1章10話 「蒼の、覚醒」
――神殿中央広間。
単 唯とソリネスが向かい合っている。
「ソリネス……?
貴様が……?」
私は目の前に立つ、青い跳ねた髪型の神をまじまじと見つめた。
「ああ、そうだ!
僕は、お前たち単家の人間たちを犠牲にして倒した悪魔、『アルシン』のエネルギーから生まれた!
それに、僕の能力も神力もここに封印されているんだ!」
「……そうか、正に因果な出会いだな……」
「どうだ、僕のことも今すぐにでも殺したいだろう!?
アロンさんよりもまず僕の相手をしてもらうぞ、単 唯!!」
ソリネスの見た目は、大学生くらいの青年だ。始めはどことなく頼りなさそうな雰囲気がしていたが、今はどうだ。
女神アロンが持っていた、紫に輝く刑光刀とやらを構えて、こちらに戦意と敵意をむき出しにしている……。
「……さっきまで貴様は、アロンの腰巾着かお手伝い程度の役割かと思っていたが……そうか、貴様にもきちんと因縁があった。
俄然、殺し甲斐が出て来るな」
私はマフラーの下から口元を歪ませた。
……面白い。口が勝手に、裂けそうなまでにニヤついている。
私がこうなった元凶に早くも出会えるとは!
鼓動が高鳴り、私の闘志が、厭悪の焔が冷たく、醜く燃え上がる!
「刑光刀!
僕に少しの間力を貸してくれ!
アロンさんを守れる力を!」
悪魔の子ソリネスは、まるで正義の使者のように勇ましくクサイ台詞を吐いた後、構えていた光り輝く刑光刀を力いっぱい振りかぶってきた。
「……おそ」
私は、その大振りな攻撃を難なく背後に跳んで回避する。
刑光刀――敵の検知と護身機能を備えた神器らしいが、その外観はまるでペンライトだ。形は短い棒状だし、なんか光っているのもそうだ。コンサート会場(一度も行ったことなどないが)にこれを持ち込んでも危険物だと認識されることはないだろう。そんな風に思うくらい、弱そうなのだ。
「……はあっ!
やああっ!!」
何度もソリネスが追いすがりながら刑光刀を振り回してくるが、どれもひょいひょいするするとかわしていく。
見た目通り、刑光刀はリーチが短い。こんなもので私を倒そうとしていたなんて、舐められているにも程がある。
それに、相手の動作があまりにも隙だらけだ。攻撃を避けるのが容易い。
「……このおおっ!
でええええいっ!!」
……唐竹。
……左右袈裟斬り。
……薙ぎ。
……大きく回転しながらの切り上げ。
…………何十もの無謀な斬撃の後――締めは……突きか……。
余裕すぎてわざと紙一重のタイミングで避けているが、それでも張り合いを感じない。
………………とっとと殺すか……?
それとも、コイツの力量も測ってみるか……?
…………これから何百もの神と戦うんだ。わざと時間をかけてみるか。
私はマフラーに手をかけ、強く握りしめて殺気を高めに入る。
「……!??!」
……が、いつの間にか私の周囲を、茨状の【紫の格子】が覆っていた。
当然、ソリネスたちはドームの外にいる。中にいるのは私と、無数の【紫のレーザー】。それらの球体の照準は、皆こちらに向いている。これは――【ビット】という奴だ。
「…………チッ、それがその神器の力か……」
恐らく刀身が発光してから発動する機能なのだろう。
振りかざした斬撃が、その軌道のままに時間差で実体を成す。
ソリネスが何度も振り回した斬撃の軌跡が、そのまま私を閉じ込める【檻】と、私を攻撃する【殺戮兵器】の二つに変換したのだ。最後に放った突きは、出来上がった檻を打ち出すための動作だったというわけだ。
「初めて使った神器だけど、使い方はさっきアロンさんが通信した時に、ついでに聞き出してくれていたからな。
お前はしばらくそこにいろ!
……アロンさん、もう少し耐えてください!」
……と、ソリネスはそのまま踵を返して、神殿の奥地へと走っていった。
あの奥には開かずの扉がある。あの中に奴の封印された力があるとして……どうやって奴は封印を解くつもりだ? あの神器でぶっ壊す気なのか……?
……そんなことを考えながら、私は檻の中から放たれる何十もの紫のレーザーを避けていく。
……さっきのソリネスの攻撃と同じく、レーザーの一発一発にはキレも速度もない。……しかし、狭所に閉じ込められている私はあまり大きな身動きが取れないので、最小限の動きで避けなければならない。
……ソリネスが何十もの攻撃をしていたのは、単なる破れかぶれではなかった。私を閉じ込めるのと、その後の追撃のため。
……それだけではない、時間稼ぎの意味もあったのだ。だからあんなに当たりもしない攻撃を繰り返していた。奴の攻撃速度が遅かったのも、私の油断を誘うのと、このレーザー攻撃の時間を緩慢にして、私に少しでも長い時間レーザーの対処をさせるため……。
流石、因縁の敵だ。奴は、ただの力を封印された弱者ではない。そこで虫の息になっている女神と同じく、直接力を振るうのではなく、考えることに長けたタイプのようだ。
殺気を寝転がっているアロンに向けて飛ばしてみるが、酒瓶の中に殺気を詰めれた時とは違って、この【檻】の先までは殺気が飛んでくれない。逆に【檻】の壁に弾かれて、私が自分で受けてしまいそうになった。神器の力は伊達ではない。
爆弾のスイッチは持っているものの、肝心の爆弾はエッジの時に使ってしまっている……。
もはや今の私は、下手なアロンへの追撃も、あがきも封じられている。ただ飛んでくる無数のレーザーを避けることに徹していなければならない。
アロンに攻撃してからソリネスが私に立ち向かってくるまで、私は己の身の上等をアロンに語っていた。その時間の間に彼はそこら辺もしっかり考えていたのだろう。
「――そうでなくてはな……!
因縁は簡単に切れるものじゃないからな!」
* * *
――アロンは死の淵を彷徨いつつ、必死で抗っていた。
「…………はあっ、はあっ…………」
ソリネスが……頑張っている。私のために……。
あの子がいなかったら、もう【死】を受け入れてもよかった。
……でも、あの子が私を守ろうとしてくれている。
あの、いじめられてばかりで、無能な私よりも気が弱いあの子が……。
……だったら、その頑張りを無駄にさせないためにも、まだ生きていなきゃいけない。
……どうにか少しでも延命するために、私は今持っている神力を【止血】と【再生】に充てていた。
夕方、パーティ会場で私は【休息】を司る神だと言った。
…………それは、本当だ。……だが、【魂】を【休息】させて相手を殺すことなど私にはできない。あれは、【私はお前たちを殺せるんだぞ】と見せかけるための、ただのハッタリだっただけだ。もし本当なら、単 唯を既に倒せている。
私の【休息】を司るというのは、【休まなくても死なない】というだけなのだ。不老不死である神にとっては何の意味もない理を与えられた、まさしく無能な神なのだ私は。
……恐らく、彼女にはもうハッタリを気づかれているだろう。だって、私は彼女に反撃を全くしていないのだから。
私は無能なんだ。戦闘力なんて何一つない。無理矢理挙げるとしたら、翼を生やして飛行しながら突撃するくらい。
刑光刀の能力を聞いていたとはいえ、神を殺した相手に過信しすぎたのが、このザマだ。情けないったらこの上ない。
ソリネスがいなかったら、私は本当に今頃…………。
その時。
――ゴオオオオオオォォォォォォォォ!!
……どこから吹いてきたのか。神殿の中なのに、いなさのような暴風が吹き荒れてきた。その暴風は私と、足止めさせられている唯の周囲一帯を包み込んだ。
「!」
風の後。あっという間に天井と壁が【蒼い光】で覆い尽くされていた。
「…………きれい……」
思わず私はそう呟きながら、無理のないように少し体を起こしてみる。すると、刑光刀の【檻】の中の唯が、一変した光景に目を見張り硬直している。
「アロンさん、お待たせしました!」
ソリネスの顔が、ぬるっと私を見下ろしに現れた。
「…………待ってた」
「この蒼い背景……綺麗でしょう?
まずは能力の練習がてら、バトルフィールドを彩ってみました。
あの扉を(結構苦労して)ぶっ壊して取り戻した――僕の真の力です」
ソリネスは歴戦の勇者のように頼もしい面魂で、自信満々に言い放つ。
「アロンさん、僕が手にした強大な神力の一部を、あなたに分け与えます。
これで回復してください」
ソリネスが私の体に手をかざす。
すると、たちまちに私の口からこぼれ続けていた血が止まり、死へと落ちていっていた命が生へと上がっていく。
「…………ありがと」
まだ立ち上がることはできないが、凄まじい速度で私の身体が万全な状態に戻っていくのが分かる。この感覚、なんて心地良いのだろうか。
「ここからは、僕に任せてください。
奴を一度無力化します」
ソリネスの体から迸る、【無限の蒼】。
いじめられてもやり返すことがなかった彼は、戦闘経験なんか殆どないはずなのに、この場においてはとても堂々としていた。200年封印されていた自分の本当の力を取り戻したことで、もう怖いものなどなくなったようだ。
…………こんなに彼が頼もしく感じることがくるとは思わなかった。それも、コンビを組んでこんなに早く。
これなら、この場は彼に任せた方がいい。自分は後ろに下がって安静にしていよう。
そして、彼の勇姿をしっかりと見ていよう。帰った時に、メイリーに進言しよう。彼の待遇を改善させるようにと。
私はソリネスに背を向けて、フラつきながら寄りかかるための壁の方へと歩き始めた。
「――ぬぁ〜んちゃって」
背後から、聞いたことのない声が聞こえた。
――シュッ!!
「………………え…………?」
一瞬だった。
鎌鼬のように鋭い蒼い風が、私の体を通り過ぎていったことを認識したのも束の間。
「……!!??!!」
――私の体が真っ二つに切り裂かれた。上半身が反転して宙を舞い、下半身は独りでに歩行を続けている。
「……あがっ!」
上半身だけになった私は、空中をゆっくりと浮遊した後、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。
…………何が、起こったの……?
さっきの声は……誰?
目の前に見えるのは、足……?
…………誰の?
「単 唯が豹変芸をやった直後だ。
同じパターンをやるとインパクトに欠けると懸念していたが……なかなかいい顔してるじゃねぇか」
この声……知らない。
……でも、この足は……この足は……知っている。
私は、身体中に走る痛みを無視して、恐る恐る顔を上げていく。
「なあ――アロンさんよぉ?」
そこに立っていたのは。
汚物を見る目で私を明らかに見下しているのは。
紫がかった蒼い両翼を生やした【彼】だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
次回で1章の最後となります。
それまでアロンの相方だった気弱なソリネス。
しかし、今回の話の最後で彼の別の顔が現れました。
一体、彼の真意は……?
次回、それが明らかになります。ご期待ください!
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