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鉄と魔法の五カ年計画 ―ソビエト連邦、異世界侵攻作戦―  作者: 納豆マン
3章 アステリア社会主義共和国
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幕間 労働者第082号の平穏

【注意・免責事項】

※本作品は生成AI(Gemini)を活用して執筆・構成されたフィクションです。

※本作は架空戦記であり、実在の人物・団体・国家・史実とは一切関係ありません。作中の描写は物語上の演出であり、特定の政治思想や戦争行為を称揚・助長する意図はございません。

※作中には戦争描写、残酷な描写が含まれます。


凍てつく目覚め

 ソビエト連邦、ウラル山脈の東麓。地図上の空白地帯に位置する「第4次再教育センター」の朝は、絶望的なほどに早い。  午前六時。凍てついた大気を切り裂くように、けたたましいサイレンが鳴り響いた。鉄格子のはまった窓の外は、まだ重苦しい鉛色の闇に包まれている。吐く息は白く凍りつき、薄い毛布から出ている鼻先が感覚を失うほどの冷気が、建物の隙間風として入り込んでいた。


 かつて異世界アステリア王国の玉座に座り、世界のことわりを司る神の代理人として君臨していた男――旧名アステリア十五世は、今や「労働者第082号」という無機質な符号で管理されていた。  彼は万年床から身を起こすと、ひび割れた洗面器の水で顔を洗う。氷水のような冷たさが、皮膚を刺し、老いた神経を強制的に覚醒させる。鏡に映るのは、豪奢な王冠も、威厳ある髭も失った、ただの初老の男の顔だ。しかし、その瞳には不思議と、かつてのような濁った焦燥の色はなかった。


「点呼五分前! ぐずぐずするな、貴様らは皇帝の客ではないのだぞ!」


 看守のロシア語が廊下に響く。  かつての彼であれば、安眠を妨げたという理由だけで、その者を近衛兵に処刑させていただろう。だが今の彼は、囚人服のボタンを留めながら、小さく苦笑するだけだった。 (皇帝の客、か。……あながち間違いではないな。我々は“赤い皇帝”の客となったのだから)  彼は静かに列に加わった。今日という、繰り返される「生産」の一日が始まる。


1.聖遺物よりも重い「スパナ」

 工場の空気は、常に重油と鉄粉、そして労働者たちの汗の匂いで満たされている。  かつて、伝説の聖剣「エクスカリバー・イミテーション」や、純金の龍の鱗をあしらった王笏おうしゃくを握っていたその手は、今や落ちない黒いグリスと機械油で汚れ、無骨に節くれ立っていた。爪の間には黒ずみが染み付き、どれだけ洗っても落ちることはない。それは彼が「労働階級」へと堕ちた烙印であり、同時に、生きて何かを生み出している証でもあった。


 彼の担当任務は、アステリア共和国(旧王国)へ輸出される予定の、ソビエト製大型トラクター「キロヴェッツ K-700」のトランスミッション部品の組み付けである。  巨大な黄色い怪物は、魔法を用いずとも大地を耕し、山を切り拓く鋼鉄の巨獣だ。その心臓部の一部を、かつての王が担っている。


「082号! 手が止まっているぞ。今日のノルマは昨日より五パーセント増しだ。貴様の手際の悪さで、社会主義の建設を遅らせる気か?」


 若い監視員の怒声が鼓膜を打つ。唾が飛びそうな距離で罵倒されながら、082号はかつての自分を思い出していた。玉座に座っていた頃、家臣たちは彼を恐れ、顔色を窺い、決して目を合わせようとしなかった。そこにあるのは敬意ではなく、恐怖と軽蔑の混合物だった。  だが、この監視員は違う。彼は純粋に「遅れ」を怒っている。そこに政治的な策謀も、暗殺の意図もない。ただの業務上の叱責だ。


「すみません、同志。直ちに取り掛かります」


 彼は流暢になりつつあるロシア語で短く答え、再び巨大なスパナを握り直した。  その鉄塊は、かつて持っていたどんな儀礼用の杖よりも重かった。ずっしりとした質量の感触。ボルトの頭に噛ませ、全身の体重を乗せて締め上げる。    ――ギチ、ギチ、ギチッ。


 筋肉が悲鳴を上げ、金属同士が擦れ合って完全に固定される感触が手に伝わる。規定のトルク値に達した瞬間、そこには「完了」という明確な成果が生まれる。  不思議なことに、彼の心はかつてないほど凪いでいた。  王宮での日々を思い出してみるがいい。朝起きれば、まず毒見役が食事に口をつけるのを待つ。会議に出れば、北の公爵と南の伯爵が領有権を巡って醜い舌戦を繰り広げ、どちらに加担しても恨みを買う。夜になれば、「民を導かねばならない」「神の代理人であらねばならない」という、実体も正解もない重圧が胸を押し潰し、不眠の夜を過ごす。  誰も信じられず、誰も愛せず、ただ孤独に玉座という黄金の処刑台に縛り付けられていた日々。


 それに比べれば、どうだ。  目の前のボルトを回せば、部品は固定される。ギアを組み合わせれば、動力は伝達される。設計図は絶対であり、そこには貴族の世辞も、裏切りも、解釈の余地もない。  物理法則は、彼が知る限りもっとも公平な君主だった。 「……悪くない」  額の汗を袖口で拭いながら、彼はまた一本、ボルトを締め上げた。


2.配給の黒パンと「自由」

 正午を告げるサイレンと共に、喧騒と油の匂いが充満する食堂へ移動する。  彼は他の薄汚れた労働者たちに混じり、行儀よく長い列に並んだ。かつては指を鳴らすだけで、大陸中から集められた山海の珍味がテーブルを埋め尽くしたものだ。だが今、配膳係の太った女性がブリキの盆に投げ置いたのは、レンガのように硬い一切れの黒パンと、わずかな塩漬け肉が浮いているだけのキャベツのスープ(シチー)。そして、薄い紅茶だけだった。


 かつての宮廷料理人が見れば卒倒するような、家畜の餌にも等しい食事。  しかし、082号はそれを一番奥の席へ運び、スプーンを手に取った。午前中の重労働で枯渇した身体が、カロリーを悲鳴を上げて求めている。  熱いスープを一口啜る。塩気と酸味が舌を刺激し、食道を焼きながら胃の腑へと落ちていく。 「……美味い」  思わず独りごちた。五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。  ここでは、毒見役を待つ必要はない。冷めきった料理を形式的に食べる必要もない。空腹という最高のスパイスが、粗末なスープを極上の晩餐に変えている。


「おい、アステリア! ここは空いてるか?」


 ドン、と粗雑に盆を置き、向かいに座ったのはロシア人の大男、イワンだった。彼は元々モスクワの整備工だったが、酒癖の悪さと些細な政治的ジョークが原因でここへ送られてきた口だ。彼らは、目の前の男が異世界の元国王であることなど知る由もない。ただの「少し不器用だが、真面目な中年の新入り」として扱っている。


「座れよ、イワン。ここは誰の席でもない」 「へっ、ありがとよ。しかしお前、随分と腕を上げたな。お前が組んだギアボックス、検査官が一発で合格を出したぞ。異音がまるでしねぇってな」 「……設計図通りに組んだだけだ」 「その『通り』ができねぇ奴が多いんだよ。……ほら、これやるよ」


 イワンは周囲を警戒しながら、懐から小さな小瓶を取り出し、スープの中に透明な液体を数滴垂らした。ツンとしたアルコールの匂いが立ち上る。 「消毒用アルコールを少し蒸留したやつだ。味は保証しねぇが、暖まるぞ」 「……監視員に見つかったら、独房行きだぞ」 「その時はその時だ。労働者には楽しみが必要だろ? 飲みな、同志」


 ニカっと笑う歯抜けの笑顔。  082号は苦笑しながら、その「特別なスープ」を口に運んだ。喉が焼けるような刺激と共に、胸の奥がじんわりと熱くなる。  肩を叩かれ、馬鹿話をしながら飯を食う。  宮廷という名の黄金の檻の中で、常に誰かの裏切りを警戒し、孤独に震えていた頃には決して得られなかった「対等な他者との繋がり」が、この煤けた工場の中には確かに存在していた。  ここでは誰も彼を崇めない。だが、誰も彼を政治的な道具として利用しようともしない。彼はただの082号であり、一人の人間としてここに在ることを許されていた。


3.労働者の矜持

 強制労働の一日は長く、そして短い。  夜、消灯の合図と共に宿舎の明かりが落ちると、世界は静寂と、男たちのいびきに支配される。  硬いパイプベッドに横たわりながら、彼は鉄格子の向こうに見える夜空を眺めた。  故郷アステリアの空には、慈愛と威厳を象徴する二つの太陽と、三つの月が浮かんでいた。だが、この北の大地の空には、ただ冷たく輝く白い月と、凍てつくような星々があるだけだ。  見知らぬ星空。見知らぬ言語。見知らぬイデオロギー。


 革命軍の指導者カイルや、ソビエトのアレクセイ大尉が熱弁していた「解放」という言葉の意味を、彼は今、ライン工としての日々の中で、身体を通して理解しつつあった。  王権神授説に基づき、生まれながらにして背負わされた「王」という特権。それを剥奪されることは、かつての彼にとって死よりも恐ろしい屈辱であり、恐怖であった。  しかし、実際にすべてを剥ぎ取られてみて、どうだ。  残ったのは「一人の人間」という、あまりにも身軽な存在だった。それは、「選ばれた者」として完璧を演じ続け、民の幸福も不幸もすべて一身に背負わなければならない無限の義務ノブレス・オブリージュからの解放でもあったのだ。


「……陛下」


 不意に、隣のベッドから押し殺した声が掛かった。  同じく再教育プログラムに送られた、元アステリア王国の侍従長、老人ハンスだ。彼は王が労働に従事することを最後まで嘆き、自身の老いた体よりも、王の手が汚れることを悲しんでいた。


「……陛下、明日のシフトは早番です。お身体に障ります。どうか、お休みください」 「……」


 082号は、天井の染みを見つめたまま、静かに、だがはっきりとした口調で答えた。


「ハンス、その呼び方はよせ。今は陛下ではない。同志、あるいは082号と呼べと言ったはずだ」 「しかし……! 貴方様は高貴な血筋を引く……」 「血筋など、このスパナ一本の価値もない」


 彼は自分の手のひらを暗闇にかざした。皮膚は荒れ、タコができている。だが、それは他人の命を奪うための手ではなく、大地を耕す機械を作るための手だ。


「おやすみ、同志ハンス。明日も、我々はトラクターを作らねばならん」 「……陛下……」 「トラクターがあれば、アステリアの荒れ地は農地へと変わる。そうすれば、我が国の民が……いや、アステリアの市民たちが、飢えることはなくなるのだ」


 かつて、祭壇で祈りを捧げることでしか民を救おうとできなかった男は言った。  今は違う。  私がボルトを一本締めれば、トラクターが一台完成に近づく。トラクターが動けば、数百人分の麦が採れる。  祈りよりも確実に、私は民の胃袋を満たす手伝いをしているのだ。


「……左様、でございますな。……おやすみなさいませ、同志」


 老いた元侍従の寝息が聞こえ始めるまで、彼はしばらく目を開けていた。  かつて一国の運命を背負い、その重さに押し潰されそうになっていた男は、今はただ一枚のギヤの精度と、明日のノルマに責任を持つ。  ソビエトという巨大で冷酷な機械の、ほんの小さな歯車の一つとなった彼は、皮肉にも、王であった時のどの夜よりも深く、安らかな眠りに落ちていった。


 明日も、サイレンは鳴る。  だが今の彼にとって、それは絶望の歌ではなく、生を実感させる律動リズムのように聞こえていた。

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