1章4話 「休息の神、捜査開始!」
ここから、エッジを殺した犯人を捜査します。
よろしくお願いします!
17時50分。
「ふむふむ……。
じゃあやっぱり…………ここにいる全員にアリバイがあるってことかしら……」
「は、はい……。
皆、ここで織賀先生の新作発表会に参加していましたから……。
披露宴の頭から今まで……」
「私も事前に把握していることはあるけど、改めて確認。
ここは、そこにいる芸術家――『織賀 仁』の屋敷。
……で、毎年ここで彼の新作のお披露目と、そのついでにパーティをしている。
基本的に毎年、このパーティには町の全員が参加している……。
間違いはないわね?」
「は、はい……」
私――アロンの問いにびくつきながら答えているのは、眼鏡をかけた、見るからに冴えない若い男(人のことは言えないが)。名前は『無良尾 亮』。こんなんでも、ここの町長をしているようだ。
彼も含めた全員の手荷物を回収したが、このイベントのために正装をして、手荷物も最小限にしている皆が、凶器になり得るものなど持っているわけがなかった。
皆が所持していたのは、スマホや財布など一般的なものだけだった。皆がしているネクタイは凶器にはなるが、恐らくエッジは絞殺ではない。……と、すると、関係ないだろう。
「あ!
で、ですが!
ここに来ていない者が、1名……います」
「……それは?
……もしかして――」
「そいつ、毎年来ないんですよ」
私の言葉を遮って答えたのは、別の少年だった。
「きっと、奴が犯人です!
エッジ様を殺したのは、そいつ違いない!
魔物から町を守ってくれたエッジ様を殺すなんて、最低の屑の極みだ!
早く奴らを殺してください!」
血気盛んな少年だ。まだ中学生に上がりたてといったところだろう。エッジのことを慕っていたようだが、彼が殺されたとはいえ、子供のくせに物騒なことを言う……。
その時、私の懐が疼き出した。
「落ち着きなさい。
まず、あなたは?
そして、奴とは?」
「…………僕は、『山中 大佑』です……。
奴っていうのは……
『安道 ヨネ』っていう、土産屋の偏屈なババアですよ」
成る程。安道 ヨネの土産屋のことは、私も知っている。さっき私がコイツに遮られる前に言おうとしたのも、彼女のことだった。
アリバイがないのは、彼女だけ。
それ以外のこの町の住民は、全員ここにいた……ということか……。
ここから、事件現場である神殿までは1kmはある。誰にも気づかれずに抜け出して殺神を犯し、誰にも気づかれずにまた戻ってくる……。
しかも、それを短時間で……可能か……?
……で、アリバイのないヨネだけは毎年決まってこのイベントに参加しない。ということは、ここにいないのが自然。逆に、いた方が不自然ということになるが……。
「早く、あのババアを殺してくださいよ!!」
大佑が吠える。
すると、
「そうです!
あの婆さんをさっさと殺してください!」
「あれだけ恵を与えてくださった、エッジ様を殺すなんて許せない!
犯人に死を!」
「誰か、早くババアを連れてくるんだ!
そして、アロン様に殺してもらうんだ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺して!」
「殺してください!」
いきなり、他の人間たちも爆発して囃し立ててきた。こういう非常事態の時、人は本性が出るというが……。
醜いな……。
久しぶりにこんな醜さを見た気がする……。犯人をもうヨネ一人に限定しているし……。
とりあえず、黙らせよう。
「静かになさい!
…………アリバイがないというだけでは、犯人とはいえないわね……。
まず、山中 大佑。
あなただって、容疑者の1人よ。
あなたが犯人の場合は、あなたを殺す。
他の皆んなも同じよ。
全員、発言には気をつけなさい」
「そんな!?
僕は……エッジ様に命を救われたんだ!
殺すなんて……できっこない!
それに、ずっとここにいたし、ただ料理を食べてただけだ!
怪しい行動なんて取っていません!」
「……まぁ、とりあえず下がりなさい。
他の皆んなも、勝手に口を開かないこと。
私は【休息】を司る。
あなたたちの魂を、永遠に休ませることだってできるのよ」
「うぅぅ……っ、ううっ…………」
泣き出した大佑を他所に、私はこのイベントの主役――織賀 仁に話しかけに行く。他の人間たちも静かになった。
「織賀 仁。
残念だったわね、こんなことになってしまうなんて……」
「……はい。
ですが……その……まだ信じられません。
エッジ様が亡くなら……殺されたなどと……」
織賀 仁。白髪混じりの中年男性。
身長は170cm以上あるというのに、体重は50㎏以下らしい。偏食、少食であるのが理由らしいが、あまりの細さに、奥さんにちゃんと食べさせてもらっているのか心配になる。
「そうね……。
それに殺したのは……言いたくないけど、あなたたちの誰かの可能性が高い」
「本当に…………この町の人間が……?
外部の人間では?
もしくは、魔物の仕業では……?」
また、私の懐が僅かに身震いを始めた。
「エッジは今際の際に、【人間に殺された】とはっきりと言っていた。
それに、私がこの屋敷に来る前に、2時間近くかけて辺りを隅々まで飛んでみたけど……外部の人間と思しき存在は見かけなかった。
各家の中も覗いてみたけど、人が隠れている気配はなかった。
今、山中 大佑も言っていた、安道 ヨネだけよ。
建物の中にいるのが確認できたのは。
そしてね、犯行が行われた直後から今に至るまで、この町には結界が張られているのよ。
出入りは我々神々以外はできない。
外部犯なら、この町から逃げられていないことになるでしょ。
結界から出られないんだから」
「そ、そうですか……」
自分たちは関係ないという期待が打ち砕かれたとでも言わんばかりに、仁が残念そうな顔をする。
神殿を調べているソリネスも合流してこないということは、やはり現場には犯人はいないということだ。つまり、この屋敷にいる誰かの可能性が高い。
仮に、ソリネスが犯人に既に殺されてしまった……ということはないだろう。
――だって、彼が死ぬということに私は耐えられないから。理由になってないと思うだろうが、本能が彼はまだ生きていると告げているのだ。
また、ヨネの方に関しては、ここに来る前に会っている。
彼女もここに連れて来ようとはしたが、高齢の人間で身体も弱かった彼女を連れてくるのは気が引けたので(彼女がここに毎年来ないのもそういった理由があるようだ)、その場で今回の事件のことを説明して話をつけておいた。聞き込みも完了している。エッジの死を聞かせると、酷く怒りを覚えたようで、犯人は打ち首だと言っていた。
「エッジは、毎回このイベントに参加していないのよね?」
「あ、そうですね。
エッジ様は基本的に有事の際以外は、神殿から出ないで、私たちから徴収したお供物を食していますから」
「流石、【食】を司る神ね」
「はい。
私たちからのお供物を食すことで、神力……と言いましたかな? を高め、私たちに更なる収穫の恵みを与えてくださっていたのです。
お供物は我々の自給自足や店から買ったり等、様々です。
でもやっぱり、ヨネさんの店で購入している方も相当多いですね、私や大佑君もそうですが」
「……そこら辺の話は知ってたけど……やっぱり、無能な役立たずの私とは大違いね……」
「……はい……?」
「いえ、こっちの話」
「しかし、犯人には本当に死を以て償ってもらわなければなりませんな……。
本当に……残念です。
エッジ様に後で私の作品を見て頂こうと思っていたのに……」
「……毎年それを?」
「はい……。
いつも私の作品を見て頂いていたんです……。
エッジ様は毎回、私の作品を褒めてくださっていました……」
エッジはこの町の人々に慕われていた。この小さな町に人を襲う魔物が現れないのも、エッジが周辺の魔物を滅ぼして町を守ったから。
だからこそ、さっきの住民たちのあの反応……。
ならば、コイツらの誰かが犯人として、その動機はなんだ……?
「あ、あの――」
思考の途中で、背後から声をかけられた。
「?」
「おトイレに……行かせてください……」
開いているように見えない、か細い口。
消え入りそうな、かすかすの儚い声だった。
* * *
「――ゴホッ、ゴホッ!
……す、すみません……」
少女は口元を抑えながら咳き込んでいる。顔は脂汗だらけで具合が悪そうだ。
「こちらこそ。
いきなり現れて拘束して、申し訳なかったわね。
あなたは身体が悪いのかしら?」
「いえ、私……緊張しやすくて……元々こういう集まりも苦手で……。
さっきから、ずっとトイレに行きたかったんですが……言い出すのが怖くて……」
私は弱々しく語る少女に同行していた。狭い個室に2人きり。
神様がトイレに入っているなんて、それも人間と相合いトイレなんて、滑稽だ。
だが、その場から席を外そうとしている容疑者から目を離したくはない。……が、1人の容疑者のために、残りの全員から目を離すという、本末転倒なことをしている気もした。一応、全員その場から動くなとは言ってあるが、こうなるのなら、せめてもう一人人員がほしかった。
「あの……」
「何?
恥ずかしい?」
「……あ、いえ……その……」
もじもじとしているこの少女の名前は――『華音 陽』。大佑と同じく、彼女も中学生くらいだろう。ショートボブの地味な風貌をしているが、意外と胸元はデカい。……少なくとも、Cの自分よりも遥かに……。
「犯人……早く……見つけてください……」
「…………?
え、ええ……」
「こ、怖いです……。
エッジ様を殺すなんて……。
犯人、早く……見つけてください……」
陽の声には涙を浮かべてあった。彼女もエッジを殺した犯人を許せないようだ。
「…………ごめんなさいね。
私も早く解決させたいわ。
そのために、あなたからも聞きたいことがあるの。
協力してくれる?」
陽は首をこくりと動かした。怯えているのか、目線は床に向いている。固く握られた拳はブルブルと震えている。
これでは、私が彼女をいじめているみたいだ。私はいじめられているが、いじめなどしたことはない。
「一応聞くけど、あなたもここでパーティを楽しんでいたのよね?」
「…………私も……ここにいました……。
でも、さっきも言ったように……私、こういう集まり苦手で……。
社交ダンスとか、話しかけられたりするのも嫌で……本当はいつも参加したくないんです……。
だから……スマホの音楽を聴いてるフリをして……話しかけられないように努力してました……」
「…………そう。
所謂――陰キャってやつね」
「あ……」
「私もそんなポジションだから、落ち込むことないわよ。
もっと自信を持って」
陽の頭をそっと撫でた。
「あ……ありがとう……ございます……」
陽が顔を上げる。その見上げられたまん丸の瞳は、私のことを聖女のように見ているように感じられた。
そんな眼差しを受けたのは、何百年ぶりだろう……。
「そういうのって、環境もあるからね。
本人の努力だけじゃ、改善しないこともあるわ」
私は陽に自分とソリネスを重ねながら、陽に柔らかく微笑んだ。
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