1章8話 「アロン、スーパー論破タイム」
前回の話のラストで、殺神事件の犯人が判明したので、今回は推理パートになります。
ネタバレが全開なので、それ以前の話をまだ読んでいない方は注意してください。
私は、エッジを殺した真犯人――華音 陽に、刑光刀を突きつけながら、至近距離まで近づいていく。
「…………ッ!」
ライトの明かりに照らされながらこちらを見ているその顔。よく見える。
気弱な緊張しいだった少女の彼女はどこにもいない。獣のように鋭く吊り上がった眼光。それは、正体がバレて、この場をどうやって切り抜けようか策謀を巡らせている……そんな本性をハッキリと露呈させた顔つきだ。
そして、仕掛けておいたガラスを踏むまで、コイツは物音一つ立てずにここまで来た。それに、ガラスを踏んでからの後退した身のこなし――翼を生やしていない時の私以上のスピードだった。さながら、忍者のソレだ。
「…………そ、そ、そんな……!
私は、犯人なんかじゃ、ありません!
私は、ただ……ヨネさんが犯人なのは間違っていると思って!
アロン様に、考え直してもらいたくて!」
陽が必死に弁明してきた。
一瞬で海千山千を潜り抜けてきたであろう顔が、あどけない弱々しい少女のソレに様変わりした。実に見事な悲劇のヒロインへの切り替えだ。
「では、何故お前が犯人という結論になったのか、ゆっくりと聞かせてあげるわ」
「……ぅ!」
私がいる限り、お前の好きにはさせない。
他の神々を殺させない。
「まず、さっきも言ったけど――これは神器の刑光刀。
私たち神の視点で罰するべき者と相対すると、振動でその人物を教えてくれるものよ」
私は刑光刀を手の上でトントンと叩きながら説明を始める。
「唯一アリバイがなかった安道 ヨネをいの一番に犯人扱いし始めた、山中 大佑。
元々その【名前の時点で】怪しんでいた織賀 仁。
重要な証言を後出しした安道 ヨネ……。
この3人は私が疑念を持っている状態で接触した時、刑光刀が反応を示した。
だが、お前がトイレに行きたいと言って同行した時、私はお前のことも僅かに怪しいと思っていた…… にも関わらず、刑光刀はなんの反応もしなかった」
「…………そ、それは、私が犯人じゃないからです……!
だから、その神……器? が反応しないのも当たり前で、
反応した他の……ヨネさん以外のどっちか2人が犯人で――」
冷や汗をかきながら言い逃れを試みてくる陽を、ピシャリと両断。
「――ここの町の連中は、エッジを殺した犯人のことを【殺す】ようにと醜く叫んでいたでしょ?
ヨネも【打ち首】だと言っていたわ」
「…………えっ……?」
陽は何を言っているのか分からないという顔をしている。
「お前だけだった……【犯人を殺す】ではなく【犯人を見つけて】と言ったのは……」
「…………」
「あの時、その微妙な言い回しに少し違和感を覚えた。
お前の性格が他の連中よりも過激ではないとすれば、それまでの話で済ませることもできた……。
しかし、あの時の私はお前に僅かの疑念を抱いたんだ。
だが、刑光刀が反応しなかった。
だから、お前を犯人候補から除外しかけていた」
「だ、だったら!
えっと、だからっ、私は犯人なんかじゃ――」
「その発言をした後、お前はこうも言ったわ。
【スマホの音楽を聴いているフリをして話しかけられないように努力してました】……って」
「……え、は、はい……」
「だけど、私は皆んなの所持品を回収したでしょ?、
なのに、スマホの音楽を聞いて話しかけられないようにしていたお前の所持品からは――【イヤホン】の類いがなかった」
「そ、それは……イヤホンがなかったから音量をむき出しにして聴いていて!
そうです、大音量で流していたんです!」
「パーティ中よ?
舞曲とかが会場内には流れていたんでしょう?
イヤホンがあったとしても、自分の端末の音楽を聴くのには適さない場……周りの音がうるさくて、イヤホンをしてても他の場所よりも聞こえにくいからね。
それを、端末からイヤホンなしで聴いてたなんて……苦しい話よ、周りにも迷惑だしね」
「…………っ、」
「……こんな感じで、お前の発言はおかしなことばかり。
その音楽を聴いてたという話が本当だったのか、本当だった場合、イヤホンはどこに行ったのか……私はそれを考えてみた」
陽の顔がどんどん青ざめて、焦りの色が見る見る増していく。だが、まだまだこちらの口撃は終わらない。
「お前がトイレに行きたいと言い出した時、かなり口の開きがか細かったわね……。
…………あの時――その口の中に、ワイヤレスのイヤホンを隠していたんじゃないの?」
「………………そ、そんなこと……(超小声)」
「そして、トイレの個室に入ってから、お前はすぐに咳き込んでいたわ。
口元を手でしっかりと抑えて……私に口元を見えないように……。
その時に、【イヤホンを口の中から吐き出して、ずっと手の中に握りしめていた】……。
こうすることで、イヤホンを隠すこと、回収することが可能になるわけね」
「……そんなの、そんなの、ただの妄想です!
もし仮に私がそんな行動を取っていたとしても、それをする意味がないじゃないですか!?
何のために、イヤホンをあなたに渡さないで隠していたんですか!?
そのイヤホンが、凶器だとでも言いたいんですか!?」
陽は再び食い下がってきた。物凄く感情を爆発させている。初めの気弱な彼女からは想像ができないくらいの声量だ。外にまで届きそうな程である。
「…………その話は、悪いけど後で。
理由が分かっているのは、あなた自身のはずだしね。
じゃ、次の話に行くわ」
「……な、」
「大佑が、犯人はヨネだって言い出して私に咎められた時――彼はこう証言したわ。
【ずっとここにいたし、ただ料理を食べてただけだ】って」
陽が怪訝そうに眉を顰めた。私の話のどこかに反撃の隙があると伺っているかのようだ。
「もちろん大佑に限らず、会場にいた皆んなの行動は大体おんなじだったはず……。
けど、その時に思ったことがあったの。
その証言通りの行動を取っても、遠くにいる標的を時間差で殺せる方法があるってね。
現場にトラップを仕掛けておくとか方法は色々あるだろうけど、私が一番しっくりきたのは――【毒】よ」
「!?」
「町の皆んなからのエッジに捧げるお供物は、ヨネの店で買われたものが多い。
それを食べてエッジが死んだとしたら……そう考えたわ。
それで、私はヨネの店を調べた。
お前を始めとして、私が疑った人間たちもヨネの店で買っていたからね。
だから私は、誰が何を買ったのかの直近の購入明細と、商品そのもの、パッケージ等の確認を取った」
「なら!
エッジ様が毒殺されたとして!
どうして私が犯人に!?
……トイレでちょっと疑われちゃうようなことを言ってしまったからって、そんな……!?
酷いです!」
「当然それもある。
だけどね、私の相方が決定的な証拠をここで拾っていたのよ」
「しょ、祥子……証拠!?」
「これを見なさい、エッジが亡くなった広間で見つかったものよ」
私は、隣りで黙って立っているソリネスに合図を送る。彼は動揺している陽に一枚の紙を渡した。
「……ヨ?
何ですか、これ………」
「この文字は、一見カタカナの【ヨ】に見える……。
だけどこの独特の字体は、何かの商品名を表しているよう……」
「…………あ!!」
彼女のその反応は、完全に【素】だった。その文字に見覚えがあるというのは一目瞭然。
「気づいた?
そう――これはお前が買ったお供物のパッケージラベルの切れ端よ。
お前が買ったお供物は、お酒の――【拾単】。
この【ヨ】は――瓶のラベルに書かれた文字だったのよ。
お前が買った【拾単】のラベルに書かれていた【単】の文字の部分が焼け焦げて欠けた。
そうして残ったのは、【単】の真ん中――【田】の中心線と、中心線から左側の部分が欠けて【ヨ】だけになった部分」
私は(他人の)スマホをひらひらと掲げて、陽に見せびらかす。
「このスマホに、【拾単】ラベルの写真があるわ。
この欠けた【ヨ】と原型の【単】を照らし合わせると、字の書き方が一致しているのが分かる。
それに、もう一枚あるのよ」
「…………ぅくっ、」
唇をはち切れんばかりに強く噛んでいる陽に、ソリネスは追撃とばかりにもう一枚の紙を差し出す。
「こっちは、一見するとカタカナの【ツ】に見える……。
でも、実際は――【拾単】の【単】の上の【つかんむり】の部分。
こっちも【拾単】のラベルと見比べてみれば一致している……」
陽は【そっちもあったのか】……とでも言わんばかりの苦い顔をしている。
そんな顔をされても、口撃はこの後もまだまだ続く。
「間違いなく、これらはお前がエッジに渡したものの切れ端。
他の皆んなが捧げたお供物のゴミは、広間から離れた部屋の棺桶に入っていたのに、お前が買ったものの切れ端だけは現場に残っていた」
私は陽との距離をぐんぐんと詰めながら、力強く推論を披露する。ここは勢いが大事だ。
「お前が渡した物を口にしたその時、エッジは死んだ!
そのお酒の中に、毒が入っていたから!
お前にさっき踏ませたガラスも、酒瓶……それも間違いなく、【拾単】の瓶よ!
瓶の上からエッジは直接酒を飲み、毒に侵された……!
そして瓶を落としたから割れたのよ!
だから、ガラスの破片がこうして残っている!」
「……けど、何でそれが焦げているんですか……?」
「燃やしたのがお前だからでしょ」
「!」
「ヨネが言っていた……犯行時刻に爆発のような音が聞こえてきたと……。
それは、屋敷からお前が遠隔で爆弾を使って、神殿に残っている証拠を隠滅させようとした時の爆発だったのよ」
「ば、爆弾なんて……持ってません!
知りません!」
陽は尚も認めずにかわそうとしてくるが、そうはさせない。相手の口から飛ばされた言葉の反撃を、その度にこちらも口から言葉を飛ばして撃ち落としていく。
「犯行の時刻……お前はスマホの音楽を聴くフリをして、神殿内の音を聴いていた。
事前にエッジに【盗聴器付きの超小型爆弾】でも仕掛けていたんでしょう?
そして、エッジが毒を飲んで苦しみ始めた時……彼は天界に通信を始めた。
彼はお前にやられたことに気づき、天界に知らせようとした。
お前の正体にも気づいていたんでしょうね。
お前はそれの阻止と証拠隠滅のために、仕掛けていた小型爆弾を起爆。
エッジはトドメを刺され、仕掛けていた盗聴器は木っ端微塵。
その爆発で【拾単】の瓶もラベルも消し飛ぶはずだったが……運悪く破片が残ってしまった……。
お前は私が会場に来る前に、トイレの窓とかから最低一度は会場を抜け出しているはず。
エッジの死や証拠の隠滅が本当に行われたのか、確認したいに決まっているからね……。
けど、結界が張られて神殿には近づくことができず、そのまま会場に戻ることになった。
…………で、さっきお前が言っていた、イヤホンを私から隠したことに関してだけど……。
隠すのは当然よね、イヤホンに【爆弾のスイッチ】を仕込んでいたのだから……。
それで簡単に処分もできなかったんでしょ?
恐らく、ワイヤレスイヤホンの側面辺りに取り付けたスイッチを押すだけの簡単な動作で、爆発ができる仕掛け」
「………………〜〜〜っ、じゃあっ!
名前は!?
織賀さんのことを名前で怪しんでいたって、アロン様は最初の方で言ってました!
それはどういうことなんですか!?
ならきっと、彼こそが――」
悉く論破しているこちらが優勢だが、陽はなかなか折れない。今度は別の角度から攻めてきた。どう見てもその態度は怪しいが、全ての反論の手札を打ち砕くまで、彼女は諦めずに向かってくるつもりだろう。
私は深呼吸し、喉の調子も整えて、
「あの、人間…………!!
人…………ぃっ、
――ごふっ!!」
「……え……?」
「……今のはエッジの断末魔を再現したものよ、一言一句ね」
「…………それが、何か…………?」
これを私に言わせた時点で、もうトドメは始まっている……。
「最初からおかしいと思っていたのよ……。
エッジは【あの人間】と言った後に、【人】とわざわざ言い方を変えている……。
今にも自分が死にかけている危機的状況だったとはいえ、わざわざその言葉を言い換える必要性があったのか……それを考えた時に浮かんだのは、一つ……」
……そろそろ、核心に迫る時だ――
彼女の正体に――
「犯人の名前の最初に、【ひと】という言葉が付くのだと私は考えた……。
つまり――【人】ではなく、【ひと】なのよ、エッジが言おうとしていたのは。
だから私は、名前に【ひと】が付く織賀 仁のことを始めに疑っていた……毎年のパーティの主役だしね。
自分が主役なら、上手くスケジュールを調整して犯行に及べるとも思っていた」
「それなら、やっぱり織賀さんがっ!」
「違うわ、お前の【本当の名前】にも【ひと】が付くはずよ。
それをバラされるのを防ぐために、お前はエッジにトドメの爆破をした」
「!!」
陽の顔が……いや、陽と名乗っている目の前の少女の顔が、衝撃で大きく崩壊した。
「お前が【拾単】という名の酒をエッジに捧げたのは、呪い的なものだったんでしょう?
【単】は【ひとえ】とも読む……【十二単】などのように。
だから、【ひとえ】を連想させる【単】の字が入った酒を選んだ。
そうでしょ、華音 陽?
いや――」
私は人差し指を少女へと突きつけた。
これで、決める――
「メイリーによって運命を狂わされた家系――単家の末裔!」