1章9話 「それが、私の本当の名前だ」
――単家。
その名前をアロンに出された華音 陽の表情が、ぐしゃぐしゃに老け込んで崩れていく。やがて、戦闘部族のように険しく引き締まった顔が露わになった。
終わった……。ここからが、本番だ。
「…………これから、お前の家系のことを暴くわ。
お前を神を殺した反逆の罪人として処刑しなければならないのは、もう変えられないわ。
それがルールだから。
でもその前に……言わなければならないことがあるわ」
私は、そこに立つ【単家の少女】に頭を深々と下げた。
「私の妹――メイリーがしでかしたこと……さっき天界から聞き出したわ。
私はそれを知ったのはついさっき……知らなかった……。
だが……妹が本当にお前の――あなたの家系に酷い仕打ちをしてしまっていた。
ごめんなさい、妹もこの後ここに連れて来て謝罪させる。
その前に、私の方からも謝らせてほしい。
本当に……済まなかったわ……!」
* * *
元々単家とは、辺境の王国の守護や諜報活動を行う、忍者を前身としたエリート組織の一族だった。
今から250年以上昔の話。
メイリーは自らが所持している神器の実験を試みていた。
その神器には――【時空を切り裂き、過去の世界に行くことができる】効果があった。
メイリーはその神器を用いて、750年前(今から1000年前)の悪魔アルシンがこの世界で起こした災厄に介入。
本来なら女神と巫女の手で次元の狭間に封印されるはずだったアルシンを、メイリーはそのまま退治して歴史を改変したのだ。
そして、そのアルシン退治に使われたのが、丸腰でも超人的な戦闘能力を有している単家の面々と、彼らが所属している王国の民たちだった。
そう。メイリーは神器を使って単家の人々と王国の民たちを、1000年前の災厄の場に連れ出したのである。
生命エネルギーにも溢れていた彼らを【弾丸】として放ち、アルシンを退治することに成功。その結果、弾丸として発射された人々は、一人残らず命を落とすこととなった。
弾丸にされる直前にアルシンが滅びたことで、運良く生き延びることができた人間はごく僅か。彼らは現代に帰ろうとするメイリーを追うことで、彼女と同じ元の時代に帰還することができた。
……しかし、単家と王国の面々は帰還後に衝撃の事実を突きつけられた。多くの仲間を失ったのにも関わらず、アルシン退治の歴史は何一つ変わっていなかった。
悪魔アルシンは、人間を特攻させて退治したのではなく、【女神と巫女の手で封印された】という歴史のままだったのだ。
メイリーが用いた神器は過去に介入することはできても、その介入で生じた結果を既に作られた歴史と置き換えることはできなかったのだ。その事実の確認と、人間が悪魔を倒せるのかを実験するために、彼女は今回の事件を引き起こした。
仲間たちの死という過去と事実を、現代でなかったことにされた単家と王国の生き残りの者たちは、亡骸も存在しない死者たちの墓を故郷に作り、手厚く弔った。
だが、彼らの行為はまたもメイリーによって無碍にされて、踏み躙られることとなる。
第一の事件から50年後。
新たに誕生した神のソリネスが、アルシンの残滓エネルギーから生まれた存在だと発覚すると、メイリーたち上層の神々は彼の能力と神力をとある地に封印し、厳重に管理することにした。
そのとある地とは、単家の人が暮らしていた辺境の王国――故郷。
過去のこの地――恵洲蘭。
この影響で墓は一つ残らず破壊され、王国の人々は更に命を落としていった。残った本当に数少ない生き残りも、住む土地を追われて表舞台で暮らしていく未来を奪われることとなる。
以降、単家と王国の生き残りが社会の場に出てくることはなかった……。
このことは、事件を引き起こした張本人のメイリーと、その関係者一部の者たちだけが知っている秘匿された過去だった――
* * *
「…………あなたは、祖先の無念を晴らすために……神を滅ぼすために生まれてきたんでしょう?
その最初の標的に選んだのは、因縁であるこの地を管理していたエッジ……。
そして、次の標的は――エッジの死を調べにきた私たち……」
「…………」
「……思えば数々の違和感……。
⚫︎【私と一緒にあなたがトイレに行ったこと】。
⚫︎その時に言った、【犯人を見つけて】という発言。
⚫︎犯行がバレたくないのであれば、イヤホンを隠しているのにわざわざ言う必要のなかった、【音楽を聴いていたという証言】。
⚫︎証拠隠滅のためとはいえ、安道 ヨネが犯行現場の近くにいる状態を知っていながら、音が出る【爆発】をした。
⚫︎【単】を連想させる【拾単という名の酒】で犯行を行った。
これらは――全部、リスクを犯した状態で自分がどこまで神を欺けるのか試していたんじゃない?
【ヒント】をわざと多く与えて、私がどの段階で気づくのか――私の実力も測ってたんでしょ?
これからもっと沢山の神を殺す予定だったから。
もし、トイレに一緒に行った段階で私にバレた場合、そこで私のことを殺すつもりだった」
「ッ!」
少女は自分の顔を両手で覆い、崩れ落ちた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
少女は言葉にならない声を出して、震えている。
まだはっきりと自分が犯人であること、自分が単家の人間であることを認める発言は一切していないが、この反応から全部【肯定】であると受け取ることができた。
「…………以上が、私の推理……。
これから、メイリーを連れて来る。
250年前とはいえ、流石にあの子がやったことは……私でも引くレベル……。
だから……あの子に償いをさせる……。
あなたを…………殺すのは、それからよ」
私は身を屈め、膝をつく少女の顔にそっと柔く手を添えた。
…………きっと、単家の生き残りは他にもいるはずだ……。
彼女の親族が、神を殺すようにと教え込んで……彼女を殺神モンスターに仕立て上げたんだろう。
私たち神は、人間や魔物よりも強く、上に立つべき偉い存在。
だから、多少彼らに強引なことをしても許される。
…………だけど、人間に対して自らの目的のためだけに、メイリーはとんでもないことをした。悪気はあったわけではないんだろうが、恐らく罪悪感などは感じていないだろう。犠牲にした人々のことを、自分の目的に利用するために偶然そこにいた下等種族くらいにしか思っていないのだろう。
私自身、人間自体にそれ程思い入れもない。ただの種族の一つ……それも無能である自分よりも更に下の、劣る種族くらいにしか思っていない。私もかつて、ソリネスを騙した人間を処罰するように申しつけたことがあるし。
………………でも、これは流石に――許せない!
「…………ソリネス、この子を見張ってて。
私はメイリーを連れて来るから」
「……は、はい……分かりました」
ソリネスは不安そうに返事をする。
「大丈夫よ。
これ、貸しておくから」
私はソリネスに刑光刀を見せつける。
「………………ちがう」
すると。
前方から小さな声が聞こえてきた。
「……私は、毒なんて使ってない……。
毒なんて持ってない……」
か細い反論だ。少女は未だ、自分の犯行を否定するつもりなのか……?
「……もう、いいの。
終わったの。
あなたが犯人でないのなら、なんであなたはそんなに追い詰められているの?
堂々としていないの?
本当はあなたがやったんでしょう?」
責めるのではなく、静かに慰めるように諭していく。
神として、私は彼女を罰しなければならない。だけど、彼女には最大限の慈悲と情けをかけてあげたい。私は、心の底からそう思っていた。
「……違う、私は……毒なんて……」
もういいの。素直になりなさい。
あなたのこれまでの中で醸成されてしまった、私たち神々への怨み、神を殺す使命のためだけに生かされてきて辛かった日々を、全部吐き出してしまいなさい。
…………そのように言おうとした時だった。
手に持っていた刑光刀が振動。そして――
「――ごふっ!」
「……使う必要がないからな。
毒なんて」
私の口からとめどなく血液がこぼれ出し、刑光刀が手から滑り落ちた。更に同時に、目の前の少女から聞いたことがない低い声が返ってきた。
「アロンさん!?」
事態を察したソリネスが慌てて駆け寄ってくる。
「…………がはっ!」
私は尚も血を吐き続けながら、地面をのたうち回った。
地面に転がっている刑光刀が、視界に入ってくる。その刀身は、【紫色に妖しく輝いていた】。
苦しい……! 何だ、これは……!?
この子がやったの!? 何をした!?
相手はエッジを殺している!
だから警戒はしていた……!
……とはいえ、あまりにもいきなりすぎて……! 予測する前に攻撃されて反応ができなかった……!!
「アロンさん!
アロンさん!
しっかりしてください!」
ソリネスが私を必死に揺さぶってくる。
…………だが、ダメだ……。
身体からどんどん力が抜けていく……。
息をするのも苦しい……。
「貴様が長々と得意げに語った推理……。
私がヒントを与えていたこと。
私が単家の末裔であること。
全部当たっている」
目を開いているのもやっとなぼやけた視界に、【小さなイヤホン】を手のひらの上で弄ぶ少女が入り込んだ。
少女は上から私を冷たい目で見下ろしながら、淡々と告げてきた。
「……だが、毒を使ったというのは間違っている。
私がエッジに渡した酒に毒を入れたということは……一度開封しているということになるだろう?
そんなもの、神の……まして食を司るエッジに渡せるわけがないだろう?」
「…………だ、だったら……どうして……」
言葉を返すのもやっとだ。力まなくてはいけない。しかし、自分が何故こうなっているのか今はどうしても知りたかった。
「瓶を物凄い【殺気】を込めて見つめた。
中の酒が毒になるように、呪いになるように……とな。
私は……【殺気だけ】で殺せるんだ。
そのように単家の人々に育てられた」
「……そ、そんな…………」
何の能力も持たないはずの人間が……殺気を飛ばしただけで……不老不死である神を殺した……?
今の私の状況も…………それと同じってこと……?
あ、あり得ない……。
「ずっと地獄の日々だったよ。
私は250年前の……私が生まれるよりも遥か昔の神々への怨みを晴らすためだけに生まれ、育てられた。
しかも、生まれてすぐに家の連中に呪いをかけられていてな。
ある年齢になるまでに神を殺さないと死ぬ体にされていたんだ。
エッジを殺していなければ明日には死んでいるはずだった。
私は数年前から、この日のためにこの町に潜入していたんだ。
今まで人を殺したことはないが……初めて神を殺した……。
目の前で直接殺したわけではないが……生物の命を奪うという感覚を初めて知った……。
だが、エッジを殺した今も呪いの効果は消えていない。
呪いは永遠だ、その後も定期的に神を殺し続けないといけないんだよ。
明日――いや、今日で16歳になる私だが、これからの一生をそんな風に過ごすんだ。
まさに、地獄だろ?
こんな呪いもかけられるし、お日様の下では暮らせないし、普通の女の子の生活や楽しみも味わえないし、辛い訓練ばかりだし……とにかく嫌だった。
神を殺すために、人間を超えた種族になることを強いられ続けてきた。
【お前の代で全ての神を滅ぼすように】と言われ続けてもいた」
ダメだ…………。彼女の言葉を聞いて受け止めてあげる余裕がない……。意識が……段々と保てなくなっていく……。
口から流れる血が……止まらない……。本来ならすぐに止まるはずなのに……。
…………もう、私にはどうすることもできない。
ここで、彼女に殺されるしかないのだろうか……?
仮に死んでも生き返るはずなのに、全然そんな気がしない……。もうすぐ私の命が完全に終わろうとしているような気がする……。
メイリー……。
私は多分、ここで死ぬ……。
あなたも……同じ道を行くことになるわよ。
彼女は本気……。あなたの命で……きちんと償いをしなさいよ……。
「……そう言えば……自己紹介がまだだったな」
少女はイヤホンを宙に放り、どこに閉まっていたのか、赤く長いマフラーを刹那に首に巻き。
落ちてきたイヤホンをキャッチして、見栄を切るような動作の後、
「――『単 唯』。
それが、私の本当の名前だ。
神を殺せる唯一無二の存在となるようにと名付けられた、呪いの名前だ。
私の運命を地獄に落とした、【孤独】を証明する名前だ」
「――うるさい、クソガキが!」
その時、私の視界が蒼く染まった。
「これだから、人間は嫌なんだ!
単 唯?
不幸で地獄な人生?
お前の境遇を知った時、僕は同情したよ!
可哀想だと思ったよ!
だけど、だけど――」
力強く叫ぶ声がする。きっと、ソリネスだ。
「だからって、アロンさんは関係ないだろう!
関係ない存在を巻き込んで、不幸自慢するんじゃない!
アロンさんを殺させない!
僕が、お前を処刑する!!」
…………彼のこんな言葉、聞いたことがない。
僅かに見える背中が非常に頼もしく、格好良く感じられる。
もうすぐ命が尽きようとしていて、その姿をよく目にすることができない……残念だ。
「お前も殺す。
神は皆殺しだ」
「やれるものなら、やってみろ!
僕は……今は何の力もない!
だけどな、この神殿に封印されているんだ――【僕の最強の能力】が!!」
「何……?」
「僕はソリネス!
お前ら単家にとっても、因縁があるだろう!?
少しの間、待っていろ!
今封印を解いて、お前の相手をしてやる!!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
1章はもう終盤に来ています。
そして、次回で事態は新たな展開を迎えます。
この先のお話もお付き合いくだされば嬉しいです!
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