。
「申し訳ございませんが、当店では数字の読めない方か、身体が不自由な方、もしくはご老人かお子様以外は皆様平等に、お持ち帰りの場合はご・自・身・で・機械の操作をして頂いております。それとも数字が読めないのでしょうか? ああ、そういうことでしたら気づかずに失礼しました。1はわかりますか?」
そう言って私は人差し指を立てて1をジェスチャーして見せた。
ふん! 舐めんじゃないわよ! こちとら世界中の凶悪犯や、獰猛どうもうな魔物相手に死闘を繰り広げてきたんだから。そんな高圧的な男の脅しぐらいで、屈すると思うの?
本当は数字が読めないは関係なく、機械の前でモジモジしている方がいれば、普通にサポートしているんだけどね。こいつのあまりにもな態度にムカついてわざと言っただけだけどね。
「なんだと? この女!」
そう言ってその男性は顔を真っ赤にした。
私はそれを無視して、カウンター奥の調理台へ向かい、ボックスをしまったり、溜まっていたゴミを集めたりしていた。誰もいない時は魔法でちゃっちゃとやるんだけどね……
「お前!」
私が無視していることに腹を立てたのか? その男性はワナワナして、こちらを睨んできた。
──カランカラン
「サーシャさんこんにちは〜」
「サーシャちゃん今日も綺麗ね~」
そう言って近所のおばちゃん達が入って来た。
「いらっしゃい。今日は何にしましょう?」
入口に立ちっぱなしの先程の男性を邪魔そうにジロジロ見ながら常連の二人は店内に入って来た。
「こちらへどうぞ~」
私は奥の席へと案内する。
「ねぇねぇ。サーシャちゃん? あの男性は何?」
「なんか変な人に絡まれているならうちの旦那呼ぼうか?」
「ありがとう二人とも、でももうお帰りになると思いますよ?」
そう言って私は彼のほうを見た。
「やぁねぇ、目つき悪くて感じ悪い」
「サーシャちゃん美人だから気をつけてよ?」
私は二人に、にっこり微笑んだ。
──カランカラン
ドアの呼び鈴が鳴った為振り返ると、そこには先程の彼は居なかった。
ふん! 絶対に屈服なんかしないわよ? 脅しても無駄なんだから!
私は何故かヤル気になって両手の拳を握り締めていた。
◇
──その頃王宮での一室。
「あの女ぁあああ! 絶対許さぬ!」
「で、殿下? 如何なされましたか?」
側でオロオロしているのは、普段は冷静沈着、国内きっての秀才と言われる、この国の宰相ラカーシャ侯爵の長男、クランツ・ラカーシャだ。
王太子殿下の側近である。
つい先程、制止を振り切り勢いよく出て行って心配し、そろそろ近衛を迎えに行かすべきかと悩んでいた矢先思いの外、早い帰宅に少し驚いていたところだった。
だが行きと違い、この荒れ様。
珍しく声を荒げる姿にクランツは驚きを隠せなかった。
「えぇい! うるさい下がれ! 一人にしてくれ!」
そう言ってその男はドスドスと大きな音を立てて奥の部屋へと消えて行った。
「はて? 何があったのでしょうねぇ? いきなり市井に出掛けると行って、出て行ったと思えば? あのように一人怒って? こんなに仕事が溜まっているのに。はぁ……」
主が怒り入って行った扉を、ぽつんと一人残された彼は眺めたあと、机に山積みになった書類を次に見つめながら大きな溜息を吐いていた。




