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1章2話 「殺神事件、そして旅立ち」




 玉座の間は、壁や絨毯(じゅうたん)は鮮やかすぎるピンク色でメルヘンに彩られており、所々はハートや月の装飾で溢れている。

まじまじと眺めていると目がチカチカしそうなその部屋は、一言で言えば、主の(悪)趣味が全開の空間だった。



「よく来たわね。

話は彼から聞いたわよね?」


「ええ」


 使いの男に連れられて玉座の間に着くなり、玉座から口が開かれた。

優雅な三つ編みの茶髪を靡かせて、玉座にふんぞり返っている彼女が、妹のメイリー(320歳)だ。


 マゼンタの派手なワンピースを身につけた、人間ならば20代前半の外見。目元も鼻も口元も、すっきりとして無駄がない。

悔しいが、彼女のご尊顔は、男はおろか、女でも誰もが羨む程整っていて美しかった。



「詳しく聞かせなさい、メイリー。

人間が我々神々に反旗を(ひるがえ)したと?」


「メ・イ・リ・ー様でしょ、お姉様?

口の利き方に気をつけなさいな。

誰がこの世界を支えているか、ご存じないの?

無能な誰かさんに代わって?」


「今はそれどころじゃないでしょ」


「立場はどんな時でも弁えてもらわないと……ね。

……全く、(わたくし)は悲しいわ。

お姉様は能力だけでなく、おつむの出来までよろしくなくて」


 家族なのに。妹なのに。タメ口を利くとこれである。

クスクスと、周囲から馬鹿にする声も聞こえてくる。


 ……いつだって私には敬意のかけらもない。



「…………申し訳ありませんでした、メイリー様。

詳しいお話をお聞かせいただけないでしょうか?」


「……ぷっ、おほほほっ!

よろしいっ、これをお聞きなさいな!」


 妥協して(うやうや)しく平身低頭すると、機嫌を良くしたメイリーは、煌びやかな金色の瞳を輝かせながら右手を掲げた。



 ……すると、ウィーンという音と共に、満月を模したミラーボールが天井からゆっくりと降下してきた。

これは、巨大なビデオ再生装置だ。人間界にいる神々からの通信をここで受信、録音、再生などをするためのもの。ついでに、人間界を監視するカメラのような機能も持っている。



 やがて、ミラーボールから砂嵐のような音の後、



〈た、助けてください!

殺される……!!〉


 聞こえてきたのは、人間界の恵洲蘭(えすらん)を治めているエッジの声だ。声色は酷く緊迫している様子だ。長生きしてる私でも彼とは殆ど面識がなかったが、まさしく生命が脅かされようとしているのを連想できるほどの焦りようだった。


〈……落ち着きなさい。

…………殺される…………?

どういうことかしら?〉


 メイリーの訝しげな返答。【殺される】というワードは神々社会で普通は聞くことがない。たとえ、我々神々は死んでもすぐに蘇るから、生命の危機という感覚が存在しないはずなのだ。



〈人間!!

や、()です……!!

奴はいずれ、【我々全員を殺しにくる】!!〉


〈奴?〉


〈あの、人間…………!!

(ひと)…………ぃっ、

――ごふっ!!〉



 ……………………静寂。



 …………けたたましい吐血をした声を最後に、通信は途切れた。



* * *



「この通信を受けてすぐに、恵洲蘭に結界を張ったわ。

今は誰も出入りできない状態よ。

特に、事件現場の神殿には誰も近づけないようにしてあるわ」


「……………では、もしかすると犯人は神殿に閉じ込められていると?」


「その可能性はあるけど、神を殺す程の犯人よ。

すぐに逃走したに違いないわ。

流石に、結界が張られた恵洲蘭内からは逃げられていないでしょうけど」


「犯人はまだ恵洲蘭にいる……」



 私は顎に手を当ててしばしの沈黙の後に答えた。



「他に手がかりは?

…………これだけでしょうか?」


「そう。

音声通信しか送られてこなかったし。

事件が起こった時間は、16時だから……今から30分前ね。

向こうの時間では【14時30分】。

こっちから現場の映像も見れるけど、殆ど手がかりは見当たらない。

映っているのは、あの子の()()()()よ。

()()()()()()()()()から、跡形もなく消滅したみたいね。

一応、映像も見せるわ」


 メイリーは淡々と告げながら、指を鳴らした。すると、音声再生から、ビデオ再生に切り替わる。



「――うっ、」


 私は思わず口を押さえた。


 見えているのは、石造りの神殿の内部映像。恵洲蘭でエッジが暮らしている場所だろう。



「…………酷いわね」


 メイリーが言ったように、中央の広間にブドウ色の血痕の海が広がっている。なんて量だ、とてつもなく惨たらしい。


 だが、他には特に争った形跡や外傷のようなものは見当たらない。当然、エッジの遺体も存在しない。左右対称に立派に(そび)える石柱の並木道と、(おごそ)かな祭壇が見えているだけ。



 神様が死を迎えるというのは前代未聞だが、【神は死ぬと跡形もなく消滅する】と昔から言い伝えられていた。

映像で見えている神殿内には、ぶちまけられた血の海のみ。それは遺体をどこかに引きずったような形跡とは見受けられない。誰かの細工なしの、(なま)の血の跡だろう。……となると、言い伝えは本当だったのだろう。



「それで?

お姉様の見解を聞かせて?」


「――()……。

()()人間……。

エッジを殺した犯人は、1人だと仮定します」


「…………そんなことは、私にも分かっているわ。

他には?」


「奴という言い方からして、犯人は我々が知っている人間。

そして、我々が怨みを買っている人間……ということだと思います。

心当たりがありそうなのは、私よりも人間と繋がりが深いメイリー様の方なのではないでしょうか?」


 とりあえず、メイリーの反応を伺ってみることにした。


 ……全く、何で妹に敬語など使わなければならないんだ。



「知らないわ。

私たちのことを怨んでいる人間なんて、皆目見当もつかないわよ」


 メイリーは、明後日の方角を向いて答えた。

分かりやすい反応だ。彼女が【何か】を隠しているのは明らかだった。だが、それを追求することは彼女は許さないだろう。



「と、とにかく!

私はお姉様に犯人を見つけてもらうために、ここへ呼んだのよ!

勿体ぶっていないで、早くあなたの推理を!

犯人を暴き出して教えなさい!」


「今の段階では、手がかりも情報も少なすぎます。

ですが、その少ない情報から分かることをまとめさせていただきますと、」



 咳払いをして一度呼吸を整える。



「先程も言ったように、【恐らく犯人は1人】。

そして、遺体が残っていないということは死因を特定できない。

更には、現場の様子からも、エッジを殺した凶器の(たぐ)いが存在するのかも不明。

どうやってエッジを殺したのかも分からないから、犯人を暴くには、最低でも以下の要素を調べなければいけません」


 私は人差し指を突き出して、


「①恵洲蘭に住む市民たちの、犯行が起こった時間のアリバイ。

②現場の状況をもっと詳しく。直接現場に赴いて。死因の特定や凶器が見つかるかもしれない。

③エッジが何故殺されなければならなかったのか……つまり――動機。

まずはこれらを調べ、後は細かい部分を突き詰めて当てはめていけば、犯行が【恵洲蘭に住む誰にならば可能だったのか】が自然と見えてくるはずです」


「よし、すぐに行きなさい!」


「……!?」



 指を繰り上げながら、やや得意げに告げていたのも束の間、メイリーはとんでもないことを言い出した。



「お姉様に現場を調べてもらう!

始めからそのつもりだった、だから呼んだのよ!」


 ………………それは。


「結界は神々には効果はないから、私たちならば出入り自由!

その分効果時間は短くて、【人間界での日付が変わるまで】。

だから、早く行って!」


 …………………………それって、つまりは――



「メイリー…………様?

それって、私に【囮】になれってこと……でしょうか!?」


「ええ、そうよ!

なんで、こっちからわざわざ殺人鬼がいる危険地帯に行かなければならないの!?

それに、私とニッカちゃんが行っている世界の管理業務は毎日、寝る間もないくらい忙しいのよ!

お姉様は所詮、毎日定時の楽ちんな先生くらいしかしてないし!

――それにっ!」


 メイリーは大きく息を吸って、ヒステリックに(つば)をこちらに吐きつけながら、もっととんでもないことを言い出した。



「仮にお姉様があっちで殺されたとしてもっ!

お姉様は無能だから――代わりなんていくらでもいるのよ!

つまりっ――お姉様が死んでも誰も困らないのよ!

役立たずで誰からも愛されないあなたなんか、

死んだって悲しくないの!!」



 ………………頭の中に、虚しい風が通り過ぎていった……。



 …………………………これでも、嫌いじゃなかったのに……。



 どれだけ見下されても、憎むことだけはしないで、可愛がっていたのに…………。



 ………………そこまで私は……周りから、妹たちから嫌われていたの…………?




「………………分かりました。

私が、犯人を暴きます。

そして――神に刃向かった愚かな人間を、自ら()()してきます。

皆様の手は煩わせません」


 私は、静かに背を向けた。



 そのまま外へと歩き出す。




 ――もう、決めた。



 私が犯人を処罰して、ここにいる皆んなを守る。



 ついでに、メイリーが隠しているやましい【何か】も暴いて公に晒してみせる。



 私が手柄を立てて、奴らに一切の有無を言わせないようにする。



 絶ッッッッッッ対に見返して、私があの子を玉座から降ろしてやる。



 そして――あの子ではなく、私が天界を、フォンテを支配する!!!



 私がいる限り、お前に世界は任せない!!




「――待ちなさい!」


 決意を新たにした矢先に、背後からメイリーに呼び止められた。


「忘れ物よ!

(ゴミ)も持っていきなさい!」



 視界に、押されてふらふらとよろめいた男性の体が差し込んだ。



「…………えっ?」


「いざとなった時の用心棒、奴隷、雑用、盾!

好きにしなさい!

ソイツも死んだって誰も困らないんだから!」


「ええええええええ!!

何で、僕も行かなきゃならないんですか〜〜〜〜!!」


 忘れ物とは、それまでずっと空気だったソリネスのことだった。



 ……なるほど。だから彼も私と同じくここに呼ばれたんだ。


 最初から、この子も行かせるつもりだったのか。



 確かに、恵洲蘭は【ソリネスにとって曰くのある町】ではあった。



 ――面白い。


 無能コンビで、人間界で起きた今回の革命を革命返しして、神々社会を一泡吹かせてやるのよ。



「嫌だーーーーーーー!!

まだ、死にたくないし!

僕、人間嫌いだから、人間界行きたくない〜〜!!

それに、()()()は嫌だーーー!!」


 相棒はこんな風に泣き叫んでいて頼りないし、いいところなんか全然ないけど、これでも妹よりは信用はできる。



 さぁ、行こう。


 私の、(ぼっち)たちの世界征服の始まりだ。







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