1章11話 「怨みの、果てに」
1章のクライマックスになります。
ネタバレが1行目からすごいので、この話で本作を初めて読む方は最初から読んでいただくことを強くお勧めします。
よろしくお願いします!
「…………そ、そり……ねす……?」
「ダメじゃないか、アロンさん。
【黒幕】は身内にいるって可能性を持ってないと」
……違う。彼はこんな喋り方をしない。
彼は私を傷つけたりしない。
「……何でか知らねぇけどよぉ。
あんた、俺のこと好きなんだろ?
だから、いじめられても反撃しない俺のことを、いっつも助けて構ってきたんだよなぁ?」
…………お、俺……?
違う……彼はそんな風に粗暴な喋り方をしない……。
「俺は……テメェのこと――大っ嫌いだったんだけどなぁ!!」
「……うぁ!!」
彼――ソリネスは、思いっきり青筋の立った顔を近づけてきた後、私の頭を力いっぱい踏みつけた。まるで唾を吐きつけるかのように。
そして――物凄い早口で。
「なんだ、その絶望に満ちた面はよぉ!?
賢いテメェも気がつかなかったかぁ!?
俺の本性によぉ!?
メイリーや他の連中に後ろ指指されているくらいで、いっつも悲劇のヒロインぶりやがって!
テメェが俺にした100年前の仕打ち、忘れたとは言わせねぇ!
テメェは【悲劇の被害者】なんかじゃねぇ!
【醜悪な加害者】なんだよぉ!!」
痛い。
痛い。
真っ二つにされた体は少しずつ再生していっている。血も止まっている。
――だけど、頭が重くて動かせない。
口の中に砂利が入るのを上から強制させられている。
声が……全然出せない……。
「…………落ち……着いて……ソリネス……。
なんのこと……言ってるのか……分からない……」
「――羽桜 月葉」
「…………えっ……?」
その名前は、100年前にソリネスを騙した少女の名前だ……。
「テメェが殺した人間の女の子だよ」
「……ち、違う……。
あの女は……あなたを……騙していたから……それでっ!」
「テメェは100年前もそうやって、捏造した話を俺にしたよな?
だがよぉ、テメェの俺に対する感情も、薄汚い本性も、全部分かってんだよ。
何故だか俺のことが好きだったテメェは、俺が惚れた月葉に嫉妬した。
神々の社会で孤独な俺が、人間の……病弱ながら病と戦って命を輝かせているあの子にだけは心を開いた。
それが許せなかったんだろ、テメェは?
俺のことをいつも助けている自分じゃなくて、他の女……まして人間の少女なんかに惚れたなんて、認めたくないよなぁ?
だからテメェは、俺のことを反逆罪を犯すことから――あの子の呪縛から守るためだとかぬかして……あの子が死ぬように仕向けた!
本当はそんなのはデタラメで、テメェにとってただ月葉が邪魔だっただけなんだよなぁ!?
俺たちの前から、月葉を消したくてしょうがなかっただけなんだよなぁ!?」
グリグリと、凄絶な怨みがこもったソリネスの靴底が、私の頭の深く下まで突き刺さってくる。
…………彼が、私のことをそんな風に思っていたなんて……。
…………彼が、私の気持ちに全て気がついていたなんて……。
……そうだ…………私は、羽桜 月葉のことが邪魔で…………私とソリネスの物語の邪魔をしてほしくなくて……。
だから、彼女には【退場】してもらった。永久に。
――今になって気づかされた。
月葉がソリネスのことを騙していた?
月葉が病気なのは嘘だった?
私は彼女からソリネスを守った?
……違う。月葉は本当に病気だった。
彼女が騙していたとか、嘘をついていたとか……私がそんな風に思い込みたかっただけだ。彼女を排除したことを、正しいことをしたと思うために作り出した妄想だ。
月葉は、ぴんぴんなんてしていない。パルクールや飛び込みなんてしていない。私の嫉妬が見た幻な記憶だ。
ソリネスは本当はあの時……月葉のために反逆罪を犯そうとしたんじゃない。
病気で【玄戸井】の町から動けない月葉の【誕生日プレゼント】として、【月葉が見たがっていた景色】の写真を見せようとしていたんだ。ここ――エッジが治める恵洲蘭の神殿は、その一つだっただけだ。
…………弱くて素直なソリネスなら、私の言うことを全部間に受けると思っていた。私の幻を全部信じると思っていた。暗示をかけれると思っていた。
……まさか、それが全部ソリネスにバレていて、彼がそのことでここまで私のことを憎悪していたなんて……。
「この事件を起こしたのは、そこにいる単 唯自身だ。
俺は何もしちゃいない。
ただ神畜無害を装いながら、この機会を伺っていただけだ。
……そういや、テメェが授業で使っているパソコン、たまに誰かが勝手に使った形跡があっただろ?
あれはメイリーじゃない、俺だよ。
無能一位な俺はパソコンすらも持てないからな、テメェのを使わせてもらっていた。
人間界の状況、神々に怨みを抱いている単家のこと、そして単 唯がここに潜入していて、来る時にエッジを殺そうとしていること等……色々探っていたんだ。
翼のなかった俺は、テメェの力を毎回借りねぇと人間界に降りられなかったからなぁ。
パソコンを使った痕跡は毎回残さないようにしていたが、テメェは(メイリーが犯人だと疑っていたが)よく気がついていたな。
その度に、俺が犯人だとバレるのではないかとヒヤヒヤしていたよ。
だが結果は、テメェは俺のことを微塵も疑いはしなかった……恋は盲目ってやつだな」
恋……。私は今も彼に……孤独で味方のいない彼に恋している。
…………そうだ、私が今日ここに降り立ってから、ソリネスに神殿の捜査を指示したのも。
確かに、時間がないから効率よく捜査したいという考えの下ではあった。けど、彼の人間嫌いを考慮したわけではない。
……本当は――他の人間の女と接触させたくなかったからなんだ……。
「俺が普段からいじめられてもやり返さずに弱者であり続けたのは、この時のための殺意を隠してテメェに壮大な絶望を与える目的のためだった。
単 唯は16になる前に神を殺さなければならない。
そのことを事前に調べていた俺は、彼女が今日までにエッジを殺すのは想像がついていた。
そして、単 唯が実際にエッジを殺す。
それからその単 唯を始末するために、この地に因縁がある俺と、犯人捜査兼囮用にテメェが派遣される。
んで、色々の過程の後、対単 唯のために渡された神器を駆使して、俺が封印された力を取り戻す。
で、最後は……テメェを殺して100年前の復讐をする。
そういう計画だったんだよ」
これは――連鎖の循環。憎しみが絶えることのない輪。
神が単家の人々を殺し、残された単家の子孫が怨みの果てに神を殺す。
私がソリネスの好きな人を殺し、ソリネスが怨みの果てに私を殺す。
…………あ、ああ……。そうか、私は殺したんだ、羽桜 月葉を……。
メイリーが単家や旧恵洲蘭の人々を道具にして殺したように……私も神の領分から外れた人殺しをしていたのね……。
私と、メイリーは同じ……。
同じことをしていたなんて、流石の姉妹だ、私たちは。
「……だが、神は不老不死。
最強の力を取り戻した俺が、今こうやってテメェを真っ二つにしてみたが、テメェは死なねぇし、テメェの体は段々と再生している……。
つまり、この俺の力でも、テメェを殺せねぇってことだ。
なら、他の神々も殺そうとしても同じ結果だろうよ。
……となると、テメェを殺すのは俺じゃなくて――」
ソリネスは人差し指を大きく後方へと向ける。
「――既にエッジを殺している単 唯、お前だ!
お前がコイツを殺せ!
お前の溜飲を下げろ!!」
ソリネスはようやく私の頭から足をどけてくれた。
「…………!」
地面から顔を上げたのも束の間。
私の視界からソリネスが消えている。
その代わりに、刑光刀の【檻】から抜け出した唯が、完全に回復しきっていない私にトドメを刺そうと、ゆっくりと歩み寄ってきている。
「そ、ソリネス……!
どこ!?
私は……確かにあなたに酷いことをしたわ!
最低なことをして、その記憶も真実も全部嘘で塗り固めていた!
私は地獄に堕ちるべきなのは分かっている!」
まだ立ち上がることができるまで回復していない。私は首を必死に動かして、ソリネスを探しながら叫び続ける。
「……だけど、せめて死ぬ前に償いくらいはさせてほしいの!
あなたにそこまで怨まれていたなんて、私知らなかった!
本当にごめんなさい!!
私は死んでも構わない!
だけど、ほんの少しだけでも、やり直させて!
お願い!!」
…………………………。
…………………………。
……………………ソリネスは、再び姿を見せることも、言葉を返すこともなかった。
「――死ね」
返ってきた言葉は、唯の冷たい二文字。
そして――
「――きゃあああああぁぁぁぁ!!!!」
唯の【素手の斬撃】が、私の体を今度こそ一瞬で木っ端微塵にした……。
もちろん、体が再生することはなかった……。
「奴に場を持って行かれた感じが気に食わないが、醜い死に様を見せてくれてありがとう。
孤独の果てに、刹那に消え去れ」
存在が瞬く間に消えていく私にかけられた最後の言葉が、少しも哀れみのこもっていない唯のソレだった。
――まさか、こんなことになるなんて……。
エッジが殺されたと報告を受けて、私とソリネスが人間界に降りることが決まった時、こんな結末になるなんて全く思ってもいなかった。
《そんなんだから、人間の女にも騙されるのよ!》
何気なく口にした言葉は、ソリネスにとって最大の地雷だったんだ。私が発した嘘の言葉に、ソリネスはどれだけの怒りと憎しみを募らせたのだろう……。
「………………ごめん……なさ――」
私は意識が消え去る瞬間まで、あの時何気なく口にした言葉を後悔していた……。
* * *
「〜〜〜〜っ、だ〜っはっはっはっはっ!!」
――ソリネスは上空からゆっくりと地上に降り立った。
舞い降りた威光から逃れるかのように、小さくて黒い虫が足元を高速で通り過ぎていく。
奴は実に愉快な死に様だった。
必死に無駄な命乞いをして、惨めに孤独に消えていく……。
……あの女がどれだけ反省していようが、どれだけ罪悪感を覚えていようが、どんな死に様を迎えようが、俺は絶対にこの先も奴を許すことはない。
……もちろん、他の神々も許さない。
俺から唯一の生き甲斐だった月葉を奪った奴らは、全員許さない。
月葉の死の真相は、もっと根が深い。
アロンやメイリーたちだけでなく、人間界全土はおろか、天界全土にまで及ぶ話なのだ。
だから、俺は俺以外の神を全員殺して、天界も人間界も支配することに決めた。
神々の勝手な考えで、誰も人間が犠牲にならないように。
自分たちとは違って、命に限りがある人間をこれ以上弄ばれないように。
月葉や単家のような不幸な人々をこれ以上出さないようにするために。
俺は神々ではなく――人間の味方をする。
この世界の唯一の神として、人間を守る。
俺がいる限り、奴らに世界の舵取りはさせない。世界を救わせない。世界を救うのは、俺だ。
……俺は封印されていた力を取り戻した後、すぐに天界に【犯人と接触したから、やむを得ず封印されていた力を解放した】と簡潔に通信を送った。初めて神の力を手にしたから、通信を送れるのか試すためだ。
それから翼を生やして飛ぶ練習もしながら、アロンと単 唯の周辺を蒼い背景で覆った。
その直後、アロンたちの元にたどり着く前に、もう一度天界に通信を送った。
……今度の目的は、【蒼い背景が通信を阻害してくれるのか】を試すためだ。
結果は、イエス。直前には繋がったばかりの通信が繋がらなくなった。
……それはつまり、天界からもこちらの状況を全く監視できないということだ。
自分の裏切りがこのタイミングでバレないように施した措置だった。まだ油断はできないが、流石は災厄の悪魔から生まれた最強の能力。初めて使うのによく自分に馴染むし、今のところ目論見はほぼ成功してくれる。
……が、現時点で成功しなかったのが――一つ。
それは――
「――何、浸っているんだ」
俺の首に、背後から鋭い人差し指と中指が突き立てられた。
「私は貴様の手のひらの上で動いていたようだな。
計画通りに進んで満足か?」
ご立腹状態の単 唯だ。
「貴様も神だろう?
殺す」
……まぁ、彼女からするとそれが道理だ。間違っちゃいない。
「俺は神々の敵、そして人間の味方だぜ。
だから、お前の味方もするってことだ」
「…………意味が分からん」
「つまりだな、俺と組んで残りの神々ぶっ殺そうぜ」
「………………は?」
首に突き立てられていた唯の指が、僅かに下がる。見ることはできないが、きっと彼女は大きく目を丸くしているだろう。
「この最強の能力を以ってしても……神を殺すことはできなかった。
だが、お前は二人もの神を殺した。
一人は殺気だけで。
もう一人は殺気と、手刀で。
武器すら使わずお前は神を殺せるんだ。
それができる人間は多分、この世でお前だけだ。
俺の復讐計画には、お前が必要だ。
お互いに助け合おう!」
「………………」
「不服か?」
「答えなくても分かるだろう」
「けどよ、俺は天界や神々のこと、色々知ってるぜ。
手を組むと互いに【ご利益】はあるはずだ」
「………………」
「それに、俺は神を殺せないだけで、この能力でアシストできることは沢山あるはずだ。
こっちにはお前が苦戦した、刑光刀だってあるんだぜ?」
「……………………」
やがて、しばらくの沈黙の後、
「……いいだろう」
唯の指が、俺の首から完全に降りた。
「お、そうこなくっちゃな!
話が分かる人間はいいなぁ!」
「ただし」
振り返った俺の双眸に、再び唯の人差し指と中指が迫る。
「殺したくなったら、いつでも殺す。
なくとも、いつか殺す。
私の望みは、貴様も含めた全ての神の抹殺だ」
…………へっ、面白いじゃないか。
「いいぜ、それで。
お前の好きにしろよ。
俺は人間を尊重するからな!
……まっ、とりあえず――」
「…………とりあえず?」
「これから、よろしくな!」
俺は警戒心全開の唯の指を、そっと優しく握り締めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
1章はこれで終わりです。
この物語の主人公は『ソリネス』です。アロンではありません。彼女はここで退場になります。
ここからが、本当の物語の開始となります。
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