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昼下がりの猫  作者: 阿波野治


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1/5

 太陽が高い。

 昼過ぎなので高く昇っているのは当たり前なのだが、今日は文字どおり雲一つない快晴という空模様なので、余計にそう感じる。降り注ぐ初夏の日射しはちょうどいい具合にあたたかく、時おり頬を撫でる風が快い。

 今日は絶好の日向ぼっこ日和だ。

 昼食をすませたばかりのオレは、とある公園内にある、小高い山の中を走る遊歩道にあるベンチに寝ころんでいる。

 朝はジョギングなどをする人間の通り道となるこの道も、今の時間帯にはほとんど通らない。実際、今日オレがここに来てからは一度も姿を見かけていない。そよ風に揺られる木々のざわめきと、名前のわからない鳥のさえずりが聞こえるだけで、とても静かだ。

 このままこの場所でだらだらと過ごすのも乙だが、それだと少々暇だ。暇なら暇でも別にかまわないのだが、あいにく今日は退屈を楽しむ気分ではない。

 オレはそんなとき、いつも決まってすることがある。仲間の中にはそれを無粋でナンセンスで低俗な趣味だと言う輩もいるが、オレ自身はとても楽しい遊びだと思っている。

 その暇つぶし手段とは、人間観察。

 人間という生き物は実に多種多様で、見ていて飽きることがない。ゆえに暇つぶしにはお誂え向きの存在だ。今日はこんなにも天気がいいのだ。この地を訪れている人間もきっと多いだろう。

 オレはゆっくりと腰を上げると、これまたゆっくりと坂道を下り始めた。


 オレが暮らしているこのだだっ広い土地は、人間たちのあいだでは「総合公園」と呼ばれている。小高い山に面しているから緑が豊かで、空気もいい。快適に暮らせるとてもいい場所だ。

 公園内にはさまざまな施設がある。先に言った山道の遊歩道もその中の一つだ。そこを少し登ると多数の遊具が置かれている芝生広場があり、天気のいい日には青いシートを広げて弁当を食べる人間たちで賑わっている。他にも大きな噴水がある広場や、図書館、広い駐車場など、とにかくいろいろある。

 この場所にオレがやって来たのは、もう三年も前の話になる。

 一介の家庭に飼われているしがない雑種の子猫だったオレは、ダンボール箱に入れられたままこの地に連れてこられ、なにも告げられないまま置き去りにされた。まだ寒い初春の出来事だった。

 たった一匹、見知らぬ場所に取り残されたオレは、啼いた。当時の自分の心の中はもうはっきりとは覚えていないが、なんだかとても心細くて啼いていたような気がする。

 だがいくら啼いても、オレを捨てた元飼い主は戻ってこない。何十分、何時間と啼き続けても。

 ずっと啼いているうちに日も暮れて、啼き疲れたし腹も減った。仕方がないからオレは食料を探すことにした。なにをどこで食ったのかはもう忘れてしまった。ただ、腹が膨れたら安心して眠りこけてしまったことだけは記憶している。

 二・三日経つと、オレは啼くのをやめた。オレが念頭に置いている人間は、もう二度とこの地には戻ってこないと悟ったからだ。それなのに呼び続けるなど労力の無駄でしかない。だから止めたのだ。

 行くあてなどなかったオレは、必然的にここに住むことになった。以来ずっとこの総合公園なる場所で暮らし続けている。

 オレは人間に捨てられた。だがオレ自身は、この場所に捨てられたことを、一つも哀しいことだとは思っていない。むしろ捨ててもらって感謝している――のかどうかは、捨てられる以前の記憶がほぼ残ってないので、比較しようがないのだが。

 とにかく、ここでの暮らしに絶望したことはない。三年のあいだ暮らしてきたが、そんな感情は一度たりとも、一瞬たりとも胸には生まれなかった。強がっているのでも嘘をついているのでもなく、それが事実だ。

 なにしろここは住みやすい。先にも触れたが、自然に囲まれているから空気が澄み切っている。ようするに環境が実に猫向きなのだ。

 もっとも好都合であり、ありがたいことはといえば、それは間違いなく食料の確保が容易な点だろう。先にも少し取り上げたが、休日平日問わず、天気のいい日の芝生広場は必ず、青いシートの上で弁当を食う人間で賑わう。彼らからそのおこぼれをちょうだいするわけだ。

 狙い目は子どもだ。人間の子どもは大抵の場合友好的であり、なおかつ積極的にコミュニケーションをとってくる。こちらが愛想よく人懐っこく接してやりさえすれば、ほぼ間違いなく食料を恵んでくれる。食べきれないほどの分量をくれる。

 ラインナップもオレの好物であるたまごやきを筆頭に、からあげ、ウインナーと、どれもご馳走ばかりだ。何度食っても飽きることがない。

 それに、ここにはオレ以外にも、オレと同じような境遇のやつが山ほどいる。だからさびしいと思ったことは一度もない。最低限の食と住が保証されているから、生きるための熾烈な争いが起きることもない。いろいろ性格のやつがいるから、くだらないケンカは尽きないが。

 住む環境、食事、ともに申し分ない。あえて文句をつけるとすれば、冬場の寒さくらいだろうか。ただオレの場合は、ここに長く住んでいるだけあって、どの場所に居れば暖かいかがわかっているので、苦労することは皆無に等しい。

 ここを訪れる人間は外見もなにもかもさまざまだが、オレたちに対してはおおむね好意的だ。オレたちを暴力で傷つける人間など一人もいない。人間はオレたちのことを、捨て猫だからといって疎ましがらずに、憐憫と同情の念を持って、この公園を構成する一部として肯定してくれているらしいのだ。野良猫の立場からすれば、これほどまでにありがたいことはない。

 仲間の中には、人間に対して憎悪の感情を抱いているやつもいる。自分を捨てたから、というのが主立った理由だ。

 オレたちは人間に捨てられた、これは事実だ。だが、その人間が分け与える食料のおかげで、捨て猫になってもオレたちは生きていけている、これもまた事実だ。それなのに一方的に人間に恨みを募らせるというのは、逆恨みもはなはだしいとオレは思う。

 ようは扶養してくれる相手が、愛しの飼い主さまから、不特定多数の人間に変わったと思えばいい。寝心地のいい寝床が常にあって、黙っていても飯を食える環境ではなくなったかもしれないが、それでも生きて行くのにさほど苦労のない生活が送れているではないか。それなのに人間に対して文句を言うのは筋違いというものだろう。

 別に人間もオレたちを駆逐しようとしているわけではないのだ。むしろ友好的に接してくれるのだから、過去は過去と割り切って、彼らと共存していくのが賢い生きかたというものだろう。

 腹が減ったら人間に飯をねだって、眠たくなったらいつでもどこででも眠る。天気のいい日には木もれ日の下で日向ぼっこをし、暇なときは行き交う人間を眺めて時間をつぶす。

 そんな生活で充分だ。そんな暮らしに、少なくともオレは満足している。そんな他愛もない日々でけっこうだ。オレたち猫はシンプルな暮らしを送るのが一番幸せなのだから。


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