1章7話 「やはり、犯人はお前だったな」
最後に重大なネタバレがありますので、この話で初めて本作に触れる方は、最初から読んでいただくことをお勧めします。
よろしくお願いします!
「…………何か、分かりました……?」
石棺桶の中のエッジのゴミを漁っている私の背後から、ソリネスがおずおずと尋ねてくる。
「…………確かに、ここのゴミは直近で町の人たちが捧げたお供物のものばっかりね」
私は地面に胡座をかき、携えていた巾着袋を掲げた。
「……それは?」
「見てな」
肩越しに振り返り、私はニヤリとした笑みを見せつけた。巾着袋を開けて、そのままひっくり返す。
ボトボトボトボトと、中にパンパンに入っていたスマホや財布などの小物が、地面に乱雑に、勢いよく落ちていく。これらは前にも言ったように、町の人たちから集めた所持品だ。所持者ごとにネーム入りのタグ付きが、されている。
「な、何をしてるんですか!
乱暴な!」
「……………………(全部私のじゃないからどうでもいい)」
私は無言で所持品を適当に並べていく。同じ所持者の物は同じ箇所に固めながら。
「…………やっぱり、」
中の結果はさっき神殿に行く前に確認した通りだ。こうして並べて所持者ごとにまとめてみても、やはり間違いはなかった。
「――恐らくね、犯人は分かった」
「ええ!
本当ですか……って、僕は町の人たちと接触してないから、容疑者のこと誰も知らないけど……」
「この後どう動くのかも考えた。
ソリネスも従ってほしい」
「は、はい……」
――けど。だけど……。
まだ不十分なところがある。
どうせなら、それもはっきりさせたい。
「………………ねぇ、ソリネス。
エッジの日記とかここになかった?」
一縷の望み。私からすれば、ソリネスはいい働きをしてくれた。ならば、そういった類いのモノも見つけてくれていれば。
「…………すみません、
僕が見つけられたのは、あの二つだけ。
隈なく神殿内を探したんですけど……」
「…………そっか。
まっ、元々エッジは日記とかしない性分の可能性もあったしね」
現在22時。時間がない。
長時間ここを隅々まで捜査していたソリネスが、他に何もないと言っているのならば、それをあてにして信じるしかない。
…………本当は自力で突き止めたかったが……。
ちょっと癪だけど、奥の手を使うか。
「………………」
私は天へと声を飛ばした。
〈…………?
アロン様?
どうされました?〉
これが、神々による通信だ。一応無能な私でもできるが、精度が悪くて長時間の通信をするとブツ切りされてしまう。ソリネスに至っては、通信自体できない。
「メイリーの使いの者ね?
ご存知こちらアロン。
時間がないから、あなたに直接聞くことにしたわ。
妹が隠していることを」
〈…………メ、メイリー様が隠し事をしていると……?〉
使いの者の上擦った声からは、はっきりと冷や汗を垂らす程の動揺が読み取れた。
「あのね……エッジの今際の際に送られてきた通信、思い返してみて。
出発前にも言ったけど、彼の言動からして犯人は我々神々も知っている人間……特にエッジの通信の送り主であるメイリーが知っていて、極めて深い因縁がある人間ってことになる……。
メイリーの使いのあなたなら、心当たりあるんじゃない?」
……………………返事が来ない……。
口外してはいけない秘密なのか……?
それなら――
「〇〇」
〈……えっ?
それは……〉
やはり、使いの者がその単語に食いついてきた。
コイツ、何か知ってるな。ならばコイツに聞いてもOKだ。
「〇〇……犯人は名前にその言葉が入る奴で、メイリーもその名を知っている奴!
何かあるんでしょ、末端にさせられている私が知らない何かが!
あなたたち上層部の神々とその人間との間に何かが!
簡潔に教えなさい、これさえ分かれば犯人を始末できるんだから!」
* * *
22時50分。
パーティ会場に集まっている39人は未だ帰れずにいた。
相変わらずアロンに屋敷から出ること、すなわち自分の家に帰宅することを禁止されているからだ。
当然、パーティ自体は中止。トイレや食事は最低限。可能な限りそれらも控えるように言われている。
「ひっく、ひっく……。
ママァ〜、もう帰りたいよ〜」
ここには、幼い子供も参加している。こうなるのは当然だ。大の大人でも既にずっとここに拘束されていて限界に近い者もいる。
席に座りながらまどろみかけている者もいる。だが、純粋に慕っていたエッジの死を悼んでいる者もいた。
こうなったのは、間違いなく自分がエッジを殺したからだ。皆には迷惑をかけてしまっている。この真実が知られれば、自分は恨まれて殺されるだろう。
…………いずれにせよ、自分はもうこの町にはいられない。たとえバレなくても、この先に修羅が待っているのだから――
「――はい、随分待たせてしまったわね」
その時だった。夕方に割られた窓の方から声がした。
皆の視線が、そちらに集中する。
「アロン様!」
「ごめんなさいね、長く拘束してしまって。
だけど、もう少しの辛抱よ。
犯人が分かったから」
!!
……………………バレたか。
奴は、この場で犯人の名前を告げて裁きをしようというわけか…………。
* * *
窓の側を浮遊しながらその言葉を告げた途端、会場内が一気にざわつきに満ちた。
ステージ近くの席から、一人の男が立ち上がった。
「あ、アロン様、犯人の正体がついに!?」
市長の無良尾 亮だ。心臓の鼓動が激しく波打っているのが、距離のあるここからでも分かる。
「ええ……」
「それは、一体!?」
「誰なんです!?」
他の者たちも立ち上がり、身を乗り出してきた。皆、目が血走っている。
今まで町を守り、恵みを与えていたエッジを殺した犯人を、自分たちの手で殺してやろうと言っているかのようだ。
「それを言う前に、皆んなにお願いがあるの」
「何でしょう!?」
「犯人はあくまで神である私が裁く。
手を出すことも、その光景を見ることも禁止。
これは、絶対よ。
いいわね?」
…………………………。
皆は無言でゆっくりと頷いた。それぞれが自分の中のエッジへの思いを飲み込んでくれたようだ。
「ありがとう、じゃあ犯人の名を告げるわ」
その瞬間、殺伐とした静寂の中に、更なる緊張と興奮が上乗せされた。
ここにいる皆は、自分が犯人を裁こうと意気込むか、あるいは犯人に死を望むような考えをしている者たちだったが、その犯人は紛れもなく皆の中の誰かなのだ。
私は、大きく息を吸って、
「――山中 大佑」
「えっ!?」
大佑は大きく目を見開いて、後退りを始めた。私に向いていた皆の視線が、途端に大佑に集中砲火する。
「そ、そんな……馬鹿な!
僕は……何も知らない!」
「あなたの言う通りだったわ、それから他の皆んなもね」
「…………!?」
大佑の挙動がきょとんと停止。そうだ、私は彼が犯人とは言っていない。ただ彼が早とちりしただけだ。
「……最後まで聞きなさい。
山中 大佑、他の皆んな。
あなたたちの言う通りだった。
犯人は、安道 ヨネだったわ……って私は言おうとしたのよ」
大佑はほっと大きく息を吐きながら、へなへなと座り込んだ。
「よ、ヨネさんが……けほっ、
…………そんな……どうして!?」
「やはり、アリバイがなかったから何でしょうか!?」
弱々しい少女――華音 陽と、パーティ主催者の織賀 仁が同時に尋ねてくる。他の皆んなも、ヨネのことを疑っていたくせに、信じられないと口々に騒ぎ出す。
「静かに。
アリバイの有無は関係なかった。
犯行の方法は、申し訳ないけど教えられないわ。
誰かに真似されたら困るからね。
新たな人間だけでなく、我々神々にも新たな犠牲が出るかもしれない。
今回その方法で、神であるエッジは殺されたんだから。
真相の深いところは秘匿させてもらうわ、当然動機もね」
私は人差し指を大きく天へと突き出し、声を張り上げて告げた。
「後、1時間!
今エッジの神殿は結界が張られていて、神々以外の出入りができなくなっている!
1時間後に、その結界が解けて人間が入れるようになる!
そこで、エッジを殺したその場所で――安道 ヨネを処刑する!!
既に安道 ヨネは拘束している!
念の為、処刑が終わるまで皆んなにはここにいてもらうわ!
いいわね!?」
* * *
時間は0時丁度。
結界は解けたはずだ。
急げ、急げ、急げ!!
現場へ――エッジの神殿へ!!
「くそっ、はぁ……はぁ……」
………………どうにか現場を抜け出してきた。
たとえ、怪しまれても関係ない。
どの道、自分はここにはいられないのだから。
――というか、あのクソ女神!! アホかアイツは!?
殺したエッジよりも厄介じゃないか!
無関係な人間を犯人扱いするとは!!
わざわざ、【ヒント】を幾つか与えていたというのに、間違えるとは!
くそっ、落ち着け!
エッジを殺した時は、ここまで取り乱さなかった……。至って冷静に、犯行を済ませていた。
相手の反応を伺いすぎたか!?
もっと大胆に怪しまれるような行動を取るべきだったか!?
……エッジはああやって殺したが、次の神は別の方法で殺してみたかった。今後のためにだ。自分の実力と、相手の力量を推し量るのが主な目的だった。
だから、39人の中から自分を怪しんでもらえるように……直接対決の場を設けてもらうためにわざと【違和感】を残していたというのに……!
…………とりあえず、急がなければ!
ヨネさんが殺されてしまう!
さっき、土産屋をノックしてみたが、ヨネさんは出て来なかった。人の気配が全くしなかったから、もしかしたら――
……しかし、何故あの神はヨネさんを疑った!?
奴は犯行方法の推理を披露しなかった。その理由自体は最もだとは思うが……。
……考えるのは後だ、あの神を止めなければ!
――やがて、神殿が見えてきた。
1kmがいつもよりも、遥かに長く感じられた。
………………結界が張られているのはエッジを殺した後で確認したが……本当に今は入れるのか!?
……と、半信半疑の中そのまま突撃してみたが、神殿の敷地内には普通に踏み込むことができた。そして、あっという間に神殿内へと突入した。
ヨネさんは……もう既に連れて来られているのか!?
まだなら、待ち伏せして――
そう思考している内、あっという間に中央広間に到着していた。
「――!」
そこにあったのは、暗闇に紛れる二つの影。
一つは、あのアホ女神のアロンだ。背中に生やした両翼がはっきりと見えている。
もう一つは、丸まった背中。
うずくまっている怯えた体――あれは、ヨネさんに違いない……!
…………どうする? 足音を完全に消してここまで走ってきた。まだアロンにはバレていない……。
隙を見て、そっと――
パキッ、
「!?」
何か踏んだ。
…………しまった……!
焦りすぎた……とんだ失態だ!
物音を立ててしまった!
慌ててすぐに飛び退る。
しかし――着地したと同時だった。
「!?!!??」
視界の中に、物凄い明かりが入り込んできた。
眩しい! 右腕をいっぱいに使って、目を塞ぐ。
何だ、これは……!?
ライトの光……ぃ!?
アロンが用意したのか……!
「……犯人は現場に戻ってくる……人間界でもそう言うでしょう?」
一つの影がこちらにゆっくりと近づいてくる。それに比例して、こちらに向けられたライトの熱と輝きも増してくる。声の主は間違いなく、アロンだ。
「やはり、犯人はお前だったな。
一応、お前も犯人候補として疑ってはいた……。
だが、刑光刀が反応しなかったからな……候補からは一時期外してしまっていたわよ」
直視するのも困難な眩い光の中で、もう一つの影が立ち上がった。うずくまっていた影が朧げに像を帯びていく。ヨネさんとは似ても似つかぬフォルムの男性のシルエットだった。
――そうか……!
もう一つの影は…………【仲間】がいたのか……!
ハメられた……!!
「この神器、ショボイとはいえ、それでも神器には違いない。
よくコレの探知を欺いたものね……」
アロンの影が、短い棒のようなものを突き出してきた。まるで、犯人を人差し指で突きつけるように。
「ねぇ――【華音 陽】!!
いえ……エッジを殺した反逆者!!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
エッジを殺した犯人が判明しました。
彼女が犯人だということに間違いはありません。
前回の後書きでも書きましたが、何故彼女が犯人なのかという理由はここまでの話に沢山散りばめられています。
次回でその幾つもの理由が判明しますが、是非、もう一度読み返して推測していただけると嬉しいです。
殆どは4〜6話、そして今回の7話の前半部分にポイントが集まっていますので。
……と、いうことですので今後ともお付き合いくだされば幸いです。
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