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昼下がりの猫  作者: 阿波野治


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2/5

 山道を降りたオレは、駐車場と図書館を結ぶ歩道の脇の植え込みの中を、図書館のほうへ向かって進む。

 図書館の前には大きな噴水が設置されている広場があり、今日みたいな天気のいい日には人間がたくさんいる。オレは人間観察を行うとき、たいてい噴水広場に居座ることにしている。日当たりが良好なので、晴れた日には日向ぼっこも同時にできて好都合なのだ。

 人間には通ることのできない道とはいえない道を、急がない歩調で歩く。舗装された歩道を歩く人間たちが次々とオレを追い抜いていく。

 今の時間帯は、オレと同じで図書館に向かう人間が多い。小脇に本を抱えている人間が多いので、目的がそこだと一目でわかる。

 本というものにはありとあらゆる情報が刻み込まれていると聞く。人間という生き物は元来知能が高いにもかかわらず、さらに知識を習得しようとしているのだ。猫のオレからすればその必要性は疑問だが、もっぱら昼寝で暇をつぶすオレたちと比べれば、よっぽど感心な時間の利用の仕方ではあると思う。

 広場まであと少しというところで、不意に見知った顔を見かけた。

 植え込みにはところどころに、二メートルほど途切れ、緑の草木の代わりに白いベンチが置かれている箇所がいくつかある。その図書館にもっとも近いところにあるベンチに、彼女たちはいた。

 三毛猫の姉妹。十日ほど前にこの地に捨てられた、まだ子猫の双子だ。元気に走り回ってオレたちを和ませてきた、総合公園のアイドルといった立ち位置の彼女たちが、親子と思わしき三人の人間たちとじゃれ合っている。見たかぎりでは、とても楽しそうに。

 人間と猫との触れ合い。それを目的にこの地を訪れる人間がいるくらいだから、それ自体はなんら珍しい光景ではない。

 オレが思わず足を止めたのは、親子三人のかたわらに、大きなピンク色のケージが置かれているからだ。

 どうやら彼女たちは、あの親子に拾われていくらしい。

 捨てる神あれば拾う神あり。この公園にはいろいろな事情で捨てられた猫がいるわけだが、その中には拾われてまた人間のもとで暮らすやつもいる。そんな運がいいのか悪いのかわからない猫の典型が、あの三毛猫の姉妹だ。

 なんと言っても顔がかわいらしく、年齢的にもまだ若い子猫で、なによりも人間に対して愛想がいい。その愛想のよさ、人懐っこさ、かわいげといったものが自然に滲み出ているのもポイントだ。それらの条件を満たしているやつは、特別なことはなにもしなくても拾われていく。本人がここで暮らしたいと思っていたとしても拾われていく。

 その点でいうとオレはだめだ。てんでだめだ。人間に好かれる要素をなに一つ持ち合わせていない。

 まず、顔がよろしくない。オレのチャームポイントである鼻の横にある黒い斑、これがどうも人間の審美眼にはマイナスらしいのだ。オレの顔を見た人間の大半がその個性を指して、「不細工だ」「かわいくない」などと言う。オレ自身はなかなかおしゃれなワンポイントだと自負しているのだが、判断するのは拾う立場である人間がすることとだから、その評価を受け入れるしかない。

 次に、オレには愛想というものがない。人間が相手でも仲間が相手でもそうだが、触られるという行為をあまり受けつけない。しつこく触ってくる人間がいれば逃げてしまうくらいだ。

 自分から人間にアプローチをかけるなど、食料をねだるときくらいのものだ。そのさいに、オレの体を触ったり撫でたりという行為は許容しているが、あくまでも生活のため。食べ終わればもう触れ合いを許す理由はないので、さっさと立ち去ってしまう。人間からしてみれば生意気だと思うだろうが、生まれ持った性格なのだから仕方がない。

 人間を惹きつける容姿か、あるいは離さない愛想か。そのどちらかさえあれば手を差し伸べる人間がいたのだろうが、残念ながらオレはそのどちらも持ち合わせていない。

 そして、どちらも欲しいとは思わなかった。不細工で愛想がなくても、ここで生活するにあたってはなんの支障もないからだ。だから、人間にとっての欠点を改善しようと試みたことは一度もない。

 気がつけば、誰にも拾われないまま三年の歳月が経過していた。子猫からは遠く離れてしまったオレに見向きする人間はいなくなり、オレは今日も相変わらずこの公園で過ごしている、というわけだ。

 オレは人間には好かれない。これは歴とした事実だ。五年間誰もオレを拾わなかった現実がそれを証明している。

 だがオレは、そのことを別に嘆いたりはしない。人間に拾われたい、などとは思っていないからだ。強がりではない。これは正直な思いだ。

 なぜならオレは、今の生活にとても満足している。ちゃんと食事にはありつけるし、寝床も確保できている。そんな環境を恵まれていると感じているため、それ以上を求める気持ちが湧いてこないのだ。

 もし路頭に迷って今にも飢え死にしそうな身であれば、当然考えは違っていただろう。だが、オレは今の生活に満足している。だから人間に拾われ、人間とともに生活したいなどとは微塵も思わない。

 ……ただ。

 ただ、笑顔の人間たちと戯れている三毛猫姉妹の姿を見ていると、心臓が落ち着きなく揺れる感覚を覚える。その現象がなにを意味しているのかまでは、オレにはわからないのだが。

 笑顔の輪の中、母親がケージの扉を開けた。男の子が姉妹の尻を押す。二匹は素直にケージに入り、扉が閉ざされた。父親がケージの上部についている把手を掴んで持ち上げ、三人は駐車場の方角に向かって歩き出した。

 人間の親子三人は終始笑顔だった。特に男の子はとてもうれしそうだった。三毛猫の姉妹も嫌がるどころか、むしろ喜んでいるようにオレの目には映った。

 仲よく顔を寄せ合った姉妹が、心地よさそうに揺られながら遠ざかっていく。

 一連の出来事を、オレは植え込みの中から顔だけを出して見ていたのだが、とうとうオレの存在に気がつかなかった。人間の親子も、三毛猫の姉妹も。

 三人と二匹の姿が見えなくなった。そしてその場には、どこか間抜けに茂みから顔を出したオレだけが残った。

 いつまでもこうしていても仕方がないので、さっきまでみなが座っていたベンチの上に飛び乗ってみた。まだ少し温かかい。

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