1章6話 「ソリネス、因縁の町」
私はソリネスが待つ神殿内へと足を踏み入れた。
「ただいま」
…………………………?
「すっかり遅くなっちゃったわね。
ごめんなさい」
………………………………。
「ソリネス!?」
返事がない。耳を澄ましても、僅かな夜風の音以外は静寂しか返ってこない。
「もしもーし!」
ボリュームを上げてみたが、結果は同じ。
目の前には、暗闇だけが広がっている。ライトは持たせていたはずだが……。
「まさか……」
いや、それはあり得ない。私の本能がそう言っているし、もしそうなら、天界からの通信が来るはずだ。
ソリネスが……亡くなったと……。
「嘘でしょ?」
とにかく、急がないと!
ソリネスは……あの子は……私が守る。
ずっと私が守り続けると、決めたんだ!
* * *
ここ――恵洲蘭は、ソリネスにとって因縁の土地だった。
彼は私と同じく無能で孤独。
異能も使えず、私でも使える翼も生やせず、神力もない。
……だが、本来の彼はそうではない。
【周囲を一瞬にして蒼い血の海に変える】異能を持ち、その出力たる神力は、神々の中で最強……メイリーをも上回る。
本当のソリネスは、【最高神を超えた最強神】なのだ。
しかし、今の彼はそれらを全て失い、最弱神に成り下がってしまっている。
何故そうなったのかというと、それは彼の出生に由来する。
私が生まれるよりもずっと昔、今から1000年くらい前のこと。
『アルシン』という悪魔がこの世界――【フォンテ】に大災厄を振り撒いた。世界は滅びかけたが、女神と巫女の力でアルシンを封印することに成功。
だが世界には除去不可能な、アルシンが振るった邪悪なエネルギーのカケラが残ることになった。
それから800年程が経過。世界に残っていたエネルギーのカケラが融合し、神という生命体として再誕。その生命体こそが、ソリネスである。
彼の持つ圧倒的な力を【世界を滅ぼす可能性がある】と危険視した他の神々は、生まれたばかりのソリネスから神の力を奪い取って封印した。その結果、彼は無能な神として生きることを余儀なくされた。
そして、そのソリネスの力を封印している場所こそ、ここ――恵洲蘭の神殿である。当然ソレを管理しているのは、今は亡きエッジだった。
何故、こんな人口40人の小さな町でそんな危険物を封印しているのかは、私にも分からない。ソリネスが悪魔アルシンの息子のような存在であることは全員周知(彼がいじめられているのは、それが理由でもあった)である。だが、ここにソリネスの力が封印されていること自体を知らされていない神も多く、一応立場上このことを知っている私も、授業で神の子たちに教えるのは禁止されている。
…………と、ソリネスの出生はざっとまとめるとこんな感じなのだが、こんな感じ故に、彼はとてつもなく気弱で後ろ向きな性格をしてしまっている。
だからこそ、同じく無能な私が彼に親近感を覚えて助けていたのだが、ある日彼は問題行動を起こしてしまう。
100年前、私とソリネスが人間界の【玄戸井】という都市で遊んでいた時のこと。
ソリネスは、そこに住んでいた人間の少女に恋をしてしまった。
神と人間が深く混じり合うことは禁じられている。単純に種族が違うからだ。同様の理由で、神と魔物、人間と魔物が交わることも禁じられている。
ソリネスが恋をした少女は病に冒されており、余命幾許もない程だった。
ソリネスは少女を救おうと考えた。
無能力な自分には何もできないため、封印された神の力を取り戻して、神としての長寿を与えようとしたのだ。
私は、エッジの目を盗んで恵洲蘭の神殿に侵入したソリネスの前に立ち塞がった。
その時、私はあの子にこう告げたんだ。
――【彼女はもう死んだ】……と。
【あなたは、彼女に騙されていた】……と。
事実、彼は騙されていた。少女は病気などではなくぴんぴんしていた。
ソリネスがいない時、私は目にした。彼女は砂浜を目を疑う速度で走っているのを。夜の誰もいない公園でパルクールをしているのを。高所から海に向かって飛び込みをしたのを。彼女は一人で元気に走って、その命を無邪気に輝かせていた。
少女は長寿を得ることと、最強神からの力を与えてもらうという二つの目的のために、ソリネスに神のルールを背けさせようとしたのだ。
そして、最強神の力を取り戻したソリネスを伴侶として操り人形にし、二人で世界を征服しようと考えていたのだ。
ソリネスの能力は封印されていなければならない。それは神々社会が決めた絶対のルール。
封印された能力を取り戻そうという行為は、反逆罪となる。さっきも言ったように、神と人間が結ばれることも禁忌。
何にでも形を変える水とは違い、自分が生まれた種族というものは絶対に変えることができないのだ。だから、異なる種族同士が結ばれることは絶対にあってはならない。
私はソリネスが反逆の罪を犯すことを阻止するため、少女の操り人形から解放するため、彼を守るために――
天界に連絡して、少女を処罰するように申しつけた……。
少女がこの世を旅立ったのは、その翌日だった……。
* * *
――私が真実を告げたあの時、ソリネスは現実を受け入れられないようだった。
腰を抜かして崩れ落ち、目を見張りながら口をパクパクさせていた。泣くこともなく、何かを喋ることもなかった。
だが、次の日になると彼は私にこう言ってきた。
「アロンさん、ありがとうございました。
僕のこと、守ってくれて。
僕、目が覚めました。
……あの子に、騙されていたんだって。
僕って、本当ダメですね。
神々どころか、人間にも陥れられるなんて……本当情けないです……。
でも……人間のことも、嫌になりました。
これからは――人間のこと、信じないようにしますね……ははは……」
彼はそれ以来、人間嫌いを公言し続けている。
恵洲蘭も嫌なことを思い出すからという理由で、人間界の中で一番行きたくない町にランクインしているらしい。
「………………あんた、返事くらいしなさいよ」
恵洲蘭神殿奥地。
ソリネスはライトも点けずに、こちらに背中を向けて扉の前に佇んでいた。
「…………ソリネス?」
「アロンさん……」
やっと声が返ってきた。その声色は、どういうわけかすごく神妙だ。こちらを見向きもしないが、一応私のことをちゃんと認識していたようだ。よかった。
「色々思い出していたんです、100年前のこと。
ここに立った時、なんかあの時の感情が蘇ってきて」
「……そっか」
「開けられませんでしたけど……あの扉の向こうに……僕の力が封印されているんですよね……」
「そうね……。
………………」
そっか……扉を開けようとしたんだ……。
ソリネスは未だ背を向けたまま微動だにしない。私は、思い切って彼に聞いてみることにした。
「……ねぇ、ソリネス?
あなたは……自分の力を取り戻したいって思っているの?」
「……………………これまでの100年、あまり考えないようにしてました……。
――でも、」
ようやく、彼はこちらを向いた。その表情は暗闇の中でも分かった。普段の情けない彼とは思えない程、達観としている。
「僕は……やっぱり人間が嫌いです。
自分の限りない命を弄び、他の種族を謀って陥れる。
そんな人間が嫌いです。
あの子のような人間が嫌いです。
そして今――僕たちは神を殺した人間が住む町にいる。
僕は……もう騙されたくない」
ソリネスの拳が破裂しそうな程に震えていた。
「もうこれ以上、アロンさんに守られたくない。
守られてばかりは嫌だ。
助けてもらってばかりは嫌だ。
気遣ってもらってばかりは嫌だ。
僕も、アロンさんを助けたい。
アロンさんを守りたい。
人間に遅れを取りたくもない。
だから、失われた力を取り戻したい」
「ソリネス……」
私は素直に驚嘆していた。これまで彼がこんな風に激情に駆られているのを見たことがないからだ。今のこの子ならば、いじめられたりしても尊厳を汚されないようにと、立ち向かうことができるだろう。
「……ありがとう。
でも、こっちには神器の刑光刀がある。
今はなんも使い物にならないけど、犯人と相対した時に武器として覚醒する。
これがあれば、犯人を倒せる。
あなたが無理をしなくてもいいのよ」
「だけど!」
私は食い下がるソリネスの頭を撫でた。
「あなたが反逆罪になるのは嫌。
私は……あまりにも私たちの命を軽視するメイリーを、玉座から引きずり降ろしてやろうと考えている。
だけど、反逆罪を犯すというやり方を選ぶ気はないわ。
100年前の時も、今もね」
反逆罪という言葉を私に告げられたソリネスは、俯いてしまった。結局自分は役に立つことはできないのか……そんなことを考えているように感じられた。
「……あなたが私の助けになれることは他にあるわよ。
例えば、ほら!
ここで何か証拠は掴んだんでしょ?
ずっとここにいたもんね!?」
未練のあるソリネスの気持ちを切り替えさせるために、私は(圧をかけながら)話題を変えた。実際、結界が解けるまでの時間がどんどん迫ってきている。そろそろ殺神事件の話をしないとヤバい。
「…………あ、証拠……になるのか分かりませんが、こんなもの、拾いました!
中央広間の、柱の陰の方に落ちてて」
いきなり収穫を求められたソリネスは、目を見張りながら慌てて焼け焦げた紙切れを2枚渡してきた。その様子は普段と同じ姿だった。
「………………これは…………!!」
薄く大きな紙切れの1枚目には、カタカナで【ヨ】と大書されていた。達筆とは少し違うが、独特の滑らかさがある字体だ。焦げていてもはっきりとそれが分かる。
そして、もう一枚には――
私は思わずスマホを開いた。
……………………これは、重要な証拠品だ。
エッジが残したダイイングメッセージにもなり得るものだった。
「これ、なんなんでしょうね……」
「………………私には分かる」
スマホの画面と紙切れを何度も何度も確認。
間違いない、これはアレだ。
「他には?
何かない?」
「……え〜〜っと、周辺の外も見回りしましたが、ナイフや剣のような凶器になり得る物は特にありませんでした。
中央広間に広がっていた血痕の海も、正確な検査はできていませんが、匂いと感触からして神々――エッジ様のモノに間違いはないかと……。
後は……この紙切れが落ちていた場所の周りに、細かいガラス片のようなものがありました。
といっても、本当に細かいもので、これも証拠としては微妙かも――」
「いや、これも充分な証拠!」
ガラス片を差し出しながら喋るソリネスを私は遮った。
これと、アレがここにある。
偶然にしてはできすぎている。
だが、これだけで断定をしていいものか……。
いや、神殿に行く前に浮かんだ大きな疑惑、それ以前からの疑惑もある。それら全てを繋げれば……。
「……エッジは、神殿からあまり出ないと聞いたわ。
ということは、ゴミを長時間保管しておくはず。
エッジ自身が燃やしたり消滅させたりしない限りね」
「ああ、それなら手前の部屋に置いてあった石棺桶の中に大量に入ってましたよ。
殆どが、町の人からもらったお供物のゴミでしたけど……」
「!
偉い、でかした!
早速ゴミを調べるわよ!」
「ええ!?」
「ゴミを見れば、多分はっきりする!
犯人が!!」
そう、ゴミを見ればいい。
その後は、犯人の動機だ。
何故エッジを殺したのか。
犯人は恐らく――奴だ。
どうやって殺したのかも分かった。
だがその犯行の仕方で証拠が残っていたのは運がいい。犯人も誤算だったとは思う。
やはり、天は我ら神に味方している。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
ここからは、次回のネタバレになりますので、見たくない方はご遠慮願います。
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次回でエッジを殺した犯人が判明します。
読者の皆様は、誰が犯人だと思いますか?
容疑者の中で『コイツがなんか怪しいから、コイツが犯人』と直感で思っている人。いるでしょう。
多分、あなたは正解だと思います。はっきり言うと犯人はそういう人物です。
しかし、この物語は本格的なミステリーのつもりでは全くありませんが、何故その人物が犯人なのか……? という理由は、ここまでの短い話の中に幾つも散りばめられています。
是非、そういった点も踏まえて、犯人の正体を当ててみてください。
次回以降もお付き合いくだされば、嬉しいです。
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