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第1話 異世界で拾われました

新作、短編です。

5話ほど出させていただきます。イケオジ大好き。


 まばゆい光に包まれた瞬間、朝比奈陽菜あさひな・ひなはビルの屋上にいたはずの自分がどこか見知らぬ森の中に立っていることに気がついた。


「……え?」


 風が木々を揺らし、湿った土と草の匂いが鼻をつく。

 耳に届くのは鳥の声と、小動物の気配。

 アスファルトも人工音も存在しない。


「嘘でしょ……ここ、どこ?」


 状況がまるで理解できないまま、陽菜はあたりを見渡した。

 近くには自分と同じように呆然と立ち尽くす若い男が二人いる。


 一人は茶髪でチャラチャラした雰囲気の青年。

 もう一人は眼鏡をかけた理知的な顔立ちの男。

 二人とも、彼女と同じくスーツ姿だった。


「お、おい……本当に転移したんじゃね? これ、マジで異世界ってやつだろ!」


 茶髪で軽薄な雰囲気の男が、あたりを見渡しながら顔を輝かせた。

 黒澤勇也くろさわ・ゆうや

 その声は妙にはしゃいだ調子だった。


 真横に立つのは、眼鏡をかけた落ち着いた風貌の男、白井湊人しらい・みなと

 彼は口元を引き締めながらも、どこか目を輝かせている。


「……静かにしろ、勇也。まだ情報が足りない。まずは安全な場所を探すべきだ」

「けど、すげぇなこれ。ゲームみたいだよな!」


 二人は高揚感に満ちた様子で、すっかりこの不可思議な状況を『楽しんでいる』ようにさえ見えた。


 ――異世界、なんてありえない。そんなこと、現実に起こるわけがない。けれど。


 陽菜は、手のひらに触れる湿った草の感触や、耳に届く鳥のさえずり、鼻をくすぐる土の匂いを前にして、それが『本物』であることを理解せざるを得なかった。

 困惑と不安で胸がいっぱいになりながらも、陽菜は二人に近づいた。

 今、彼女が頼れる人間はこの二人しかいない。


「あの……ここ、本当に異世界なんですか?」


 小さな声で問いかけると、湊人がチラリとこちらを見た。

 一瞬の沈黙のあと無表情のまま、事務的に答える。


「たぶんな。さっき、俺たちの目の前に『ステータス画面』が表示された。まるでゲームみたいなやつだ」

「へぇ……」

「俺のスキルは【火球】。勇也は【強化体術】。見ろよこれ、ちゃんと使えるんだぜ!」


 勇也が得意げに構えのポーズをとってみせるが、今のところは見た目に変化はない。

 ただ、彼の顔は興奮と優越感に満ちていた。

 陽菜も慌てて自分のステータスを確認しようと、心の中で何度も念じる。


 ――ステータス、表示、スキル、能力。


 けれど、何も起きない。

 目の前は変わらず森の風景のまま。

 何の反応も、変化もない。


「……私には、出ないみたいです」


 恐る恐る口にすると、湊人がふっと鼻で笑った。

 まるで、最初から答えが分かっていたとでも言うように。


「そっか。スキル無し、か。まあ、だろうな」


 冷たい言葉。無関心というよりも、「見下すことが当然」といった態度。 

 陽菜が言い返す間もなく、彼はさらに続ける。


「女ってだけでこの世界じゃ戦力外だろうしな……守られる側は、黙って隅で震えててくれればいい」

「おいおい、そんな言い方すんなって」


 勇也が笑いながら口を挟む。

 だがその口調には、からかいと見下しがたっぷりと含まれていた。


「でもまあ、正直、足手まといだよな。スキルもなしで何ができんの?この世界、甘くねーぞ?モンスターに食われないように祈っとけよ、マジで」


 陽菜の胸の奥に、ズンと重いものが沈んだ。


 自分にはスキルがない。

 戦う力もない。

 だけど――それでも、助け合うべきじゃないのか。

 みんな、同じように突然放り込まれたんだから。

 勇気を振り絞って、声を上げてみる。


「……ひとまず、一緒に行動しませんか?安全な場所を探さないと、危ないと思います」


 数秒の沈黙のあと、湊人が冷ややかに言い放った。


「無理……足手まといはいらない。お前がどうなろうが俺たちの知ったことじゃない」


 ゾっとするほど無感情な口調だった。


「ついてきたきゃ、勝手にどうぞ。でも、足は引っ張るなよ。こっちは本気で生き残るつもりなんでね」


 それだけ言い残し、湊人は背を向けて森の奥へと歩き出した。

 勇也も「じゃーな、頑張れよ?」と軽く手を振り、そのあとを追う。

 あっという間に、二人の姿は木々の間に消えていった。


 陽菜はその背中を、呆然と見送っていた。

 何が起こったのか、理解が追いつかない。

 怒り、悲しみ、悔しさ、恐怖……あらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、胸が苦しくなる。


「……最低」


 かすれる声で呟いた言葉は風にかき消されるように、静かに森の中に溶けていった。


   ▽

 

 それからどれくらい歩いただろうか。

 一人きりで森を彷徨いながら、陽菜は必死に出口を探していた。


 がさっ、と草むらが動く。


 びくりとして振り返るとそこにいたのは――二本足で立ち、牙をむいた狼のような魔物だった。


「――ッ!」


 声にならない悲鳴をあげて、陽菜は駆け出した。

 だが、転移の混乱で疲弊した身体は、うまく動かない。

 木の根に足を取られて、転倒した。


 魔物が、飛びかかる。


 その時――重く、地響きのような足音。

 そして、低く冷ややかな声が森に響いた。


「――下がれ」


 大剣を携えた男が、魔物の前に立ちはだかる。

 ごうっ、と風を切る音。

 大剣が一閃され、魔物の首が落ち、赤黒い体液が地面に飛び散った。


 男は、ゆっくりと剣を収め、陽菜の方に視線を向ける。

 灰色の髪に鋭く冷たい眼差し。

 体は大きく鎧を身につけたその姿は、威圧感すらある。


 けれど、不思議と恐怖はなかった。

 ただ――この人は、強い、と直感でわかった。


 鋭い風切り音とともに、大剣が空を裂く。

 陽菜の目の前で、灰色の獣――狼に似た魔物が、一瞬で地に伏す。


 その一撃に、何の無駄もなかった。

 ただ、音もなく、そこにいた者が斬られただけ――そんな錯覚すら覚えるほど、静かな斬撃だった。


 呆然と見上げた先に立っていたのは、一人の男だった。


 灰色が混じった短髪。鋭く冷たい眼差し。長身で、肩幅は広く、身体には頑強な鎧をまとっている。

 無駄のない身のこなしと、研ぎ澄まされた空気が、彼がただ者でないことを語っていた。


 ――怖い……でもなぜか、この人なら、安心できる。


 自分でも理由はわからなかった。

 けれど、本能が告げていた。この男は、強く、そして……優しい、と。

 男は血を拭った剣を背に収めると、ゆっくりと陽菜のほうへ歩み寄ってきた。

 陽菜はびくりと肩をすくめるが、男は何も言わず、ただ片手を差し出した。

 その手は、大きく、無骨で、所々に古い傷跡が刻まれており、けれど、差し出されたそれには、確かに――温もりがあった。


「……怪我はないか」


 低く、落ち着いた声。

 聞き慣れない響きのはずなのに、不思議と耳に心地よい。

 言葉の端に、微かに滲んだ優しさがあった。


「あ……あの、助けていただいて、ありがとうございます……」


 震える声でそう言うと、男はわずかに眉を動かし、視線を伏せた。

 その仕草にほんの一瞬だけ、表情の陰りが差す。


「……こんな森の中で女一人。物好きな奴にでも騙されたか」


 淡々とした言葉だった。

 責めるでも、哀れむでもなく、ただ現実を見据えた確認のように。

 陽菜は何も返せず、うつむいたまま、小さく頷いた。

 男は短くため息を吐く。

 あきれたようでいて、どこか――諦めにも似た静けさを含んでいた。


「……ついてこい」


 彼は背を向け、森の奥へと歩き出す。


「ここは、魔物の縄張りだ。生きたきゃ黙って歩け」


 そう言い残し、一度も振り返らずにゆっくりとした足取りで進んでいく。

 陽菜はその背中を見つめた。

 無言で差し出された手に低く抑えた声。

 そして、命を賭けて守ってくれたという揺るぎない事実。


 ――この人は、きっと……優しい人だ。


 陽菜はそう思いながら、震える足でその背中を追いかけた。


 湿った落ち葉を踏む音。夜の森に満ちる冷気。

 恐怖も、不安も、まだ消えたわけではない。


 けれど――無言で先を歩くその背中は、なぜかとても大きくて、頼もしくて。


 この人についていけば、大丈夫。

 そんな根拠のない安心感が陽菜の胸の中に、ゆっくりと灯り始めていた。


 しばらくして、森の奥にひっそりと佇む山小屋が姿を現す。

 木造で質素ながらも、丁寧に手入れされたそれは、彼の人となりを映しているようだった。

 その夜、陽菜はひとまず命の危機から逃れ、小さな布団の中で深く眠ることになる。


 ――彼の名を知るのは、それから数日後のことだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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